M&Aを学ぼう! https://maadvisoryplatform.com/ 売主利益を最大化するための完全オークション式のM&Aサイト。完全成功報酬型。M&A仲介とは違い、最終契約まで2社以上の買い手と交渉可能。 ja https://maadvisoryplatform.com/images/logo.gif M&Aを学ぼう! https://maadvisoryplatform.com/ KKRによる富士ソフトの買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12zuktnig 2024-10-08T12:00:00+09:00

今回は、KKRによる富士ソフトの買収に関するコラムとなります。

※本件は、現在KKRによるTOB期間中であり、株価がTOB価格を上回る水準で推移していることから、株価に影響を与えるような表現は極力控え、あくまでもディール概要、新聞等で取り上げられている(=株価に織り込まれている)内容及び本件から見える日本の上場会社に関するM&A案件への示唆に留めたい。

以下のポイントで、本件を見ていきたいと思う。

1.買収受入のタイミング(早かった?遅かった?)

2.社外取締役の責任は、更に上昇

3.アクティビストの常套手段になり得る可能性

4.対抗TOBの展開



-------------------

1. 買収受入のタイミング(早かった?遅かった?)

正直なところ、もう少し経営陣は、粘っても良かったとは思うが、アクティビストによるプレッシャー(2社で約33%取得される)に対して、早々に白旗を挙げたように思える。



まず、本件の一連の流れについて、おさらいしたい。
3Dインベストメント(以下「3D」)が、9.3%保有していることが判明したのは、2021年12月であり、まだ3年も経っていない。

なお、富士ソフトについては、業界内で10年以上も前から「IT企業だが、不動産の含み益を持っている会社」ということで、有名ではあった会社。20年ほど前、村上ファンドが阪神電鉄(この場合、不動産は甲子園)への買い増しを続けていたのも、同じロジック。とは言え、時価総額が1,000億円を超える会社を、同様のロジックでアクティビストが買うのもなかなか容易ではないという見方の方が強かった印象。

話を戻し、2022年2月に翌月の定時株主総会に向けて3Dが株主提案(取締役2名の選任)を行い、3D vs 富士ソフトのやり取りが始まった。2022年3月の定時株主総会で株主提案が否決された後も、3Dは更に買い増しを続け、2022年10月には21.5%を保有するに至った。

また、その間2022年8月に、富士ソフトは、企業価値向上委員会(取締役+外部アドバイザー)を設置。株主からの意見・提案を企業価値向上につなげるのが目的。この内容に落胆したのか、9月に3Dにより臨時株主総会の招集請求がなされ、社外取締役4名の選定の株主提案を受ける。

会社側も対抗して、5名の社外取締役候補者を提案するものの、うち2名は3Dが指定した取締役候補であった。
結果的に、会社側提案の5名の社外取締役を選定したことになるが、これがターニングポイントの一つと見ている。具体的には、①3D提案の社外取締役2名を選定したこともそうだが、それ以上に、②結果的に取締役数の過半を社外取締役が占めることになったことの影響が大きい。

また、不運にも2023年8月に経産省が「企業買収における行動指針」を発表し、真摯な買収提案に対しては、社外取締役のみで構成される「特別委員会」が、少数株主の利益を損なうことがないように、提案内容を検討すべきという方針を出された。これを受けた形になるのか、富士ソフトは、2023年9月に独立取締役6名から構成される特別委員会を設置した。

これにより、株主や買収者からの提案を公正に判断する必要が生じ、実質的にIn-deal、つまり売却案件のようなステータスとなってしまったことも2つ目のターニングポイント。このあたりから、外部からの買収提案を社外取締役が中心となった特別委員会が検討するようになり、取締役会も社外取締役が過半をしめていることから、社長を含めた執行側の取締役は止めることができなくなり、M&Aディールが進んでいってしまった印象を持つ。あるいは、事業会社からではなく、PEファンドからの提案のみであれば、非公開化後も経営陣の自治権が守られるため、無理して止める必要もないという考えもあったのかもしれない。いずれにせよ、非公開化 vs 上場維持という構図の中で、最終的に日公開化の方が良いという判断の下、2024年8月にKKRからのTOBを執行側の経営陣が受け入れたように外部からは見える。

なお、特別委員会が設置された後も、特別委員会メンバーは、当然ながら外部の提案だけでなく、執行側の考えやヒアリングを行う機会は再三設けられているはずで、その中で執行側のトップである社長や経営陣が、自分たちの方が企業価値を最も向上させることができるとして、特別委員会に「不動産事業のスピンアウト・SIer事業へのフォーカス・新たなソリューションの展開など」自信をもって提案すれば、違うシナリオに進んでいたかもしれない。

但し、このような状況を招いたのも、やはり保有不動産を切り離すことができず、保有することに固執し、保有を前提とした企業価値向上シナリオが、結局他の投資家・株主からの信頼を得られなかったことが一番の原因と個人的には思う。このような状況においても「不動産の魅力を高めることが社員の満足度や優秀な社員の確保につながり、企業価値向上に資する」というロジックは、定量的に示すことができない以上、やはり説得力に欠けるし、個人投資家も含め、3Dの主張の方がもっともらしく見えているのだろう。


タラレバ議論だが、アクティビストも経営陣とガチンコの応酬の中、膠着状態になると、中途半端な比率での長期保有は、投資リスクにつながるので、経営陣が急がなければ逃げ切れたのかもしれない。(その場合、結局3Dの持分を自己株取得することになるが)

一連の流れを見ると、経営陣は3Dの対応に嫌気を指し、株主対応に疲弊したこと、上場維持するよりも、一旦非上場化し、大切な不動産事業を抱えておく、という選択の方が経営陣にとっては良かったという事なのかもしれない。特別委員会設置後に、もう少し粘れば、上場維持もできたかもしれなかったと思わなくもないが、気力が続かなかったのかとも感じる。

いずれにせよ、この期間も業績は絶好調、右肩上がりだったので、執行側のどのような事業提案も通る可能性は高かったが、不動産に手を付けたくなかったのか、或いはアクティビスト対応に疲弊したのか、そのように見えてならない。

参考までに、Valuationや株価推移を見ても、割高感はあるので、時間の経過とともにDeal感がなくなってくれば、株価は落ち着くこともあったかもしれない。



いずれにせよ、大きな2つのターニングポイント、それらの対応が今のTOBに繋がっており、経営陣もこれが最適解とすれば、結果オーライと言えよう。


2.社外取締役の責任は、更に上昇

取締役の責任限定契約や取締役保険があるにせよ、一歩判断を間違えると、多額の賠償リスクを背負うことになるので、本件における社外取締役の責任は極めて大きい。

TOBへの賛同表明や対抗TOBへの対応を考えると、取締役会は当然のことながらも、「答申書」の取締役会への提出という形で、実質的にTOBや買収提案の判断を行う「特別委員会」の方が責任の重さは大きくなっていく傾向にあるものと思われる。

判断が難しい案件になると、社外取締役だけでは困難である為、対象会社よりも「特別委員会」のFA(フィナンシャルアドバイザー)やLA(リーガルアドバイザー)の方が重要になり、単に企業価値算定だけでなく、案件を俯瞰して、特別委員会に対して、総合的なアドバイスを行う必要性も上がってくると感じる。


3.アクティビストの常套手段になり得る可能性

一方で、今回3D及びFarallonが、今回Exitに成功すると、更にアクティビストの日本市場への呼び水になり、またアクティビストに投資運用会社からの資金が集まって、更に日本の上場企業へのアクティビストの攻勢が高まるものと感じる。特に、事業会社で事業用とは言えない不動産を抱えている、老舗の上場企業は要注意である。

不動産を多く抱える上場企業に対しては、今回の富士ソフトのやり方は常套手段になり得るものと思われる。(現に、サッポロホールディングスに対して、3Dがプレッシャーをかけている。個人的に恵比寿ガーデンプレイスのあの贅沢な不動産の使い方は、気に入っているので、あれを商業主義全開で、建蔽率ギリギリのタワマンを立てることだけは、止めて欲しいが、時代の流れには逆らえないのかもしれない。。)


4.対抗TOBの展開

KKRによるTOB発表後も、2024/9/3のベインによる対抗TOBのプレスリリースもあって、TOB価格8,800円を上回る株価で推移している。

TOBに関しては、テクニカルなことも多く、詳細を突っ込めばキリはないが、目先最も注目するポイントは、TOB期間の最終日である2024/10/21の前にベインがTOBを発表し、3DやFarallonの応募契約の解約を狙いに来るかどうか。いずれにせよ、今後目が離せない展開となる可能性がある。
*今は、TOB期間であり、余計な推論をして株価に影響を与えることは本位でないので、今回はこの程度にコメントをとどめたい。




以上。]]>
M.A.P.管理者
海外企業による買収リスクは上昇中? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk127tafpjy 2024-09-07T17:00:00+09:00
今回のM&Aコラムは、海外企業による日本企業の買収リスクについて、紹介したい。サマリーは以下の通り。


1. 下がる買収障壁
実は、敵対的買収(現在は、同意なき買収という)や海外企業による日本企業の買収は、これまで以上にやりやすくなっている。(上場企業に限る)


2. M&A法規制の整備
最近5年間で、上場企業のコーポレートガバナンス、スチュワードシップ、投資家とのコミュニケーション、M&A促進など、あらゆる施策、ガイドライン、法改正を行っており、日本企業の買収を考える海外企業にとっては追い風が吹いている。


3. 日本政府も後押し?
政府も、観光のインバウンドを含め、外資獲得、海外企業からの投資には、非常に好意的であり、国家の安全性を脅かさない限り、むしろ日本企業の買収は歓迎されるような印象を受ける。海外投資家からの資金流入、議決権助言会社の発言力、アクティビストの台頭、PEファンドのプレゼンス向上、経営者の世代交代など、これらは、日本政府が推し進めてきた法規制の成果であり、政治的に良好な海外企業による買収は、更にバーが下がっている。


4. In-Out Deals増加の予感
先日公表された、クシュタールによるセブンへの買収提案のように、事業会社による友好的な公開提案を通じたIn-Out M&Aは増加するものと感じる。特に、社外取締役が過半数を占める上場企業では、これまでBlack BoxだったM&Aプロセスが、ガイドラインの導入で公正性と透明性を重視するようになり、これらの実績が海外にも知れ渡ると、海外企業から日本企業への買収提案が増える可能性がある。


5. これからの日本企業の買収方法
様々なパターンが考えられるが、最も成功確度の高い買収方法としては、

①海外企業の買収提案を公正に検討してもらえそうな企業を特定、

②フレンドリーな公開買収提案を提示

③対象企業が設置する特別委員会からの支持獲得

④対象企業の取締役会の賛同の下、TOBにて買収

但し、欧米で良く用いられる、株式対価 or 現金とのハイブリッド型買収は、税制優遇が受けられないので、現金による100%買収にならざるを得ないのが、まだバーがあるが、今後この点もいつかは法整備がなされるものと想定される。


6. 未上場企業の買収は、依然として高い障壁
あくまでも、上場企業に限った話であり、政府の意向とは関係のない未上場企業は、これまでと同様、国内企業同士のM&Aが中心であり、個別事情がない限り、海外企業による買収可能性は極めて低い。


----------------(以下、本文)--------------------

1. 一気に下がった買収障壁
 
 2018年以降、M&Aが更に増加。理由は、In-Inの増加であり、業界再編や未上場企業による事業承継が進んだ。また、M&Aに対する経営者の意識が変わり、より経営戦略として身近なものになったことも大きいが、一方でM&Aの法規制やガイドラインが次々と発表され、同意なき買収や買収提案から始まったM&Aなど、ビジネスライクなM&Aがやりやすい環境になったことも大きい。



時系列に纏めると以下の通り。
  • 2000年代:  M&Aを含め、金融・取引所に関する規制が緩和され、ディスクロージャー制度の整備も進み、景気回復とともに、M&A件数が上昇。一方で、敵対的TOBやファンドに対する世間の抵抗が強く、課題が残るM&Aも発生。

    2010年代: リーマンショックによって、一時的にM&A件数は減少したが、円高の進展とともに、In-Out案件がじわじわと増加。また、2013年以降は、景気の回復とともに、M&A件数も増加の一途を辿る。

    2020年代: 2010年代半ばより、日本のM&Aの実績やナレッジが積み上がり、M&A法規制やガイドライン、コーポレートガバナンスの整備が進んだ。敵対的(同意なき)TOBやファンドに対する見方も変わり、経営者には、より真剣にM&AとりわけROEをはじめとした投資効率への意識が求められ、アクティビストを含む投資家との対話も無視できなくなった。
 
これら歴史的な流れもあり、最近では、「同意なき買収提案」であっても、「真摯な提案」であれば、対象企業の取締役会は無視することはできず、上場会社経営陣は株主の利益最大化を軸とした、経営を求められるようになり、上場会社の買収リスクは急上昇している。(買収提案を取締役会に付議することなく、経営トップでもみ消すことは事実上できなくなった)
 
 
2. M&A法規制の整備
 
 特に、最近5年間のM&Aに関する法規制やガイドラインの整備は、日本のM&A業界において、非常に大きな影響力を与えていると考える。上場企業の経営陣は、以前のように他社からの買収提案を取締役会に報告せずに無視したり、企業価値向上に値しない目先の防衛策と言った保身策を講じることが極めて難しい状態となり、米国のシステムに近づいているように感じる。
 
 これらを受け、投資家からの評価・提案、財務戦略、M&Aや企業価値に対する経営者の意識が最近大きく変わったことを受け、株主提案が増えたり、同意なき買収が事業会社間でも発生したり、フレンドリーではないM&Aも増えてきている。
 
重要な最近のM&A規制の概要をご紹介したい。基本的なM&A規制は変わっていないが、政府が発表するガイドライン(法的拘束力がなく、上場企業のみに適用)や取引所の定めるルール(上場企業のみに適用)の導入が大きなポイントとなる。
 
TOB規制: 従来通り変わっておらず、上場企業の株式を1/3以上を取得する場合、TOBが必要となる。但し、細かなルールが定められており、5%の取得であっても条件付きでTOBを求められることもあることから、法規制に詳しい弁護士・アドバイザーへの事前相談は必須。(TOB制度の概要は、こちら
 
外為規制: 上場企業が政府の定めるコア業種(航空業界、原子力施設、サイバーセキュリティ、電気・ガス・通信・水道・鉄道と言ったインフラ、放送業界、生物化学、農業など)に該当する場合、事前の届け出と許認可の取得が必要となる。もし、コア業種以外の場合、株式10%以上を取得する場合、事後の届出のみで良い。なお、未上場企業の株式取得には、コア業種に関わらず、原則届け出が必要となる。
 
M&Aガイドライン(2019): 2019年6月に経済産業省が公表した「公正な M&A の在り方に関する指針」は、 MBOや支配株主とのM&Aにおけるガイドラインである。但し、ここで規定された、公平性担保措置は、買収提案を受けた上場企業におけるM&Aの検討方法の実質的なルールとなり、特別委員会におけるM&A提案の検討・取締役会への意見の提示、専門家の助言の必要性、社外取締役の積極的な関与など、上場企業によるM&A検討プロセスの基礎となった。
 
スチュワードシップコード(2020):2014年にコーポレートガバナンスコードと同じ時期に導入され、資産運用機関における議決権行使に係るルール整備、ESG 要素等を含むサステナビリティを巡る課題に関する対話における目的の意識、 議決権行使助言会社側のルール整備と企業との積極的な意見交換などが定められた。これまで、上場企業と取引のある金融機関傘下の運用機関は、対象企業に対して反対票を投じることは少なかったが、より資金提供者側への説明責任を明確にし、投資家へのリターンの最大化を図るべく、投資家側のルールを整備した。
 
事業再編実務指針(2020): 2020年経済産業省により「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~が公表され、上場企業に、ROEやROICといった投資収益率を意識した経営を促した。日本企業は、買収は積極的に行うが、従業員の取扱いへの配慮もあり、事業売却が進んでおらず、コングロマリット経営のもとで、投資収益率が低いことが課題であり、結果、日本企業の低評価に繋がっていると指摘。その上で、収益性の低い事業は、自社が経営すべきかどうか(自社がベストオーナーかどうか)を定期的に見直し、該当しない場合は、事業売却を率先して行うように推奨した。日立製作所は、この指針に沿って、上場子会社の売却を進め、最近では多くの企業が事業ポートフォリオ管理の経営の重要課題に謳っている。

コーポレートガバナンスコードの改定(2021):2015年に導入され、スチュワードシップ・コードの改定も踏まえ、2021年、東証が取締役会の機能を更に発揮させるために、以下のルールを定めた。

(1) プライム市場上場企業において、独立社外取締役を3分の1以上選任

2) 指名委員会・報酬委員会の設置(プライム市場上場企業は、独立社外取締役を委員会の過半数選任)

(3) 経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表

(4) 他社での経営経験を有する経営人材の独立社外取締役への選任

 
企業買収における行動指針(2023):2023年経済産業省は、企業買収における行動指針~企業価値の向上と株主利益の確保に向けて~」​を公表。真摯な買収提案には、真摯な検討が必要とし、M&Aガイドラインをベースに取締役の保身に繋がらないように、公平性の担保措置を取ることを推奨した。
 
 上記の政府主導の法令・ガイドラインの導入もあり、上場企業への同意なき真摯な提案への買収リスクは高まることが予想され、セブンのような注目を集める大型買収案件をきっかけにIn-Out案件の増加が想定される。
 
 
3. 日本政府も後押し?
 
2. M&A法規制の整備に記載の通り、日本政府が主導して、M&A法規制・ガイドラインの整備を進めてきたこと、In-Boundに代表されるように、海外の人々や企業、投資家の日本市場への進出や投資には、前向きであることから、コア業種に該当しない限り、日本政府が海外企業の日本企業への買収に懸念を示すことはないだろう。
 
特にM&Aに関して言えば、ハッキリと意見を主張する海外投資家に、日本企業への指摘や提案をしてもらい、海外投資家をむしろ利用することで、日本企業のグローバルでの競争力強化、企業価値の向上につなげたいという思惑すら感じ取れる。
 
従って、海外大手企業が日本企業に興味をもち、むしろコア業種以外であれば、買収してもらい、海外企業を通して、日本の製品・サービス・技術を活用して、日本企業や日本経済を強くしてもらいたいという意向もあり得そうである。
 
なお、ここで言う海外企業は、あくまでも日本の親日国であり、敵対する国は、対象外となるため、日本企業の買収を考える海外企業は、日本と自国との政治的関係が良好であることが大前提となる。
 

 
4. クシュタール/セブン案件は、In-Out案件増加のトリガーになる!?
 
現在、クシュタールによるセブン&アイへの公開提案は、上記2や3を踏まえると、むしろ日本政府にとっては、待ちに待ったIn-Outの大型M&Aであり、他のセクターにも波及する恐れがある。逆に日本の大手企業の経営者に更に危機感を頂いて頂き、安定した企業経営ではなく、むしろ積極的に海外展開へと舵を切るように仕向けたい思惑もあるのかもしれない。
 
今後2020年代の残りは、成長志向ではなく安定志向、投資収益を意識しない日本企業に対しては、海外企業からの標的になる可能性もあり、In-Out案件の増加につながるかもしれない。日本政府としては、海外企業の力を使って、各業界での新陳代謝を起こし、日本における新たな産業の振興といった好循環を期待するといった思惑もありそうである。
 
いずれにせよ、大型の海外企業による日本企業への買収In-Out案件は、昨年の企業買収における行動指針の導入がトリガーになりそうである。
 
 
5. 日本企業の買収方法
 
様々なパターンが考えられるが、最も成功確度の高い買収方法としては、まずは、海外企業の買収提案を公正に検討してもらえそうな企業かどうかを特定することである。ポイントとしては、以下の通りである。


(1)ターゲットとなる日本企業の株主構成
株主が分散されているか?海外投資家比率が高いか?アクティビストがいるか?

(2)社外取締役の存在
社外取締役が過半数いるか?外国人取締役がいるか?M&Aに明るい社外取締役がいるか?

(3)特別委員会の設置可能性
社外取締役が過半数を占める上場企業であれば、真摯な買収提案に関して、特別委員会が検討を行う可能性が高い。特別委員会が設置されれば、企業買収における行動指針に沿った買収プロセスで検討が進められるため、公正かつ透明性のあるM&A検討がなされるため、買収可能性も高くなる。

(4)特別委員会からの賛同
取締役会が諮問した特別委員会からの買収提案の賛同が得られると、基本的には取締役会からの賛同も得られることになるため、フレンドリーベースのTOBが開始されることになる。なお、公正かつ透明性のあるM&Aプロセスになるため、マーケットチェック(他の買収者探し)も行われるため、しっかりとプレミアムを付した買収価格の提示が必要になり、特別委員会とは何度か価格交渉を行うことになる。

(5)Interlooperリスク
公正かつ透明な買収プロセスは、Interlooperリスクも高くなることから、TOBプロセスの中で、同意なき買収提案を招く恐れもある。TOB期間中も、それなりに覚悟が求められ、場合によってはTOB価格の上乗せの検討も必要になる。

(6)現金100%買収
欧米で良く用いられる、株式対価 or 現金とのハイブリッド型買収は、税制優遇制度の整備がまだなされていないため、現金による100%買収にならざるを得ないことが、非常に高いハードルになる可能性がある。今後この点も法整備がなされるものと期待される。
 

上記(1)~(4)の流れでは、富士ソフトによる非公開化が代表例になる。厳密にIn-Out案件とは言えないものの、

(1)アクティビストによる買い増し
(2)過半数の社外取締役の選任
(3)社外取締役で構成された特別委員会の設置
(4)買収提案の評価(vs 会社の中期計画)
(5)特別委員会による買収提案の推奨

という流れから、ファンドによる友好的なTOB実施に至っている。この方法がより広まると、更にコングロマリット企業や投資効率の低い企業は、ターゲット化され、過半数を占める社外取締役、特別委員会によるレビューをもって、買収されるという流れが一般化され、全く常勤取締役の意見を挟む隙が無いうちに、買収されてしまうということになる。


6. 未上場企業の買収は高い障壁
 
上記1~5は、あくまでも上場企業に限った話であり、政府の意向とは関係のない未上場企業は、これまでと同様、国内企業同士のM&Aが中心であり、個別事情がない限り、海外企業による買収可能性は極めて低い。個別に長い取引関係にあり、日本企業の取引慣習への理解とターゲットとの信頼関係がないと、基本的に未上場企業の買収はできないものと考えてもらって良い。
 
 以上


    ]]>
M.A.P.管理者
M&Aは経営戦略の縮図!? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12c7dg5x4 2024-08-30T12:00:00+09:00

1. 経営戦略について

経営戦略と言われると、「企業が事業成長や目標達成のために必要な経営の展開方針であったり、その具体的な取り組み」というイメージがある。

必要なリソース(人・物・金)を使って、事業の方向性を設定し、時間をかけて施策を実行して、結果として目標を達成する自力成長=オーガニックな成長(Organic Growth)が一般的。

また、もう一つ、事業成長のために、既にそれら目標の先を進んでいる他の会社を買収し、即座に手に入れることで、目標を達成するM&Aでの成長を、インオーガニックな成長(非連続な成長 = Non-Organic / M&A Growth)と言い、金で時間を買うともいう。

どちらが良いか、という議論も常にあるが、個人的には、経営戦略として事業成長・目標達成のためには、どちらの選択も間違っていない、と考える。

むしろ、その2つは、経営戦略の取り得る手段であって、結局、良し悪しは時間価値を含め、どちらが安いか、という観点で判断できると考える。但し、これは、戦略実行前の検討時点での判断基準であり、結果いずれの手段でも結果の成否は、ケースバイケースであり、結果論となる。価値の考え方は、前回の「M&Aにおける買収価格の考え方」を参照頂きたい。

分かり易い例でいうと、ソフトバンク楽天モバイル(携帯)事業。ご存じの通り、モバイル事業参入にあたり、両者で採用した手段が異なる。

① ソフトバンク → 日本テレコムの買収

② 楽天 → オーガニック成長(1から事業投資を行い、オーガニックに成長)

ということで、本題に振り返ると、M&Aは、経営戦略の一つとは言え、案件金額が大きいほど/事業規模が大きいほど、重要な経営戦略と言える。従って、「企業のM&A実績」「M&A戦略」を見ることで、「経営戦略」「企業の目指す方向性」が分かるという意味から、「経営戦略の縮図」と言っても過言ではない。また、企業の経営戦略を理解する・考える、他社の企業分析を行う上で、過去のM&A実績やM&A方針を確認することは非常に重要となる。


2. 経営戦略におけるM&Aの位置づけ

上場会社の中期経営計画を見ると、経営戦略の手段として、M&Aを掲げている会社も多く、常にオーガニック成長(設備投資や新規事業の立ち上げなど)かM&Aかという手段を考えながら経営戦略を考えていることが多くなっている。

今回は事例を踏まえながら、経営戦略としてのM&Aについて、焦点を当てる。
(以下、各社のウェブサイトやIR資料からの抜粋)


①NIDEC(旧 日本電産)

これまでM&Aを国内外で60社以上手掛けており、グローバルネットワークの形成や新規市場への進出にあたり、今後もM&Aを重要戦略と位置付けている。過去のM&A実績を通して、会社の目指す経営方針を理解することができる。(e.g. 海外市場はどこを狙っているか、展開する領域はどこか、どのような技術・製品展開をしたいかなど)



②ソフトバンク

M&A・事業投資の卓越者であり、携帯事業を始め、これまでM&Aを事業成長の柱に成長。経営戦略=M&Aと言っても言い過ぎではない、成長の軌跡。2016年以降は、事業会社というより投資会社として、M&Aを事業そのものに据えて、事業を展開。




③リクルート

数多くの起業家を輩出し、社内でも新規事業を数多く創出し、大企業となった今もEntrepreneurの集まりのような企業イメージで成長してきた印象。2010年以降、特に海外展開においては、戦略に合致するターゲットであれば、M&Aを積極的に活用して事業拡大を図ってきた。



代表的な大手企業のM&Aによる成長の軌跡であるが、これらを見ると、地域×事業領域でマトリックスの中で、どこをM&Aで攻めたのかか/オーガニック成長で攻めたのか、M&Aを通して、成長過程が分かる。


また、最近は買収だけでなく、事業ポートフォリオマネジメントという観点から、ROICやROEといった投資効率の指標をKPIとして定め、事業成長・企業価値の向上を目指す上場企業が増えてきた。

背景にあるのは、2020年7月に、経産省が公表した「事業再編実務指針 ~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~ (事業再編ガイドライン)」でも指摘されているように、買収ばかりで規模を大きくしても、投資効率が悪ければ(低収益の事業を抱えたままだと)、結局投資家から評価されず、企業価値の向上に繋がらない。

事業を買収するなら、同時にノンコア(投資効率の悪い)事業を売却して、企業全体の収益率を高める経営管理(事業ポートフォリオマネジメント)がこれまで以上に重要視されている。

従って、経営戦略としてのM&Aというと、買収ばかり意識されがちだが、今後は、事業売却も更に注目され、事業売却がタブーではなくなっているという風潮が強くなっている。

一例として、以下挙げたい。

①TDK

事業別ROAやROICといった「投資効率」と「事業の将来性」を基準に、4つのマトリックスを作り、左下の象限(低収益・低成長)の事業はリストラ対象(=売却対象)という位置づけにおいている。




なお、経産省のガイドラインでは、左上の象限(高収益・低成長)というお金の成る木であっても、今後左下に向かうのであれば、早期売却を検討すべきという示唆がなされていることは、コメントしておきたい。

いずれにせよ、M&A(買収・売却の両方)を見ながら、企業の経営戦略を見ると、一段と方向性がクリアになることをここで示しておきたい。]]>
M.A.P.管理者
クシュタール(Couche-Tard)によるセブン & i への買収提案 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12demyjg6 2024-08-20T12:00:00+09:00
クシュタールによるセブンへの買収提案は、円安の恩恵もあったかもしれないが、海外コンビニの急拡大の割に、セブンのValuation的な割安感を狙ったものと思われる。世間の目や従業員との軋轢を気にした、セブンによる悠長な改革では、とりわけ海外投資家は待ってくれないという空気感が、クシュタールにも伝わり、買収提案に至った感もある。

いずれにせよ、5~6兆円規模の大型買収提案を、しかも対日本企業に行った、今回のクシュタールは、念入りに調査し、周到な準備をして、満を持して行ったと思われるし、真正面に同業から買収提案を受けたセブンの経営陣も相当悩ましいものと想定される。

今回の提案が通ると、他のグローバル企業から日本企業への買収提案のドミノ倒しも考えられることから、かなり注目度が高い案件と個人的には、感じる。今思い当たる今後のポイントをいくつか挙げたい。


1. 狙いは何か?

①北米でのシェア拡大
クシュタールとしては、北米のコンビニ事業の拡大が狙いだろう。特に、セブンの稼ぎ頭である海外コンビニ事業(売上の99%は北米)を手に入れ、アメリカでのシェアNo.1を取る。「アメリカ最新コンビニ市場 2023」によると、セブンイレブン12,854店舗(8.6%)No.1クシュタール7,008店舗(4.7%)No.2。No.3以下を大きく引き離すことになる。但し、独禁法が若干気になる

なお、余談だが、国内のコンビニ事業の経営についてはどうか。当然、興味はあるが、クシュタールが世界で展開するサークルKは、既に日本での展開を行っていないので、シナジーはない。但し、セブンの国内No.1コンビニ事業をそのまま獲得できるので、それはそれで良いという整理だろう。もちろん、クオリティの高い商品をクシュタールのコンビニに横展開するなど、将来的には協業が描けるが、買収検討時点で価値に織り込むのは難しい。

また、日本国内のコンビニ経営は、ご存じのようにFC制を敷いており、サプライチェーンも日本固有のもの、海外にはない多様なサービスを展開しているので、クシュタールは直接手を掛けず、今のセブン主要幹部に国内コンビニ事業をそのままお任せするということになるだろう。


②為替の恩恵

やはり為替の影響は大きい。これが、今回の買収提案の引き金になったと言っても過言ではない。後に述べる「M&A指針」の影響もあるが、とは言え、買収資金の確保が最も大きなハードルになることから、為替が後押ししたのは事実だろう。

クシュタールの3年間の株価上昇幅は、為替を考慮しないベースで+60%、為替込みになると+103%と4割増しとなっている。ちなみに、セブンの株価上昇率は、3年間でたったの+5%為替だけでも、30~40%ディスカウントになっているため、クシュタールからすると、今買収すれば、プレミアム分を支払うし必要がないという整理もできる。

今後、日銀が金利を切り上げる or 北米の景気減速懸念が高まると、為替は円高に振れる可能性があるので、クシュタールにとっては、このタイミングは、まさに千載一遇のチャンスと考えた可能性はある。


③ セブンの割安感

上記②で述べたように、セブン自体もSpeedwayを買収した2021年以降、株価が+5%しか上昇していない。インフレを考慮すると、実質マイナスという評価もあり得る。

2023年にやっとの思いで、西武百貨店の売却完了を終えたのを皮切りに、franfran・千趣会・バーニーズの売却やイトーヨーカドー7店舗閉鎖・売却と矢継ぎ早に、セブンにとっては大急ぎで、事業ポートフォリオの見直しを行ってきたが、投資家の評価は、ご覧の通り、株価の上昇幅に表れている。

結果論にはなるが、細かなアセット整理ではなく、投資家としては、西武百貨店の次に、イトーヨーカ堂の事業整理ができるのかどうか、過去の柵を自ら断ち切ることができるか、見極めていたと言っても良い。(以前の参考コラム:「そごう西武の売却」)

IR資料を見る限り、イトーヨーカ堂の事業再建を進めていたとは思うが、アクティビストに再度入られて対応を余儀なくされるなど、投資家の期待するスピードには追い付けなかったという結果になる。

なお、為替の影響は、セブンにとっても、Speedway買収により拡大した北米事業の押上げ効果に繋がり、連結EBITDA40%の増加に貢献、連結EBITDAの60%を稼ぐまでに成長した。ただ、この海外事業の円ベースでの急成長は、Speedway買収によるシナジー効果よりも、為替による枷上げ感の方が強く、その恩恵を時価総額の上昇で受けていないことを踏まえると、市場がセブン経営陣の手腕を評価しているとは言い切れないので、この部分は非常に残念。



2. 勝算は?

さて勝算はどうか。以下の観点で勝手に分析。個人的には、今のところ、クシュタールの買収提案が受け入れられる可能性は、50%~60%程度と判断する。買収を検討する独立取締役で構成された特別委員会がキーであり、彼らが買収提案の受け入れを取締役会に進言するか否かがポイント(実務的には「答申書」という形で取締役会に特別委員会による買収提案に対する意見、つまり賛否を提示する)。特別委員会の判断に反する取締役会決議を行った上場企業によるM&Aは、個人的には知らないので、事実上、特別委員会が買収提案を判断すると言っても過言ではない。
なお、特別委員会の結論として、個人的には、「買収提案の内容について、戦略面での評価はできるが、クシュタールの財務状況(買収資金の調達力)に疑問符がつく」ので、「資金調達力」がどこまで減点されるか次第。

クシュタールの買収戦略としては、

i)コンビニ事業における買収後のシナジー効果の最大化

ii)
非コンビニ事業の早期事業売却(売却できない不採算部門は、リストラ・撤退など)

をセットにして、過去のM&A実績をアピールしながら、i)及びii)の実行可能性をアピールし、「買収後早期に財務基盤の改善を図る」という内容だと推察される。

なお、国内の非コンビニ事業は、PEファンドにそのまま売却するのが、手っ取り早いので、その売却可能性の検証(フィージビリティスタディ)を事前に行っている可能性はある。


①M&A指針(「企業買収における行動指針」を参考)


M&A指針は、クシュタールにとっては、かなりの追い風。これまで、海外企業による買収提案に対して、日本企業は逃げることも許されたが、この指針の登場により、実質的に逃げることができなくなった。具体的には、経営陣が判断するのではなく、実質的に独立取締役の判断に委ねられるため、合理的な提案であれば、受け入れられる可能性がかなりの確立で高まっている。

一昔前は、取締役会から独立した、特別委員会と言えども、弁護士・会計士などの専門家で構成され、経営陣や世間の目を気にしながら、ボトムアップのテクニカルな視点での判断が多かったが、2019年に経産省が発表した、いわゆる「M&A指針」(公正な M&A の在り方に関する指針が登場して以降、特別委員会の位置付けが徐々に高まり、より株主重視(特に少数株主重視)となった。(M&Aコラム:「M&Aにおける特別委員会」を参照)

そして、極めつけが、昨年経産省から発表された、企業買収における行動指針。これにより、買収提案は、「企業価値向上に資する提案か否か」の観点で評価されるものであり、それは独立取締役が判断するものと明記された。

これにより、M&Aにおける独立取締役の役割と責任が明記されることで、株主代表訴訟の対象になる程に急激に高まり、現経営陣も保身策を講じ辛くなった。(昔も水面下で買収提案を行っている海外企業はあったと思うが、買収提案を受け取っても、取締役会に報告することなく、会長・社長で握りつぶすことも多く、海外企業もそのリスクを認識していた。)

まさに、今回のクシュタールの買収提案は、「企業買収における行動指針」に当てはまる事例であり、セブンの経営陣としては、この指針に沿って検討しなければならない。クシュタール側もこれを意識してか(特に「透明性の原則」) or 報道がなされたことへの対応か、ウェブサイト上で、セブンへの買収提案の事実を認めるプレスリリースを公表している。

従って、独立取締役のメンバーの顔触れも確認した上で、クシュタール側としては、「勝算あり」と判断し、買収提案に至ったものと思われる。

なお、厳密に、行動指針はあくまでも、指針であり、法的拘束力はないが、これに従わないと、株主や投資家からの反発、総スカン、訴訟もあり得ることから、海外投資家を多く抱える大手上場企業にとっての実質的な効果は法的拘束力と同程度と言える(海外投資家やモノ言う株主がいない上場企業は、無視することもまだあるとは思うが)。


②買収提案の評価ポイント

独立取締役による同提案の評価ポイントは、以下の4つとなるだろう。

1)真摯な提案か否か

2)企業価値向上に資する提案か否か

3)買収価格・条件が妥当かどうか

4)資金調達の実現可能性



クシュタール側は、当然日本のマーケットに精通した投資銀行や弁護士を任用して、上記1)~4)のポイントとなる、セブンの企業分析、現経営陣や独立取締役の経歴、事業内容・業績状況に限らず、Valuation、シナジー効果、日本のM&Aに関する法規制、M&A指針など、あらゆるポイントを把握・分析した上で、今回の買収提案を行っている。

従って、上記1)~4)のポイントを評価できるように、買収価格や買収後の経営方針についても、具体的に記載している可能性が極めて高いと言って良い。そうでないと、特に2)の検討ができない。
(提案書になくとも、特別委員会が今後クシュタール側に質問書を提示したり、インタビューを行うことが一般的なので、その中で判断材料を入手した上で、判断することになる)

勝手に、1)~4)のポイントを評価すると、以下のような感じ。

1)問題ない。合格点(◎) 

2)合格点に見えるが、財務状態を踏まえると、どちらに転ぶか判断が難しい。 

3)金額を見ていないと何とも言えない。但し、プレミアムが+40%以上であれば、合格点(◎) 

4)問題あり。2)の買収後の経営方針に関わるが、買収後にセブンのノンコア事業売却、リストラ実行、シナジー施策の実行次第。単純に買収後の足し算では、借入金が増大するため、資金調達ができるかは、マーケット次第。 

1)は割愛、3)は4)次第なので、2)と4)を中心に見ていく。


③企業価値向上に資する提案か否か

これは、意外にも定性的な評価によるものとなる。企業価値向上に資するか否かは、シナジー効果があるかどうか。具体的には、ディスシナジーを差し引いても、余りあるシナジー効果が創出され、企業価値向上に繋がるという戦略的シナリオとその実現性があるかどうかが、評価の重要なポイント。事業別にみていると、以下の通り。

海外コンビニ事業: むしろ買収が戦略的に合理性があり、魅力的との結論が出る可能性が高く、企業価値向上に資するという判断になるだろう。一応、米国での独禁法のリスクについても、確認することになるだろうが、シェアを見ても一概にNoという状況ではない。

国内コンビニ事業: これまで通りで現状維持あれば、合格点。クシュタールとしては、日本に基盤がなく、シナジー創出は不可能である為、国内事業をそのままにして、セブン国内の商品力やノウハウを海外コンビニに展開するという事業方針を取るものと考えられる。ディシナジーとして、人材流出やモチベーション低下など考えられるが、差し引きしても、シナジー創出の方が上回ると見る。

上記に加えて、国内外コンビニ事業での共通するシナジーとしては、管理部門・共通部門のスリム化、リストラ。店舗の統廃合やサプライチェーンの共通化といったコストシナジー。

更に、コンビニ以外の事業について、クシュタールとしては、ノンコア事業という位置づけにする可能性が高く、恐らく撤退・事業売却という方針だろう。労働者の処遇については、社会的・政治的には気になることだが、企業価値向上の観点では、正直その点は、リーガルリスクが金額的に大きな影響を及ぼさない限り、「撤退・事業売却」はやむなし、合理的という整理になるだろう。コンビニ以外の事業は、コンビニとの相乗効果がなかったり、業績低迷・不採算の子会社が多いため、結果的に、事業売却し、本業に集中することで利益改善に繋がる可能性が高い or 利益が出るという整理となる。また、良いValuationで売却できる道筋があれば、それも企業価値向上に資するという判断にもなる。

いずれにせよ、企業価値向上に資する提案は定性的に描きやすく、むしろディスシナジーを検討する方が難しいくらいになるので、結果的に2)企業価値向上に資するか否かを否定することは、難しいと考える。

なお、特別委員会は、単にクシュタールの提案書のみを検討するだけでなく、評価に必要となる材料や情報をセブン経営陣にも聞くことができる。セブンからのクシュタールの提案に対する反論やディスシナジーの主張としては、①(日本のコンビニ事業がガラパゴス化しているが故に)国内コンビニでのシナジー効果の難易度の高さ、②撤退・事業売却やリストラによる役職員の離反・モチベーションの低下、③北米における既存市場のカニバリなどを挙げると考えられる。とは言え、俯瞰的に見ると、やはりシナジーの方が大きいように思える。


④資金調達の実現可能性 = クシュタールの財務体質

結論、結構厳しい。直近ベースで、クシュタールの「有利子負債/EBITDA(DEレシオ)」 = 「US$14bn/US$6.2bn」 = 2.3x。セブンは、同「US$ 26.6bn/US$ 7.0bn」= 3.8x。(両者とも負債多寡であり、現預金は全て事業用資金と見えるので、純有利子負債ではなく、有利子負債額を用いるのが現実的と判断)

M&Aの際、一般的には4.0xを目安(市場環境が良かったり、対象企業の過年度のCF創出力を踏まえると5.0x~6.0xまでは考えられるが)に考えるので、仮に全て借入で買収したとしても、クシュタールの財務体質が相当悪化する。仮にプレミアム+30%とすると、買収金額は5.9兆円(US$ 39bn)となり、クシュタール+セブンで、「DEレシオ」は、「US$(14+26.6+39)bn/US$(6.2+7.0)」=6.0xとなり、ギリギリ。

エクイティ性資金の調達を活用しても、債権者・投資家からは、当然早期のシナジー創出を求められるため、撤退・事業売却やリストラは、マストになるだろう。

従って、撤退・事業売却やリストラの強い主張が、逆にセブン側の主張であるディスシナジーのリスクを顕在化させるきっかけにもなり、トレードオフの関係にもなるため、この2つの項目(企業価値向上と資金調達力)は、特別委員会がどう評価するか、要注目となる。

なお、クシュタールとして、まずは、i)非コンビニのアセット売却を織り込み、DEレシオの早急な改善を図る。次に、ii)北米事業でのシナジー創出。サプライチェーンの統合や商品の共通化など時間はかかるが、同じコンビニ事業であり、過去の独自のPMI事例も用いながら、熟知している北米事業でのシナジーストーリーは説得力があると思う。

従って、i)について、まずは非コンビニ事業を丸ごとPEファンドに早期に売却し、早々に実現する。仮に、事業環境等の変化で売却できなかったとしても、今のセブン経営陣よりも迅速かつ確実に事業ポートフォリオの見直しを実施する、というコミットをした提案を織り込み、実現可能性をアピールし、2)と4)をセットで、合理的な判断を獲得したいところ。

但し、上記はあくまでも資金調達が確実に実現した後の懸念事項であり、そもそもマーケットが不安定な状況になりつつある環境下で、果たして資金調達ができるか、というそもそもの大きな課題も立ちはだかる。

この資金調達の実現が確実ということになれば、後は企業価値向上に資するかだけなので、勝算は上がるだろうが、LOI時点では、DDが終わっていない状況であり、銀行が融資証明を出すことは考えにくいため、現時点で資金調達が確実とはクシュタール側も言えないだろう。

また、クシュタールも上場企業であり、株価が今後下がり続け、時価総額がセブンと同程度になれば、エクイティ性資金も見込めなくなるため、更に実現性が厳しくなるので、時間の猶予はないと思われる。

唯一、セブン経営陣として、買収防衛がなせる点はここにあり、弊社が防衛側のアドバイザーであれば、「時間稼ぎ」と「クシュタールの財務状況」、この2点を突くことをまずは考える。


⑤買収価格(資金調達)はどこまで引き上げ可能か?

個人的には、やはりD/Eレシオ6.0xが上限であり、エクイティ性のあるハイブリッドローンなどの検討も必要となり、早急に3年ほどで、4.0xに落とせるかがポイントになると考える。従って、買収プレミアム30%~40%程度が限界、50%まで行けるかという状況であり、100%乗せることは、難しいと考える。

なお、買収プレミアム30%として、買収後オーガニック成長+シナジーでざっくり、+US$ 5.0bnのEBITDA創出が必要となるだろう。これは、相当難易度が高い。買収価格が上がる程、設備投資の抑制/返済重視の圧力も高まるため、実現性の確度も下がっていくことになる。


⑥セブン経営陣の買収防衛策

セブン経営陣として、買収阻止のため、クシュタールの財務状況の課題を突くには、買収価格のつり上げが一番有効な手段となる。では、どうするか。

一つ目は、ホワイトナイトを連れてきて、買収価格の上昇を図る。例えば、PEファンドと共同し、PEファンドの手腕を活用して、非コンビニ事業の売却とリストラのスピードアップを図り、市場へアピールして、株価上昇を画策するなど考えられる。可能であれば、特別委員会が結論を出す前に、非コンビニ事業の丸ごと売却の発表ができれば、ベストであり、株価上昇に繋がる。あとは、セブン経営陣の行動力次第。他に厭らしい作戦としては、多額の増配や大型の自己株取得で株価をつり上げる作戦。但し、やり過ぎると、逆に保身と映り、独立取締役の否決に繋がるので、容易にはできない手段となる(昔は、こんなことも普通にやっていましたが)。ましてや、パックマンディフェンスなど、過去の芸当に過ぎないだろう(逆にクシュタールを買収する作戦)。


二つ目は、時間稼ぎ。特別委員会による審議期間を長引かせる。小出しに事業売却を進め、検討項目を増やすなど、地味だが、無視できない決定事項を増やしていくやり方もある。所謂逃げ切り作戦。

通常、2カ月~3か月程度で特別委員会は結論を出すべく進める。具体的には、特別委員会での審議内容は、前半は「企業価値向上に資する提案か否か」の検討、後半は「買収価格の妥当性・資金調達力の検証」に時間を使い、10回ほど開催することも想定される。週1回ペースで進めると、結果2-3か月は必要となることが一般的。但し、社会的注目も高く、時間をかけることはクシュタール側に不利に働くこともあり得ることから、迅速に対応している可能性もあり、2か月以内に結論を出す可能性もある。

従って、セブンとしては、一つ目のようにホワイトナイトを連れてくる、色々とコーポレートアクションを仕掛けるなど、審議期間を長引かせる方法を考えているだろう。その間に、クシュタール側の株価が下がっていき、買収提案を引き下げるというシナリオを描きたいところ。


三つ目として、いよいよ買収防衛ができない状態になった場合を想定し、完敗(=現経営陣の一斉退陣)を避けるため、「対等な経営統合」に持ち込む。具体的には、以前、AMATと東京エレクトロンが経営統合を図ったように、第三国に共同で持株会社を設立し、互いに経営陣を出し合い、国内事業は何とかセブン経営陣が確保、北米事業は共同運営という体制を描いて、逆提案をする。こうなると、完全に買収されたというイメージは払拭されるので、最悪のシナリオとして、セブン経営陣は考えることになるだろう。


⑦特別委員会の判断はいかに?

前に述べたように、M&A指針に従って、今回の買収提案の評価は、独立取締役で構成する特別委員会でなされる。セブン経営陣としては、まず特別委員会にアピールして、クシュタールよりも自分たちの方が企業価値を向上できるという説得に動く。また、株価向上策も色々と売ってくることもある。

一方で、クシュタールの買収提案の方が上回っていると判断される可能性もあるため、ホワイトナイトの検討も行っているだろう。

特別委員会としては、資金調達力の評価=クロージングの確実性に対する回答をクシュタールに求めることになるだろう。資金調達が難しいとなった場合、特別委員会としてはNoの判断をするだろう。仮に、買収提案の受け入れの判断を行ったとしても、資金調達が前提条件となるはずなので、クシュタール側に融資証明の用意をさせることが必要となる。つまり、DDフェーズまで進ませ、法的拘束力のある買収提案(融資証明書付)を求めるなど、限定意見付きで、賛同するという判断になる可能性もある。

(ここで、独立取締役・特別委員会と言えども、身内であり、セブンの事情も知っているから、忖度が働くのでは?と思われる方もいるかもしれないが、最近の特別委員会は、株主にとって最良な方がどちらかという、是々非々の判断を行うので、全く忖度は働かない。むしろ審議期間中は、本件に関する意見交換は、執行取締役と独立取締役の間では非公式の場でも一切行わないと言っても良いくらい、かなり厳密に行われるので、相当時代が変わっていると思って頂いても良い)


⑧独禁法リスク

業界のNo.1とNo.2が統合することによる、米国の競争法による許認可リスクはゼロとは言えない。両者の店舗分布を把握していないのは分からないが、地域によって、独占的なエリアが発生するのであれば、部分的にある地域での統合は認めないなど、条件付の許可が出ることもあり得るとは思う。いずれにせよ、審査が必要になるとこれも時間がかかるので、クシュタールには不利になるかもしれない。


⑨政治リスク

日本製鉄/USスチールのように、政府が買収を止めに係るリスクはゼロとは言えない(野党など一部の議員が騒ぐかもしれない)が、今回に限って、今の与党では個人的にはないものと思う。理由として、

i)経産省がM&A指針を出している手前、その行動指針通りのアクションを取り、結論を出したものに対して、文句を言うことはできない。(自民党時代に出した施策なので、ブーメランになることはしない)

ii)M&A指針、ガバナンスコード、スチュアートシップコードなど、政府による市場改革の成果が海外投資家の呼び込みに成功し、日経平均の上昇に繋がっていることから、今回の買収を阻止すると、恐らく海外投資家の日本市場からの逃避を招くリスクもあるため、一企業のためにその判断は難しい。

iii)コンビニが日本社会・経済にかなり定着しているものの、そもそもセブン自体はアメリカ発祥。それをイトーヨーカ堂が日本に持ち込み、日本のセブンが大きくなったので、本体の米国セブンを買収するに至ったが、結局は海外発の事業なので、それを阻止するのも、違和感がある。

買収後に相当社会的なダメージがない限り、政府が動くことは難しい。また、足元日本製鉄/USスチールでは、阻止に動く米国に対して許可するように動く日本製鉄を後ろでサポートしているはずなので、この件で阻止するとなると相反することにもなる。

昨今、PEファンドへのノンコア事業の売却も社会的に受け入れられていることから、クシュタールも然程、日本における事業売却をレピュテーションリスクとは考えないだろう。

ということで、長々と書きましたが、冒頭記載の通り、現時点でクシュタール側の勝算は、五分五分と言ったところであり、戦略面での評価を少し足して、50~60%だと個人的には思う。
但し、その間クシュタール側の株価が下がれば、資金調達力に疑義が生じるので、勝算は下がっていくこともあり得る。


3. 買収後は何が起きるか?

仮に買収提案を受入れ、クシュタールの買収が成立すると、何が起きるか?

①セブンの事業売却の加速

既に述べたように、買収が成立すると、国内外のコンビニ事業以外は、全て早急に売却されることになる。時間的にも早さが求められることから、投資ファンドへの売却が有力になるだろう。

仮に買収防衛を果たした場合も、セブンによる事業売却スピードは加速するものと思われる。これまでの「悠長な改革」が今回の買収提案を誘引したことになると、セブン経営陣としては、スピードアップは避けられない、むしろ、大義名分が立って改革を進めやすくなるということもあり得る。


②本社を北米に移管

東南アジアでもセブンはコンビニ事業を展開しているが、IR資料を見る限り、ライセンスフィーは北米SEIに支払っていることから、セブンのIPは基本的に、北米にある。また、日本事業よりも北米事業の方が大きくなったことから、本社を北米に移して、グローバル統制を敷くのが自然と見えるので、必然的に日本での管理部門をシンプルにして、北米主体の事業に移すものと思われる(コストシナジーも出しやすい)。



4. 今後への影響

今回、コンビニ業界最大手が海外の競合から買収提案を受けるという、これまでにない事態が生じた。セブン自体はもともとアメリカの会社であったので、日本ブランドを守るという政治的なカラーも薄く感じるので、これをもって、日本政府が防衛に動くとは思えない。また、海外投資家を呼び込むために、M&A指針を設け、日本企業にも啓蒙してきていることから、これまでも流れを踏まえると、むしろ歓迎するぐらいの感じもある。

なお、これまでは、日本の独特の企業文化や規制もあって、海外企業は日本企業の買収には及び腰であったが、今回、国内業界トップの海外企業によるIn-Out案件が仮に成立すると、本格的に海外企業が日本企業の買収に動くことが考えられる。自動車や重工業のように、日本独自の複雑なサプライチェーンを築き上げている業界は、まだ海外企業からすると買収ハードルが高いが、セブンのように買収で大きくなり、海外事業も拡大してきた業界(ビールや消費財、製薬など)は、買収者からもPMIのしやすさがありそうなので、買収リスクは格段にあがることになるだろう。

ということで、海外大手企業からの買収への備えとしては、日立製作所のように事業ポートフォリオの見直しを急ぐことが先決と思われるし、その必要が更に増した(顕在化した)といっても過言ではない。]]>
M.A.P.管理者
【M&A実績】立川ブラインド工業と富士変速機との株式交換 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ad7ycao 2024-08-01T19:00:00+09:00
弊社MKA Advisorsは、2024年8月1日に公表された「立川ブラインド工業株式会社による富士変速機株式会社の 完全子会社化に関する株式交換契約締結(簡易株式交換)のお知らせ」において、富士変速機様のFA(フィナンシャル・アドバイザー/第三者算定機関)を務めました。

]]>
M.A.P.管理者
M&Aにおける買収価格の考え方 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ncdk9oe 2024-07-25T16:00:00+09:00 「M&Aにおける買収価格の考え方」とは、いわゆる企業価値の評価方法といったテクニカルなValuationの話ではない。今回は、買収価格はどう決めるべきか、というお話。

M&A案件で買い手アドバイザーを何度か経験する際、買収価格の考え方について、クライアントと「折り合えなかった」ことが、多々あった。

「折り合えなかった」とは、「理解してもらえなかった」というよりも、実際の案件の中で、「悠長に考えている時間がなかった」という方が正しく、平常状態で1時間使ってディスカッションすれば、理解頂ける内容である。(かと言って、平常状態で改めて話す程のテーマでもないという事実もありますが)

しかし、実際に案件を進める中でそのような時間を確保することは難しかったという方が正しい。仮に、理解したとしても、以下のように、実際にロジック立てて買収価格を決めるというやり方は、実務的に適用するのは難しく、結局は頭で理解できても実践するには時期尚早というのがほとんどだろう。が、これをやっておかないと、結果的にM&Aの失敗可能性が高まると個人的には考えているが、まずは参考程度に見て頂ければと思います。

ということで、今回は、M&Aにおける買収価格の考え方を少しここでまとめたい。概念(イメージ)として、以下の価格の考え方を、スライドに纏めたので、参考にして頂きたい。



1. 買収価格とValuation(価値評価)

まず、買収価格をValuation(価値評価)と捉えている方が「意外に?」多い。Valuationとは、あくまでも方程式によって計算される価値算定のことであり、そこには買い手や売り手の意図はない、客観的で公正な評価方法となる(誰がやってもほぼ同じような結果となる)。一方で、買収価格には、買い手の意図が入ることになり、より正確には「買収しても良い価格」ということになる。(逆に売却価格であれば、売り手の意図)。

従って、買収価格は、Valuationで算定された価値よりも、高かったり、低かったり、同じくらいだったりする。つまり、買い手によって評価基準が異なるということになる。例えていうなら、M&A、つまり企業買収は、スーパーで買える汎用的な商材ではなく、あくまでも一点ものの商品であり、サザビーのような唯一無二の買い物をする「オークション」に近い。日本人には、オークションに慣れていない、参加したいことがいない人が大半だと思う(当然、私も参加経験はない)ので、馴染みがないが、想像するだけでも十分理解できるだろう。

オークションに置き換えると、「Valuation」は、「時価●●億円と言われる」という想定価格のようなもの。但し、株式市場で類似した会社の時価総額がわかり、また企業価値や株式価値の計算式が確立されているので、いい加減なものでもない。一方で、買収価格は実際に取引が成立した落札価格のことであり、そこには買い手の意図(どれくらいほしいかという考え)が反映されている。例えば、ある有名な絵画が時価5億円相当(= Valuation)と言われており、実際のオークションで7億円(=買収価格)で落札されると、2億円高くても買い手は欲しかったもの、と理解して頂ければ良い。

M&Aの場合、Valuationは、市販の教科書やウェブサイトにも多く紹介され、M&A専門家によって容易に算定され、かなり体系化された評価手法である。

一方で、買収価格は買い手によって異なる。私が常々M&Aは、一物一価でないと言っている背景は、買い手によって評価が異なるからだ。


2. M&Aにおける様々な価格

では、どのように買収価格を導き出すか。買い手によって、算出される価格は異なるが、私が紹介したい買収価格の考え方はシンプル。ただし、実際、買い手が決める買収価格は、一言でいうと「エイヤー」や「これくらいなら大丈夫」という根拠がないことが多い。悲しいが、これが実態であり、日本企業がM&Aに失敗する第一歩と言っても良い。(根拠や考え方は、後ほど紹介したい)

「様々な価格」の紹介を行う前に、まずは、Valuationについて、整理したい。先ほど、Valuationは、「教科書で紹介される方程式によって計算される価値」と紹介したが、因数分解すると、「Valuation = 対象となる会社の利益 × 株式市場における評価」となる。いやいや、Valuation(価値評価)の方法は、色々あるじゃないか、EV/EBITDA、PER、DCF法など、という反論はあるだろう。しかしながら、Valuationに知見のある方は、それは、全てその方程式に当てはまっているということが理解できるだろう。(詳細は今回割愛)

「株式市場における評価」は、日々市場で売買されている価格であり、買い手や売り手が恣意的に変えることができない、客観的な数値であり、所与である。

「対象となる会社の利益」は、M&A対象となる会社の利益であり、実績ではなく今後の予測利益となる。Valuationにおいては、蓋然性が高い利益計画がベースとなり、こちらも所与として扱う。

このValutionを使って、価格を算定することになるが、「様々な価格」が登場する理由は、結局のところ「対象となる会社の予測利益」をどう見るか次第となる。

私が考える様々な価格とは、以下の4通りとなる。

①売却価格(=売り手が売っても良いと考える売却価格)

②ベース価格(=買い手から見た現実的な会社の株式価値)

③シナジー込みの価格(買い手が評価する最大の価格)


④買収価格(=買い手が買収しても良いと考える価格)


以下、①~④を一つずつ紹介しよう。


①売却価格(=売り手が売っても良いと考える売却価格)

売り手は、本音のところできる限り高く売りたい。方程式で言うところの「対象となる会社の利益」=事業計画で描かれる予測利益は、「高く設定」されることが多い。

「高く設定」されるのイメージは、嘘までつけないが、かなり背伸びした内容という感じ。つまり、考えられる施策をすべて織り込み、売上高・利益が最大限になる実現可能性が低い内容となることが多い。さすがに地に足がついていない計画は、嘘になるが、つま先でも少しは足がついていれば、嘘にはならない、という感じか。

ご承知の通り、事業計画はSPAで「表明・保証」の対象にはならず、事業計画を下回っても売り手は、責任を取らない。それを信じた買い手が責任を負うことになる。

従って、「高く設定」された事業計画をもとにしたValuationにより算出される価格が、「売り手が売却したい価格」となる。

ここで注意したいこととして、売り手から提示される「高く設定」されたであろう事業計画の見方である。事業に詳しい場合、細かく見て行けば、おかしな点が見つかるのだが、コーポレート部門で、事業に精通していないM&A対象となると見極めが難しい。ポイントは、

・事業計画期間が進むほど、売上高成長率や利益率が改善する場合。しかもその率が徐々に大きくなる場合。成長率と利益率が同時に上昇している場合、怪しいと思ってもらっていい(そのような事業はそもそも売りに出ない)。
・改善幅がぱっと見、分かりにくいが、営業利益率が地味に1-2%ずつ毎期改善する場合。良く見ると売上高と原価がそれなりに増加していても、販管費が一定の場合。
・設備投資金額が過年度に比べて下がっている場合。

上記は、DCF法で計算すると仮に算定価値に影響を与えるので、気を付ける。


②ベース価格(=買い手から見た現実的な会社の株式価値)

売り手が提示した事業計画を、買い手が独自に評価し、より蓋然性の高い、達成可能な計画に下方修正し、その修正事業計画をもとに算出した「ベースとなる価格」のこと。買い手にとって、叩き方や度合いが異なるため、ベース価格は異なるが、横比較はできない。但し、いずれも売却価格よりも低い価格となる(より高く見積もることはまずない)。

買い手からすると、このベース価格であれば、買収しても良いベースとなる価格であるが、達成可能な計画がベースとなると、他の買い手候補も手の届く水準となり、これではオークションの際に勝てないケースが多い。では、勝つための「買収価格」をどう決めるか。は、次の「シナジー込みの価格」がキーとなる。

ちなみに、「ベース買い手価格」は、買収価格を検討する際の最低の価格であり、PMIでは、この修正事業計画が、実際の買収後の事業計画となるため、修正事業計画は重要な意味を持つ。

なお、「公正な価格」という表現もある。買い手や売り手と利害関係を有しない第三者の算定機関が算出する価格であり、いわゆる「フェアネス・オピニオン」のもとになる価格。「公正な価格」を算出するケースは、上場企業がM&Aを行う際、少数株主の利益を保護するために第三者算定機関に算定依頼を行い、算出される価格であり、これを上回る価格で取引を成立させないと、株主総会で否決されたり、TOBで他の買い手に対抗TOBを受けたり、反対株主より買取請求をされた場合に、より高い価格で買い取りせざるを得なくなるリスクが生じる。「売却価格」と「買い手価格」の間に位置するイメージだが、あまりこの3つを比較することはないので、あくまでも概念的なとらえ方と思ってもらっていい。


③シナジー込みの価格(買い手が評価する最大の価格)

最も重要な価格である、「シナジー込みの価格」であり、買い手が評価する最大の価格となる。実務的には、②「ベース価格」からシナジー分の価値を上乗せした価格となる。

シナジー効果は、買い手が売り手を買収することで実現できる価値であり、買い手なかりせば、実現し得ない価値となる。従って、本来買い手が享受すべき価値であるが、前述のとおり、「ベース価格」では他の買い手に買収されることもあるため、考え方として、このシナジー価値のうち、幾ばくかを売り手にUpfrontで支払うという整理で、上乗せする価値を考えるということになる。


④買収価格(=買い手が買収しても良いと考える価格)

では、いくら価格にシナジー分を上乗せすれば良いか。今後5年間の検討し得るだけのシナジー効果をまずは修正事業計画に織り込む。その上で、それぞれの販売orコストシナジー項目の実現可能性(確度A~Cなどに分ける)と発現時期も合わせて考える。可能であれば、それぞれのシナジー効果の売上高やコストに与える影響額を計算できるようにしておき、各シナジーの価値を個別に算出できるようにしておくといい。

ここまで準備を行い、ベース価格からいくらまでシナジー価値を上乗せした買収価格を提示できるかという考えに立つ。当然、買収したが、結果損をしたという案件は、好ましくないため、損をしない買収価格が最大限考えられる水準となると、不確実性の高いシナジーへの取組みの中で、「確実に達成できるシナジー効果」を織り込んだ修正事業計画をもとに算出した価値が、現実的な買収価格の最大値になる。

では、「確実に達成できるシナジー効果」とは何か?まずは、①コストシナジーは、実現可能性が高く、発現時期も早期にできる可能性もあることから、対象となる。例えば、事業所の統廃合や管理部門の共通化、共同購買の実施などが考えられる。次には、②販売シナジーであるが、これは項目によって、実現可能性は様々であり、発現時期も中長期になる可能性が高い。従って、過熱したオークションとなると、②のうち、どれだけ売り手に支払うかという話になることがあるが、可能であれば、ロジカル的にどこまでなら支払えるか、という線引きをつけ、それに基づく修正事業計画と最大価格を合わせておくことがPMIにとっては重要となる。

M&Aの失敗事例の多くは、シナジー効果の価値への織り込みまで検討していても、最後シナジー価値の中でどこまで売り手に支払うかという、分解ができていないことが多く、最後トップの一声で、価格の上乗せがされ、買収後に、修正事業計画やシナジーへの取り組みや効果を後付けで考えていることを目にした。

非常に微妙な流れではあるが、「トップの一声」でエイヤーをやってしまうと、事業部側は責任を取らないことも多く、結果的に失敗するリスクが高まる。

ドミノ倒しと同様に、最後の最後まで、丁寧にロジックを作りながら、事業部・トップとの認識を共通化し、粘り強く、丁寧に進めて行くことがM&Aへの鍵になるので、最後の交渉で全てを崩すのは非常にもったいない限りである。
 
以上
]]>
M.A.P.管理者
キリンによるファンケルの完全子会社化 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12bh5kvw2 2024-06-20T16:00:00+09:00
キリンHDによるファンケルの完全子会社化について、コメントしたい。
案件の一報を聞いて思ったこととしては、以下の通り。

① やっぱり、完全子会社化でしたね。

② ファンケルの化粧品はどうするのだろう?

③ 二段階買収って意外と効果的?

④ 次のM&Aターゲットは?



-----------
① 既定路線だった完全子会社化

2019年にキリンがファンケルの創業者であった池森氏と一族からまとめて、約33%*を市場外で取得し、資本業務提携を発表してから約5年間。
*議決権ベース。

外部目線では、直ぐに100%化したいところ、成功/失敗のいずれの場合でも、お付き合いとしての期間を設け、気が温まるのを待ってから、完全子会社化に踏み切ったという印象。

ファンケル側(経営陣)もステークホルダーが納得するためには、キリンとの組み合わせの良さを実感した上でないと、踏み切れなかったはずなので、この助走期間は必要だったのだと思う。

結果として、共同プロダクトを発表したり、協働姿勢を見せたものの、うまく行っていなかった印象だが、ファンケル側もいつかは100%化されるのを分かりながら、そのきっかけが必要だったのかもしれない。

個人的には、キリンが2023年12月にBlackmoresを買収したことで、健康食品事業での東南アジアチャネルへのアクセスが可能になったことも有り、ファンケルもこれまで以上にキリンと一緒になることのメリットを感じたのかもしれない。従って、Blackmores買収が布石であり、100化のトリガーになったのかもしれない。


② ファンケルの化粧品はどうするのだろう?

キリンが欲しかったのは、ファンケルの健康食品とチャネル等だと思ったが、メイン事業の化粧品をどのようにするか、気になる。正直、ビール会社の化粧品への抵抗感は少なからずとも生じる気がするし、キリンも化粧品に全力を出すかと言うとそうでも無さそう。従って、稼ぎ頭の化粧品をどのように成長させるか、扱うか、今後要注目。


③ 二段階買収って意外と効果的?

上場企業を買収する際、0%⇒100%と一度にM&Aを完了できれば、楽だが、プレミアムが高くついたり、他の買い手候補に目をつけられたり、何かと難易度が高い。

今回のように、一度30%程度の株式を取得し、戦略的な意味も持たせて資本業務提携を行い、上場維持させて、しばらく経った後に100%化するというやり方は、意外に効果的と感じた。

1回目の資本業務提携で、マイノリティとは言え、他の買い手候補はほぼ諦めることになり、2回目の100%化の難易度がぐっと下がると感じている。アクティビストが入ってくるリスクはあるが、ストラテジックの買い手がガチンコで買収合戦を仕掛けてくることは考えにくい。

従って、上場企業の買収には、焦らず、まず1ステップとしてTOBが不要な資本業務提携を行ってから、数年後に完全子会社化するというやり方の方が、急がば回れじゃないが、うまく行く。2回目は、TOBではなく、株式交換にするという選択肢も出てくるので、選択肢も増えると考える。


④次のM&Aターゲットは?

上場する化粧品会社は、時価総額が大きくても、まだ創業者一族が運営している会社が多い。ファンケルのように創業家が株式を売却するというシナリオが出てくれば、ファンケルのような大型化粧品会社の買収案件もまだあり得るだろう。

以上
 ]]>
M.A.P.管理者
M&Aや資金調達における事業計画 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk123rgudbc 2024-05-14T06:00:00+09:00 「M&Aや資金調達における​事業計画」について、M&A視点からコラムを書きたい。

一言で「事業計画」と言っても会社成長の様々なフェーズによって、重要となるポイントが異なるが、M&A・ファイナンスにおいて、共通して重要なことは、Valuation(事業価値・株式価値算定)の前提となる最も重要な資料・情報ということ。

個人的に携わった事業計画としては、以下のように、会社のフェーズ毎に策定の目的が異なっている。

①スタートアップの資金調達のための事業計画

②IPOのための事業計画

③上場企業としての中期経営計画

④会社買収のための事業計画

⑤会社売却のための事業計画

⑥グループ再編・業界再編のための事業計画

⑦会社の事業再建のための事業計画


感づいた方は、上記①~⑥は、概ね会社の成長曲線に沿っているということに気付いていると思う。


それぞれの事業計画について、簡単にポイントを説明したい。


①スタートアップの資金調達のための事業計画

まずは、スタートアップ企業(昔はベンチャー企業とっていた)が、VCや投資家から資金を調達するために作成する事業計画を紹介したい。ポイントは、以下の通り。

・成長ストーリー: 成長が期待できそうなストーリーかどうか。ストーリーを因数分解すると、
(創業者のキャラ・経験値・熱量)×(市場環境や競合状況)×(参入タイミング)×(ビジネスモデル)×(必要資金)×(チーム体制) .....
と複数の因数が存在することになり、それらを掛け合わせて、事業拡大と成長イメージを投資家にもってもらいう。どの成長フェーズで調達するかによって、因数の数や不確実性が変わるが、事業計画でいくら数値を積み上げても、所詮は「タラレバ」の想定数値になる。但し、より期待をもってもらい、事業の将来性と成功確度をなるべく高く見積ってもらうことが重要。これら定性的な総合点で最終的には決まってくる。


・5年後にIPOが実現できる事業計画
具体的には、上場時に営業利益4億円以上など上場基準に達していること。スタートアップ企業の事業計画の蓋然性が低いのは言うまでもないが、少なくとも上場するくらいの意気込み・上場できる規模にまで事業を拡大する気合いが、起業家に備わっていないと話にならない。
自ら高いニンジンをぶら下げ、ビジネスモデルや事業戦略が変わろうが、その水準まで事業を拡大する、自ら営業して売上を作る決意がないと、いくら魅力的なビジネスでも、投資家から見ると不安になってしまう。

成長ストーリー・事業計画が綺麗に備わり、最終的に起業家の魅力・能力・意識の高さが求められるなるため、その魂を込めて事業成長を織り込んだ事業計画が必要となると考える。


②IPOのための事業計画

①スタートアップの資金調達のための事業計画」とは異なり、夢物語だけでは、通じない事業計画となる。
証券会社や取引所の審査員が納得する事業計画である必要があり、蓋然性が求められる。従って、ポイントは以下の通り。

・固めの事業計画
昔、「Gumi」事件では、上場直後の下方修正で主幹事証券や取引所が投資家から非難された。IPO直後の下方修正はもってのほか、IPOを挟んだ事業計画は、主幹事から固めに作ることが求められる。「固め」とは、少なくとも進行期は、積み上げの予算であり、事業計画の精緻さが求められる。売上計上確度が、読めないビジネスモデルの企業は、IPOタイミングを決算期末ギリギリまで引っ張られる。「鉛筆なめなめ、夢物語や営業目標のための下駄を履かせた計画数値」は、通用しない。

・表に出ない事業計画
上記の通り、あくまでも審査用の事業計画であり、実は表に出ない。正確には、表に出るのは事業計画の進行期(1年目の数値)のみ。IPO時に一般投資家にIPO株式を販売するが、その際は将来数値をもって勧誘してはならない。よく言われる、「目論見書の範囲内で」の勧誘であり、目論見書は金商法では実績のみ。但し、取引所からの公表資料で1年目の予想数値が出されるので、アナリストや投資家はそれを見て投資判断を行う。


③上場企業としての中期経営計画

・投資家を意識した事業計画
上場後の成長戦略(調達資金の使い道など)、機関投資家が好む経営指標(EPS成長・ROE・ROIC・配当方針・ESGなど)、アナリストが分析しやすいような事業別の損益成長ストーリー(成長ロードマップ)などを織り込んだ事業計画が求められる。

・社長の目標設定
サラリーマン社長を擁する上場企業では、その5年間の目標設定が会社の中期経営計画になるケースが多い。前社長の延長線上で作られるケースが多いが、激動期に引き継いだ新社長は、中期経営計画の中で大きくかじ取りを行うケースもある。なお、オーナー社長であれば、任期が長く関係ないが、サラリーマン社長の場合、任期は5年ほどが多いため、中期計画がセットになることが多い。うまく行くと、2期目を同じ社長が継続し、次の中期経営計画で目標の再設定を行うこともしばしば。


④会社買収のための事業計画

所謂、M&Aの際の対象企業の事業計画のこと。対象企業から提示された事業計画を精査し、修正事業計画を策定、その後シナジーを織り込んだ会社買収のための事業計画を策定するケースが多い。

・事業計画の修正
対象企業から提示された事業計画をDDで精査し、自分たちなりの評価で修正作業を行う。所謂、「事業計画を叩く」作業。M&Aにおける事業計画は、買収価格に紐づくため、「安く買う」ために不確実性の高い要素を排除し、より蓋然性の高い事業計画に修正する。

・シナジーの見積もり
修正事業計画だけでは、売り手からすると価格が売却目線に達しないことが多いため、ここから買収することで実現する(であろう)シナジー効果を定量化する作業を行う。クロスセール、単価の引上げ、共通部門の効率化など、売上高の増加、コスト削減等を織り込み、修正事業計画から「上乗せ」する作業。M&Aが、1+1>2と言われる所以である。但し、シナジー分を全て織り込むと買い手にメリットがないため、シナジー部分のうち、どれくらいまで売り手に払って良いか、という判断が必要となる。結果的に、合意した買収価格のもととなる事業計画が、のれんの減損基準にもなるため、そのリスクも考えることも重要。


⑤会社売却のための事業計画
M&Aの際の対象企業側が作成する事業計画のこと。「マネジメントケースの事業計画」と言われたりする。

「背伸び」した事業計画
事業計画の利益水準が売却価格に直結するため、「やや背伸びした事業計画」を作成する傾向にある。地に足がついていないと、信義則として駄目だが、確度が低い施策もフルで織り込み、見積もる。例えば、店舗展開の事業であれば、構想・計画段階の新店舗も全て織り込む、新規事業として海外展開を検討している企業であれば、海外が急成すると言ったシナリオが織り込まれているケースもあるので、買い手は慎重に見なければならない。
ご承知のようにSPAで事業計画の表明保証を入れることはないので、事業計画の評価は、価格に全て織り込まれ、買収後は買い手の責任となるので、注意が必要。

・背伸びし過ぎは禁物
信義則違反以外に、売り手の旧経営陣が売却後も残る場合、売却後にブーメランとなって返ってくるから、背伸びし過ぎの計画は要注意。つまり、策定した計画が自分の目標となって、成果を求められ、未達だと責任問題にも発展する。とはいえ、慎重に低く見積もった結果、もう少し高く売却しておけば良かった or アーンアウト条項を残しておけば良かったと言った話も少なからずあるので、会社売却の際の事業計画目線は非常に難しい。


⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
グループ再編や組織再編になると、少数株主への配慮が必要になったり、株式対価のM&Aを行ったりするため、蓋然性の高い事業計画を策定することになる。具体的には、グループ再編というと、上場子会社の親会社による完全子会社化(株式交換やTOB)、組織再編だと経営統合(株式移転や合併)。

・実現性の高い固めの事業計画
上場会社同士のM&Aになり、当事者両者とも一般株主を控えた中で、買収や売却とは異なり、株主総会で承認が必要になることも多い。従って、株主への説明責任もあったり、事業計画の策定プロセスや計画の蓋然性など第三者である専門家がチェックすることも有り、総会承認をするために「背伸びした事業計画」は基本的に作成しない。


⑦会社の事業再建のための事業計画
最後に事業再建のための事業計画。これは、再生のための事業計画であり、銀行や債権者への説明を要するため、極めて蓋然性の高い売上見積もり、リストラによる利益改善などを織り込んだ計画となる。やればやるほど、憂鬱になる事業計画だが、衰退がはじまった業界(例えば、ガソリンエンジン向け部品など)であれば、早々に手を付けて、残存者利益を取るために最適なコスト構造を考えるための必要なプロセスとなる。

・損益分析 ⇒ 売上計画の最小化 ⇒ 徹底したコスト削減 ⇒ 施策の織り込み
4つのプロセスを経て事業再建計画を作成することになる。リストラや値上交渉、一部事業撤退など、痛みを伴う取り組みが必要となるが、筋肉質のコスト構造がベースとなるため、再建がうまく行くと、売上高の増加分が利益となり、一気に収益改善が図れる。V字回復シナリオも見込めるため、再建における事業計画は極めて重要となる。

以上]]>
M.A.P.管理者
M&Aにおける特別委員会 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12g4opkyt 2024-04-28T15:00:00+09:00
今回は、M&Aにおける特別委員会について、コラムを書きたい。

ポイントは、
・​M&Aにおける特別委員会の存在感の高まり。
・組織再編・グループ内再編は、内輪で完結できない
・条件交渉における重要な役割

非上場企業のM&Aでは馴染みがないが、上場企業のM&Aになると、少数株主保護の観点より、いわゆる支配株主(親会社)とのM&A取引にあたっては、客観的なM&A取引に対する評価が必要となり、特別委員会が登場する。

昨今、特別委員会の重要性が高まっており、買い手⇔売り手の取引だけでなく、ここに特別委員会も加わって、三者間のやり取りがなされる位の存在感が出ており、手続きも買い手⇔売り手の当事者がOkすれば、M&A成立という分けにも行かなくなっている。

何故、M&A取引において、特別委員会が登場するのか、どのような役割や立ち位置になるのか、少し説明してみたい。


1. 特別委員会とは?

取引所のルールとして、上場企業が支配株主等と取引を行う際公正性担保措置・利益相反回避措置の一環として、当該取引の公正性を確認するために、売り手となる上場子会社側が特別委員会を設置するようを推奨されて
いる。

従って、上場子会社を親会社が完全子会社化するようなケースでは、必ずと言って良いほど、特別委員会が登場する。

平たく言うと、上場子会社が親会社の言いなりで、不利な条件で完全子会社化を受け入れるのを防止するための措置として、特別委員会によりチェックしてもらうということになる。従って、TOB価格や株式交換比率(移転比率)が子会社に不利でないか、外部に見てもらうというというのが主要な目的。

以前は、有識者を中心に外部委員で構成されていたが、経産省が発表した所謂M&A指針に規定された通り、利害関係を有しない社外監査役及び社外取締役が関与することが望ましい(最近では、マストの状態)とされている。以前は、専門性が必要とされるため、弁護士や公認会計士と言った社外有識者を委員として招くことが多かったが、株主への責任感と言う視点から、より少数株主の利益に責任を持つ役員を委員にした方が良いという考えに基づくもであり、正しいと言える。但し、M&Aでは高度な知識や専門性を必要とするので、追加的に有識者を委員に迎え入れたり、FAやリーガルアドバイザーを任用することも許容されるケースがほとんどである。

特別委員会は、取締役会によって諮問され、第三者機関として、客観的に取引をチェックする機能を有している。彼らは、少数株主の立場「取引の公正性」を確認するのが主目的となる。最終的には、答申書を取締役会に提出し、「対象のM&A取引は公正に行われた」という報告を行い、取締役会はその答申書の内容をもって最終契約書にサインを行うことになる。


2. 特別委員会は何をするのか?

では、具体的に特別委員会は何をするのか。取締役会から諮問される事項は主に3~4つ。

①M&A取引の目的の合理性(そのM&Aって、良いの?)

②M&A取引の取引条件の妥当性(子会社側の株主に不利じゃないの?)

③M&A取引の手続きの公正性(手続きはフェアだった?)

④①~③を踏まえ、M&A取引は少数株主にとって不利益ではないという答申書の作成(問題ないよ、という報告書)

特別委員会は、M&A取引が公表される前3~4カ月間の間に、計10回程度実施される(10年前は、5回程度だったが、M&A指針などを受け、更に特別委員会運営の充実化が進んだ)。毎週or隔週のようなイメージ。参加する委員の方への業務負担はそれなりに係るため、余談ではあるが、社外取締役及び監査役への報酬は、別途用意されるケースが多い。なお、成功報酬型にすると、成功ありきでの運営となるため、基本的には成功の要否に関係なく、固定報酬が支払われる仕組みの場合が多い。

開催イメージとして、まずは前半に①を中心に確認作業を行い、中盤~終盤にかけ②を確認し、全体通して③を確認するという流れ。


①M&A取引の目的の合理性

M&A取引は、少数株主を排除し、買い手・売り手間でのシナジー創出が最大化されることが大前提。但し、プラスもあればマイナス(例えば、競合他社による買収であれば、取引先の離反など)もあり、M&Aの結果として、プラスの方が大幅にマイナスを上回る場合、そのM&A取引の意義は大きく、実施目的の合理性が説明できるという整理を行う。

仮にマイナスの方が大きい場合、合理性の説明が難しくなる。従って、確りとシナジーを検討しないと、特別委員会から認められず、M&A取引のお墨付きが頂けなくなるので、親子間と言えども真面目にシナジー効果の検討が必要となる(適当にありふれた意義・目的だけを並べ、M&Aが終わってから、考えれば、良いという時代ではなくなっている)。


②M&A取引の取引条件の妥当性

これまでは、M&A取引条件の交渉は、当事者間+互いのFAくらいしか、関与しなかったが、現在は、特別委員会もフルで関与してくる。具体的には、交渉の際、事前に会社・FAは、特別委員会に交渉方針を説明し、了承を得た上で、交渉に臨む。また、特別委員会に交渉権を付与することも前提となっており、場合によっては特別委員会が自ら買い手と交渉することも可能とされている。

従って、仮に売り手の取締役会が、「これくらいで良いのでは?」と勝手に判断し、妥協しようとしても、特別委員会から承認が得られない場合、答申書によるお墨付きが得られなくなるため、交渉を終えることができず、最後の最後まで交渉することになる。


③M&A取引の手続きの公正性

M&Aプロセス全体を通して、公正性が見られる。

例えば、Valuationの前提となる事業計画。通常、M&A取引において、新たに事業計画を準備することが多い。親会社の意向を受けて、意図的に低い事業計画数値になっていないか(結果的に安いValuationになっていないか)を確認する。
また、親会社の事業計画についても、明らかに実現可能性が低い、高めの事業計画になっていないか、会社・FAを通じて確認することになる。

また、親会社との利害関係を有しているアドバイザーがいないか、親会社出身の役職員が上場子会社側の事務局にいないかなど、親会社に忖度した手続きになっていないかも確認する。(但し、親会社出身だからと言って、すべて排除することはなく、既に子会社に転籍して、一定期間経っている場合は、免除されるなど、実質的な判断はなされるケースが多い)


④答申書の作成

①~③を踏まえ、最後に答申書という形式で、特別委員会が売り手である上場子会社側の取締役会に案件発表の前日 or 当日、報告書を提出し、特別委員会は、事実上終了する。

答申書では、①~③の具体的内容が記載され、最後に「M&A取引は少数株主にとって不利益ではないよ」という総括で占め括られる。

最近馴染みのない方には、驚きかもしれないが、昨今の所謂上場会社同士の組織再編・完全子会社化は、このような流れになっており、ガチガチに決められる手続きとなるので、余裕をもって、想定通りに進められる経験のあるFAやリーガルアドバイザーと一緒に取り組むことが重要となる。

なお、取引所のルールでは、公正性担保措置として、特別委員会の設置以外に、株価算定機関からの公正性に関する評価(フェアネス・オピニオン)の取得弁護士による意見書などの方法もあるが、上記①~③すべてを満たすことはないので、手続きの安定性を求めると、公正性担保措置=特別委員会の設置となるケースがほとんど。

なお、大型の組織再編(合併など)においては、特別委員会の設置+フェアネス・オピニオンなど、セットでなされることも多い。

以上]]>
M.A.P.管理者
Valuation(企業価値評価):第2回 WACC https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk122sovpdm 2024-03-21T10:35:00+09:00
WACCについて、今回はご紹介。WACCについて、事細かに説明するというより、ポイントを説明したい。

①WACCとは?

 最近は、WACC(ワック)という言葉を上場企業のIR資料等でもよく目にするようになった。資本コストを意識した、効率性を重視した経営がようやく定着してきたとも言える。WACCだと、FCFベースで分かりづらいので、ROICの方を使うことも多い。ROEも含め、いずれの指標も資本コストを意識した経営に変わりないので、投資家目線では良い傾向と言える。

 さて、本題。WACC(Weighted Average Cost of Capitalとは、加重平均資本コストの略で計算式としては、以下の通り。シンプルな説明として、会社側目線では「資金調達の際に係るコスト」。投資家の目線では、「期待収益率」。つまり、投資家の期待収益率をKPI目標にして、経営するという考えとも言える。

 業界により差はあるが、時価総額1,000億円以上の大手上場企業であれば、5%~10%程度。上場したばかりの成長企業や新興国の成長企業であれば、10%を超えることも良くある。WACCの計算は以下の通り。

WACC = [ Ke × E / (D + E)] + [Kd × (1-T) × D / (D + E)]
    = Ke(株式コスト)と Kd(負債コスト) の加重平均 


②WACCへの基本的な理解(PER・事業計画・株式価値との関係性)


 計算式について、参考書・ウェブサイトなどで調べれば、すぐ出てくるが、慣れていない方は、この計算や算出される数値の意味が分からない。長い期間(少なくとも3年以上)マーケットウォッチをしたり、DCF法による株式価値評価を何度か行わないと、残念ながら手触り感は掴めない。

 まず、シンプルな理解として、WACC = PERの逆数 と考えてもらって良い。恐らく、感覚的にWACCPERと繋がると、瞬時に理解はできないだろう。WACC・PER・株式価値の関係は以下の通り。

株式価値 = 将来の純利益 × PER 

事業価値 = 将来のFCF / WACC  



一つずつ見てみよう。「FCF = NOPLAT - 投下資本増加額」であり、「NOPLAT」= 「税引後営業利益」のこと。つまり、特損がない状態では、当期純利益に等しい(正しくは、支払利息分だけ異なる)。投下資本増加額は、定常状態では±0と置くので、乱暴に扱うと、「FCF = 純利益」と置き換えられる。

ここで「定常状態」という概念が登場する。DCF法では、「事業価値=将来のFCFの現在価値の総和」と定義されるが、実際には将来のFCF(予想利益)を「n年後」まで策定することはしない。通常、3~5年間の事業計画を策定し、その最終年度のPLを定常状態として、「n年後」まで一定の成長率(=永久成長率)で成長すると仮定する。定常状態のPLでは、収益構造(利益率)や設備投資額の割合は、変わらず一定とする。

最後に、事業価値 = 株式価値+有利子負債となる。FCFは支払利息を控除していないため、WACCで割り引くと事業価値には負債の価値がが含まれることになる。日本企業は負債を抱えていない企業も多いため、ざっくり頭で計算する際は、事業価値 ≒ 株式価値として頭で整理する。

------
例えば、WACCを計算した結果、8%と出る。すると、PER12.5倍となる。。。ん~そんなものかと。また、ベンチャー企業の場合、WACCは高く出る(借入コストが高い = 期待収益率が高い)ため、12.5%となる、すると、PER8倍か。。。ん??何かおかしくないか?そう、おかしいのである。

通常マーケットで評価されるベンチャー企業のPERは、20倍+というのが通常なので、8倍であるはずはない。とすると、何が違うのか?答えは、分子の「将来のFCF」が違うから。

つまり、「WACC = PERの逆数」が通用するのは成熟企業であり、事業計画における将来のFCFがほぼフラットの場合に適用できる。これは、債券価値の時価評価と同じである。

一方で、ベンチャー企業の事業計画の利益は、Jカーブとなり、定常状態(10年先?)におけるFCFは、今期/来期の利益の何倍も大きな数値となる。従って、ベンチャー企業の場合、WACCが12.5%、PERが8倍としても、相対する「将来のFCF」「将来の純利益」は大きいので、株式価値が大きくなる。逆にいうと、市場では今期/来期の純利益しか公表されないため、その利益に対するPERは高くなるということになる(裏では、まだまだ純利益が伸びるという思惑があり、先食いしていると整理できる)。

また、もう1つ、WACC水準がどうであれ、DCF法の株式価値評価が、PERなどのマルチプル法よりも高く算出される。理由は、2~3年目以降の純利益(FCF)予想を評価に入れているからである。教科書では、ここの部分の価値をコントロールプレミアムと言い、事業をコントロールできる者が享受できる価値と紹介される。なお、2~3年目、それ以降の事業計画がフラットになる時は、評価されるDCF法の価値は、PER(マルチプル法)評価と同じとなり、半永久的に事業計画の利益水準が減益傾向のDCF法に依る事業価値は、PER評価以下となる。

WACCを算出した時点で、株式価値評価の概算を掴むため、事業計画最終年度のFCF(or 純利益)をWACCで割り引いてみる(= 純利益/WACC)。上記事業計画における利益成長と算定された株式価値を踏まえ、PER評価よりも高い/低い、その度合いで、DCFによるValuationの感覚を身に付けると良い。


③β(ベータ)について

CAPM(Capital Asset Pricing Model)理論に基づき、

Ke(株式コスト)= Rf(リスクフリーレート) + β × (Er – Rf)(マーケットリスクプレミアム)

と表わされる。

リスクフリーレートは、安全資産から得られるリターン(国債などの利息)であり、マーケットリスクプレミアムは、株式市場で運用した場合にそのリスクフリーレートよりも超過して得られるリターンとなる。

少し式を紐どくと、Er(エクイティリスクプレミアム)は、株式市場で運用した場合に得られるリターンであり、「株式市場で運用」とは、市場平均での運用、つまり国内であれば、TOPIXや日経平均で運用した場合に得られるリターンとなります。日本では、5%程度と言われます。各国のErを公表しているサイトがあるので、ご参考まで(https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/New_Home_Page/datafile/ctryprem.html)。

なお、株式市場での運用となりますので、バブル崩壊など、期間によっては損を伴うこともありますが、長期間運用し均すと、5%となります。「ハイリスク・ハイリターン」ということですね。

さて、要約「β」の話になりますが、β(ベータ)とは、市場平均リターンよりも、超過する個別銘柄のリターンの割合。つまり、「β」個別銘柄のプレミアムと言うことになります。銘柄によっては、市場よりも高い/低いリターンを出しており、それを「β」と表します。数値で表すと以下の通り。

β =「1.0」 ⇒ ニュートラル状態(市場平均と同じリターン)

β >「1.0」⇒ 市場平均よりも高いリターン

β <「1.0」⇒ 市場平均よりも低いリターン


以下のサイトより、様々な期間で個別銘柄のβを取得できます。
https://costofcapital.jp/beta/historicalbeta/

個別銘柄を見ると、面白いのですが、例えば、JT(日本たばこ産業)は、βが1.0を大きく下回っているのに対して、半導体銘柄の東京エレクトロンが1.0を大きく上回っています。

従って、評価対象会社が成長分野となると、βも大きくなり、敷いてはWACC自体が大きくなる投資家による期待収益率も大きくなる)、と言う構図になります。

また、事業価値 = 将来のFCF / WACC の計算式から、WACCが大きくなると、事業価値は小さくなるので、投資家による期待収益率を上回るFCF成長(事業計画における利益成長)を達成しないと事業価値(株式価値)は大きくならない、という関係になります。株式価値を上げるというのは、類似・競合する他社以上に利益成長率を上げるということと言えます。


④サイズリスクプレミアム

小さな企業には、更にプレミアムが要求される
という考えがあります。実際の株式市場におけるデータより、時価総額が小さな銘柄ほど、大きなリターンが発生したという結果があり、CAPMだけでは説明ができない超過リターンである。この超過リターンをサイズリスクプレミアムと定義し、株式コストに加算することで、調整することが実務的に行われる。日本のサイズリスクプレミアムについては、Ibbotson Associatesよりデータ購入可能。

Ke(株式コスト)= Rf(リスクフリーレート) + β × (Er – Rf)(マーケットリスクプレミアム)+サイズリスクプレミアム

理解としては、仮に全く同じ事業・収益構造の2つの上場企業が存在し、時価総額だけ異なる場合、時価総額が小さな上場企業の株式コストの方が高くなるという整理。理由としては、規模が小さいだけに、倒産コストが上がる=リスクが高い=より高いプレミアムを要求されるから。

時価総額基準はいくつか存在するが、約200億円以下の上場企業は、3%+程度の追加プレミアム(WACCが上昇)が発生することとなる。

算出される株式価値の調整弁として使うケースも昔はあったが、今では機械的に時価総額水準で判断し、該当する場合、採用することが一般的となった。

以上

 ]]>
M.A.P.管理者
Valuation(企業価値評価):第1回 DCFワークシートのご紹介 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk126vobmbu 2024-02-20T17:00:00+09:00
今回は、Valuationについて、M&Aコラムを書きたい。

最近、個別案件でValuation Sheetを一から作ったり、確認することが多かったので、これを機に弊社Valuation Sheet(企業価値計算シート)のサンプルを共有したい。(※数値はダミー)

今回共有するValuation Sheetは、①DCF法 ②上場類似会社マルチプル法(EV/EBITDA・PER・PBR) ③類似取引比較法 ④サマリー(①~③をウォーターフォールチャートで示したもの)

Valuation Sheet(企業価値計算シート)は、M&Aアドバイザーのコアナレッジであり、一般的には門外不出のもの。東証やクライアントには、企業価値(株式価値)算定書を提示することは、良くあるが、エクセルの計算シートを渡すことはまずない。ナレッジを共有したくない、というのもあるが、これを渡すと、計算内容など全てわかってしまうものであり、仮に計算ミスがあると、言い訳できず、全てのリスクを背負うことになるので、実際に計算したシートを社外に共有することはほとんどない。(弊社は、クライアントと共有したり、クライアントの計算シートに直接確認しに行くので、該当しないが)

特に、”実務で使われる”ようなDCF法の企業価値計算シートは、恐らくウェブサイト上で探しても、見つけるのは難しいだろう。
”実務で使われる”という意味で、ここに共有する企業価値計算シートのポイントは以下の通り。

①計算ミスをミニマイズ
・Valuationの計算は、特に作業量が多く、間違いやすい。計算自体は、四則演算なので、シンプルだが、案件によって、勘定科目が異なったり、カスタマイズが必要となるので、やはりミスが付き物。ダブルチェックはマスト。
・従って、計算ミスをなくすには、直接入力数値を最小限にする。可能であれば、PL/BS/CFは、IMなどの資料を転記するのではなく、売り手にエクセルの値張り財務数値を頂き、それをもとにDCF計算シートを作るのが理想。
・また、後日チェックしやすいように、直接入力数値と計算数値の色を分ける。ここでは、直接入力数値は、水色としている。

②シートを増やさない
・マネジメントケース、ダウンサイドケース、アップサイドケースなど、シナリオを複数作ることが一般的。
・都度DCF計算シートを用意するケースを見るが、そうなると、シート枚数分だけ確認作業が増える。なので、DCF計算シートは、i) 財務数値(元データ) ii) パラメータ(シナリオ作成用) iii)WACC計算 iv)DCF計算の少なくとも4つに抑えたい。
・複数シナリオを作る際、SWITCH関数を使って、あくまでもDCF計算シートを1つとすることを推奨。つまり、ケースを選択するだけで、自動的にDCFが計算できるようにする。これは、確認手間がかなり削減できる。
・但し、添付のようにシナリオ毎のパラメータ決定とその作り込みシートが必要となり、相応の時間を要するので、要否はユーザーにお任せしたい。

③データは99%無料入手
・対象会社以外の数値(上場類似会社・マーケットデータ等)は、ほぼ無料で入手が可能。リンク先も記載。
・但し、Small Size Premiumだけは、どうしても無料で入手できないため、使用する場合、M&AアドバイザーやIbbotsonといった、外部ベンダーから購入いただく必要がある。

④案件に応じたカスタマイズ
・PL・BSの科目や構成(事業別の損益)、シナリオの作り方(サンプルでは、「事業別売上高成長率」を変数とし、コストは固変分解)は、案件ごとに異なるため、カスタマイズが必要。
・DCFの計算においても、個別案件ごとに判断が必要な部分もあるため、詳細は専門家に聞いた方が良い。

今回は、まずシートの共有をメインにしたため、次回は、Valuationについて説明を行いたい。

計算シートや企業価値そのものに関するご質問がありましたら、気軽にご連絡下さい。>> こちら(無料)]]>
M.A.P.管理者
ベネフィット・ワン争奪戦:M3 vs 第一生命 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12i37yju3 2023-12-12T19:00:00+09:00

2023年12月7日、第一生命ベネフィット・ワン(B社)へのTOBを発表し、先月既に同社へのTOBを発表していたM3と対抗する形となった。

どの記事を見ても、「敵対的TOB」という悪いイメージのある表現がもはや使われなくなっただけでなく、大手企業でも堂々と対抗TOBを行う素地ができたことに、時代の流れを感じますね。

ポイントは、以下2つです。

「M3が再提案をするかどうか」
「NIDEC/第一生命と来ると、次も有り得る”同意なき真摯な買収提案”」


①案件の経過、②それぞれのTOBの比較、③今後の予想される展開 を少し見ていきたいと思います。


① 案件の経過(12/12時点)

2023年11月14日: M3が、B社に対して、株式取得上限55%の条件付きで1株1,600円でTOBを発表。B社の親会社であり、51%を保有するパソナG応募契約を締結済み。55%上限にした理由は、B社の上場維持のため。なお、1,600円は10月26日終値1,040円の53.85%プレミアム

2023年11月15日: M3による公開買付開始。M3は、賛同表明するが、応募推奨はせず、株主判断に委ねることを決定。

2023年12月7日: 第一生命株式取得上限なし1株1,800円対抗TOBを発表。B社には前日に完全子会社化を提案。(公開買付期間の満了日の5営業日前であり、パソナGがより高いTOBが公表された際に応募契約を解約できる最終日)。

2023年12月12日: M3は、公開買付期間40営業日とし、2024年1月17日まで延長。当初は、2023年12月13日が公開買付終了日。

2023年12月14日 or 15日(予): パソナGは、M3から1株1,800円以上に変更したTOBが提案されない場合、応募契約解除が可能。逆に言うと、この日までにM3から1株1,800円以上の価格が提示されれば、応募契約は継続の可能性。

2024年1月17日: M3によるTOBの公開買付終了日

2024年1月中旬: 第一生命によるTOB開始見込み


②それぞれのTOBの比較

(a)TOBによる取得株数/B社の上場方針

・M3: 上限55%/上場維持
・第一生命: 49%(残りパソナG保有分51%
は、TOB後に自己株買付)/完全子会社化


(b)TOB価格

・M3: 1株1,600円
・第一生命: 1株1,800円
(但し、パソナG保有分の自己株買付によるパソナGが享受する税務メリットを他の株主も平等に共有される場合、TOB価格1,800円以上の可能性あり)
※ちなみにB社の配当可能額は、2023/3期末で約225億円だが、TOB後に第一生命による増資+減資により配当可能額を増額し自己株買付に充てる予定。

(c)シナジー実現への取組

・M3: 【短期】①クロスセル ②IT領域における連携 ③海外事業展開のサポート 【長期】Strategic healthcare management により 「真の健康経営実現」を 支援
・第一生命: ①クロスセル ②B社への財務支援 ③サービスラインナップの拡充 など

正直なところ、シナジー効果の比較は難しいので、パソナGを含むB社既存株主としては、TOB価格EXIT割合(全部or部分売却)を見て判断することになるでしょう。


③今後の予想される展開

(a)M3はどう動くか?

12月12日時点では、第一生命のTOB提案の方が既存株主にとっては有利に見えますが、M3がよりいい条件での対抗提案を明日以降行うか、まずは、そこが大きなポイント。

対抗するには、i) 完全子会社化提案に切替ii) 価格を1,800円以上にできるかどうか。

そもそも何故完全子会社化提案をしなかったかという説明がプレスにはなかったので、気になっていたが、恐らく財務負担が大きかったという理由でしょう。仮に i)とすると、第一生命と同様に自己株取得方式を組合わせた提案になりますが、TOB資金が倍になるためそれを許容できるか、そこが大きな判断になると思う。

とりあえず、互いの財務比較を行うと以下のような感じです。

M3 (2023/3期 連結)
- 売上高 2,308億円
- EBITDA 794億円
- 純有利子負債 △1,324億円
- 時価総額:1兆4,450億円
- B社TOB買付総額:1,396億円(TOB充当資金は、借入金900億円+残り自己資金を充当。)

第一生命HD (2023/3期 連結)
- 売上高: 9兆5,194億円
- EBITDA: 5,181億円
- 純有利子負債: △547億円(事業会社同様に「帳簿上の有利子負債-現預金」にて算出)
- 時価総額: 3兆405億円
- B社TOB買付総額: 2,857億円(全て自己資金で充当)

B社 (2023/3期 連結)
- 売上高: 423億円
- EBITDA: 124億円
- 純有利子負債: △12億円
- 時価総額: 3,034億円(12/12終値 ※M3によるTOB前11/14終値ベースでは1,810億円)

仮に、M3完全子会社化+TOB価格2,000円で再提案すると、TOB買付総額約3,200億円となり、EBITDA 2.4xの借金を抱えることになる。社運を賭けるまでは行かないものの、相応の借入依存状態になることと、IFRSとはいえ、約3,000億円ののれんと言う爆弾を抱える(M3の2023/3末の総資産4,000億円)。
TOB期間を延長し、時間を稼いだとは言え、M3はかなり厳しい選択を迫られていることになる。


(b)第一生命の財務余力

仮にM3が再提案を行っても、第一生命の財務状況を見ると、キャッシュ創出力を示すEBITDAが6倍超大きく、財務上のインパクトがM3対比では全く異なるため、数百億単位で増えることへの財務影響度が異なる。
(M3対比、さほどインパクトがない

従って、M3として一度頑張ってTOB価格を上げても二度目も上げられるか、という判断を再提案時にする必要もある。

また、パソナGも上場企業であることから、より「魅力的な提案」を拒否して、M3案を受け入れる合理性が見当たらないため、仮にM3から再提案がなければ、応募契約を解除して、第一生命の対抗TOBを受け入れるしか方法はないだろう。対象会社であるベネフィット・ワンも取締役の善管注意義務を考えると同様。

ということで、どれだけM3が財務健全・利益率も高く優良企業であっても、財務力では勝てないため、ガチンコで勝負すると、正直厳しい。社運をかけてまで、食い下がるかどうか。


(c)マーケットはどう見ているか?

株価を見ると、第一生命による対抗TOBが公表されたので株価は更に一段階上がり、12月12日終値は1,916円。面白いのは、1,800円ではないということ。

個人的な見方は、M3からのTOB再提案の可能性は低く、あったもとしても1度限りで投資家が期待する「株価吊り上げゲーム」は起きえないと考えている。


では、何故100円高く推移しているか、というと恐らく投資家は、パソナがB社による自己株買付で受けるであろう税務上の恩恵を、投資家にも共有してくれると期待しているからだろう。

では、税務上の恩恵はいくらか。ベネフィット・ワンの沿革を見ると、パソナが子会社として設立しているため、恐らく取得簿価は、出資金程度で、ほぼ無視できる。

となると、TOB価格1,800円の際のざっくり計算では、437億円が恩恵部分。これは、パソナGがTOBに応じて売却した場合のキャピタルゲインに係る法人税等になる。但し、B社による自己株取得での処分となると、みなし配当扱いとなり、益金不算入扱いを受ける為、この金額が非課税扱いとなる。

2,857億円×51%(パソナのキャピタルゲイン)×30%(パソナGの実効税率)= 437億円

仮に437億円をパソナGを含む、既存株主で享受すると、437億円÷2,857億円となり、ざっくり1株1,800円に対して、+15%(270円相当)の上積みが可能となるため、投資家の期待値としては、2,070円となるだろう。

投資家の理想的には、M3が最後断念するとは言え、一度再提案をトライしてもらいたいという気持ちも期待して、今1,800円以上で購入している株主ももちろんいるとは思います。


(d)おまけ ~対抗TOBが当たり前に~

いずれにせよ、第一生命が対抗TOBに踏み切ったのは、中期経営計画で掲げた「非保険・非アセットマネジメント事業への進出」が根本にあるものの、経産省が今年8月に発表した企業買収行動指針における「真摯な買収提案」への上場企業の取扱対応の影響が大きいものと思います。

10年前は、欧米でTOB合戦が起きた際、対岸の話で、日本では起きえないと静観していた事業会社の方が多かったですが、今は様相が変わっていると思います。常に上場企業の中で、ターゲット企業をウォッチ・分析し、今回の第一生命のように、日頃よりアンテナを張って、チャンスと思えば、2-3週間で決議までもっていく助走は必要になる。

また、TOBを検討している買い手も、Interlooperリスクを見ながら、部分買付で良いか、十分に検討が必要となる。

NIDEC、第一生命が、真摯な買収提案を上場企業に行うとなると、今後は他の大手企業も堂々と「同意なき陣取り合戦」を繰り広げることも想像に難くないので、更に上場企業間のM&Aが活発化するのは間違いないと思う。
 ]]>
M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について② https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk122a23gxo 2023-12-10T12:00:00+09:00
5. 表明及び保証

SPAの中で重要な部分の一つ。まず、表明及び保証とは何か?

M&A検討段階、特にDDにおいて、様々な情報が売り手から買い手に開示される。それら開示情報が真実かつ正確に示されたことを、売り手が買い手に表明・保証することを指す。逆に開示情報は少ないものの、買い手も売り手に開示した情報に対して、同様に表明・保証する。非常に分かり辛いので、家電製品に置き換えると、製品保証書のようなもの。

これら開示した内容が間違っていた場合(表明保証違反だった場合)、どうなるか?

・クロージング前: 買い手は取引を取りやめることができる。(家電製品であれば、購入キャンセル)

・クロージング後: M&Aの場合、取引後の解約は無理なので、補償請求という形で、売り手の責任を問うことになる。(返品不可の家電製品であれば、金銭補償するという位置づけ)

従って、表明・保証は、取引解約補償に繋がる重要項目となる。なお、取引後に買い手が売り手に補償請求することになるため、例えば上場企業の合併や株式交換など、請求相手がいない場合(というより、自社自身となる)、①クロージング前の取りやめを規定するくらいとなる。


① 表明保証の範囲

非常に幅広い。例を挙げると以下のような項目がある。


売り手に関する事項

・存続及び権限: 協議中の相手である売り手って存在するよね、株式譲渡の権限持っているよね、という確認
・株券の所有: 売り手が適法に・有効に持っているよね、という確認
・法令等との抵触の不存在: 売り手が法令等に違反していないよね、という確認
・倒産手続き等の不存在: 売り手が水面下で倒産手続きやっていないよね、という確認
・反社会的勢力の排除: 売り手が反社勢力じゃないよね、また関係を持っていないよね、という確認)
・情報開示の真実性・正確性: 売り手が開示した情報って正しいよね、という確認


対象会社に関する事項

・存続及び権限: 売却対象となる会社って存在するよね、その権限持っているよね、という確認。登記簿謄本を見れば、分かるのだが、そもそものところの確認。正直大きな問題になったことはないが、確かにこれがないと不安ではある。
・株式等: 売却対象となる株式って適法に・有効に発行されているよね、他に種類株式などの株主って存在しないよね、という確認
・行政上の許認可: 事業を行う上で、必要な許認可ってちゃんと取得しているよね、という確認
・財務諸表(後発事象の不存在、簿外債務の不存在): (監査を受けていない場合)日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って適切に作成されていて、適正に表示されているよね、という確認。海外から見ると、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」って何だという話にいつもなるので、監査は受けていないが、税務上問題のない、認められた基準という話を分かってもらうしかない。
・倒産手続き: 売り手と同じ
・法令等の遵守: 売り手と同じ
・公租公課: 税金は払っているよね、税務当局から指摘受けていないよね、という確認
・紛争・訴訟手続き: 対象会社が紛争当事者でなく、訴訟されることもない、という確認
・重要な契約等: 重要な契約は適法・有効に締結されており、債務不履行も生じていない、という確認。なお、「重要」性について、金額基準を設けることもしばしばある。
・子会社・関係会社: 開示済を除き存在していない、という確認
・グループ間取引(売主又はその子会社・関係会社との契約等): 開示済を除き存在していない、という確認
・保険: 保険は適法・有効に締結されていることの確認
・労務・労働問題: 開示していることを除き、問題ないことの確認
・資産: 適法・有効に所有していることの確認
・知的財産: 適法・有効に所有していることの確認
・情報開示: 真実かつ正確に・有効に所有していることの確認
・反社会的勢力: 売り手と同じ

とは言え、全て問題ない、という会社は少なく、コンプラ上の重大な事故/クレーム、税務調査が入れば何か指摘されそう、労基が入れば未払残業代を指摘されるリスクがありそう、退職金などの簿外債務はある、など、色々と存在するはず。その場合、上記表明及び保証から除外し、それ以外は「問題ないよ」という表明・保証を行う。

それらの取り扱いは、2種類存在する。a) 退職金や未払残業など金銭的に確定できる項目は、譲渡金額から控除、b) 確定できない将来的な金銭リスクのある項目(税務リスクなど)は、所謂バスケット的な補償とは区別して、特別補償という扱いで別途生じた場合の補償を取り決める。詳細は、別途補償のところで紹介する。


②情報の非対称性の解消

M&A取引において、限られた時間内でのDDでは、完全な情報の非対称性解消は、難しい。そこで、冒頭の説明のように、表明及び保証に取引解約と補償という形につなげることで、売り手に開示を促すことにもなり、その解消効果が期待される。特に、重要なことは、売り手に「ネガティブ情報(リスク情報)」を確りと開示させることであるため、表明及び保証の仕方は非常に重要な意味を持ちます。
また、開示しきれない対象会社に関する情報を売り手が表明・保証し、リスクを背負うことで、買い手もリスクの一部を背負ってでも締結するという歩み寄りもなされ、結果として売り手・買い手双方でリスクを分担するという機能を生じさせる効果もある。


③開示された情報の取り扱い

開示された情報を表明・保証の対象にするかどうか、という論点もある。米国とのクロスボーダー案件では、Appendix.に、Disclosure Schedulesという項目が登場し、開示した資料・情報の一覧が記載される。この「Disclosure Schedulesに記載された資料・情報は、表明・保証の対象にするよ」、という取り扱いになる。つまり、買い手が知り得た情報は、表明保証の対象外にするという整理であり、「アンチ・サンドバッギング条項」とも呼ばれる。

買い手目線では、さらっと開示した項目も対象にされ、十分に検証・分析がなされていない可能性も生じることから、アンチ・サンドバッギング条項全てを受け入れることが危険な場合もある。また、買い手がDDをすればするほど、リスクを背負うことにもなりかねない。なお、交渉の中で、Disclosure Schedulesは情報を集めるのに時間がかかることから、売り手から最後の段階にさらっと出されるより、買い手の方で用意した方が良いので、このあたりは要注意。


④「知る限り」「知り得る限り」

表明保証の中でよく見かける、2つのフレーズ。これが入ると、売り手が「知らないこと」「知り得ないこと」は、表明保証の対象外にすることができ、売り手のリスクの限定化につながることになる。実務的には、売主と対象会社の距離感にも関係し、例えば売主派遣の取締役のみで、対象会社の取締役会が構成されていれば、買収後にそれら取締役が全員退任してしまうと、その限定化の難易度は上がるので、買い手としては、入れたくないところ。但し、対象会社の取締役の中にプロパーの方が居て、その方が買収後も残る場合、立証できる確度が上がることから、一部項目につき、入れることを受け入れるかなど、交渉が必要となる。
この部分は、売主がファンドか、事業会社かでかなりスタンスが異なることがある。


⑤重大性

対象会社の重大な悪影響(material adverse effect)を与えるような事象に限定して、表明保証違反とするかどうかという論点。表明及び保証には、前提条件と補償請求の2つのトリガーになるため、売り手としては、この限定はつけたいところ。なお、補償請求には、補償条項にて、金額限定というのが別途あるため、どちらかというと、「前提条件」の方に引っ掛かるような重大性が気になるところ。
従って、表明保証の各項目で、「重大な影響」や「重要な点」という表現が記載されるところが出て来る。


⑥セラーズDD

限られた時間の中で買い手がDDを行う、また売り手が複数の買い手を対応するというのは実務的に非常に大変なことから、オークションプロセスでは、予め売り手が専門家を任用してDDを行い、ベンダーレポートを用意して、そのレポートに沿ったDDを行うことがある(セラーズDD)。そうすることで、結果的にM&Aの確実性の向上が期待できるだけでなく、開示できる情報を全て開示するので、買い手には、事後的な補償請求をせず、可能な限り、買収価格に織り込んで欲しいという整理もできる。


⑦表明保証保険

補償のところで触れますが、最近は表明保証保険が登場しており、M&A後に買い手が売り手に補償請求を行い、補償する際、売り手ではなく、保険会社がその損害をカバーするケースもある。特に、ファンドのExit案件において、買い手に表明保証保険の購入を促されるケースが増えていることも、最近の傾向である。

今回は、表明・保証だけで終わってしまいました。次回は、6. 契約当事者の義務(コベナンツ)以降をご説明します。

本コラムは、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」を参考にしています。]]>
M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について① https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12bu68syw 2023-11-27T14:00:00+09:00

「M&Aとは?」シリーズで、今回は、株式譲渡契約書(SPA: Share Perchase Agreement)を簡単にご紹介したい。法律家ではないので、あくまでもFAの観点から見たポイントですので、もし説明が不足している場合等、ご容赦ください。

まず、SPAの前に、株式譲渡取引の主な特徴として、以下の3つがあり、これを前提に契約書が構成されている。

①M&Aは返品できない 
株式を譲り受けた後の返品はできない。クーリングオフも存在しない。従って、これを前提に契約書が構成されている。契約締結~引き渡しまで、期間が短ければ、まだ良いが、許認可の取得などで、長くかかることもあり、契約締結~引き渡しまで間の解約条件は、明確に決められるので、注意が必要。

②日々価値が変動
株式市場を思い出してもらうと、分かり易い。株式の価値は日々変動するという前提で、契約書が作られることもある。未上場株式であれば、日々株価が付かないので、気にならないが、ただ、これも契約締結~引き渡しまで期間が長い場合、重要な交渉の論点となる。この場合、価格調整というメカニズムを入れ、契約締結から引き渡しまで期間が長いと、その間の変動分を契約で合意した価格に織り込むという方法を取る。

③情報の非対称性
売り手(対象会社)と買い手との間には、当然情報の非対称性が存在する。買い手は、買収検討期間において、対象会社に関する全ての情報を見ることはできないし、その正確性の検証もできない。従って、買い手はそのリスクを取って契約締結することになるが、全てのリスクを背負うことは無理なので、売り手とリスクの分担をすることになる。売り手側は、提供しなかった事実/情報に起因して対象会社に損害がもたらされた場合、又は売り手より提供された間違った情報をベースに価値評価のもと買収した場合、売却後の一定期間において、補償しなければならないという整理になる。従って、契約書の構成には、売り手側に、正しい情報を提供するインセンティブを与えることで、できる限り情報の非対称性を解消させようという機能も備わっている。

このような前提をもとにSPAの中身を紹介したい。


1. SPAの構成

- 前文: 当事者の設定、契約日、契約名称、略語の単語集など
- 株式譲渡の内容: 譲渡対象株式数・種類、譲渡価格(価格調整やEarn-out含)、譲渡実行日など規定
- クロージング方法: 株券の交付方法(株券不発行の場合の譲渡方法)、譲渡対価の支払方法など規定
- 前提条件: 株式譲渡実行の前提条件(前提条件が満たない場合、株式譲渡取り消しとなる)
- 表明及び保証: 買い手/売り手それぞれの表明保証を規定
- 契約当事者の義務: 買い手/売り手ごとにクロージング前/後それぞれの義務を規定
- 補償条項: 譲渡後に、表明保証違反による、買い手から売り手への補償内容を規定。特定されている事項については、別途特別補償として設定。なお、補償が発生しても、解除条項に抵触しない限り、譲渡はなされる。
- 解除条項: 該当すると、株式譲渡取引そのものがキャンセルとなる。
- 一般条項: 守秘義務、公表、費用、通知、裁判所管轄、誠実協議など。



2. 前文 

日本語のSPAではさらっと終わるケースが多いが、英語では結構しっかり記載されることもある。特に、略語を多く使う場合、一覧表が最初の方に出てくることがある。「いつ、●●(売り手)と●●(買い手)が株式譲渡に関して、SPAを締結した」というあくまでも形式的な内容。

中には、売り手や買い手が複数になるケースもあり、特に売り手については、持分割合や売却株数の割合、主導的な立場かどうかなどで契約上の責任を差をつけることも有り得る。PEファンドの場合、複数のエンティティで株を所有しているケースがあるが、同一相手が実質保有しているため、連帯責任となる。

最後に、略語の単語集を設けることもある。いちいち長い単語を使うのも面倒なので、略語は多様される。


3. 株式譲渡の内容

ここからが、本題。譲渡対象株式数・種類、譲渡価格価格調整Earn-out含)、譲渡実行日を規定する。

譲渡対象株式数・種類について、普通株式以外に新株予約権を発行している場合、纏めて買収したり、ストックオプションであれば、放棄したりする。

譲渡価格は、あくまでも株式取得の対価となる金額であり、実際に売り手に振り込む金額となる。ここでの論点は、価格調整Earn-out

価格調整の内容は、別のコラムで詳しく取り上げているが、もともとは、価格合意した時点から譲渡まで期間があると、その間に変動する価値も織り込みましょうという考え。やり方は、3通りあるが、最近はそのうちの2つの方式のハイブリッド型、つまり運転資本と純有利子負債を調整する方式が多い。純資産方式だと、BSを確り策定・確定し、第三者にも見てもらうプロセスとなり、時間を要するが、運転資本と純有利子負債であれば、確定する項目が少なく、BSを策定しなくても良い。
価格調整のロジックは、DCF法との親和性が高いため、どちらかというと上場会社のM&A案件に導入されることが多い印象。

Earn-Outについては、用語集にて紹介しているが、全部の譲渡について、合意しているものの一部の買収対価を後払いする方式。具体的には、クロージング日に一度対価を支払い、残り部分は事後的に支払う。価格調整に似ているところもあるが、根本的に違うところは、残りの支払いが将来業績の結果により変動するため、想定ができないところ。つまり、価格調整は価格の算定基準日~クロージング日までの期間の調整であるが、Earn-Outの場合、クロージング日~半年・1年後という期間となり、業績結果と言う蓋を開けないと分からない。どちらかというとインセンティブの意味合いの方が強い。
買い手からすると、将来の業績計画の達成可能性について、合意できないところ部分があるため、その実績を見てから、残りの対価を支払いたいという心理がある。ベンチャー企業など、急成長の企業の売却に適用されることが多い。用語集でも触れたが、Earn-Outは難しいところも多く、売り手としては避けたい条項。

譲渡実行日は、●●年●月●日と規定する場合もあれば、「又は売主・買主が別途合意する日」と追加記載されるケースがある。これは、独占禁止法の事前届け出やクリアランス期間(許認可所得にかかる期間)、第三者からの同意取得にかかる期間が読めない場合、このような規定がなされることが多い。クロスボーダー案件や海外展開を行っている会社のM&A案件で良く見られる。なお、買い手が上場会社の場合、連結子会社のタイミングが決算作業に影響が出る場合、四半期/下期/年度初めなど、キリの良いタイミングにクロージング日を持っていくこともある。

クロージングの場所について、売り手側オフィスで行う場合、弁護士事務所で行う場合など案件により様々。クロージング当日、前提条件の充足確認のため、書類原本が必要となり、その確認場所をどこにするか、ということもある。また、セレモニーをする場合、売り手オフィスにて行うこともある。クロスボーダーの場合、セキュリティの関係より、弁護士事務所で行うことが多かった。弁護士立ち合いの元、前提条件に関する書類を当日確認し、その後株券の受け渡し、資金の送金・着金確認をその場で行うことが一般的な流れ。当時のタイムスケジュール・To do・必要書類を事前に用意し、段取り通り進めて行く。

その他、実務的な話として、前提条件の充足状況の確認などクロージング手続きを経て、実際のクロージングを行う。ところで、クロージング方法も少しは気になる所。株券を交付している企業の場合、その株券を売り手から売主に手渡すと同時に、買い手から売り手に譲渡対価の資金を支払うことでクロージングは成立する。

但し、最近は、株券不発行の会社が多いため、その場合どのように譲渡するか。株券に代えて、売り手の押印済み株主名簿書換請求書を買い手に交付し、買い手が売り手に譲渡資金を支払うことでクロージングするケースが多い。


4. 前提条件

前提条件を満たすことができなければ、取引を実行しないという権利を行使することができる。売り手・買い手互いに前提条件を満たす義務を負っているが、特別な規定がない限り、前提条件を満たさない場合の責任は負わないことになっている。但し、努力義務は定められることが多いため、努力義務違反を問われることはある。

一般的には、売り手/買い手それぞれに義務となる前提条件を記載する。

売り手/買い手の義務として、以下のようなものがある。

①表明保証の正確性(双方)

②義務の順守(双方)

③競争法等、株式買取にあたって必要な許認可等を取得済みであること(双方)

④対象会社における譲渡承認決議(譲渡制限会社の場合、売り手)

MAC条項(Material Adverse Change:重大な悪化)の不存在。譲渡までは売り手傘下で対象会社は経営することになり、締結~譲渡までの期間の重要な後発事象のリスクは売り手が負うという整理。逆になかった場合、取引実行の義務を買い手が負うことにある。経済環境、株式市場、規制・環境の変化など外部要因はどう扱うかなどの問題もある。(売り手)

法的手続きの不存在(双方)Litigation Outとも言われ、取引自体の実行を裁判所に差し止めされるようなことはない、ということ。

書類の交付(クロージング時の役員の辞任届、クロージング書類)(双方だが、主に売り手)

同意書の取得(いわゆるChange of Controlのある契約における同意書対応)(売り手)

関連契約の締結(TSAや経営委任契約など)(双方)

資金調達の完了Financing Outとも呼ばれる。これは売り手にとっては、かなりダメージが大きいため、違約金(Reverse Termination Fee)を買い手に課すケースもある(買い手)

雇用の維持。キーマンクローズとも言われ、特に重要なキーマン(経営陣)がクロージング日までに退職した場合に、契約解除ができる(売り手)

クロージング日にも関係するが、仮に前提条件がなかなか充足せず(例えば、海外の競争法の許可など)、ズルズルとクロージング日が遅れる場合、エンドを決める目的でロングストップデートを設けるケースもある。これは、その日までに前提条件が充足しないと、この契約をは解除できるという規定。エンドを決めることで、前提条件充足を急かせる目的もある。なお、コベナンツ(誓約条項)にて前提条件充足のための努力義務も通常入る。


私のおすすめ本は、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」で、極めて実践的・実務的な内容で、実際に契約交渉などの実例をもとに、ディスカッションが展開されていくので、経験ある方は、頷きながら、理解できると思います。但し、基本的な内容というより、実務上での応用的な内容が多いので、経験者の方にお勧めです。今回のコラムも、こちらの本を参考にしています。

次回、5. 表明及び保証から説明します。]]>
M.A.P.管理者
会社売却|FAとは? FAの役割をご紹介。 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1277pm5u7 2023-11-14T14:00:00+09:00
会社売却における、フィナンシャル・アドバイザー(FA:Financial Advisor)の役割について、紹介したい。
ここで紹介するM&Aアドバイザーは、売り手側のFAであり、買い手側のFAであったり、M&A仲介ではないです。あくまでも、売り手の利益を最大化するためにアドバイスを行う専門家です。

そもそもFAとは、何者か?

弁護士や会計士、税理士と違って、これと言った資格はなく、法令や規則もないので、誰でもできることになる。企業・個人がM&Aによって、会社を売却したり、買収したりする際に、M&A全体を総合的にアドバイスを行う専門家のこと。

売り手側のFAにおける、具体的なアドバイス内容は、M&Aスキーム・スケジュール・買い手探し・価格算定・買い手による買収監査(DD)・買い手の窓口・交渉サポート・クロージング手続き・開示対応に関するアドバイス・サポートとなる。なお、未上場企業のM&Aでは、別にFAがいなくても、M&Aはできます。

特に、FAを利用することのメリット・デメリットを含め、役割を説明したい。
大きく分けると以下の役割がある。

① 客観的な評価・アドバイス

② 買い手へのアクセス

③ M&Aの先導役

④ M&A手続きの代行 


​⑤ 交渉サポ―ト

何度かM&Aを経験した会社であれば、①~⑤のことは想定できるため、自社で行うことは可能であるものの、それでも客観的評価が必要であったり、買い手へのアクセスが限定的であったりして、ケースバイケースで使い分けています。それぞれの項目について、簡単に説明します。


① 客観的な評価・アドバイス

メリットとしては、定性・定量面の両方で客観的なアドバイスを受けることができます。会社売却の場合、売主の事業への思い入れが強いと、主観的な高い評価となり、買い手の目線と離れるリスクがあります。また、買い手とのトップ面談で、強みの部分をアピールし過ぎて敬遠されたり、他の買い手の存在をちらつかせ過ぎて不快にさせたり、買い手の求めること(知りたいポイント)とズレているケースが多かったりもします。

そのような場合、FAが客観的な評価を行うことで、買い手とのやり取りにおいて、バランスよく、距離を保ちながら、一喜一憂することなく、進めることができるケースも多いため、M&Aアドバイザーを任用するメリットはあります。

また、株主が複数存在し、様々な評価をするケースでは、客観的な企業価値評価(いくらで売却できそうか)も必要となるケースがあるため、その評価をアドバイザーに任せることも有益なアドバイスとなります。

一方で、デメリットとしては、FA1社からの評価・アドバイスだけでは偏りが出る為、少しでも評価・アドバイスに違和感を感じた場合は、他のFAからの助言(セカンドオピニオン)ももらうようにした方が良いです。そのためにも、M&AアドバイザーとのFA契約では、専属条項(他のアドバイザーを任用しないという排他的な条項)を入れない工夫も必要となります。FA契約を急かすアドバイザーには気を付けましょう。


② 買い手へのアクセス

単純に、買い手候補が多くなればなるほど、買い手の選択肢が増え、買収確度やより良い条件での交渉ができたりしますので、自社では買い手へのアプローチが限定される場合、FAのネットワークを活用できるメリットがあります。

一方で、デメリットとしては、ネットワークを持っていないFAを雇うと、結果的にあまり効果がないため、コスト高に終わります。また、ネットワークがなくても、積極的にコンタクトして動いてもらえる場合の利点はあるため、その時は、売り手の希望する条件、ビジネスモデルや強み/弱み、業界環境への正確な理解ができ、それを正しくデリバリーできる能力があるか、買い手によって、訴求ポイントをうまく使いこなせるか、など、端にFAの実績や規模(ネットワークの広さ)だけでなく、担当するアドバイザーの能力を見定める必要があります。
また、ネットワークがあっても、情報を拡散し過ぎて取引先や従業員にも売却情報が逆流して、経営そのものにも悪影響が出る場合も想定されます。質の悪いアドバイザーは、正式任用していない段階で、あたかも正式なアドバイザーという顔で、勝手に買い手探しを行い、強引に案件化しようとする者もいるので、FAの動き方にも留意が必要です。


③ M&Aの先導役

M&Aプロセスには、【売り手/対象会社への理解 → IM作成 → 買い手探し → 買い手へのアプローチ → 買い手とのトップ面談 → 1次入札書の受領 → DD対応・・・・】といった一定のプロセス設計とその推進力が問われます

その際、メリットは「次に何をすれば良いか」「本件に当てはめると最も有効な手段/方法は何か」を売り手ののみで考える必要はなく、ネクストステップをFAに相談し、助言を受けることができること。優秀なFAであれば、売り手が次のステップを考える前に、次の案内を自発的に示し、それぞれの判断/決定に必要な判断材料も並べて、一歩一歩確認しながら、進むことができるといった、先導役を務めることができます。

一方で、デメリットとしては、FAに任せっきりになり、本当にそのプロセスで良いのか、失敗した場合のPlan Bはないか、など、自発的な検討をしなくなることもあるので、自社で考える、或いは他に相談できる先(他のアドバイザー、知り合いの社長、弁護士、税理士など)を確保しておくことも重要です。


④ M&A手続きの代行 

それぞれの買い手とどのように進めて行くか、俯瞰的に見ながら、複数の買い手と並行して協議して進めて行く際、特にDD対応などは、かなりの業務負荷がかかります。それらの対応をFAに一本化して、対応を任せると、作業負担はかなり軽減されるため、メリットはあります。一方で、FAの任用コストは高いため、何をお願いするか(ジョブスコープの設定)によって、報酬額を考えた方が良いとも言えます。


​⑤ 交渉サポ―ト

交渉サポートと言っても、幅広いです。端に、(a)論点整理を行い、売り手/買い手との協議や交渉バランスを見て、中間地点を探るというサポートもあれば、(b)実際に交渉の場に立ち合い、そこで援護射撃を送る、より売り手有利となるように、交渉(協議)に積極的に参加するなど、様々あります。

弊社の場合、(a)の役割は当然ですが、むしろ(b)には拘っています。交渉の場では、各論点について、それぞれ話の流れや様々な側面での投げかけが発生します。その状況や形勢を見極めながら、むしろFAとして、発言した方が、伝わりやすい/嫌味がない/効果がある/説得力が増すなど、内容によって生じます。そこを確りと捉え、外部の視点で客観性も持って発言することで、売り手には有利に働くこと場合も多いです。
また、違う確度から交渉論点を見たり、投げかけること(5W1Hが意外と有効に働くことも)で、実は買い手/売り手とって、ゼロサムではなく、win-winになることもあり、合意点が見いだせたりすることもあります。

交渉に入る前、クライアント・弁護士との事前協議の中では、各論点について、誰が何を発言するか、ということを事前に確認することを心掛けています。また、多くの合意すべきポイントがある中では、合理的な着地を目指す事項とクライアントとしての譲れないポイントとして主張すべき事項を分け、また買い手からはそれらの項目がどう見えるか、意外とクライアントが譲歩できる事項が買い手にとっては、譲れない事項と捉えていることもあり、客観的な相手目線での論点整理が交渉をスムーズに進めるポイントになることも有ります。

いずれにせよ、売り手当事者だけでは、難しい交渉事も生じますので、その点をうまく拾って理解し、効果的にサポートすることが重要だと考えています。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。会社売却のポイント。
会社売却の相談先は?
M&Aアドバイザリー契約における注意点
会社売却におけるプロジェクトチームの組成はどうする?
会社を売りたい方へ。いくらで売れるか?


※将来的に会社売却・後継者探しは、早めのご検討をお勧めします。まずはご相談下さい >> こちら(無料)
※M&Aを検討中の方、気軽にお問い合わせください。 >> まずは新規会員登録へ(無料)]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。売却の進め方【④二次入札~クロージングまで】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1286xvx2h 2023-11-14T12:00:00+09:00

今回は、最後二次入札~クロージングまでの一連のプロセスのポイントを説明する。


【二次入札】
 法的拘束力を伴う二次入札書を提示する。Binding Offerと呼ばれる(Binding Offer)。提示した入札+最終契約書のマークアップ(Mark-up)は、買い手の都合でキャンセルできない(前提条件はつけるが)のが原則で、これが法的拘束力を伴うという背景(但し、現実問題として、強引にドロップされた場合、法的拘束力を理由に無理やり、契約締結というのは、不可なので、抑止力には当然限界はある。)。また、添付する最終契約書のマークアップも買い手版に修正した内容だが、売り手がその内容でOkと言えば、買い手は合意し、サインしなければいけない(基本、そういうことは起きえないが)。いずれにせよ、このような条件で買い手が売り手に提示することになる。ここでの重要な点は以下の通り。

(1)Valuation
 一次入札は、企業価値(株式価値+純有利子負債 *但し、Cash Free/Debt Freeベース)だが、二次入札では、株式価値ベース。有利子負債・現預金水準の計算は、詳細をDDで開示しているので、買い手は純有利子負債を算定の上、株式価値を計算する。なお、比較検討できるように、企業価値から株式価値の計算内容の記載を求めるケースもある。いずれにせよ、SPAでは、株式価値ベースの譲渡金額を記載して、最終的に合意する必要があるので、これを提示頂く。一次入札から大きな乖離があり、入札書だけでは理解できない場合、買い手に説明を求めることはよくある。

(2)Earn-out
 一次入札の際も少し触れたが、Earn-outを求めてくるケースがある。法的拘束力があるので、真剣に検討が必要。Earn-outは、所謂、分割払いのことであり、一部を後払いにするやり方。但し、後払いの方は、将来時点の価値で払うことが一般的であり、Upside/downsideのいずれかの変動リスクが伴う。例えば、100%の株式価値が100億円の場合、クロージング時に70%の70億円を支払い、30%分について、将来株式価値が2倍の200億円になれば、30億円が60億円に増加する仕組み(結果、売り手は+30億円得する)。逆に1/2の50億円になると、30億円が15億円となる(売り手は15億円損する)。成長著しい対象会社で事業計画の確からしさが評価できないという理由から買い手から、提案されるケースが多い。売り手としては、将来のUpsideがありそうで、魅力的に映るが、売却後、これまでと同じ経営方針/スタイルができる保証はなく、親会社からの縛りがあって、思い通りの経営ができない中、利益を上げることができるかという点も留意が必要。一方で、親会社のアセットやリソースの有効活用で、利益を上げる可能性もあるため、スタンドアローンベースの経営と比較すると、不確実性が高くなる。

(3)独占交渉権の要求
 買い手は、最後まで他の買い手と天秤にされたくないので、最終契約交渉にあたって、数カ月間の独占交渉権を要求することが多い。売り手は、交渉力維持の観点から、最後までオークション方式を採用したいが、流石に契約交渉を並行するのは、事務負担がかかるので、応じるケースはある。但し、独占交渉権を付与すると、交渉スピードが増す(買い手は本気でディールクローズさせにくる)。一方で、価格交渉力が落ちることもあるので、様々な状況をみて慎重に判断が必要。売り手のFAは、独占交渉権を付与する場合、できる限り事前に、価格面や重要な交渉ポイントに限り、目線を合わせる・合意に達しておくように、アドバイスすることになるだろう。

(4)想定外の提案
 売り手が想定しない提案を受けることもある。例えば、ある一部の事業について、経営方針の違いから、買い手は買収後に撤退(or 売却)したい、株式取得ではなく、事業譲渡のスキームを希望したいなど。株主がとりあえず売却することが目的で、売却後の経営に興味がない、会社自体がどうなっても、気にしないと割り切れるのであれば、経済的に良い条件を提示した買い手と最終契約交渉に進めばいいが、ほとんどのケースはそうならない。売り手も売却後の経営方針、役職員への影響や処遇を気にするので、想定外の提案については、対象会社としっかり議論が必要(買い手も、影響度の大きなスキームであれば、DDの中で示唆してくるので、事前の想定はしておく必要はある)。スキーム別に、ヒト・モノ・カネの観点で、メリット・デメリットは存在するので、論点整理を行い、まずは比較検討できるようにする。


【最終候補者の選定】

(1)比較表の作成
 各買い手の二次入札書と最終契約マークアップをもとに、売り手の中で比較表を作り、最終交渉に臨む相手を選定する。まずは、価格面で高い買い手、買収にあたっての他の条件を見る。なお、前日になって、取締役会からの承諾が得られないので、入札を断念する買い手も現れることもしばしばある。その買い手に対しては、責任を問う事はできないので、ドロップするリスクも想定しておく必要がある。

(2)買い手との価格交渉
 買い手が提示する買収価格は、取締役会で承認を受け、提示してきている価格であり、そこから大幅UPの価格を引き出すことは困難だが、それでも最後の最後で、本当に買収したい本気の買い手は上乗せすることが多い。買い手も取締役会で案件責任者に、交渉用の価格の引き上げ権限(+●●%)を与えることもある。(売り手もやり過ぎるとお行儀が悪くなり、買い手は憤慨することもしばしばあるが、でもよく見る光景でもある)。基本的に、最終契約の細かな交渉前に、売り手は複数の買い手と価格交渉を行い、Valuation目線が合った買い手と最終契約交渉(慣れている買い手/売り手だと、価格以外の条件交渉は、弁護士同士だけで詰めることもある)へと移ることになる。

(3)最終候補者数
(2)の通り、価格交渉をまず行いDeal killerとなる重要な条件が他にあれば、価格と併せて交渉し、その中で最終契約交渉を行う最終候補者を選定する。個人的な経験では、ほとんどのケースでは、最終候補者は1社であるが、いきなり契約交渉に入ることはなく、最後絞る前に、入札した各社の考え/スタンスを確認して、重要な論点やValuationに関する考えをヒアリングして、状況を整理する。2社以上と並行して、最終契約交渉をすると、時間がかかり、売り手にかなりの負担を強いることになるので、よっぽど甲乙つけがたいケースを除いては、売り手の希望に近い1社と重要な論点や価格について交渉し、大筋の合意に達して、契約書ベースの条件交渉に入るケースが多い。買い手も独占交渉権を1か月程度求めてくるが、競争環境が整っていれば、それは横に置いたまま、実際には重要な論点や価格について大筋で合意して、契約交渉に入りことも多い。


【最終契約交渉】

(1)交渉に向けた準備、交渉方法

契約交渉の前に、重要な論点や価格について、概ね合意できれば、次は、契約書ベースで項目毎の交渉。売り手/買い手が参加する交渉の前に、双方の弁護士がSPAドラフトのやり取りを行い、文章で互いの意見を伝えあい、売り手/買い手立会いのもと、説明や考えを直接伝えるべき項目に絞って、交渉の場では議論します。

相対交渉となると、すべてを押し通すことは実際には考えにくく、Give & takeで落し所を各条項で見出していくことになるので、相手と交渉になりそうな条項について、事前に担当弁護士には、譲れる所/譲れない所、その理由などを確り伝え、弁護士からは各条項のリスクに関するコメントをもらって、望むことになります。
交渉の場では、両者弁護士がリードして、進めていきますが、財務/会計/FAも参加して、それぞれ関連する担当については、適宜助言を行い、売り手/買い手は議論の中で、コメント/判断が必要なところで、発言していく流れになります。


(2)交渉内容
 最終交渉(ここからは、シンプルに株式譲渡契約書【SPA】に絞ります)の中では、「価格調整」「前提条件」「誓約事項」「表明保証」「補償」「特別補償」などが、交渉の中心になる。ネット検索や本を見れば、それぞれポイントが記載されているので、詳細は省くが、記憶の中でポイントとなる部分を個別に挙げたい。

・価格調整(Price Adjustment)
 前回のSPAドラフトの部分で少し触れましたが、弁護士はあまり深入りしないので、FAがリードする必要がある。Locked BoxやBS調整(正式にはCompletion Adjustment方式)の方法がある。売り手からすると面倒なので、「しない」という選択も当然あるが、クロージングタイミングとCash Flowの変動を考慮しないと、損することもある(例:クロージング日まで期間が長く、価値が増す場合)。Locked BoxとBS調整の違いは、調整にかかる時間が異なり、それにより支払タイミングも異なる。
 ざっくり言うと、Locked Boxは、算定基準日以降の調整は原則せず、SPAで決めた価格でM&Aが完了する。但し、基準日以降の通常運営でのキャッシュアウトは認められるが、事業計画に出てこない大きな支出(基準を設ける)や親会社への配当など、禁止するという条件付きでの固定方式となる。
 一方でBS調整は、算定基準日からクロージング日までの価値の変動分を後で計算して精算しましょう、という方式。日本の国内ディールの場合、BS調整を行うかどうかは、ケースバイケース。未上場企業の場合やDA締結からクロージングまでの期間が短い場合、金額が小さいM&A取引であれば、Locked Box方式が主流(手間がかからないから)。上場企業の同士でそれなりの金額であったり、クロージングまで時間がかかるケースは、BS調整を行う。なお、BS調整もやり方によって、手間の程度が異なる。やり方として、3パターンある。

①純資産方式
買い手側が、(a)算定基準日のBSの純資産と、(b)クロージング時のBSの純資産を比較して、その差額を価格調整の対象とする(a<b → 価値が増加した分、買い手→売り手に追加資金を支払う/a>b → 価値が減少した分、売り手→買い手に返金)。クロージング後、1か月~1カ月半ほどで、買い手がBSを作成し、売り手側の確認を経て、最終調整価格を決める方法。通常第三者(会計事務所)の確認作業も入るので、最長でクロージング後、2-3か月経ないと最終的な価格が決定しない。やり方としては、正確だが、作業時間がかかるのが難点。なお、純資産となると、含み益など非キャッシュ項目も純資産の増額要因となるため、個別に規定する必要はある。

②純有利子負債方式
算定比較の時点は①同様で算定基準日とクロージング日だが、純有利子負債の差額のみ調整する。増加した現金だけ価値を調整しましょうというシンプルな調整方法。クロージング後に純有利子負債額を確定し、その差額のみ精算する。但し、現預金の動きが運転資本による恣意的なものとなると、価値の増減とは言えないので、シンプルだが、買い手にとっては危険度が高く、デメリットと言える。例えば、在庫を極端に減らして現金が増加した場合、その増加を持って「価値が増えたよね」というのは、無理がある。買収後に結局必要な在庫を積み上げるために現金が必要なので、そのような恣意的な操作を排除する必要があり、その恣意性の程度を規定するのが難しくなる。

③純有利子負債+運転資本方式
​②のシンプルさを求めつつ、運転資本の恣意的な操作を排除するために、考えられた方式。純粋に事業用の現預金の増減を見る方法。
BS調整としては、よく使われる方法で、米国企業とのクロスボーダーではよく登場する。運転資本の算出方法として、2通りあり比較する時点が異なる。
(a)シンプルな方法は、①同様に算定基準日とクロージング時の比較
(b)若干複雑だが、調整金額を抑える方法として、算定基準日とクロージング時の間に1つ時点を設けるやり方。
具体的には、クロージング時の実際の純有利子負債額・運転資本金額の確定値を算出するのには、通常2週間以上かかる可能性があるため、クロージング時に、純有利子負債額・運転資本金額の見込み値を織り込み、より実態に近づける。その見込み値(ターゲット金額)は、両者で合意する必要がある。

調整方法は、見込み値と確定値を比較した場合、それぞれの【運転資本-純有利子負債】が増加→株式価値の減少→売り手が買い手に返金、【運転資本-純有利子負債】の減少→株式価値の増加→買い手が売り手に返金

基本的に、価格調整の概念は、高い/安いではなく、合意した企業価値/株式価値に対して、合意時点とクロージング時点の変動分をニュートラルに調整しましょう、というコンセプトではあるが、運転資本の見込み値や実際の確定値をめぐっては、交渉対象になり、合意までに時間がかかるケースが多い。なお、PEファンドが売り手の場合、クロージング時に最終価格を確定し、投資家に分配する必要があるため、Locked Box方式を求めたり、価格調整に応じたとしても、②純有利子負債方式③純有利子負債+運転資本方式を求めるケースが多い。

・前提条件/誓約事項(クロージング日まで)
前提条件は、規定された条件を満たさないとクロージングできない項目。特に多いのが、法令関連であり、競争法のクリアランス取得が代表的なもの。誓約事項は、クロージングまでの義務事項のこと。極論すると、クロージングまでに間に合わなくとも、クロージングはロジック上できてしまう(但し、補償ともつながるので、金銭的な損失は発生する可能性が生じますが)。代表的なものは、CoC(Change of Control:支配権の変更。契約書において、相手に親会社変更については事前同意を求められている場合がある)や事業運営の継続(配当などの資金流出も禁止)など。過去に拘りが強い買い手が、項目ごとにどちらにするか、1つずつ吟味した記憶があるが、事例も積み重なってきているし、一般的に項目ごとに凡そどちらに規定するかは、決まっている。売り手が別の国外の場合は、弁護士の助言が必要。

・表明保証
 SPAは海外で使われたSPAをそのまま日本に導入したため、日本語のSPAでも非常に分かりにくい。M&A初めての方は、SPAの構造から学んでも良いくらい。その典型が、この表明保証条項。具体的には、SPA締結時及びクロージング時に規定された事項が、売り手/買い手ともに、真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証すること。仮に、違反が判明された場合、クロージング後、一定期間(SPA交渉対象)内において、相手方に補償する。表明・保証する項目は、圧倒的に売り手側が多い。例えば、売り手が簿外負債なし、と回答しておいたにも関わらず、売却後に買い手の調査の中で、簿外負債が見つかった場合など。その場合は、買い手は一定期間売り手に補償を求めることができる。但し、売り手がDD期間において、簿外負債の存在/金額を開示した場合は、補償対象にはならない。
 よく議論になる項目は、税金・環境・リコール・訴訟・重大なクレームなどの簿外負債や会計基準など。日本特有であれば、残業未払など。買い手は、できる限り表明保証事項を入れたいので、可能な限り入れてきます。

話は逸れますが、過去に売り手が株券の存在について表明保証していたが、実はクロージング近くになって見当たらない、という事態がありました。さすがに、これを補償だのというより、売り手に法的に無くなった株券を無効にさせ、再発行させて事なきを得ましたが、クロージングタイミングがズレた為、事務負担が急増した記憶があるので、以後、どの案件でも売り手に株券を確認するようになりました。

 組織再編(特に合併や株主交換)は、当事者同士が一緒になるので、表明保証は機能しない(自分で自分を訴えることになる)と言われる。非消滅会社、子会社になる側の支配権を有する売り手株主に表明保証させることはあり得ますが。なお、上場企業であり、支配権を有する株主が存在しない場合、表明保証をできる株主(売り手)がいなくなるため、当事者による形式的な表明保証に終わってしまうなど、表明保証の意味を理解しておく必要はあります。

・補償・特別補償
 補償期間、補償上限額、免責額、1件当たりの最低補償額などを決めます。補償期間が長くなると、売り手は売却後もその期間、買い手より補償を求められるリスクがあるので、できる限り短くしたく、買い手は逆に長く設定したい。買い手としては、1度決算を迎えないと、数値の部分が検証できないと言って、1年~1年半以上を求めることが多いですが、これも競争環境次第です。買い手としては、補償期間が短い場合、買収後すぐに数値調査チームを結成して、補償できる項目をとにかく拾い集め、補償するか検討する会社もあります。補償上限額は、補償できる総額であり、買収金額の●%と規定されます。一般的に[20%]といわれる見たいではありますが。免責事項は、保険と同様に、ちいさな補償金額は請求対象外にされます。また、1件当たりの最低補償額も同様の考えです。
なお、表明保証保険を買い手が購入する場合、補償を保険で賄うことができます。なお、表明保証条項や補償内容を保険内容と合わせるために、保険会社にはDDから参加頂く必要があります。DDで発見された事項は、個別項目として特別補償として扱い、具体的に規定します。例えば、既に継続中の訴訟、リコール(今後発展する可能性のあるもの含む)、残業未払い(労基署から指摘される可能性のある未払い)、税務リスクや環境リスクなどは、別途個別保険を購入する必要がある項目もあるようです)。
 買い手は、通常クロージング後にPMIの中で、表明保証の一斉点検をするので、売り手としては表明保証違反の訴えは、やってくる前提という認識は持っていた方が良いかもしれません。


【最終契約締結】
 SPAのすべてのマークアップが終了した後、互いの取締役会を経て、正式に締結となります。プレスリリースや会見を行う場合、当日の事前準備も必要となります。最近では、原本をやり取りすることなく、PDFだけでサイナーページを送付し合うだけで終わるケースもあり、契約締結セレモニーなど、やらないケースも多いです。

【クロージング手続き】
 SPAには、クロージングまでに必要な事項(CoCや許認可の取得、更新など)が定められており、買い手/売り手弁護士がチェックリストを作って、一つ一つつぶしこみながら進めます。基本的には、売り手が対応する項目が多く、その対応状況を定期的に買い手と確認していきます。なお、最近では、日米のクロスボーダー案件(最悪国内案件)でも、中国の許認可が下りず、ディールブレイクになることもあるので、案件前より、ディール中止リスクをしっかり弁護士と議論しておくことも重要です。

【クロージング】
 クロージングは、対象企業の株券の権利譲渡とその対価となる資金の支払いを同時に確認する作業。重要なことは、株主の異動と資金の支払い。株券不発行会社の場合、売り手押印済みの名義書換請求書を買い手に手渡しし、それと引き換えに買い手が売り手口座に資金を送金するというクロージング方法となります。
クロージング当日は、手続きが終われば、売り手と買い手、対象会社がクロージングセレモニーを行い、終了となります。その後、買い手はPMIを見据えて、対象企業の役職員・ステークホルダーへのアナウンスを行うなど、既にDay1という位置づけで、意識としては、M&Aは過去のこと、将来の統合プロセスに入っていく第1歩を踏み出すということになります。

おまけ

①FA契約を対象会社と締結している場合、売却が成立した後、買い手は当然対象会社の情報すべてにアクセスが可能となり、FA契約も買い手に見られる状態になる。もし、売り手FAがFA契約(特にフィーの部分)を買い手に知られたくない場合、対象会社ではなく、売り手とFA契約を締結する方が安全。特に気にしない場合、そのままでも構わない。
②SPAには、クロージング日まで、買い手は対象会社にアクセスできなかったり、会話が制限されるケースが多いです。競争法上、できない場合は、仕方ないですが、PMIを考えると、最終契約締結~クロージング日が長い場合で、クロージングリスクがほとんどない場合、PMIに向けた協議を売り手立ち合いのもと認めてもらうなど、工夫をしても良いと思います。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【③DD、SPAドラフト作成まで】
会社を売りたい方へ。会社売却のポイント。
買い手にとっての「成功するM&A」
PMIの成功ポイント


※会社売却、後継者探しについて、お悩みの方、ご相談下さい >> こちら(無料です!)
※M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:シミックのMBO https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12xykh27p 2023-11-09T16:00:00+09:00
2023年11月7日に、シミックホールディングスのMBOが発表された。薬価引き下げで治験の需要が減っており、非公開化して事業領域を多角化する、という目的によるものだが、それ以外に何か背景がないか、気になる。

本件を見て思ったことは、 

・事業承継問題はなかったか。
・久しぶりの大型ワールド型MBO(ファンドの力を借りない)


「PBR1割れ」「オーナー系 or 事業承継問題」「実質無借金」であれば、ファンドの力を借りず、自力でのMBOも可能なので、同じ状況の上場企業には参考となるMBO事案だろう。

スキーム概要は以下の感じです。



事業承継問題?

創業者であり、会長CEOの中村氏は1946年生まれ、配偶者でありCOOの大石氏は1957年生まれ。開示資料を見る限り、所謂創業家で40%超の株式を保有しているので、オーナー系企業ともいえるが、株主構成を見ると財産保全会社が株主になっているので、所謂相続税対策は対応できている。

となると、社内で次期社長が見当たらないか、上場企業としての事業成長に陰りが見えて来たのか、シミック売却には非公開化の方がやり易いからか。どれもありそうであるが、今の東証のガバナンス強化・投資家への迎合化を考えると、上場しながらそれらの対策を講じるのは、やり辛いはずなので、一旦非公開化するとなったのだろう。目立たない所で、他社に売却し、オーナーとしてExitするというのも年齢的にはあり得るシナリオと感じた。

ワールド型MBO
ファンドによる資金支援を借りず、自力で非公開化するMBO。MBO発表直前のPBRは、0.8倍であり、実質無借金(現預金160億円:借入控除後)であり、買収資金も単独で銀行から借り入れることで、自力MBOができる見通し。

ちなみに、ワールドについては、2005年にメザニンを活用して、MBO/非上場化を行い、2018年に再上場している。今回も、株主構成や経営陣を刷新して、将来的に再上場するシナリオも考えられるので、このような柔軟な市場の出入れは、会社の成長フェーズの中で、もっとあっても良いと感じた。

事業環境の変化や市場ルールの厳格化が進む中では、低PBR・無借金経営・オーナー系という条件が揃う上場企業にとって、ワールド型MBOは、身近な選択肢になると思う。


③番外編 ~

経営者の起業~起動に乗る迄のストーリーは、いつも感動させられ、モチベーションになる。
M&A事例紹介というコラム制作作業の中でも、シミック創業者の中村さんの苦労話に出会えたのは、嬉しかった。非常に親近感が湧いたので、敢えて紹介させてもらいます。



 ]]>
M.A.P.管理者
会社売却 | やり方次第で違ってくる? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1292ffp2v 2023-11-07T15:00:00+09:00
会社を売却するとは言え、やり方によって、売却後に影響が変わってくる。買い手やアドバイザーの言われるがまま会社を売却した後、こんなはずじゃなかったとならないように、基本的な売却のやり方は、抑えておくのが良い。ここでは、現金対価の会社売却に絞ってスキームを3パターン(株式譲渡・事業譲渡・第三者割当増資)を紹介したい。

1. 基本的な会社売却の方法

まず、会社の売却方法は、大きく分けて2つある。株式譲渡事業譲渡。大きな譲渡をする対象物の違いは、譲渡の対象が株式か事業か。結果的に、会社が売主の手元に残るかどうか、と売り手が現金を直接獲得できるかどうかとなる。

株式譲渡: 株式を譲渡する ⇒ 結果、売却会社は売主の手元に残らず、買い手に譲渡される。その譲渡対価として、売主は、現金を買い手より受け取る。

事業譲渡: 事業を譲渡する ⇒ 結果、会社は売主の手元に残り、譲渡対象となる事業のみ買い手に譲渡される。その譲渡対価のとして、会社が、現金を買い手より受け取る。

また、持分の大きな変化が可能なスキームとして、第三者割当増資もある。このスキームだけでは、売主が買い手に売却会社の100%を取得させるすことができない。何故なら、どれほど多くの株式を買い手に発行しても売主に株式が残るから。第三者割当増資は、会社の資金調達手段でもあり、直接的には会社売却の方法とは言えない。但し、割り当てる株式が50%超となると、実質的に買い手に支配権を「譲る」ことになるので、ここでは会社売却の一つと捉える。

第三者割当増資: 会社が発行する新株式を買い手に割当る ⇒ 結果、買い手は発行会社の新株主となり、売り手と共に会社を保有することになる。買い手の保有割合が50%超になる場合、実質的に会社を買い手に譲渡するのと同じ結果となる。会社は売主の手元にも保有割合だけ残り、その割当対価のとして、会社が、現金を買い手より受け取る。

それぞれのスキーム別説明、Pros/Consは以下の通り。


2. 株式譲渡について
 
最もシンプルな会社売却の方法。具体的には、現在の株主・オーナー(個人を想定)が保有している売却会社の株式を買い手に直接売却する。

(1)売り手にとってのメリット

①手続きが簡素、シンプル
②売却後の義務・責任は負わない(契約交渉次第)
③売却会社自体は、存続・変わらない
④売却対価として、現金の獲得


メリットが大きいため、M&Aの80%は株式譲渡で行われると言われる。各項目それぞれ説明します。

①手続きが簡素、シンプル

これに尽きると言っても過言ではなく、株式を渡すだけ。株式には、会社の経営権も紐づいており、100%を買い手に譲渡すれば、会社自体を買い手に譲渡できる。なお、一部議決権を売り手が残す場合は、様々なシナリオがあるので、要注意。手続きは、未上場企業であれば、譲渡制限が付されているので、①取締役会で決議、②株主名簿を書換、③②と同時に売却資金を受領、という流れになる。詳細な手続きがあるので、専門家や弁護士と具体的には行うことを勧める。


売却後の義務・責任は負わない(契約交渉次第)

買収によって、買い手側に権利・義務は全て承継されることになるため、売却後に関しての法令違反や不正については、発覚してもそれは買収者側が基本的に負うことになる。

従って、前オーナー・役員の故意や過失により、売却後に売却会社が損失を被るリスクも想定し、株式譲渡契約書(SPA)では、「表明・保証」「補償」といった条項で、売却後の売り手や役員へ責任が追及できるように、買い手としては交渉することになる。

例えば、売却前に支払った税務コストが過少申告であったことが売却後に判明した場合、追徴課税や加算税、延滞税などの支払いに関する取り扱いを予めSPAで規定するなどである。税務リスクについては、過去5年間に遡ることができるため、売却前の5年間に関する税務リスクの取り扱いをSPAで交渉することとなる。それら、各会社のリスクについて、1つずつ規定することになるため、SPA交渉は非常に重要となる。


③売却会社自体は、存続・変わらない

株式を売却しても、その時点では売却会社の株主が変わっただけで、社名も会社内ルール・人事制度・資産等は何も変わらない。但し、買い手会社との合併による売却会社の消滅、社名や人事制度の変更、資産の移動・除却などは、買い手の意向で、自由にできる状態とはなる。


④売却対価として、現金の獲得

オーナー個人が、株式を譲渡することで、直接多額の現金を獲得できる、稀なケース。10億円以上の現金をたった一度の取引で獲得することも毎年あるので、セミリタイヤや新たな事業の立ち上げを考える創業オーナーにとって、非常に魅力的な手段となる。

但し、売却会社に所属する従業員とは、基本的にお別れになるので、単に金額の多寡ではなく、信頼できる買い手に後を任せるためにも慎重に買い手を選ばれるケースの方が多い。


(2)売り手にとってのデメリット

①支配権が完全移転
株式の譲渡=会社の経営権を買い手に移転することになり、後戻りは基本的に効かなくなる。売却後に買い手の方針が急変し、売却会社の従業員・取引先に悪影響が出るリスクもある。直接売主に被害が来ることは、SPAで確りとプロテクトすれば、大丈夫だが、人間関係やレピュテーションを含め、精神的なダメージもあり得るので、買い手選定は慎重に行うことを勧める。

②競業避止義務
売却後に、売却会社と類似する事業を開始することを当面(3~7年間程度)禁止することを求められるケースがあるが、売主の売却後のスタンス次第であり、あまり実害はない。近しい事業を行う予定がある場合、売却交渉時に買い手に相談することを勧める。

③リテンション期間
キーパーソンである創業者オーナーが、売却直後に退任すると、売却会社の事業にマイナスの影響が生じることも有り得る為、多くのケースでは、買い手より一定期間、売却会社への関与依頼を受ける。多くのケースでは、引継ぎ期間として、半年~1年間の会社との顧問契約を依頼されるケースもあるが、売却後の元オーナーの位置づけは、微妙であり、如実に会社内での影響度が下がるため、売却後のポジション・組織上の位置づけなど、確りと売却交渉時に明確にしておくことを勧める。


3. 事業譲渡について
 
譲渡会社の中で、対象となる事業のみを買い手に譲渡する方法。具体的には、売却会社の中で、譲渡対象となる資産(ヒトモノカネ)を特定し、それを買い手に譲渡する。イメージとして、譲渡会社の中で、ヒト・モノ・カネのカテゴリーで譲渡する対象に切り取り線を引くイメージ。なお、譲渡対象事業は、買い手会社に取り込まれるケースが多く、譲渡後、すぐに買い手会社のルールに従うことになる。また、対価となる現金は、株主ではなく、譲渡会社に入るため、その点も株式譲渡と比較して、留意が必要。


(1)売り手にとってのメリット

①譲渡対象の自由な設計
譲渡したい資産だけ選んで譲渡できるのがメリット。但し、買い手あっての取引なので、都合よく行かないが、関係のない不動産や別事業がある場合、対象事業だけ切り出せるのは、メリット。

②損金の相殺
残る事業や他の資産で、税務上の損金が生じる場合、資産譲渡の益金と相殺でき、税務コストを下げることができる可能性もある。

(2)売り手にとってのデメリット

①煩雑な個別契約

煩雑な手続きが発生する。主に買い手になるが、会社分割とは違い、労働条件や取引契約書の承継ができないため、事業譲渡の際には、対象従業員との同意が必要となったり、取引先とも契約書の再締結が必要になったりと、売り手も対応が必要となり、煩雑な手続きが発生する。

②現金は会社に支払い
事業譲渡の対価となる現金は、売却会社の株主ではなく、売却会社に支払われる。従って、オーナーがExitする場合、更に会社を清算して引き出すか、売却会社から配当で支払う必要が生じ、別途オーナーには税金もかかることになる。また、事業譲渡益が生じると、売却会社の所得扱いとなり、法人税の対象となる。

③不要資産の処理
仮に譲渡対象から外れた不要資産が発生した場合、個別に処理等を行う必要がある。


4. 第三者割当増資について
 
会社が新たに新株式を買い手に発行することで、買い手が会社(発行会社)の株主になる手続き。発行会社は増資することになり、資本金・資本剰余金が増加することになる。なお、増資になるため、買い手の出資金は発行会社に支払われるため、売主が買い手から現金を受領することはない。

創業者オーナーの保有株数は変わらないが、新株発行により、分母となる発行済株式総数が増えるため、結果的に希薄化が生じ、発行会社の出資比率が低下することになる。

手続きとしては、①発行会社の取締役会・株主総会決議(譲渡制限会社を想定)にて第三者割当増資を決議、②払込日に買い手が対価となる現金を発行会社に支払い、代わりに新株式を買い手が引き受ける、③株主名簿に買い手を株主として登録、④登記を行って終了。なお、発行総額が1億円を超えると、金商法の規定により財務局に有価証券通知書を提出したり、手続きが増えるので、専門家や弁護士と相談しながら進めること推奨する。


(1)売り手にとってのメリット

①資金ニーズのある会社には有効
株式の発行により、資金調達ができるため、資金ニーズのある会社には魅力的なスキーム。

②スキームはシンプル
登記や登録免許税は発生するが、手続きは煩雑ではなく、シンプルな取引。

③発行会社のルール/従業員の扱い/保有資産は維持
発行会社自体は存続し、第三者割当増資事態では変わらない。但し、割当比率次第では(特に50%超の発行の場合)、支配権を買い手に譲ることになる。デメリットを参照。

(2)売り手にとってのデメリット

①買い手の新株主登場

出資比率にもよるが、買い手が議決権の50%超の株式を引き受ける場合、実質的な会社の支配権は買い手に移行することになる。従って、会社の経営方針(ルール・人事制度・雇用条件・取引関係・保有資産の取り扱い等)を強引に変えることは可能。買い手にとっては、出資した資金が、会社の企業価値向上に繋がるかが重要なポイントであるため、売り手としては増資後に買い手の意向を十分に配慮する必要が生じる。]]>
M.A.P.管理者
会社売却におけるプロジェクトチームの組成はどうする? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12vo3achb 2023-11-04T17:00:00+09:00
会社売却を本格的に検討するにあたって、M&Aプロジェクトチームはどのように編成するか。
会社の規模、上場/非上場によってやや異なるが、簡単に体系化して説明したい。なお、一事業部門のカーブアウトや重要な子会社の売却についても同様。

社長/オーナーが会社の売却を決断した場合、次にどうするか?社長一人や主要役員だけでは、M&Aを進めることは、なかなかできないので、社内メンバーと社外専門家で構成される検討チームを構成するのが良くあるケース。

1. 売上高 5億円以下の小規模未上場会社(オーナー系)

代表的なプロジェクトチームは、「社長兼オーナー1人+弁護士(+M&Aアドバイザー)」。買い手が決まっていれば、「社長兼オーナー1人+弁護士」でも十分。

社長兼オーナー: 意思決定、書類やデータ準備、買い手からの質問回答、契約交渉等、ディール全般を対応

弁護士: MOUや最終契約書など、契約書周り、書類策定サポート

M&Aアドバイザー(加わる場合): 買い手探索、買い手との窓口、ロジ周りサポート、M&Aプロセス上必要な資料策定(IM・プロセスレター・企業価値算定など)、スケジュール策定や論点整理、社長の補佐サポートなど。買い手が決まっている場合/オーナーが買い手を見つけれる場合、不要なケースも多い。

顧問税理士(加わる場合): 日頃の関わり方にもよるが、会社の経理処理をすべて受託記帳している場合、税務上のリスクがある会計処理や簿外債務の有無がないか、確認依頼はできる。最終契約書で、過去の計算書類や税務申告書について、適正な処理がされていることの表明・保証を求められるため、専門的な見地より確認を求めることもある。「知り得る限り」適正な処理がなされている、ということで済む場合、必ずしも採用しないことも多い。あとは、売却に関する税務周りの相談。

進め方は、オーナー・親会社が売却決定後、具体的な売却準備を開始し、買い手候補の探索を始める(買い手探しにM&Aアドバイザーを使う場合もある)。買い手との協議を経て、①売却確度の高さを確認した後、弁護士を任用しMOUを準備し、DD・最終契約に向かう、または②LOI受領し、売却確度の高さを確認した後、弁護士を任用し最終契約書のドラフトに入る。

いずれにせよ、売上高5億円以下であれば、社長が会計処理にすべて目を通していることも多く、会計・税務回りの質問に答えることもある。従業員数も10~30名程度で、事業・労務・法務にも対応できる社長もいるため、会社からは社長1名で対応するケースも多い。M&Aアドバイザーへのフィーも高いことから、エクセキューションで貢献するというより、良い買い手を連れて来れる場合に必要に応じて任用するといった感じ。


2. 売上高 5~50億円の未上場中小企業(オーナー系)

代表的なプロジェクトチームは、「社長兼オーナー+管理役員 or 担当者+ M&Aアドバイザー + 弁護士 + 顧問税理士」。1.との違いは、組織体制が出来上がっている会社も多いため、管理部門の役員or担当者が存在し、彼らが具体的な実務を担当する点。M&Aアドバイザーの起用有無は、1.と変わらないが、より多くの買い手が登場する可能性もあり、より良い条件を求めるために、M&Aアドバイザーを起用して買い手探しを幅広く行うこともある。

未上場企業なので、インサイダー取引は関係ないが、基本的には極めてセンシティブな話であるため、社内の関与者は極力少なくして進めるため、基本的には人手が足りない構図となる。そのため、実務面の事務対応はM&Aアドバイザーが担うことになる。


3. 上場企業の場合

様々なパターンがあり得る。(1)上場していても創業者が実質過半数を握っているオーナー系、(2)上場子会社や上場企業の一事業部門、(3)株主が分散しているパターン など。
いずれのケースも、「社長+関連事業部門担当役員+管理/経営企画担当役員+実務担当者(1-2名)+ M&Aアドバイザー + 弁護士 + 会計事務所」という体制が一般的。規模によって、社内の担当者の数が相当増える。未上場企業との違いは、①社内管理体制(ガバナンス)、②社内の決定プロセス、③会計事務所の存在。

①社内管理体制(ガバナンス)
管理担当役員が存在し、経理・人事・企画の担当者がいて、それぞれのカテゴリーのM&A実務担当者が存在する。インサイダー情報管理も必要となるため、社内でもしっかりとしたプロジェクトチームを組んで対応することになる。

②社内の決定プロセス
オーナー社長とは言え、社長の一存では決められず、少数株主の代表でもある社外取締役社外監査役が出席する取締役会で承認を得る必要がある。取締役会での審議の他に、(1)(2)の場合、社外取締役が中心となって諮問される特別委員会を設置し、特別委員会が実質案件を推進するケースもある。特別委員会は、少数株主の利益保護が目的であり、親会社やオーナーにとって都合がよく、少数株主の利益が損なわれるような条件にならないか、M&Aをチェックすることにある。

③会計事務所の存在
財務諸表は、会計士による監査済みとなるため、会計DDや税務DDは、同じ会計事務所にセルサイドDD対応として、任用するケースが多い。

適時開示やIR対応があったり、組織再編となると、取引所へ株価算定書の提出も求められるため、証券会社がM&Aアドバイザーになるケースが多くなる。]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:UTグループによる日立茨城テクニカルサービス買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12sv74zv6 2023-10-30T17:00:00+09:00

2023年10月30日、UTグループによる日立茨城テクニカルサービスの買収が発表された。2020年には、水戸エンジニアリングサービスを日立グループから譲り受けており、製造業人材のキャリアプラットフォーム企業として、今後も動向が注目される。

本件を見て思ったことは、 

・UTグループによるM&A戦略は大手企業にとって魅力的
・次の人材派遣製造子会社の切り離しもあり得る


UTグループは、製造業向けに構造改革需要に対して、人材流動化支援を中心に成長してきた。今後は、更に踏み込んで、大手製造業が保有するグループ向け人材派遣子会社をM&Aで取込み、自社の顧客基盤をフル活用して、グループ外にも製造業人材の活躍の場を提供する。
大手製造業としては、グループ内だけでは人材再活用に限界があることから、製造業での幅広い顧客基盤を有するUTグループが様々な人材に更なる有効活用機会も提供できるため、安心して、人材を任せられる。

また、構造改革による人材の再活用やシニア人材の活用が更に求められ、ベストオーナー議論も活発化する中で、他の大手上場企業が保有する人材派遣子会社の切り離しニーズもあり得る。
まだ、多くの人材派遣子会社を有する上場企業は多いことから、今後も受け皿として、大手人材派遣会社が買収する同様のM&A事例は増えるものと思われる。

(参考)最近の売却済み人材派遣子会社 
・ディンプル/J. フロント・リテイリング → ワールドHD(2022)
・富士通エフサス・クリエ → UTグループ(2021)
・水戸エンジニアリングサービス/日立製作所 → UTグループ(2020)
・ニコン日総プライム/ニコン → 日総工産(2019)
・MHIダイヤモンドスタッフ/三菱重工 → パソナ(2017)
・NTT系人材子会社2社・4事業/NTT → パソナ(2017)
・パナソニック エクセルスタッフ/パナソニック → パーソル(2014)

 ]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【③DD、SPAドラフト作成まで】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ichh9zz 2023-10-29T09:00:00+09:00
前回(②案件開始~一次入札まで)に続き、一次入札後、DDからSPAドラフト作成までの流れに関するポイントをまとめる。


【DD】
DD対応は、多岐にわたり対象会社の負担がMaxに到達する。カテゴリーごとにポイントをまとめる。


(1)DDメンバーリスト
一次入札通過者には、早々にDDメンバーリストの作成を依頼する。ガンジャンピング問題がある先は、クリーンチームとそれ以外に分ける。クリーンメンバーに怪しげな人々(事業部門寄りのメンバー)がいれば、個別に確認が必要。なお、買い手のクリーンチームであっても、非常にセンシティブな情報については、外部アドバイザーのみとする場合もあるので、都度弁護士と確認しながら開示準備は慎重に進める。


(2)DD資料、VDRの準備
DD資料は、対象会社側の作業効率の観点から、一次のIM作成時の対象会社側に依頼リストの中でDD資料リストも入れておく。IM配布~二次開始まで対象会社側は、一旦作業がなくなるので、この間に資料準備やVDR業者の選定などしてもらう。なお、クリーンルーム向け資料か否か、資料ごとに弁護士の事前チェックも必要。また、1次意向表明書にDD時に調査したい項目を依頼しておけば、DD前に関連資料も準備できるので、効率的になる。話は逸れるが、VDRは今後Google Driveで良い気がするので、VDR業者もどこまで存続するか、個人的には気になります(ユーザー側のWindows縛りがキー)。

(3)2次プロセスレター、DD実施要領の準備
2次プロセスレターは、DDが始まって1週間ほど経ってから配布しても良い。まずは、一次通過した買い手にDDのHow toがまとまったDD実施要領を案内する。また、トップレベルのメンバーが参加するマネプレは、DDの前半に実施するのが通例なので、早々にスケジュール調整を始める(プロセスレター配布前でも良い)。

プロセスレターは、1次のものと70~80%ほど似ている。主に異なるところは、Valuationについて株式価値の算出を求めることになり、具体的に買い手に企業価値から株式価値への計算内容を記載してもらう。後は、法的拘束力を求めることになり、同時に提示するSPA Markupとともに、もし提示された内容で売り手が承諾すれば、買い手は提示した条件で契約成立させる義務が発生する。

価格だけでなく、買収後の事業成長戦略も売り手(特に対象会社)は気になるため、プロセスレターにて買い手に記載・提案を求める。


(4)マネプレ
対象企業の社長を含めた経営陣によるマネジメントプレゼンテーション。1~1.5時間で自社の強み・一通りプレゼンを説明し、その後Q&Aセッションを行う流れ。全体的に2~3時間ほどかかる。会社全体の戦略・事業方針、販売・生産・R&D・海外事業・事業計画・財務情報など、それぞれ項目があるので、社長が会社全体の戦略を話した後、各門担当役員が項目ごとにプレゼンするのが良い。

売り手にとっては、毎回同じプレゼンを買い手の数だけ行うので、正直どっと疲れる。ただ、買い手にとっては唯一直接アピールができ、そのプレゼンの中で、キーマンの特定もできる場であり、非常に貴重なセッション。買い手も自社のプレゼンをリクエストする場合があるので、これは対象会社にとっても良いので、受けた方が良い。

互いにとって生産的なセッションにすべく、買い手より事前に聞きたい質問があれば取り寄せ、プレゼン中に触れてもらうのが効果的。

買い手、その専門家含めて、人数制限をするのが通例。なお、ガンジャンピング問題があるので、マネプレ資料は、クリーンバージョンにするべく、ドラフト段階から早々に弁護士と共有し、機微情報チェックを行ってもらうのが良い。直前で削除が多いと、マネジメントが混乱することもしばしば。また、買い手が海外企業であれば、国によって競争法が異なるので、必ず海外対応ができるリーガルアドバイザーが必要。マネプレ資料は回収されることもあるが、基本はその後VDRなどでシェアされる。


(5)サイトビジット
日程的にマネプレとセットで実施される。情報管理上、訪問先の工場関係者に、買い手名を伏せておく。よく使われる例としては、監査人による実地監査目的という名目での訪問ということにする。買い手にも社名やロゴの入った袋など持って来ないようにDD実施要領で指示しておく。とはいえ、ぞろぞろと黒服姿の大人が数人工場を訪問するのは、稀なので、大抵工場の中では色々と噂が出回る。

コロナ禍でサイトビジットができず、M&Aが延期している例が多いと聞く。中には、リモートでサイトビジットを行う案件もあるらしい。対象会社職員がカメラをもって工場内部をビジットし、カメラ越しで買い手が見学するという仕組み。中には、ドローンを飛ばして、工場を上から見るケースなどもあるらしい。

なお、普段のサイトビジットは人数制限がかかるが、リモートだと、無制限になるため、実は工場の機械設備に詳しい人間が、工場から参加でき、中の設備がよくわかるという例も出ているようなので、メリットは少なからずあるが、やはり実際に目で見れないというデメリットの方が大きいと言える。


(6)Q&Aのやり取り
文章で買い手から質問を受け取り、売り手が回答するというやり取りが発生する。買い手が複数になると、大変な事態になるので、基本的には、1か月間の間、買い手Aの締め切りは、毎週月と木、買い手Bは、毎週火と金のように回答タイミングを分散させる。財務・法務など専門家からの質問がものすごい数になるので、買い手1社あたり、300-400個と質問数を制限するやり方もある(買い手はかなり不満だが)。

またしても余談だが、今も両者のFAが間に立って、エクセルのQAシートを毎日締め切り時にまとめて展開する方法を取っていることが多い。非常に非効率で、間違いも起きやすい。VDRでのQAシート機能を使うケースがあるが、こちらもゆくゆくはGoogle Sheetに集約される気がする。


(7)Sell BuyタイプのR&W保険
DD開始とともに売り手がパッケージとして用意したR&W保険を買い手に案内する。保険を使わず、表明保証を一杯入れてくる買い手は入札不利になりますよ、というメッセージを買い手にも送る。買い手が独自に保険会社を引っ張ってくるなら、そちらを使ってもらっても良いが、売り手が用意した保険は、既に助走している分、買い手にとってはとっかかりが早い。買い手は、早々に保険会社と具体的な協議に入っていくことになる。なお、環境リスクなど、個別リスクのうち保険対象にならない項目もあるので、売り手としては把握しておくひつようがある。


(8)専門家セッション
DD後半になるにつれ、詰めの作業のためQAシートでのやり取りではなく、専門家を交えた項目別セッション(電話会議)を設けることが通例。買い手からすると、QAシートのつぶしこみ。回答内容がクリアでなかったり、文字のやり取りでは理解できない部分を補足するセッション。互いにとって効率的であれば、セッティングした方が良い。


【SPAドラフトの準備】
DDの中間あたりに買い手候補に渡すイメージで、売り手・売り手のリーガルアドバイザーと一緒にドラフトを作成していく。買い手は、SPAドラフトにマークアップ(履歴付修正)を行い、2次入札時に提出する。SPAマークアップも法的拘束力の対象となるため、買い手の修正版の取り扱いとして、修正内容であれば、いつでもサインができるという状態で提出することになる。FAから見たポイントをまとめる。


(1)価格調整
交渉テーマの一つ(特にFAにとって)。売り手としては、手間がかからず、シンプルに損しない形で譲渡したい。従って、契約~クロージングまで期間が短い(~1か月間)であれば、基本的に価格調整なしで済ませたいところ。契約タイミングと、クロージングまでの期間の長さ、その間のCFの動き次第であるが、売り手が出すSPAドラフトでは、記載したとしても売り手有利な内容(Locked Boxなど)になるケースが多い。

買い手としては、やるならBS調整ということになるだろう。特に契約締結からクロージングまでの期間が長いケース、CFの季節変動が大きなケース、途中で税金の支払いなど、一時的にキャッシュが大きく動くケースでは、やはり価格調整を入れたいところ。

また、急成長の会社買収であったり、事業計画が強気な案件では、買い手はアーンアウトを導入するケースも多い。


(2)表明保証(R&W: Representations and Warranties)
基本的に、R&Wに限らず、契約書全体の文言などは弁護士に任せた方が良い。表明保証は、補償と紐づけになるので、肝になる部分の一つ。

事業計画への表明保証はできない、環境・リコール・税金など、期間が長い項目もあるので、これはビジネスや実態の観点を踏まえて、許容できる/できない個所は、弁護士の助言を基に、売り手が確り判断したい。

未上場企業の場合、財務諸表・会計基準へのR&Wは慎重にした方が良い。国内同士であれば、会社法431条でいう、一般会計原則「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」という文言で会計基準のR&Wは抑えて、互いに理解し合い、買い手が簿外資産/負債を確り抑える、というのが売り手が落としたいところ。買い手が海外企業だと、これは理解しづらいので、買い手の財務アドバイザーに確りまとめてもらう必要がある。また、月次決算もまともに対応していない場合、管理会計ベースの数値まで表明保証するか、慎重に判断した方が良い。


(3)表明保証保険
買い手が購入する表明保証保険が一般的であるが、これがあると、売り手は補償期間において、表明保証違反により生じる経済的損害により発生する補償を売却後負うことはない。売り手にとっては売却後の潜在的リスクをクリアできるので、メリットは大きい。これをオークション参加の買い手に対して売却条件とする際の売り手の留意点を挙げておく。

・保険料
補償対象金額は買収金額の20-30%になる保険であれば、保険料は買収金額の2-3%程度。買い手がR&W保険を購入する前提であれば、買い手が払いものなので、売り手としては気にならないように見えるが、留意点として
買い手の考え方は、買収金額から2-3%控除するということになる。売り手としては、2-3%安くなっても、補償がなくなるメリットが大きい場合がある。例えば、売り手がPEファンドになると、売却後、売却代金を投資家に配分することになるので、売却後以降に支払いが発生すると非常に困ることになる。PEファンドが売り手の案件となると、クリアEXITを目指すうえで、R&W保険が必須になる案件は多い。

・英語版SPA
実は、国内案件であっても、保険会社の審査担当が外国人のケースがあり、そうなるとSPAを英語にする必要がある。最近、東京海上など、海外のR&W保険を扱う損保を買収したことにより、日本語サービスも充実しているようだが、その場合、買い手の保険料が高くなることもあるので、留意が必要。売り手にとっては、日本人同士なのに英語でSPA交渉をするのは、ナンセンスなので、避けたいところ。

・保険のカバー範囲
基本的には、もれなく買い手に保険でカバーさせる。SPAで確りここを抑えれば、売り手としては大丈夫。参考までに、R&W保険は、免責金額や保険上限額など決まっているので、保険対象にならない範囲が出てきても、それは売り手の責任とならないように、気を付ける必要がある。なお、最終的に買い手が購入する保険は、売り手には内容が分からないので、その前提でSPA交渉を進める必要がある。


(4)関連契約
ライセンス契約(売却によって買い手がライセンスを受けることができる/できないなど)、顧問契約(対象会社のキーマンを売却後一定期間、引継ぎのために勤務継続させる)、その他、TSA(Transition Service Agreement:移行期間中のサービス提供に係る契約書)など、譲渡に伴い、売却後に対象会社の事業継続にあたって一定期間移行に必要となる契約書もSPAとともに交渉する。基本的には、買い手が必要と考えることなので、最低限の付随契約は用意するものの、買い手の意向に従うのが良く、契約によっては買い手側がドラフトを用意することになる。


(5)ブレークアップフィー
通常、売り手が独占交渉違反で買い手に支払う場合に、ブレークアップフィーが発生しますが、私の個人経験では、リバースブレークアップフィー(買い手が売り手に支払う)の方が圧倒的に多かったです。

北米では、当たり前のようにSPAに出てきましたが、これは買い手が一定期間内(6か月など)に買収の前提条件を満たせず、クロージングできなかった場合、SPAは無効となり、売り手に対して支払うもので、買収金額の3~5%程度。

最近では、NVIDIAがSoftbankからArm買収の最終契約を成立させたにもかかわらず、中国の独禁法の許認可が取れなかったということで、SoftbankにUS$12.5bn(買収金額US$40の3.125%)のReverse Break-up Feeを支払うことになったと報じられた。 

これを見ると日本企業はビックリして、徹底抗戦に入るのですが、グローバルの常識とは異なる認識になることもあるので、事前に十分理解しておく必要がある。なお、国内企業同士でこの条項を見ることはないのですが、例えば売り手がPEファンド(特に外資系)となると、担当者は日本支社の日本人ですが、決定権は海外にある場合があり、SPAドラフトにこの条項が登場するので、留意が必要です。

次回は最終回、【2次入札~クロージングまで】を記載します。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ②案件開始~一次入札】
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
会社を売りたい方へ。いくらで売れるか?
M&Aアドバイザリー契約における注意点


※会社売却、後継者探しについて、お悩みの方、ご相談下さい >> こちら(無料です!)
※M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)]]>
M.A.P.管理者
M&Aとは?|目的、方法、メリット・デメリット(売り手にとって) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk129js6gpu 2023-10-28T17:00:00+09:00
M&Aという言葉は、非常に知れ渡るようになった実感がする。非上場企業でも、M&Aと言えば、説明いらずで、話が始められる。具体的な話になると、重要だが、意外と整理が難しい部分もあるので、基本的なポイントを改めてご紹介します。


1. M&Aとは?

M&Aとは、Meger and acquisition(マージャー・アンド・アクイジション)の略。英語の発音では、エメネーと聞こえるので、最初聞いた時は一瞬「」となる。日本語訳では、買収及び合併の意味。

会社を買収することを意味するが、会社売却、合併、事業譲渡、会社分割、経営統合、資本業務提携など、資本が移動する企業間の資本取引を総称して広い意味で使われる。一般的には、支配権(議決権の50%超)を取得する企業買収を指すことが多い。日本では、後継者不足に悩む未上場企業の間でも、事業承継という名称で一般化している。

最もシンプルなM&A(支配権の取得)は、株式会社の発行する株式100%を取得すること。通常は、既存の株主が持っている株式を直接買い取る。この株式譲渡の取引自体、対象会社は実は関係ないが、株式の価値は、対象会社に依拠する。従って、その対象会社に価値があるかどうかで、株式の価値(譲渡価格)は決まることになる。



もう1つよく聞かれることとして、100%未満の株式買取は、どう理解したら良いか?会社法では、2つの大きな基準がある。

(1)2/3(66.7%)以上
2/3以上を持つと、株主総会の特別決議を通すことができる。特別決議は、過半数の議決権を有する株主が出席し、出席株主が保有する議決権のうち2/3以上の承認を得れれば、決めれる事項で、合併・会社分割・株式交換など、会社の組織そのものに影響を与えることができる最も重要な決議事項。具体的には、他の会社と合併して、対象会社そのものを消滅させたりできる。

(2)50%超
51%、50.1%、50.01%、50.00000......1%、全て50%超となる。50%超の議決権を取ると、その株主の意思で対象会社の取締役を変えることができ、実質その対象会社の経営権を握ることができる。

従って、M&A(=会社買収)とは、少なくとも50%超の対象会社の株式を取得する行為のことと理解頂きたい。なお、広義の意味で、50%未満の出資・資本提携もM&Aと言われることが多いが、対象会社への支配権という意味からは、全く異なるので、これは別の機会に説明する。

売り手にとってのM&Aは、会社の支配権を他者に譲渡することである。


2. 目的

日本のM&Aは売り手市場と言われる。売り手より買い手の方が多い。何故、多くの会社は、M&A(企業買収)をしたがるか?答えは、お金で会社規模を簡単に大きくできるから。会社規模とは、資産よりもPL項目である売上高・利益を大きくしたいという意図である。

自社の経営資源だけで会社を成長させるには、ヒトモノカネを全て自分で揃え、時間をかけて会社を大きくする必要があるが、M&Aは、既にヒトモノカネが揃っていて、事業を運営している他社を買収して、自社に取り組むことができる。M&Aは、金で時間を買う取引とも言われる。

上場会社であれば、株主や投資家に増収増益をコミットし、株価を上げることを期待されるので、M&Aでそれら成長を達成できるのは、手っ取り早い手段の一つとして、認識されている。会社の成長スピードを加速させる効果があり、経営者にとってM&Aは非常に魅力的な経営手段と認識されている。

一方で、売却する側の目的には何か?売り手側も実は良い手段である。

(1)換金(創業者利益の享受)
株式会社を支配できる株式には価値がある。イメージは、株式の価値 = 会社の価値となり、株式を売却することで会社の支配権を譲渡することになるが、その対価として、生涯サラリーマンでは得られない億単位の資金を得ることができる。

昔は、「起業→上場→財産形成→経営維持→同族内で事業承継→同族で長期経営へ」という流れの会社が多かったが、最近は、①同族内での事業承継をしない経営者の増加②起業後、早期に売却、というケースも多い。

①は、よく言われるように同族内で後継者がいない経営者、或いは会社の成長を考えると敢えて同族で承継しない方が良いと考える経営者も増えているのが背景。

②生涯一つの会社ではなく、起業→売却→投資家/再起業→・・」という、何度も起業するパターンも増えてきた。受け皿として、未上場企業の中でもM&Aは成長手段の一つという認識が進んでいる、金融機関もM&A融資を積極的に行っている、大手企業によるスタートアップ企業への出資や買収​も盛んになっている背景もあり、「起業→成長→上場」という株式を早期に換金するという考えも出てきている。

(2)会社の手離れが容易
 仮に、オーナーが事業を停止することを考えた場合、会社清算を行う必要がある。具体的には、事業を撤退するために各取引先との取引を終了させ、保有する資産を処分し、従業員を解雇し、残ったお金を債権者・株主に返還していくことになる。年単位で対応が必要となる。それが、会社売却(株式譲渡)であれば、事業継続しながら、株式を他社に売却するだけで、清算手続きは一切必要ない。早ければ、2-3か月で終わってしまう。しかも、保有株式は対価として、現金化できるので、売却後も株主(オーナー)はまとまった資金で余生を過ごすことができる。

(3)事業継続が可能
折角立ち上げた事業であり、順調に成長している場合、事業やのれんを残したいと考える経営者は多い。自身の高齢や健康面を理由に事業停止することは、本位でないので、他社に事業を引き取ってもらえれば、売却後も事業継続ができる。社内に候補者がいれば、その方に経営を任せれば良いが、株式の買取ができる可能性は高くない。
MBOといって、マネジメント・バイアウトという手法で、経営陣が株主から株式を全て買い取るスキームがあるが、資金は全て金融機関から借りるか、投資会社に提供してもらう必要があり、責任を負えないケースがほとんどである。従って、よくあるケースは、他の会社に株式を引き取ってもらいながら、残った経営陣・従業員で事業を継続させ、新たな親会社の経営資源を使って、更に事業を成長させるやり方である。

上場会社も最近では、ROIC経営やベストオーナー論のもと、ノンコア事業を切り離す目的で株式譲渡やカーブアウトを行うケースが増えている。これらも基本的には、株主が変わっても事業を継続させたい(そこで働く従業員の雇用・取引先との取引を維持したい)と考えることは共通している。


3. 方法

M&Aの方法は、実は様々。最もシンプルかつ使われる方法は、1.にて紹介した株式譲渡。株式を「誰に」「いくらで」売るか、決まれば、譲渡できてしまう。

(1)未上場会社
譲渡は簡単。会社法的には、ほとんどの未上場企業には、譲渡制限が課されているので、株主が勝手に第三者に売却できないため、対象会社の取締役会の譲渡承認決議が必要。逆に言うと、取締役会決議さえ得られれば、譲渡ができる。譲渡制限が付いているかどうかは、対象会社の定款又は登記簿謄本を見ると分かる。未上場企業の99.9%は、譲渡制限が付いていると言っても過言ではない。

(2)上場企業
上場企業は厄介。会社法上は、譲渡制限が外されているので、気にしなくても良い。上場する際に、譲渡制限を外すことを取引所から求められているので、譲渡制限が付いている上場株式はない。
一方で、上場企業の場合、金融商品取引法いう法律が関わってくる。細かな条項は横に置くと、基本的に上場企業の1/3以上の株式を取得しようとすると、TOB(公開買付)という手続きを経ないと取得できない。具体的には、特定株主Aさんが有する1/3以上の株式を相対で黙って取得することができないというルール。Aさんから買い取るなら、他の株主にも同条件で譲渡できる機会を提供しなさい、というルール。買付上限を設けることができるが、そうなると、Aさんがすべて株式を譲渡できないリスクがあるなど、色々な事態が生じるので、悩ましい。これを守らないと、金商法違反となる。上場企業の株式は、5%以上の取得から色々と規制が発生するので、気を付けないといけない。

(3)未上場株式取得の方法
①「誰に」②「いくらで」売却するか、売り手が買い手と自由に決めて良いが、お金が絡むと売り手の思うようにいかないのが、現状。

①「誰に」
買い手を誰にするか。売り切りであれば、良いが、売却した後、対象会社に残る従業員・取引先など、無責任な買い手に売却することは、売り手の信用に関わるので、現実的には慎重にスクリーニングして、売却後の買い手の経営方針なども考慮して、決めていくことになる。売主の中には、価格よりも「買い手の素性」を重要視する場合もあるので、適切な選定プロセスを経て、選ぶことになる。

②「いくらで」
売主としては、高い方が良い。しかも、一度売却した株式は、基本戻ってこない。最初で最後の売却機会。しかも未上場株式は、一物多価であり、評価が難しい。適切な売却プロセスで、株主・オーナーとして後悔のない、価格で売ってもらうのがベスト。様々なM&A専門家や売却経験のある元経営者の話を聞くのがお薦めである。


4. 売主にとってのメリット・デメリット
既にいくつか挙がっているが、改めてまとめると以下の通り。

①メリット
・多額のお金を獲得できるチャンス(創業者利益の獲得)
・事業継続が可能(取引先・従業員も継続)
・新たな株主のもと、更なる成長機会が得られる
・事業の手離れが簡単 = クリーンなExit(引退)ができる。 ※但し、適切なプロセスと契約締結が前提。

②デメリット
・一度株式を手放すと、買い戻しはできない。(売却すると後戻り不可)
・会社とは無関係になる。無職になる。(肩書もなくなるが、買い手との協議で、一定期間顧問として残るケースも多い)
・仕事=生きがいの場合、売却翌日から生きがい(居場所)がなくなり、寂しい気持ちになる。

デメリットは、事前に想定・対策ができるため、後で考えても良いが、会社の売却を検討している経営者・オーナーにとって、本当に会社売却が、オーナー自身・残る従業員や取引先などのステークホルダーにとって良い選択か、まず時間をかけて、じっくりメリットを頭で整理することをアドバイスしたい。
 ]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ②案件開始~一次入札】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12tzdo7g7 2023-10-28T09:00:00+09:00
オークション方式を前提に、案件開始~一次入札までのポイントをまとめたい。少し前に、セブン&アイが保有するそごう西武を売却する記事・報道が出ていましたが、真にM&Aプロセスで行われた案件です。


1. リミテッド or オープン・オークション

上場企業の場合、不要な情報漏洩を避けたいケースが多いことから、リミテッド・オークションになるケースが多い。理由は、売却情報が洩れると、従業員が動揺したり、取引先が警戒するなど、事業運営に影響が出るから。リミテッド・オークションは、売り手側が声をかけたい候補や既に興味を示していてプロセスに参加する意欲のある買い手にだけに声をかけるやり方となる。

 オープン・オークションにして案件をばら撒き、レーダーに掛からなかった買い手からも興味を集めると言ったメリットが考えられるが、人気のアセットの場合、経験上効果はあまり無い。もし、オープンに行うなら、人気がない案件であり、確りと買い手候補を調べ、リストを作って1社ずつ丁寧に当たっていく方が効果的。買い手を探すFAに依頼するのも良いが、広めるほど、漏洩リスクは広がる。
 

2. Teaser(ティーザー)

PPT 1枚~3枚程度に要約した会社概要。ノンネームシートと呼ばれるらしいが、正直あまり使ったことはない。Teaserですね。「Tease」は「じらす」という意味。一部だけ紹介し、詳細を伝えないことで関心を持たせようとする広告手法。
 ただ、Teaserも正直あまり使わなかった。案件開始前に、投資銀行やM&Aブティックは、自作のCorporate Profile(中身はTeaserと同じ) を作成し、Sell side FAのピッチを想定して、事前に買い手候補の興味を集めている。海外案件の紹介を受けるときは、ティーザーを受け取ることが多かった。既に興味のある買い手候補は、Teaser情報は不要で、案件開始を意味するNDA配布を待っている。但し、案件の噂を聞きつけた初めての買い手、投資会社や海外企業からの問い合わせ対応のため、Teaserは準備しておく。


3. NDA

別途まとめたので、こちらを参照。ポイントは、売り手はNDAで発生する義務はないはずなので、買い手からは差入式で受領する方が楽。双方契約でも問題ないが、テクニカルには、売り手側も守秘義務を課されるので、その点だけ留意が必要。とは言え、買い手にDDをする訳ではないので、買い手の秘密情報を取得する機会は少なくリスクも限定的。NDA受領後には、Process LetterIMを配布できる状態にしておく。


4. Process Letter

オークションプロセスの概要をまとめたレター(4-5枚程度)。1次入札用、2次入札用の2種類用意する。1次を通過できなかった買い手候補は、2次入札用のProcess Letterを受け取れない仕組み。NDA後しか配布されないので、IMと同様に外には出回らない資料。

入札内容としては、買収目的・買収者、買収価格(Cash Free/Debt Freeベース)・その根拠、買収後の事業戦略、役職員の処遇、買収資金の手当て、DDリクエスト、今後のスケジュール、一次入札に必要な決裁手続きなど。これら一連の項目を買い手から、法的拘束力のない1次意向表明書(Non-binding Offer)、法的拘束力のある2次意向表明書(Binding Offer)として求め、買い手候補を比較して選定する。売り手にとってのポイントは、以下の通り。

(1)対象会社の意向も反映
 オーナー系企業でない場合、株主≠売却対象会社となるので、入札内容の評価が株主と対象会社で異なることがある。オーナーにとっても、売却対象会社にも気持ちよく卒業頂きたいので、売却会社の気にするポイント(買収後の事業戦略・従業員の処遇など)も入札内容に入れるのが良い。
 なお、売り手・売却会社の意向(従業員の処遇・勤務条件は当面維持など)がある場合、プロセス・レターに記載しておくのも良い。

(2)R&W保険
Clean Exitを目指す投資会社、売却後の補償を回避したいオーナーにとって、買い手が購入する表明保証保険(R&W保険)は魅力的。但し、買い手が購入するかどうか不明なので、R&W保険購入をディールの前提とするケースがある。具体的には、Sell-Buy Flipといって、最初に売り手側で標準的なR&W保険を用意し、2次に進む時点で買い手にそのまま渡して保険会社と交渉してもらう。買い手としては、保険会社を勝手に指定されるので、嫌がることもあるが、いずれにせよR&W保険を購入してもらえれば売り手としては問題ない。但し、R&W保険は少なくとも取引金額100億円(日本で取り扱う保険会社も増えて、もう少し下がったかも)以上なので、中小M&Aでは対象外のこともある。※最近は、中小企業向けのR&W保険も増えてきているので、取引金額は気にしなくてもよくなってきた。詳しくは、M&A専門家やR&W保険を扱う損保に問い合わせるのが良い。

(3)禁止事項
 Process Letterには、買い手にやってはいけないこと(例:案件目的で売却会社経営陣や従業員に勝手に会ったり、勧誘したりはダメ)を記載する。売り手にとっては、良い条件で買収してくれそうな有力な買い手であれば、買い手のリクエスト内容次第だが、応じることもよくあるので、公正にプロセスを進めるのも良いが、case by caseで対応しても良い。
 例えば、キーマンや主要取引先へのヒアリングをDD期間に求められることもあるが、必要であれば、DD後半もしくはBinding Offer受領後に行うなど、工夫が必要。(既に取引関係があり、陰でやり取りするケースはよくあり、売り手も見て見ぬふりをすることもよくある)


5. IMの配布

会社概要書(50-100枚程度)。目論見書+事業計画のような内容で昔はWordで作成していたが、最近はPPTでビジュアルよくまとめる。また、マネプレ時にもリサイクルできるので、最近は圧倒的にPPTで作成。

内容としては、企業情報、沿革、業界動向、市場分析、競合分析、事業内容、製品・サービス内容、グループ会社・拠点・店舗の状況、組織体制、キーパーソン、財務状況、事業計画など。買い手側も社内決裁資料を作成する際にIMを参考にまとめるので、それぞれの項目をまとめておいて挙げると、成約確度も上がるので、重要だが、価格に直結する事業計画が最も重要。譲渡スキームが複雑な場合、取引概要を記載しても良い。

売り手にとってのポイントは以下の通り。

(1)インベストメントハイライト
買い手が社内用決裁資料を作成する上で、まとめページがあると楽なので、売り手側も作った方が良い。

(2)スキーム
カーブアウト案件であれば、売却対象会社の子会社を含め、カーブアウト対象をヒト・モノ・カネの切り口で簡単に説明してもよい。スタンドアローンイシューTSA(Transition Service Agreement)の有無、その詳細については、DD以降に説明するという対応でOk。また、株式譲渡案件でも、特殊性があれば、スキーム図を記載した方が親切。

(3)強み・成長ポテンシャル
買い手にとって想定通りの魅力的な会社かどうか、買い手のM&A担当は社内を説得する必要もあるので、しっかり強み・成長ポテンシャルの説明を行う。定性的な内容にとどまらず、それを裏付けるKPIや財務数値へのつながりも示せればベター。社内データを活用して、グラフなどでうまく表現するのが良い。また事業計画を作成する上でのベースとなるKPIにもなれば、ロジックは立てやすい。

(4)Adjusted EBITDA
未上場企業であれば、節税対策等で利益が意図的に少なく計上していることがあるので、それらを控除した本来あるべき姿の実態利益を記載するのが、売却価格最大化の観点から良い。

(5)マイナス面も誠実に
過去にあったマイナス面も誠実に説明する。1次の段階なので、すべて開示する必要はないが、Dealに影響を与える事象であれば、頭出しをしておく必要はある。SPAにも関係してくるので、詳細は2次プロセス以降にコラムで紹介します。

(6)マネプレへの活用
昔はマネジメントプレゼンテーションとIMは別物だったが、最近は同じスライドを使用するケースが多い。もちろんプレゼンしづらいところもあるので、マネプレ用に少しadjustは必要。IMの内容もそうだが、直接当事者が会うマネプレの資料内容について、ガンジャンピングに抵触しないようにリーガルチェックを全体的に受けておく。

(7)事業計画
何といっても価格に直結するので、重要。買い手がDCFで少しモデルを組みやすくするために、売上高/原価の内訳(商品・製品別など)複数事業があれば、Sum of the Partsを想定して、事業別FCFが出せるように事業別PL・設備投資計画・運転資本(棚卸・売掛・買掛)の実績を用意。PPTに張り付ける表のエクセル版を用意して上げると、親切。数値は、値張りでもOkだが、簡単な計算式は残しても良い。なお、買い手毎に個別にシナジーケースをPPT1~2枚で用意して、計画期間のシナジー金額をIMと一緒に提示することが、一時流行った。買い手の目線を上げる効果があるかもしれませんが、正直効果は限定的ですので、個人的には作成しなくて良いと思います。

(8)競合他社分析(Comps)
小手先だが、競合分析のところでCompsとして使って欲しい上場企業(もちろんマルチプルが高い企業)を載せておくのもあり。また、Benchmarkとしている類似M&A取引(もちろんTransaction multipleが高い)もあれば、それもどこかにひっそりと忍ばせておくことも。


6. 一次入札までのイベント

Q&Aセッションやマネジメントセッション(or マネプレ)を設ける場合があるが、買い手が多くなると大変なので、Limited Auctionに限って行うことはある。但し、Q&Aもハイレベルな質問に限り、質問個数(例:20個)も限定するのが一般的で情報もIMの範囲なので、詳細はDDで開示と答えることは多い。


7. 一次入札

入札期限を日本時間●月●日●時(12時 or 17時など)まで、ときっちり決める。サイン入りのPDFファイルで、買い手はメールで売り手FAに送付する。売り手側は、比較表を作成して、どの買い手を次のステージに進めるか、合否を決める。通過する社数は、売り手のDD対応力や情報管理などを踏まえ、通常2~4社にすることが多い。もちろん、2次以降、オープン型で実質相対のように1社のケースもある。入札の中で、いくつかポイントがあるので、代表的なものを挙げる。

(1)一本値 vs レンジ
レンジで出す場合は、下限を入札価格とみなすとProcess Letterで規定することがある。買い手 or 売り手FAの両方の経験があるが、一本値 vs レンジのどちらが良いとは一概には言えない。レンジで提出する買い手も多く、その場合、売り手もレンジの上限は無視すると言いつつも、人間なので若干気になることは事実。

(2)買収後の事業戦略・期待するシナジー
事業の親和性に繋がるので、売却対象会社としては知りたいところ。買い手FAの中には、売り手が過剰な期待をするので、売り手にシナジーを見せない方が良い買い手に助言する方もいる。だが、売り手からすると、シナジーと価格は別物と扱うので、正直意味はない、と思います。むしろ、買収後の事業展開方針は対象会社が気にするポイントなので、売り手にとっても純粋に知りたい内容です。

(3)売り手が求める条件への買い手の考え
経営陣や従業員の処遇など、価格以外で売り手が気にするポイントへの考えも、買い手がどう考えているか、確り抑えておく。

(4)想定外の提案
売り手が想定するスキームと異なったり、Earn-outを入れたりなど、買い手によっては独自の提案をしてくることがある。自分も買い手FAの際は、クライアントの意向・目的を踏まえ、プロセスレターに捉われない提案を考えることも多々あった。売り手にとって、デメリットがなければ、前向きに検討するのが良い。但し、apple to appleで比較できないことも多く、受領後に買い手側に内容確認を行った方が良い。

(5)2次に進む買い手の社数
2次にDDへの負担に直結する。2~4社と言われるが、4社は正直きつい。外部専門家にDD対応をヘルプできる場合はあり得るが、最大3社が現実的な社数という印象。社数が多いと、進めていくうちに扱いに差が出てくるので、留意が必要。

(6)オープン型相対取引
1社しか良いBidが出てこなかった、複数の買い手DDには対応できない等、売り手にとって2次以降相対の方が好ましいケースもある。但し、買い手に独占交渉権を渡した瞬間から売り手の交渉力はゼロになるので、この場合、オープン型相対取引に持ち込む。オープン型相対取引は、実質相対取引だが、その事実を買い手に伝えない、もしくは買い手に伝えるとしてもプロセスをオープンにしておく(良い買い手が登場すれば、周回遅れでもオークション方式に切り替える)。そうすることで、買い手に競争環境を意識させ、売り手の交渉力がゼロにならないようにする。

(7)プロセス中断の判断
何度か経験があるが、良い入札が出てこなければ、一度この時点で売り手としてはプロセスを進めるかどうかの判断をするタイミング
1社から、そこそこの入札内容を提示し、2次入札に進めるためにその買い手と価格引き上げ等の交渉をすることもある。この場合、買い手は競争環境がないことに感づき、容易に首を縦に振らないので、売り手としては独占交渉権を渡す覚悟も必要となる。

買い手もDDとなると、専門家を雇いコストが発生する or DDで中身を見ないと本当に買収するかの判断ができないので、更に突っ込んだ金額を上乗せするという判断は難しい。
売り手は買い手に独占交渉権を渡せば、1次入札時点で少し条件の引き上げ余地はゼロではないが、基本的にはUpsideは望めず、DDの結果、売り手としては後出しじゃんけんのように2次入札で更なるDownsideを受けることも当然ある。2次プロセス開始前に独占交渉権を与える場合、価格や主要条件を確り握っておくことを勧める。(とはいえ、Bindingできないので、限界はある)これらを承知の上で、プロセスを最後まですすめるかどうか、今一度このタイミングで検討が必要。


8. 2次入札にむけての事前準備

IMとプロセスレターを配布後、1次入札まで約1か月はあり、その間売り手はDD対応の最後の準備に集中する。ベンダーDD対応、DD資料集めとVDRへのアップロード、マネプレ・サイトビジット準備、2次プロセスレター・DD実施要領の準備など。特にベンダーレポートは、そこそこ規模の大きな案件の場合、対象会社やその業界への知見が薄い買い手(投資会社など)や対象会社のDD負担軽減のために、用意するケースがある。


次回の第3回【DD開始~SPAドラフト作成まで】をお伝えします。



<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ①案件開始前】
会社を売りたい方へ。会社売却のポイント。
会社売却の相談先は?
M&Aアドバイザリー契約における注意点
会社売却におけるプロジェクトチームの組成はどうする?
会社を売りたい方へ。いくらで売れるか?



※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
※ M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)

]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ①案件開始前】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12sy8wupt 2023-10-26T14:00:00+09:00
会社売却 or 事業承継を考える売主様(オーナー・親会社・株主)向けに、売り手目線でのM&Aの流れ/進め方について、ポイントをまとめたい。第1回は、M&A案件開始前の準備編です。

1. 売却案件の魅力

誰かに会社を売りたい、事業を承継したいと考える前に、そもそも売ろうと思っている事業or会社が、一般的に魅力的かどうか、客観的に見つめることが重要。

M&Aは、今、売り手市場と言われるが、実態は二極化している。人気がある売却案件には、複数の買い手がすぐに手を挙げるが、それ以外は、買い手がなかなか現れない、現れても合意まで至らない。後者の場合で特に多いのが、自主再建が困難な売却案件。日本企業は、ぎりぎりまで売却に慎重なので、売却タイミングを逸してしまう傾向がまだ強い。但し、一部上場企業では、積極的な事業ポートフォリオの見直しを行った結果、業績堅調でもノンコアなグループ企業を売却するケースがあり、その場合は非常に人気がある。

人気のある/なしは、どう決まるか?一言で言うと、希少性。人も会社も無いものねだりである。無いものを時間をかけずにお金で買える方法、それがM&Aである。従って、他社にない強み・特徴があれば、人気が高くなる。業種や地域などによって、買い手候補の数は変わるが、他社にない強み・特徴があれば、M&Aの成約率は高まる。

プロセスを考える前に、まず売りたい会社・事業の客観的な評価が重要。


2. 買い手候補の検討とリアルバイヤーの存在

人気のある売却案件で、多くの買い手候補が手を挙げても、最後に買い手として締結するのは、基本買い手1社。また、複数の買い手候補がいても、皆途中で脱落すると、M&Aは不成立。逆に、人気がない案件でも本気の買い手(リアルバイヤー)が1社いれば、M&Aは成立する。

まず、買い手候補を数多く考える際、リアルバイヤーが1社でもいるか、そこをまず抑えたい。これが非常に重要で、何としても売却したい場合、リアルバイヤーの存在は、売却プロセスの設定・組み立てに大きく影響する。

どのような買い手候補がいるか/いそうか。自社調査・外部であるM&A専門家の情報(色々と提案に来るので、その際に集める)を少しずつ収集しながら、買い手(事業会社)の関心度(Tier1~3など)を簡単に纏める。以下、ご参考まで。

(1)思い当たる買い手候補の業種調査



まずは、思い当たる買い手候補を挙げてみる。その中でポイントは、所属業種以外の買い手候補の存在
例えば、EC展開の化粧品会社の場合、「EC/IT」「化粧品メーカー」「化粧品ファブレスメーカー」「化粧品OEM」「小売り(ドラッグストア等)」が、思い当たるので、それらの業種で代表的な会社を挙げてみる。

また、他の業種を調べる場合、過去のM&A案件を見るのも良い。EC展開の化粧品会社を過去に買収した企業のリストを取り寄せてみる。すると「通販企業」といった買い手も見えてくる。そうして、ある程度業種を絞ったうえで、次に各業種の中での買い手企業調査に移る。

但し、最終にM&A契約を交わす相手は、所属業種など近い企業の方が多く、売り手自身が最初に挙げる買い手候補のケースも多い。何故、他の業種の買い手探索が必要かというと、実は興味を持つ企業が現れることが多く、言い方が悪いが、当て馬に使えるためである。


(2)買い手候補調査(コンタクト前)

次に、それら企業の調査。重要なポイントは、客観的情報を集めること。特に重要な情報は、以下3点。

①財務状態: 買収余力はあるか
②M&A実績: M&Aに慣れているか
事業戦略: IR資料より本件が各社の事業戦略に合っているか(上場会社限定で、当社はデータベース作成中)
④地域・事業領域的な親和性: 事業内容などを見比べ、親和性や共通部分があるかどうか。

買い手候補として挙げた各社が、本当リアルバイヤーかどうか見る上で、過去に何度となくセルサイドFAを行った経験から、①~④は非常に重要な指標となる。①~④を点数化にして、総合点で評価しても良い。

①財務状態は、結局これに尽きる、という経験を何度かした。非常に反応が良く、トップ含めた買収意欲もあるが、LOIで初めて、価格を見ると、全く売り手の目線に届かない。少なくとも売却金額の10倍の売上高がないと、それはリアルバイヤーではない会社という見方で良い。

②M&A実績も大事。非常に買収意欲があり、財務状態も良い買い手候補が最後に一気にトーンダウンするケースもある。特に2次プロセスに入り、いよいよ最終提案を受けるという段階になって、買い手候補のトップが慎重になることもあった。そういう買い手の共通点は、M&A実績がない。最後に決断しきれない、パターン。

③M&A戦略を公表しているかどうか。非上場企業の場合、この情報はとれないが、上場企業の場合、株主・投資家との対話重視の中で、今は中期経営計画を公表することが要請されている。以前に比べ、大手企業は、中期経営計画の中でM&A戦略を抑え気味に謳っている企業が多いが、もし具体的な領域M&A予算を中期経営計画に出している買い手は、本気度が高い。株主・投資家にトップがコミットメントしていることが前提であり、公表する中期経営計画は、取締役会で承認されている社外取締役も承認している)内容であるので、未達の場合、責任問題につながることもあるから、なおさらである。


(3)買い手候補とM&A専門家

次に重要なポイントは、各買い手候補の買い意欲の実態把握(Insight)。会社売却にあたって、M&A専門家を選定するポイントの一つとして、買い手候補の情報・マッチング力があるが、正直なところ、私も含め、彼らが出してくるロングリスト情報は、ドングリの背比べに近い。良く見ると「?」のような会社も含まれている。買い手候補を多く知っている方が良いと思っているM&A専門家も多いが、個人的には200社以上のロングリストをプレゼン時に自慢げに出してる専門家は、正直、力量を疑っても良い。

私の経験上、一案件で挙げる買い手候補リストは、最終的に100~150社。私の場合、まずは30~50社挙げて、実際に当たる。それでも足りない場合、更に広げて100~150社まで範囲を広げる。オープンオークションであれば、平均100社にはコンタクトする。

なお、重要なのは、売り手として、恐らく買収意欲を聞きたい買い手候補企業が、数社あるはずで、それらの会社の感触・キーマンへのコンタクトができるかどうか

「A社は、当社と同じようなことを取り組もうとしている」
「B社は競合だが、うちのサービスには勝てないから、買いたいはず」
「C社は、うちよりも規模が大きいが、うちの●●を使えばもっと成長するはず」など。

売り手が気になる会社・聞いてみたい会社の中には、必ず興味を示す買い手が存在する。これら会社の内部情報は、日頃からコンタクト・コミュニケーションを取れているM&A専門家が持っているケースもある。なお、コールドコールでコンタクトしても、キーマンと会話ができることもあるので、それはM&A専門家の実力による。

なお、売り手が直接買い手候補にコンタクトすることについて、否定するM&A専門家もいるが、私は賛成派。中には、M&A専門家には、見送りを伝えた上で、直接売り手にコンタクトして来るM&Aに長けた買い手候補もいる。直接コンタクトする際の重要なことは、ポロっと不利なことを言わないようにすること(売却価格目線を伝えるなど)。もし売却価格目線を聞かれた場合、高めの水準を言う or 質問で返す「正直わからない。貴社はどう思いますか?」など。売り手が言ってしまった売却価格以上の金額を買い手候補は提案しない。そのような買い手は、知りたい情報を入手しやすいので、直接コンタクトを取った方がとる。また、売り手が上場企業の場合は、インサイダー情報漏洩となるため、直接コンタクトを取ることが難しいこともある。

メリットは売り手による直接コンタクトする方が、買い手候補は圧倒的に真剣に考えるから。買い手側の情報も取りやすい。広く数多の買い手に当たるという事であれば、M&A専門家を使うメリットはあるが、買い手候補限定(多くに声がけしない)の場合、買い手候補へのコンタクト力がより重要となる。

なお、リアルバイヤーは、あくまでもイメージであるが、結果として対象会社・事業の80%は重複・共通していて、残り20%自分にないもの(事業エリア・地域・技術・ノウハウなど)をM&Aで手に入れたい、その20%が非常に価値がある(オーガニックに自社で作り上げるより)という判断で、買収を決断するたことが多い。その80%に満たない企業をズラズラと並べられても時間の無駄になることが多い。70%・60%と下がると、仮にLOIを出したとしても、価格が低いケースが多く(シナジー効果が薄く)、結果途中で脱落する。

初めて会社を売却するオーナーに対して、「当たって見ないと分からないから、多くの買い手を知っている専門家が有利」と答える専門家は、基本怪しいと思ってもらって間違いない(理由は、次の(4)を参照)。。


(4)買い手へのアプローチ

30~50社の買い手候補を以下の表のように、客観的データも含め、まずは挙げてみる。確度の高そうな企業からアプローチをして、各買い手候補と会話をしながら、どのような観点で興味をもつか探る。色々な情報を集めながら、他に買い手がいないか、他の業種も調査してみるなど、買い手候補を増やしていくやり方をする。

アプローチする場合、売り手から直接行うか、M&A専門家経由か、個社ごとに決めておく。
買い手に初めて紹介する場合、簡単な会社概要/特徴・強みを1分で伝えられるようにする。この情報だけで、「興味なし」と回答する買い手候補は意外に多い。

「興味のなし」と判断する会社は、①財務状態(余力があるか)、②M&A実績(M&Aに慣れているか)、③事業戦略(M&A方針があるか)、④地域・事業領域的に親和性があるか で決まる。最初のコンタクトで「見送る」と回答した買い手候補は、可能性ゼロなので、次々にリストを潰していく。

「持って帰って検討する」「詳細資料を送って欲しい」など、これら反応は最初の①~④のスクリーニングを通過した結果なので、後は先方担当者と進めて行けばいい。

繰り返しだが、①財務状態(余力があるか)、②M&A実績、③事業戦略・M&A方針、④地域・事業領域的な親和性が確りと反映されていないロングリストは意味がないので、しっかりと買い手候補を調査・検討し、コンタクトしながら、買い手候補リストをブラッシュアップ・追加していくことが重要。参考までに、最近当社で行った買い手コンタクトの管理シート(10社まで)のサンプルをお見せする(固有名詞は全て伏せています)。この案件では結果的に約90社にコンタクトを行った。

どんなに人気のある案件でも、80~90%くらいは断られる。平均的には90~95%位は断られる。従って、50社コンタクトしたが、1-2社しか興味を示さず、内容もコメントも微妙というケースが多い。ここで重要なことは、あきらめず、更に買い手候補を広げて100社くらいまで考えてみること。実は、未上場企業を含めると、意外と知らない企業も多い。そこから、+2社興味を示す買い手候補も出てくれば、4社となり、オークションでも進めやすくなる。諦めずに、買い手候補を探し続けることは重要であり、その認識で一緒に買い手を検討し、コンタクトするM&A専門家と一緒に進めることが重要。

なお、事業会社のみでは、買い手ユニバースの構築が難しい場面が多いので、PEファンドにも声をかけるケースが今は一般的になっている。

私の懸念点としては、最初の30-50社の中から買い手候補を1-2社見つけ、最初のLOI時点で、どちらか1社を選定し、独占交渉権を付与して、相対取引で進めるというやり方。M&A仲介の場合、LOI時点で1社に絞らせ他社とのコンタクトを一切禁じるので、売り手側の選択肢が狭まり、不利になることがある。気づくと、最後の契約交渉であり、「価格は満足しないが、折角ここまで来たし、買い手にも申し訳ない」という感じで、契約してしまう。それで大満足であれば、良いが、少しでも良い条件、可能性を広げたいのであれば、私の経験では、①~④を抑えた上で、100社ほど買い手候補を挙げること。そこから1社ずつ丁寧にアプローチすれば、少なくとも更に1-2社見つかり、合計3-4社の買い手は見つかります。

当たり前だが、複数の買い手候補がいる場合、売り手の交渉力を高める意味からも、最後までオークション方式で進めるのが一番お勧め。


3. オークション vs 相対取引

一般的に、売り手にとってのオークションのメリットは、利益最大化の追求、案件成約確度デメリットは、相手は増えるので、時間がかかる/負担も大きい/情報漏洩リスクが高まる、など。なお、スケジュールを確り管理すれば(期限を確り区切れば)、時間がかかるということはなく、負担も買い手からの質問回数を限定するなど、コントロールは可能。これはアドバイザーの力量にもよるので、もし、最後までオークションで進めつつ、時間や負担を抑えたければ、経験値のあるアドバイザーを雇うべき。

相対のメリット/デメリットはその反対。特に相対になると、売り手の交渉力は圧倒的に弱くなるので、留意が必要。経験豊富なアドバイザーでも、相対取引になると、交渉アドバイスには限界が出る。なお、相手が1社であり、案件のスピードが増すメリットも大きいので、利益最大化を諦め、スピード重視の方針であれば、相対の方が良いケースもある。

オークションから相対取引は、容易にスイッチ可能だが、相対取引からオークションは難しい。ゆくゆくは相対取引になる可能性が高い案件でも、最初はオークション形式で始める方が良いということになる。

通常、相対取引となる際、売り手は買い手に独占交渉権を付与するため、一定期間は完全相対となる。なお、私のお勧めは、実質相対取引でも、頑として肯定せず、あたかも他の競合もいるかのように演じて、オークションを装い、One of themとして買い手の相手をすること。いつでも買い手が参加できるように案件をオープンにしておくと、のちに周回遅れで買い手候補が現れることもある。

気を付けるべきことは、あまりにも無駄に煽ると買い手が嫌気を指して、Dropするリスクも高まるので、この場合は自社のDeal Breaker基準と照らし合わせてどうかという視点の方が好ましい。


4. オークションプロセスの設計

(1)プロセス設計
 
まずM&Aプロセス設計にあたって、特に決まりはない。基本、相手もokなら自由に決められる。途中でプロセスを辞める権利もあるし、買い手候補を落選させる権利もある(落選理由を言う必要もない)し、入札を通過する社数も自分で決められる。スケジュールも正直なところ、売り手主導で決められる。

但し、プラクティスとして常識の範囲というのもあるので、それは守りながらも、売り手として譲れない条件進め方があれば、プロセス設計には織り込んだ方が良い。(Clean Exitが必須条件であれば、予めSell-Buy FlipR&W保険購入を前提にするなど)

(2)2段階オークション
 2回入札を行う方式が一般的。
1次入札、2次入札で徐々に買い手候補を絞っていく。1次入札はNon-Binding Offer(法的拘束力を伴わない)、2次入札Binding Offer(法的拘束力を伴う)を買い手に提出してもらう。

加熱する案件やガチの競合先で、どうしてもプロセスから排除したい買い手がいる場合、価格すら受け取らない、0次入札(定性面のみで判断)を行う場合も、稀にある。

(3)相対取引へのスイッチ 
 売却対象側の事務能力・マンパワーがない場合、2次入札への通過者を1社に絞るケースもある。この場合、実質相対取引となるが、1社に絞ったことを買い手に知らせず、DD期間も、買い手候補からのアプローチをオープンにしておけば、競争環境はゼロにはならないので、独占交渉権を付与するより、交渉力は維持できる。但し、やり過ぎは禁物。
 ここで注意すべきことは、買い手が複数いるにも関わらず、1次入札後に無理やり相対取引にもっていく、M&A専門家(特に、M&A仲介会社)。価格を確り握れていない状態(価格に法的拘束力を持たせていない状態)で、買い手に独占交渉権を付与して、相対取引プロセスを作るメリットは、売り手には基本ない(安値でも良いので、スピード優先で売りたい売主には、こちらの方が良いが)。
 つまり、1次入札時のNon-Binding OfferLOI:意向表明書ともいう)は、法的拘束力もないため、買い手は相対状態で、DD後の最後の2次提案時に価格を下げることもできる。他の買収条件も厳しくできる状態。少なくとも、相対取引に入る場合は、法的拘束力のある提案を買い手より受けた状態、かつその条件で売却しても良いという内容に限って、買い手に独占交渉権を付与しても良い、と考えるのが自然。

(4)時間軸
 
オークションは一般的に時間がかかると言われるが、私から言わせれば、そんなことはない。確りスケジュール設定をして、LOI提出期限、DD期間、最終提案の提出期限を決めれば良い。
 常に競争環境を維持して置ければ、買い手に対して時間的プレッシャーをかけることもできる。私の経験では、むしろ相対取引の方が時間がかかる。相対で進める場合、買い手は急ぐ必要はないのだから、時間的プレッシャーをかける意味から、独占交渉権の付与期間は3か月に設定することを勧める。
なお、オークションは、時間的プレッシャーをかけると、複数の買い手を短期間で対応しなければならないので、その分業務負担がかかる。その場合、その負担をM&A専門家が担えばいいし、買い手毎に対応負荷を変えても良いので、コントロールは可能。逆に、慣れていない専門家を雇うと、売り手側が大変になるので、そこも経験豊富な専門家の方が楽になる。
 いずれにせよ、M&A仲介会社や慣れていない専門家は、オークション方式の方が「業務負担が増える」「時間がかかる」「大変」というが、実態を知らずに、何とか相対取引に持ち込み、成約する方に誘導するので、気を付けないければならない。むしろ、オークションの方が買い手をコントロールできるので、相対より楽になる、とも言える。


5. オークションプロセスの常態化

最近は上場会社も社外取締役が増え、善管注意義務の観点より、会社/事業売却の際、オークション方式を採用することが多い。昔のように内々に水面下進められるというより、関心の高い案件では半ば公開オークションのように一挙手一投足がメディアで取り上げられることもある。

一方で、相対取引というと、既に相手が決まっている案件、つまり昔は上場子会社の100%化(株式交換)や経営統合などであった。しかし、上場子会社の完全子会社化に関しても、最近コーポレートガバナンスが厳しく、アクティビストも目を光らせており、マーケットチェックのマスト化も議論されている。上場会社においては、オークション方式でのM&Aが今後とも必須になるものと思われる。

但し、未上場企業では、買い手・売り手から両取りできるM&A仲介がM&A専門家として一般的と見られるため、2段階オークションプロセスを採用することはなく、1段階目でさっさと相対状態に持っていき、成約へとスピードを加速させる(売り手の利益最大化よりも成約を優先させる)ため、留意が必要。

いずれにせよ、M&A仲介会社・M&Aアドバイザーの双方のアドバイスを受けることをお勧めする。

第2回は、具体的にM&A案件の開始以降のプロセス(案件開始~一次入札まで)について、説明します。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
M&A仲介とフィナンシャルアドバイザリー(FA)の違い
M&Aアドバイザリー契約における注意点



※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
※ M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)

]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。買い手トップとの初面談、プレゼンでの注意点。 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12y86n3ah 2023-10-25T16:00:00+09:00
会社売却にあたって、最初に待ち構える大きなイベントが、トップ面談。

①会社売却意思決定 → ②売却準備開始 → ③買い手へのアプローチ → ④興味のある買い手トップとの面談 という流れが一般的である。

会社社長であれば、これまで様々な商談・プレゼンの経験が豊富で、トップ面談は大したことない、と思っていても、他のミーティングと重要なポイントや注意するところが、違うため、終わった後、思うような感触を得られないことが多い。

ここでは、売主が少しでも買い手トップとの面談をうまく行くためのTipsを紹介したい。


(1)会社の特徴を3つ、シンプルに。

最近は、未上場企業の間でもM&Aが日々飛び交うような時代となった。上場企業だけでなく、非上場企業の買い手と日々会話をする中で、彼らの興味のあるM&Aターゲット(ストライクゾーン)もある程度、分かるようにもなってきた。

買い手候補と言っても、大きく2種類いる。リアルバイヤーか、そうでないか。リアルバイヤーは、本気で買収先を探している企業、それ以外は単に情報収集目的の場合が多い。相手がリアルバイヤーの場合、彼らのストライクゾーン(欲しいもの)は、明確に決まっている(ショッピングであれこれ見てその中から1つ選ぶやり方ではなく、欲しいものがあるかどうか)。欲しいもののクライテリアは、事業領域・地域・技術・分野・バリューチェーンなど買い手によって様々。従って、開始10分で買い手の興味有無は決まることが多い。

従って、買い手候補と話をする時に、売りたい会社・事業の特徴をシンプルに3つくらいに纏めて、まずは説明し、そこから買い手の質問や事前調査内容をヒントに、興味がありそうな分野を深堀して、彼らのMissing Pieceを埋めるイメージでコミュニケーションを行うのが良い。この時点で、少なくとも1つ、リアルバイヤーの興味の網に引っ掛からないと、基本M&Aは起きない。

難しいことは、買い手はその興味あるもの/欲しいものを明確に言わないこと。買い手側の心理として、言い過ぎると、逆に興味があると思われ、売却価格がつり上げってしまう事を恐れる。従って、売り手側は説明していても、買い手の興味の感触が見えない時がある。そこは、M&A専門家が、買い手との付き合いや経験の中から、確り説明して上げる必要がある。

なお、ダラダラ話したり、変にフランクに話をすると、それは社長の能力を疑われるので、M&A以前の問題となる。話を戻すと、とにかく特徴/強みを3つ、まず抑えることをお勧めする。


(2)背伸びしない。

誰しも良い所をアピールしようとする。書いてないことを、良いように言おうとする。人間なので、それは仕方ないが、買い手トップであれば、そこはすぐに見抜く。背伸びした内容を言い過ぎると、逆に信用を無くすので、言わない方が良い。

IMや事業計画など、資料やデータに落とされた内容は、確りと準備して考えていることを表しており、その説明に集中する方が良い。買い手はFactに基づいて評価するので、そのFactの裏側にある考えや根拠などをむしろ知りたがる。

また、質疑の中で、できないこと/できていないことを聞かれることもある。これに足して、背伸びした回答はしない方が良く、むしろできないことをNoというくらいが良い。

買い手からすると、できない部分について、買い手のアセットやノウハウを活用することで、むしろ対象会社・事業はもっと伸びる、というとらえ方をする。逆に、自社にはない強みを対象会社が持っており(だから興味を示しているのだが)、それを買い手グループで活用するとシナジー効果が相当出るという試算を行う。

ここのできる/できない、強み/弱みを正確に買い手に理解させないとシナジー試算も間違えてしまうので、買い手は困ってしまう。トップ面談まで来たということは、その時点で対象会社・事業のある特定部分に興味がある証拠であり、それ以外のところで無理なアピールをすると、逆に興味を失うので、確りと地に足の着いた説明を行うことが重要である。


(3)相性

 定量的には示せないが、トップ同士の考え方、経営理念、人柄など、含め、相性が合う/合わないというのは、意外に重要な要素。これは、客観的情報ではなく、主観的な話であり、難しい。例えば、客観的に見ると非常に良い組み合わせの買い手・譲渡会社であったとしても、一方が、コテコテの体育会系で、もう一方がインテリ/テクノロジー系であれば、合わない、といったケース。
 残念ながら、事前準備で何とも変えがたい、そもそもの話であり、プロセスの最後に発覚すると、両者にとって不幸な結果になるので、最初のトップ面談でこの相性の部分はクリアしておくことが望ましい。


(4)売り手からも質問

M&Aでは、DDのやり方含め、基本的には買い手が売り手に聞くことが圧倒的に多い。また、トップ面談・プレゼンとなると、買い手側の興味を引くことに集中して、基本的に売り手側から買い手側への説明・プレゼンがメインになることが多い。

私からのアドバイスとしては、是非売り手側から買い手に色々と質問をして欲しい。

「経営を行う上で、大切にしていることは何か?」
「譲渡会社の何に興味があるのか?」
「買収後、どのように当社をどのように拡大していきたいのか?」
「これまで買収した会社はどのように運営・成長しているのか?」など。

質問を推して、売り手の考えも伝わるし、買い手としても、考える観点が増える為、買収してからこんなはずではなかったというそもそもの方向性のようなものも確認ができることが多い。

M&Aプロセスが進む中で、色々な買い手候補とも対話をすることになるが、Top同士が合う/合わないというのが、意外に大きな影響を及ぼすので、是非とも売り手側は、最初の段階で、アピールだけでなく、相手を知るということにも焦点を当てて頂きたい。]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:フルキャストによる求人検索アプリ運営のインプリ買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk126czywvd 2023-10-24T17:00:00+09:00

2023年10月23日、フルキャストHDによるAppX株式会社の買収が発表された。具体的には、AppXは持株会社であり、傘下の株式会社インプリが実質の買収ターゲット。ハローワーク等の求人検索アプリを開発・運営している。

本件を見て思ったことは、 
・売却タイミングが良い 
・Valuationも申し分なし

こちらも小さな見過ごされそうなM&A案件ではあるが、売主として、恐らくベストなタイミングで売却したことから、人材ビジネスにおけるM&Aとして参考になるところが多い。


(1)ベストなタイミングでの売却
正直なところ、株式会社インプリと言う会社は、本件で初めて見た。直近業績は、以下の通り。

2022/3期: 売上高6.3億円、営業利益3億円、当期純利益1.8億円、純資産8.9億円、総資産17億円
2023/3期: 売上高6.3億円、営業利益2.9億円、当期純利益1.9億円、純資産10.7億円、総資産19億円

皆さんはどう思うか?
・売上高は6億円程度だが、営業利益率約50%と極めて収益力のある会社。ROE17.7%と高い。
・2期だけだが、事業が安定している。
財務体質が良い自己資本比率が、56%と高い。

一方で、気になる所は、以下の点ですね。
何故、売却をしたのか?そのまま継続やIPOを狙うことはしなかったのか?
・今後の成長可能性は?

2期分の業績しか見ていないが、私の見方は、以下の通り。

① 売上が伸びていないということは、今のサービスは既に成熟フェーズに入っており、残存者利益を享受するのみの体制になっている
② 更なる成長をするなら、次のプラットフォーム開発を行い、積み上げていく必要がある。そこには、より大きな資本力・リソースが必要であり、インプリ単独で行うにはリスクが高い。
③ 今のサービスを継続すれば、5年間は売上を維持でき、安定的に運営できるが、その先の成長シナリオが見えない。
⇒ ①~③を踏まえ、単独で経営継続するよりも、大手の資本力・リソースを活用して、新たなサービス開発を大きなスケールで行った方が、インプリにとっては良い。フルキャストで開発中のサービスをインプリのプラットフォームで行うことも有り得る、など、違った観点での成長戦略を描くこともできる。

ということで、このまま継続運用をして、売上がジリジリ下がって行って、5年後に安値売るより、現時点で成長率は止まったが、高い利益率のまま高値で売却する方が会社の将来にとっては良いという決断は、極めて難しいが、ベストなタイミングで決断したことは非常に評価できる。恐らくビジネスモデル的にも借金が不要な事業なので、尚更売却を急ぐ理由もなかったはず。

余談だが、M&Aビジネスを行う中で、買われた会社のCEOが数年後に買収会社のCEOになっている例を、米国企業で数社見た。このような判断ができる社長であれば、将来日本でも買収会社のCEOになる、ということが普通に起きてもおかしくない思う。

(2)Valuationも申し分なし

売却金額25.5億円であり、PERであれば、13.8x営業利益倍率(時価総額/営業利益)であれば、8.8xと、上場企業並み。ちなみにフルキャストは、2022/12ベースのPER15.4x営業利益倍率6.2x

売却タイミングとしても、良いValuation評価がなされるタイミングであり、このタイミングで大手傘下に入った方が、影響度のレバレッジが効くという判断もあったと思う。

人材サービス業は、フィービジネスだが、ストック型であったり、数が多いので紹介もうまく経営すると、通常は無借金の会社が多い。1986年の労働者派遣法の施行以降、急速に業界が拡大していったが、一方で設立後、20-30年経っている派遣会社も多く、経営者も60歳を超えて来ていて、次の世代にバトンタッチをするタイミングに来ている。事業承継を考えると、他社への譲渡を検討する創業者は多いが、財務的に売却を急ぐ必要がないため、ゆっくり検討している例をよく目にする。

もし将来的に会社譲渡を検討する場合、売却タイミングが突然やってきたり、相手探しに時間が掛かったりするので、早めの会社譲渡を検討された方が良いことは言うまでもない。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
会社を売りたい方へ。売却の進め方【 ①案件開始前】
人材派遣業界(Valuationと大手各社のM&A実績)


※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
※ M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)]]>
M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。いくらで売れるか? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk129e2wfnj 2023-10-23T16:30:00+09:00
いくらで売れそうか?
M&Aをやっていてよく聞く話題です。少し、株式価値評価(Valuation)について、以下3つのカテゴリーに整理してご紹介したいと思います。

(1)上場会社の場合
(2)未上場会社の場合

(3)シナジー

上場会社/非上場会社は、少し評価方法が異なるが、いずれの場合も買い手側はシナジー効果を考えて、買収を判断する。このシナジー効果が買収への意欲や価格に影響するので、最後に触れてみたい。


(1)上場会社の場合

毎日株価と言う値札がぶら下げられているので、その価格から大きく逸脱することはないです。
仮に、上場企業を100%買収する場合、所謂コントロールプレミアム(+30~50%程度)を乗せた価格が一般的な水準となるので、結論、株価×1.3~1.5倍という見方になります。

具体的には、株価自体が正しいか、適正な価値を表しているかという市場価格分析を行い、類似会社比較法(類似会社各社のEV/EBITDA*を当てはめた評価)、類似取引比較法(過去、同じ業種・領域のM&A案件におけるEV/EBITDAをもとにした評価)、DCF法キャッシュフローに基づく評価)のそれぞれの評価手法を行って、株価×1.3~1.5倍を算出するということになります。

未上場企業と違って、ガバナンスが確りしており、需要那M&Aは社長の一存では決められない。少なくとも社外取締役・監査役が出席する取締役会での決議が必要であり、上記のような分析や様々な手法をもとにした第三者による株式評価資料は当然求められる。

*EV: Enterprise Valueの略。企業価値のこと。企業価値 = 株式価値(= 時価総額)+ 純有利子負債額EBITDA = 営業利益 + 減価償却費のことで、簡易的な営業キャッシュフローとも言われる。EV/EBITDAとは、税金を考慮せず、企業価値に対するEBITDAの倍率であり、何年で買収金額を回収できるかという簡易的な指標となる。


(2)未上場会社の場合

上場企業と違い、株価がないので、IPOしたり、M&Aで売却されない限り、その価格は分かりません。長年携わってきた私から見ると、一物多価です。

買い手によって、評価する値段が変わります。評価イメージは以下の感じ。

評価手法  ×  (X)  ×  (Y)  ×  (z)


①評価手法
上場会社の株式価値評価に使われるDCF法類似取引比較法類似会社比較法、また未上場会社に主に使われる売買評価額時価純資産額などがある。

左から右に進むにつれて、評価額は下がっていくイメージです。

DCF法: 中期経営計画の将来5期分のキャッシュフロー(CF)+6期分以降の将来CFの総和を時間コストという概念の割引率で割り戻した価値。過去の実績は評価に入れず、あくまでの将来利益が評価のベースなので、不確実性は高いが、将来成長が期待される会社の評価には適した評価手法。

類似取引比較法: 類似する他のM&A取引におけるEV/EBITDA倍率を自身のM&A取引に当てはめる方法。M&A取引金額(EV)には、シナジーが加算されているケースが多く、公表ベースの被買収会社のEBITDAで除しても、EV/EBITDA倍率は、類似会社のEV/直近実績EBITDAより高い倍率の傾向にある。同業種のM&A取引とはいえ、製品・規模・サプライチェーンなど、全く同じ取引は存在しないので、あくまでも参考値扱い。

類似会社比較法: マルチプル法とも言われ、被買収会社の類似企業のEV/予想EBITDA(凡そ4倍~8倍)PER(時価総額/予想当期純利益)をもとに評価する方法。マーケットアプローチとも言われ、コントロールプレミアムは通常入っていない。

売買評価額: 時価純資産 + 営業権(営業利益×2~5年分)で求められる簡便な評価手法。営業利益は実績や予想値を使う。未上場企業、特にM&A仲介などで使用される。グローバルでは他の評価手法はあるが、これは日本にしかなく、株式市場で使われない指標であり、指標としても根拠もない(株価をベースとしない評価手法なので、純資産方式に近いイメージ)。一言で言えば、売り手の期待値を下げるために作られた、買い手目線の簡便な評価手法という印象。株式評価として、純資産と営業利益の組み合わせという評価方法はない。恐らく、未上場企業に使われる理由は、将来利益数値への信憑性がないからだろう。清算価値である純資産額は、原価のような評価であり、信用できる利益水準くらいは加算してあげようという発想だろう。利益の倍率は、対象会社により変わるという感じ。買い手からすると、最悪利益が出なくても、時価純資産は担保されるという考えだろう。

純資産方式: 純資産額を株式評価とする方法。簿価ではなく、時価評価をベースとする。土地・有価証券など、資産項目の中で、時価に洗い替えた後の時価純資産額。これは清算価値なので、将来この会社が成長可能性があったとしても、その評価内容は、株価に反映しない考え。

なお、(X)(Y)(Z)ディスカウントファクターであり、プラスではなく、むしろマイナスの値。(X)はサイズ、(Y)は会社固有のリスク、(Z)は評価タイミング(X)(Y)(Z)は固有で算定するというより、既に評価手法に織り込まれているケースが多く、個別にみる必要がある。例えば、EV/予想EBITDA(凡そ4倍~8倍)売買評価額営業権(営業利益×2~5年分)と言った感じに利益の倍率の中で調整されるのが実務上の考え。ここでは何故、そのレンジが取られるかという背景を因数分解して解説する。


②規模に関するディスカウントファクター(X)

DCF法で言うところのスモールキャッププレミアムのような感じ。DCF法では、算出される時価総額で、サイズプレミアムを使うが、他の手法(マルチプル法など)では具体的なサイズプレミアムはない。基本的に、株価に織り込まれていると考えるのが、妥当。従って、規模の近い類似会社の評価を採用するのが、一般的。
 
なお、上場企業は、IPO時に規模に関する基準をクリアしているため、一定の会社規模があるが、未上場企業となると、下限はない。1人会社もあれば、売上が数千万円に満たず、会社の体をなしていないケースもある。従って、同じような評価手法を使っても、株価に織り込まれていないレベルの会社規模となると、ディスカウントする。倒産リスク(デフォルトリスク)に近いイメージ。一方で、未上場企業でも上場企業に引けを取らない規模になれば、上場企業と同様の評価手法を使っても違和感がない。(例:サントリーなど)

i)売上高5億円未満
 従業員も30名未満、組織的運営というより、社長や一部の幹部社員の力量で会社運営が成り立っている可能性があり、事業計画の信憑性が低い可能性がある。この規模で設立10年経過している成熟企業は、俗人的な運営状態の可能性があり、上場企業のマルチプルを採用するのは、無理があるため、実際には上場企業で使われる評価指標からディスカウント(X)を使うのではなく、売買評価額時価純資産額が採用されていると推察される。

この規模でも上場しているベンチャー企業も稀にあるが、株価の透明性が担保できるだけの出来高があるか、不透明なので、参考にならないケースが多い。また、規模が小さくても上場している会社は、創業間もない拡大期であり、将来性を先取りした株価形成になっている(非常に高い評価になっている)場合もあり、急成長スタートアップではない限り、成熟した未上場企業には採用できないケースが多い。

ii)売上高5~50億円未満
 成熟企業で50億円でも、上場企業対比ではまだ、サイズ的に小さい。ただ、組織的な運営もされていることもあり、過去の安定的な利益水準も伴えば、将来利益の予測も最低限評価できるため、マルチプル法を採用しても違和感がない。
但し、多くはないが、上場している企業もあるため、上場企業のマルチプル法を使うこともあり、その評価結果から幾分ディスカウントするのが、一般的。具体的な(X)の数値はないが、レンジの中で下限に近い値を使うのが一般的。例えば、EV/EBITDA倍率であれば、類似会社5社~10社の平均値or中央値を求め、その±10~15%上下にレンジを取る。
なお、今後成長期待されるベンチャー企業であれば、売上高30億円未満でも、DCF法やPSR(売上高倍率)で評価は可能であるが、不確実性も高い。規模のディスカウントはあり得るが、それ以上に成長期待が先行するため、その場合は、上場するスタートアップ系企業の評価を参考とすることはある。

iii)売上高50億円以上
 50億円以上であれば、上場している会社はある。この場合、DCF法やマルチプル法、類似会社比較法など、上場企業に近い株式評価手法を使うことが一般的。
未上場企業も色々なステージの会社があるので、そのステージに合わせた株式評価手法を採用することが重要である。独立した第三者による評価であれば、良いが、仲介のように買い手と売り手の落し所を見るようなアドバイザーの評価は、成約のための評価(売買評価額)であり、あたかもそれが当たり前のように言われるが、可能であればセカンドオピニオンを取ることをお勧めする。


③会社固有の事業に関するディスカウントファクター(Y)
買い手によって、(Y)の値は変わる。要素としては、業種/領域・地域・技術・ビジネスモデル・人材・生産能力・販売力・ノウハウ等であり、低く評価する買い手もいれば、高く評価する買い手もいる。但し、ビジネスモデルや技術に差別化要素があるなど、余程のことがない限り(Y)が、1以上になることはなく、あくまでもディスカウントファクターの扱い。

業種/領域: ある買い手は、対象会社の業界のことを良く知っており、その中での対象会社の位置づけを踏まえて、評価する。マルチプル法となると、他の上場会社との比較評価なので、上場企業と引けを取らない会社であれば、ディスカウントは不要だが、事業リスクが高いと判断し、ディスカウント評価となります。

地域: 地域の方が分かりやすく、小売業を展開する買い手が、未進出地域で対象会社が既に営業基盤を持っている場合、補完関係となり、互いの地域が隣接すると、仕入・マーケ・物流などで、シナジーが出しやすいので、高い評価(次の③シナジー効果を参照)につながる一方で、補完関係が薄く、シナジーが出しづらいとなると、ディスカウント評価となります。また、一部地域が競合する場合、1+1<2の可能性もあることから、その場合もディスカウント評価になります。

その他要素についても、補完関係が薄くなるとそもそも興味なしという見方になります。


④評価タイミングに関するディスカウントファクター(Z)
成長期・拡大期における評価か、衰退期・縮小期における評価か、調整期の評価か。評価タイミングによって、同じ対象会社でも評価が異なる。これは上場企業の株価も同じ。仮に、類似上場企業が成長期であり、高い評価であっても、対象企業のみ固有の事情で調整期であれば、その分ディスカウントを受ける。これも、個別に(Z)の値を算出するというより、マルチプル法のレンジの下限を取るというやり方が実務上は一般的。
評価タイミングで重要なことは、対象会社が調整期(また上昇傾向に戻るシナリオ)なのか、そもまま衰退期に入っていくのか、対象企業の分析をすることである。


(3)シナジー

最後にシナジーについて、述べておく。M&Aにおいて、シナジーを説明すると、何故会社を買収するかと言う理由にたどり着く。単に会社買収をしても、1+1=2であるが、シナジーを創出すると、1+1+α>2となり、+αがシナジー効果と言われる。

通常、シナジーは買い手が享受する利益であり、対象会社だけでは発生しない効果である。買い手が買収し、対象会社と協働することで初めて発生するプラス効果であり、これが買い手が買収する目的(M&Aによって、更なる成長が実現できること)である。

人気のある対象会社となると、株式価値評価をしただけでは、買収できない場合があり、案件や買い手によっては、シナジーの一部を売り手に支払うケースもある。

従って、本題の「いくらで売れるか?」について、単に評価手法の説明は、教科書通りなのだが、売主目線で最も重要なポイントは、もしより高くで売却したいなら、買い手にシナジーの一部を支払ってもらえるような売り方をするのが、最も効果的なやり方とも言える。買い手からすると、非常に悩ましいが、案件の希少性を考えると、決断せざるを得ないケースもあり、シナジーの一部を引き出せるかが、売り手アドバイザーの腕の見せ所になる。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
会社を売りたい方へ。売却の進め方【 ①案件開始前】
M&A仲介とフィナンシャルアドバイザリー(FA)の違い
M&Aアドバイザリー契約における注意点


※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
※ M&Aを検討中の方、是非アドバイスさせてください >> まずは新規会員登録へ(無料です!)]]>
M.A.P.管理者