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今回は、KKRによる富士ソフトの買収に関するコラムとなります。

※本件は、現在KKRによるTOB期間中であり、株価がTOB価格を上回る水準で推移していることから、株価に影響を与えるような表現は極力控え、あくまでもディール概要、新聞等で取り上げられている(=株価に織り込まれている)内容及び本件から見える日本の上場会社に関するM&A案件への示唆に留めたい。

以下のポイントで、本件を見ていきたいと思う。

1.買収受入のタイミング(早かった?遅かった?)

2.社外取締役の責任は、更に上昇

3.アクティビストの常套手段になり得る可能性

4.対抗TOBの展開



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1. 買収受入のタイミング(早かった?遅かった?)

正直なところ、もう少し経営陣は、粘っても良かったとは思うが、アクティビストによるプレッシャー(2社で約33%取得される)に対して、早々に白旗を挙げたように思える。



まず、本件の一連の流れについて、おさらいしたい。
3Dインベストメント(以下「3D」)が、9.3%保有していることが判明したのは、2021年12月であり、まだ3年も経っていない。

なお、富士ソフトについては、業界内で10年以上も前から「IT企業だが、不動産の含み益を持っている会社」ということで、有名ではあった会社。20年ほど前、村上ファンドが阪神電鉄(この場合、不動産は甲子園)への買い増しを続けていたのも、同じロジック。とは言え、時価総額が1,000億円を超える会社を、同様のロジックでアクティビストが買うのもなかなか容易ではないという見方の方が強かった印象。

話を戻し、2022年2月に翌月の定時株主総会に向けて3Dが株主提案(取締役2名の選任)を行い、3D vs 富士ソフトのやり取りが始まった。2022年3月の定時株主総会で株主提案が否決された後も、3Dは更に買い増しを続け、2022年10月には21.5%を保有するに至った。

また、その間2022年8月に、富士ソフトは、企業価値向上委員会(取締役+外部アドバイザー)を設置。株主からの意見・提案を企業価値向上につなげるのが目的。この内容に落胆したのか、9月に3Dにより臨時株主総会の招集請求がなされ、社外取締役4名の選定の株主提案を受ける。

会社側も対抗して、5名の社外取締役候補者を提案するものの、うち2名は3Dが指定した取締役候補であった。
結果的に、会社側提案の5名の社外取締役を選定したことになるが、これがターニングポイントの一つと見ている。具体的には、①3D提案の社外取締役2名を選定したこともそうだが、それ以上に、②結果的に取締役数の過半を社外取締役が占めることになったことの影響が大きい。

また、不運にも2023年8月に経産省が「企業買収における行動指針」を発表し、真摯な買収提案に対しては、社外取締役のみで構成される「特別委員会」が、少数株主の利益を損なうことがないように、提案内容を検討すべきという方針を出された。これを受けた形になるのか、富士ソフトは、2023年9月に独立取締役6名から構成される特別委員会を設置した。

これにより、株主や買収者からの提案を公正に判断する必要が生じ、実質的にIn-deal、つまり売却案件のようなステータスとなってしまったことも2つ目のターニングポイント。このあたりから、外部からの買収提案を社外取締役が中心となった特別委員会が検討するようになり、取締役会も社外取締役が過半をしめていることから、社長を含めた執行側の取締役は止めることができなくなり、M&Aディールが進んでいってしまった印象を持つ。あるいは、事業会社からではなく、PEファンドからの提案のみであれば、非公開化後も経営陣の自治権が守られるため、無理して止める必要もないという考えもあったのかもしれない。いずれにせよ、非公開化 vs 上場維持という構図の中で、最終的に日公開化の方が良いという判断の下、2024年8月にKKRからのTOBを執行側の経営陣が受け入れたように外部からは見える。

なお、特別委員会が設置された後も、特別委員会メンバーは、当然ながら外部の提案だけでなく、執行側の考えやヒアリングを行う機会は再三設けられているはずで、その中で執行側のトップである社長や経営陣が、自分たちの方が企業価値を最も向上させることができるとして、特別委員会に「不動産事業のスピンアウト・SIer事業へのフォーカス・新たなソリューションの展開など」自信をもって提案すれば、違うシナリオに進んでいたかもしれない。

但し、このような状況を招いたのも、やはり保有不動産を切り離すことができず、保有することに固執し、保有を前提とした企業価値向上シナリオが、結局他の投資家・株主からの信頼を得られなかったことが一番の原因と個人的には思う。このような状況においても「不動産の魅力を高めることが社員の満足度や優秀な社員の確保につながり、企業価値向上に資する」というロジックは、定量的に示すことができない以上、やはり説得力に欠けるし、個人投資家も含め、3Dの主張の方がもっともらしく見えているのだろう。


タラレバ議論だが、アクティビストも経営陣とガチンコの応酬の中、膠着状態になると、中途半端な比率での長期保有は、投資リスクにつながるので、経営陣が急がなければ逃げ切れたのかもしれない。(その場合、結局3Dの持分を自己株取得することになるが)

一連の流れを見ると、経営陣は3Dの対応に嫌気を指し、株主対応に疲弊したこと、上場維持するよりも、一旦非上場化し、大切な不動産事業を抱えておく、という選択の方が経営陣にとっては良かったという事なのかもしれない。特別委員会設置後に、もう少し粘れば、上場維持もできたかもしれなかったと思わなくもないが、気力が続かなかったのかとも感じる。

いずれにせよ、この期間も業績は絶好調、右肩上がりだったので、執行側のどのような事業提案も通る可能性は高かったが、不動産に手を付けたくなかったのか、或いはアクティビスト対応に疲弊したのか、そのように見えてならない。

参考までに、Valuationや株価推移を見ても、割高感はあるので、時間の経過とともにDeal感がなくなってくれば、株価は落ち着くこともあったかもしれない。



いずれにせよ、大きな2つのターニングポイント、それらの対応が今のTOBに繋がっており、経営陣もこれが最適解とすれば、結果オーライと言えよう。


2.社外取締役の責任は、更に上昇

取締役の責任限定契約や取締役保険があるにせよ、一歩判断を間違えると、多額の賠償リスクを背負うことになるので、本件における社外取締役の責任は極めて大きい。

TOBへの賛同表明や対抗TOBへの対応を考えると、取締役会は当然のことながらも、「答申書」の取締役会への提出という形で、実質的にTOBや買収提案の判断を行う「特別委員会」の方が責任の重さは大きくなっていく傾向にあるものと思われる。

判断が難しい案件になると、社外取締役だけでは困難である為、対象会社よりも「特別委員会」のFA(フィナンシャルアドバイザー)やLA(リーガルアドバイザー)の方が重要になり、単に企業価値算定だけでなく、案件を俯瞰して、特別委員会に対して、総合的なアドバイスを行う必要性も上がってくると感じる。


3.アクティビストの常套手段になり得る可能性

一方で、今回3D及びFarallonが、今回Exitに成功すると、更にアクティビストの日本市場への呼び水になり、またアクティビストに投資運用会社からの資金が集まって、更に日本の上場企業へのアクティビストの攻勢が高まるものと感じる。特に、事業会社で事業用とは言えない不動産を抱えている、老舗の上場企業は要注意である。

不動産を多く抱える上場企業に対しては、今回の富士ソフトのやり方は常套手段になり得るものと思われる。(現に、サッポロホールディングスに対して、3Dがプレッシャーをかけている。個人的に恵比寿ガーデンプレイスのあの贅沢な不動産の使い方は、気に入っているので、あれを商業主義全開で、建蔽率ギリギリのタワマンを立てることだけは、止めて欲しいが、時代の流れには逆らえないのかもしれない。。)


4.対抗TOBの展開

KKRによるTOB発表後も、2024/9/3のベインによる対抗TOBのプレスリリースもあって、TOB価格8,800円を上回る株価で推移している。

TOBに関しては、テクニカルなことも多く、詳細を突っ込めばキリはないが、目先最も注目するポイントは、TOB期間の最終日である2024/10/21の前にベインがTOBを発表し、3DやFarallonの応募契約の解約を狙いに来るかどうか。いずれにせよ、今後目が離せない展開となる可能性がある。
*今は、TOB期間であり、余計な推論をして株価に影響を与えることは本位でないので、今回はこの程度にコメントをとどめたい。




以上。]]>
M.A.P.管理者
海外企業による買収リスクは上昇中? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk127tafpjy 2024-09-07T17:00:00+09:00
今回のM&Aコラムは、海外企業による日本企業の買収リスクについて、紹介したい。サマリーは以下の通り。


1. 下がる買収障壁
実は、敵対的買収(現在は、同意なき買収という)や海外企業による日本企業の買収は、これまで以上にやりやすくなっている。(上場企業に限る)


2. M&A法規制の整備
最近5年間で、上場企業のコーポレートガバナンス、スチュワードシップ、投資家とのコミュニケーション、M&A促進など、あらゆる施策、ガイドライン、法改正を行っており、日本企業の買収を考える海外企業にとっては追い風が吹いている。


3. 日本政府も後押し?
政府も、観光のインバウンドを含め、外資獲得、海外企業からの投資には、非常に好意的であり、国家の安全性を脅かさない限り、むしろ日本企業の買収は歓迎されるような印象を受ける。海外投資家からの資金流入、議決権助言会社の発言力、アクティビストの台頭、PEファンドのプレゼンス向上、経営者の世代交代など、これらは、日本政府が推し進めてきた法規制の成果であり、政治的に良好な海外企業による買収は、更にバーが下がっている。


4. In-Out Deals増加の予感
先日公表された、クシュタールによるセブンへの買収提案のように、事業会社による友好的な公開提案を通じたIn-Out M&Aは増加するものと感じる。特に、社外取締役が過半数を占める上場企業では、これまでBlack BoxだったM&Aプロセスが、ガイドラインの導入で公正性と透明性を重視するようになり、これらの実績が海外にも知れ渡ると、海外企業から日本企業への買収提案が増える可能性がある。


5. これからの日本企業の買収方法
様々なパターンが考えられるが、最も成功確度の高い買収方法としては、

①海外企業の買収提案を公正に検討してもらえそうな企業を特定、

②フレンドリーな公開買収提案を提示

③対象企業が設置する特別委員会からの支持獲得

④対象企業の取締役会の賛同の下、TOBにて買収

但し、欧米で良く用いられる、株式対価 or 現金とのハイブリッド型買収は、税制優遇が受けられないので、現金による100%買収にならざるを得ないのが、まだバーがあるが、今後この点もいつかは法整備がなされるものと想定される。


6. 未上場企業の買収は、依然として高い障壁
あくまでも、上場企業に限った話であり、政府の意向とは関係のない未上場企業は、これまでと同様、国内企業同士のM&Aが中心であり、個別事情がない限り、海外企業による買収可能性は極めて低い。


----------------(以下、本文)--------------------

1. 一気に下がった買収障壁
 
 2018年以降、M&Aが更に増加。理由は、In-Inの増加であり、業界再編や未上場企業による事業承継が進んだ。また、M&Aに対する経営者の意識が変わり、より経営戦略として身近なものになったことも大きいが、一方でM&Aの法規制やガイドラインが次々と発表され、同意なき買収や買収提案から始まったM&Aなど、ビジネスライクなM&Aがやりやすい環境になったことも大きい。



時系列に纏めると以下の通り。
  • 2000年代:  M&Aを含め、金融・取引所に関する規制が緩和され、ディスクロージャー制度の整備も進み、景気回復とともに、M&A件数が上昇。一方で、敵対的TOBやファンドに対する世間の抵抗が強く、課題が残るM&Aも発生。

    2010年代: リーマンショックによって、一時的にM&A件数は減少したが、円高の進展とともに、In-Out案件がじわじわと増加。また、2013年以降は、景気の回復とともに、M&A件数も増加の一途を辿る。

    2020年代: 2010年代半ばより、日本のM&Aの実績やナレッジが積み上がり、M&A法規制やガイドライン、コーポレートガバナンスの整備が進んだ。敵対的(同意なき)TOBやファンドに対する見方も変わり、経営者には、より真剣にM&AとりわけROEをはじめとした投資効率への意識が求められ、アクティビストを含む投資家との対話も無視できなくなった。
 
これら歴史的な流れもあり、最近では、「同意なき買収提案」であっても、「真摯な提案」であれば、対象企業の取締役会は無視することはできず、上場会社経営陣は株主の利益最大化を軸とした、経営を求められるようになり、上場会社の買収リスクは急上昇している。(買収提案を取締役会に付議することなく、経営トップでもみ消すことは事実上できなくなった)
 
 
2. M&A法規制の整備
 
 特に、最近5年間のM&Aに関する法規制やガイドラインの整備は、日本のM&A業界において、非常に大きな影響力を与えていると考える。上場企業の経営陣は、以前のように他社からの買収提案を取締役会に報告せずに無視したり、企業価値向上に値しない目先の防衛策と言った保身策を講じることが極めて難しい状態となり、米国のシステムに近づいているように感じる。
 
 これらを受け、投資家からの評価・提案、財務戦略、M&Aや企業価値に対する経営者の意識が最近大きく変わったことを受け、株主提案が増えたり、同意なき買収が事業会社間でも発生したり、フレンドリーではないM&Aも増えてきている。
 
重要な最近のM&A規制の概要をご紹介したい。基本的なM&A規制は変わっていないが、政府が発表するガイドライン(法的拘束力がなく、上場企業のみに適用)や取引所の定めるルール(上場企業のみに適用)の導入が大きなポイントとなる。
 
TOB規制: 従来通り変わっておらず、上場企業の株式を1/3以上を取得する場合、TOBが必要となる。但し、細かなルールが定められており、5%の取得であっても条件付きでTOBを求められることもあることから、法規制に詳しい弁護士・アドバイザーへの事前相談は必須。(TOB制度の概要は、こちら
 
外為規制: 上場企業が政府の定めるコア業種(航空業界、原子力施設、サイバーセキュリティ、電気・ガス・通信・水道・鉄道と言ったインフラ、放送業界、生物化学、農業など)に該当する場合、事前の届け出と許認可の取得が必要となる。もし、コア業種以外の場合、株式10%以上を取得する場合、事後の届出のみで良い。なお、未上場企業の株式取得には、コア業種に関わらず、原則届け出が必要となる。
 
M&Aガイドライン(2019): 2019年6月に経済産業省が公表した「公正な M&A の在り方に関する指針」は、 MBOや支配株主とのM&Aにおけるガイドラインである。但し、ここで規定された、公平性担保措置は、買収提案を受けた上場企業におけるM&Aの検討方法の実質的なルールとなり、特別委員会におけるM&A提案の検討・取締役会への意見の提示、専門家の助言の必要性、社外取締役の積極的な関与など、上場企業によるM&A検討プロセスの基礎となった。
 
スチュワードシップコード(2020):2014年にコーポレートガバナンスコードと同じ時期に導入され、資産運用機関における議決権行使に係るルール整備、ESG 要素等を含むサステナビリティを巡る課題に関する対話における目的の意識、 議決権行使助言会社側のルール整備と企業との積極的な意見交換などが定められた。これまで、上場企業と取引のある金融機関傘下の運用機関は、対象企業に対して反対票を投じることは少なかったが、より資金提供者側への説明責任を明確にし、投資家へのリターンの最大化を図るべく、投資家側のルールを整備した。
 
事業再編実務指針(2020): 2020年経済産業省により「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~が公表され、上場企業に、ROEやROICといった投資収益率を意識した経営を促した。日本企業は、買収は積極的に行うが、従業員の取扱いへの配慮もあり、事業売却が進んでおらず、コングロマリット経営のもとで、投資収益率が低いことが課題であり、結果、日本企業の低評価に繋がっていると指摘。その上で、収益性の低い事業は、自社が経営すべきかどうか(自社がベストオーナーかどうか)を定期的に見直し、該当しない場合は、事業売却を率先して行うように推奨した。日立製作所は、この指針に沿って、上場子会社の売却を進め、最近では多くの企業が事業ポートフォリオ管理の経営の重要課題に謳っている。

コーポレートガバナンスコードの改定(2021):2015年に導入され、スチュワードシップ・コードの改定も踏まえ、2021年、東証が取締役会の機能を更に発揮させるために、以下のルールを定めた。

(1) プライム市場上場企業において、独立社外取締役を3分の1以上選任

2) 指名委員会・報酬委員会の設置(プライム市場上場企業は、独立社外取締役を委員会の過半数選任)

(3) 経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表

(4) 他社での経営経験を有する経営人材の独立社外取締役への選任

 
企業買収における行動指針(2023):2023年経済産業省は、企業買収における行動指針~企業価値の向上と株主利益の確保に向けて~」​を公表。真摯な買収提案には、真摯な検討が必要とし、M&Aガイドラインをベースに取締役の保身に繋がらないように、公平性の担保措置を取ることを推奨した。
 
 上記の政府主導の法令・ガイドラインの導入もあり、上場企業への同意なき真摯な提案への買収リスクは高まることが予想され、セブンのような注目を集める大型買収案件をきっかけにIn-Out案件の増加が想定される。
 
 
3. 日本政府も後押し?
 
2. M&A法規制の整備に記載の通り、日本政府が主導して、M&A法規制・ガイドラインの整備を進めてきたこと、In-Boundに代表されるように、海外の人々や企業、投資家の日本市場への進出や投資には、前向きであることから、コア業種に該当しない限り、日本政府が海外企業の日本企業への買収に懸念を示すことはないだろう。
 
特にM&Aに関して言えば、ハッキリと意見を主張する海外投資家に、日本企業への指摘や提案をしてもらい、海外投資家をむしろ利用することで、日本企業のグローバルでの競争力強化、企業価値の向上につなげたいという思惑すら感じ取れる。
 
従って、海外大手企業が日本企業に興味をもち、むしろコア業種以外であれば、買収してもらい、海外企業を通して、日本の製品・サービス・技術を活用して、日本企業や日本経済を強くしてもらいたいという意向もあり得そうである。
 
なお、ここで言う海外企業は、あくまでも日本の親日国であり、敵対する国は、対象外となるため、日本企業の買収を考える海外企業は、日本と自国との政治的関係が良好であることが大前提となる。
 

 
4. クシュタール/セブン案件は、In-Out案件増加のトリガーになる!?
 
現在、クシュタールによるセブン&アイへの公開提案は、上記2や3を踏まえると、むしろ日本政府にとっては、待ちに待ったIn-Outの大型M&Aであり、他のセクターにも波及する恐れがある。逆に日本の大手企業の経営者に更に危機感を頂いて頂き、安定した企業経営ではなく、むしろ積極的に海外展開へと舵を切るように仕向けたい思惑もあるのかもしれない。
 
今後2020年代の残りは、成長志向ではなく安定志向、投資収益を意識しない日本企業に対しては、海外企業からの標的になる可能性もあり、In-Out案件の増加につながるかもしれない。日本政府としては、海外企業の力を使って、各業界での新陳代謝を起こし、日本における新たな産業の振興といった好循環を期待するといった思惑もありそうである。
 
いずれにせよ、大型の海外企業による日本企業への買収In-Out案件は、昨年の企業買収における行動指針の導入がトリガーになりそうである。
 
 
5. 日本企業の買収方法
 
様々なパターンが考えられるが、最も成功確度の高い買収方法としては、まずは、海外企業の買収提案を公正に検討してもらえそうな企業かどうかを特定することである。ポイントとしては、以下の通りである。


(1)ターゲットとなる日本企業の株主構成
株主が分散されているか?海外投資家比率が高いか?アクティビストがいるか?

(2)社外取締役の存在
社外取締役が過半数いるか?外国人取締役がいるか?M&Aに明るい社外取締役がいるか?

(3)特別委員会の設置可能性
社外取締役が過半数を占める上場企業であれば、真摯な買収提案に関して、特別委員会が検討を行う可能性が高い。特別委員会が設置されれば、企業買収における行動指針に沿った買収プロセスで検討が進められるため、公正かつ透明性のあるM&A検討がなされるため、買収可能性も高くなる。

(4)特別委員会からの賛同
取締役会が諮問した特別委員会からの買収提案の賛同が得られると、基本的には取締役会からの賛同も得られることになるため、フレンドリーベースのTOBが開始されることになる。なお、公正かつ透明性のあるM&Aプロセスになるため、マーケットチェック(他の買収者探し)も行われるため、しっかりとプレミアムを付した買収価格の提示が必要になり、特別委員会とは何度か価格交渉を行うことになる。

(5)Interlooperリスク
公正かつ透明な買収プロセスは、Interlooperリスクも高くなることから、TOBプロセスの中で、同意なき買収提案を招く恐れもある。TOB期間中も、それなりに覚悟が求められ、場合によってはTOB価格の上乗せの検討も必要になる。

(6)現金100%買収
欧米で良く用いられる、株式対価 or 現金とのハイブリッド型買収は、税制優遇制度の整備がまだなされていないため、現金による100%買収にならざるを得ないことが、非常に高いハードルになる可能性がある。今後この点も法整備がなされるものと期待される。
 

上記(1)~(4)の流れでは、富士ソフトによる非公開化が代表例になる。厳密にIn-Out案件とは言えないものの、

(1)アクティビストによる買い増し
(2)過半数の社外取締役の選任
(3)社外取締役で構成された特別委員会の設置
(4)買収提案の評価(vs 会社の中期計画)
(5)特別委員会による買収提案の推奨

という流れから、ファンドによる友好的なTOB実施に至っている。この方法がより広まると、更にコングロマリット企業や投資効率の低い企業は、ターゲット化され、過半数を占める社外取締役、特別委員会によるレビューをもって、買収されるという流れが一般化され、全く常勤取締役の意見を挟む隙が無いうちに、買収されてしまうということになる。


6. 未上場企業の買収は高い障壁
 
上記1~5は、あくまでも上場企業に限った話であり、政府の意向とは関係のない未上場企業は、これまでと同様、国内企業同士のM&Aが中心であり、個別事情がない限り、海外企業による買収可能性は極めて低い。個別に長い取引関係にあり、日本企業の取引慣習への理解とターゲットとの信頼関係がないと、基本的に未上場企業の買収はできないものと考えてもらって良い。
 
 以上


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M.A.P.管理者
M&Aは経営戦略の縮図!? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12c7dg5x4 2024-08-30T12:00:00+09:00

1. 経営戦略について

経営戦略と言われると、「企業が事業成長や目標達成のために必要な経営の展開方針であったり、その具体的な取り組み」というイメージがある。

必要なリソース(人・物・金)を使って、事業の方向性を設定し、時間をかけて施策を実行して、結果として目標を達成する自力成長=オーガニックな成長(Organic Growth)が一般的。

また、もう一つ、事業成長のために、既にそれら目標の先を進んでいる他の会社を買収し、即座に手に入れることで、目標を達成するM&Aでの成長を、インオーガニックな成長(非連続な成長 = Non-Organic / M&A Growth)と言い、金で時間を買うともいう。

どちらが良いか、という議論も常にあるが、個人的には、経営戦略として事業成長・目標達成のためには、どちらの選択も間違っていない、と考える。

むしろ、その2つは、経営戦略の取り得る手段であって、結局、良し悪しは時間価値を含め、どちらが安いか、という観点で判断できると考える。但し、これは、戦略実行前の検討時点での判断基準であり、結果いずれの手段でも結果の成否は、ケースバイケースであり、結果論となる。価値の考え方は、前回の「M&Aにおける買収価格の考え方」を参照頂きたい。

分かり易い例でいうと、ソフトバンク楽天モバイル(携帯)事業。ご存じの通り、モバイル事業参入にあたり、両者で採用した手段が異なる。

① ソフトバンク → 日本テレコムの買収

② 楽天 → オーガニック成長(1から事業投資を行い、オーガニックに成長)

ということで、本題に振り返ると、M&Aは、経営戦略の一つとは言え、案件金額が大きいほど/事業規模が大きいほど、重要な経営戦略と言える。従って、「企業のM&A実績」「M&A戦略」を見ることで、「経営戦略」「企業の目指す方向性」が分かるという意味から、「経営戦略の縮図」と言っても過言ではない。また、企業の経営戦略を理解する・考える、他社の企業分析を行う上で、過去のM&A実績やM&A方針を確認することは非常に重要となる。


2. 経営戦略におけるM&Aの位置づけ

上場会社の中期経営計画を見ると、経営戦略の手段として、M&Aを掲げている会社も多く、常にオーガニック成長(設備投資や新規事業の立ち上げなど)かM&Aかという手段を考えながら経営戦略を考えていることが多くなっている。

今回は事例を踏まえながら、経営戦略としてのM&Aについて、焦点を当てる。
(以下、各社のウェブサイトやIR資料からの抜粋)


①NIDEC(旧 日本電産)

これまでM&Aを国内外で60社以上手掛けており、グローバルネットワークの形成や新規市場への進出にあたり、今後もM&Aを重要戦略と位置付けている。過去のM&A実績を通して、会社の目指す経営方針を理解することができる。(e.g. 海外市場はどこを狙っているか、展開する領域はどこか、どのような技術・製品展開をしたいかなど)



②ソフトバンク

M&A・事業投資の卓越者であり、携帯事業を始め、これまでM&Aを事業成長の柱に成長。経営戦略=M&Aと言っても言い過ぎではない、成長の軌跡。2016年以降は、事業会社というより投資会社として、M&Aを事業そのものに据えて、事業を展開。




③リクルート

数多くの起業家を輩出し、社内でも新規事業を数多く創出し、大企業となった今もEntrepreneurの集まりのような企業イメージで成長してきた印象。2010年以降、特に海外展開においては、戦略に合致するターゲットであれば、M&Aを積極的に活用して事業拡大を図ってきた。



代表的な大手企業のM&Aによる成長の軌跡であるが、これらを見ると、地域×事業領域でマトリックスの中で、どこをM&Aで攻めたのかか/オーガニック成長で攻めたのか、M&Aを通して、成長過程が分かる。


また、最近は買収だけでなく、事業ポートフォリオマネジメントという観点から、ROICやROEといった投資効率の指標をKPIとして定め、事業成長・企業価値の向上を目指す上場企業が増えてきた。

背景にあるのは、2020年7月に、経産省が公表した「事業再編実務指針 ~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~ (事業再編ガイドライン)」でも指摘されているように、買収ばかりで規模を大きくしても、投資効率が悪ければ(低収益の事業を抱えたままだと)、結局投資家から評価されず、企業価値の向上に繋がらない。

事業を買収するなら、同時にノンコア(投資効率の悪い)事業を売却して、企業全体の収益率を高める経営管理(事業ポートフォリオマネジメント)がこれまで以上に重要視されている。

従って、経営戦略としてのM&Aというと、買収ばかり意識されがちだが、今後は、事業売却も更に注目され、事業売却がタブーではなくなっているという風潮が強くなっている。

一例として、以下挙げたい。

①TDK

事業別ROAやROICといった「投資効率」と「事業の将来性」を基準に、4つのマトリックスを作り、左下の象限(低収益・低成長)の事業はリストラ対象(=売却対象)という位置づけにおいている。




なお、経産省のガイドラインでは、左上の象限(高収益・低成長)というお金の成る木であっても、今後左下に向かうのであれば、早期売却を検討すべきという示唆がなされていることは、コメントしておきたい。

いずれにせよ、M&A(買収・売却の両方)を見ながら、企業の経営戦略を見ると、一段と方向性がクリアになることをここで示しておきたい。]]>
M.A.P.管理者
クシュタール(Couche-Tard)によるセブン & i への買収提案 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12demyjg6 2024-08-20T12:00:00+09:00
クシュタールによるセブンへの買収提案は、円安の恩恵もあったかもしれないが、海外コンビニの急拡大の割に、セブンのValuation的な割安感を狙ったものと思われる。世間の目や従業員との軋轢を気にした、セブンによる悠長な改革では、とりわけ海外投資家は待ってくれないという空気感が、クシュタールにも伝わり、買収提案に至った感もある。

いずれにせよ、5~6兆円規模の大型買収提案を、しかも対日本企業に行った、今回のクシュタールは、念入りに調査し、周到な準備をして、満を持して行ったと思われるし、真正面に同業から買収提案を受けたセブンの経営陣も相当悩ましいものと想定される。

今回の提案が通ると、他のグローバル企業から日本企業への買収提案のドミノ倒しも考えられることから、かなり注目度が高い案件と個人的には、感じる。今思い当たる今後のポイントをいくつか挙げたい。


1. 狙いは何か?

①北米でのシェア拡大
クシュタールとしては、北米のコンビニ事業の拡大が狙いだろう。特に、セブンの稼ぎ頭である海外コンビニ事業(売上の99%は北米)を手に入れ、アメリカでのシェアNo.1を取る。「アメリカ最新コンビニ市場 2023」によると、セブンイレブン12,854店舗(8.6%)No.1クシュタール7,008店舗(4.7%)No.2。No.3以下を大きく引き離すことになる。但し、独禁法が若干気になる

なお、余談だが、国内のコンビニ事業の経営についてはどうか。当然、興味はあるが、クシュタールが世界で展開するサークルKは、既に日本での展開を行っていないので、シナジーはない。但し、セブンの国内No.1コンビニ事業をそのまま獲得できるので、それはそれで良いという整理だろう。もちろん、クオリティの高い商品をクシュタールのコンビニに横展開するなど、将来的には協業が描けるが、買収検討時点で価値に織り込むのは難しい。

また、日本国内のコンビニ経営は、ご存じのようにFC制を敷いており、サプライチェーンも日本固有のもの、海外にはない多様なサービスを展開しているので、クシュタールは直接手を掛けず、今のセブン主要幹部に国内コンビニ事業をそのままお任せするということになるだろう。


②為替の恩恵

やはり為替の影響は大きい。これが、今回の買収提案の引き金になったと言っても過言ではない。後に述べる「M&A指針」の影響もあるが、とは言え、買収資金の確保が最も大きなハードルになることから、為替が後押ししたのは事実だろう。

クシュタールの3年間の株価上昇幅は、為替を考慮しないベースで+60%、為替込みになると+103%と4割増しとなっている。ちなみに、セブンの株価上昇率は、3年間でたったの+5%為替だけでも、30~40%ディスカウントになっているため、クシュタールからすると、今買収すれば、プレミアム分を支払うし必要がないという整理もできる。

今後、日銀が金利を切り上げる or 北米の景気減速懸念が高まると、為替は円高に振れる可能性があるので、クシュタールにとっては、このタイミングは、まさに千載一遇のチャンスと考えた可能性はある。


③ セブンの割安感

上記②で述べたように、セブン自体もSpeedwayを買収した2021年以降、株価が+5%しか上昇していない。インフレを考慮すると、実質マイナスという評価もあり得る。

2023年にやっとの思いで、西武百貨店の売却完了を終えたのを皮切りに、franfran・千趣会・バーニーズの売却やイトーヨーカドー7店舗閉鎖・売却と矢継ぎ早に、セブンにとっては大急ぎで、事業ポートフォリオの見直しを行ってきたが、投資家の評価は、ご覧の通り、株価の上昇幅に表れている。

結果論にはなるが、細かなアセット整理ではなく、投資家としては、西武百貨店の次に、イトーヨーカ堂の事業整理ができるのかどうか、過去の柵を自ら断ち切ることができるか、見極めていたと言っても良い。(以前の参考コラム:「そごう西武の売却」)

IR資料を見る限り、イトーヨーカ堂の事業再建を進めていたとは思うが、アクティビストに再度入られて対応を余儀なくされるなど、投資家の期待するスピードには追い付けなかったという結果になる。

なお、為替の影響は、セブンにとっても、Speedway買収により拡大した北米事業の押上げ効果に繋がり、連結EBITDA40%の増加に貢献、連結EBITDAの60%を稼ぐまでに成長した。ただ、この海外事業の円ベースでの急成長は、Speedway買収によるシナジー効果よりも、為替による枷上げ感の方が強く、その恩恵を時価総額の上昇で受けていないことを踏まえると、市場がセブン経営陣の手腕を評価しているとは言い切れないので、この部分は非常に残念。



2. 勝算は?

さて勝算はどうか。以下の観点で勝手に分析。個人的には、今のところ、クシュタールの買収提案が受け入れられる可能性は、50%~60%程度と判断する。買収を検討する独立取締役で構成された特別委員会がキーであり、彼らが買収提案の受け入れを取締役会に進言するか否かがポイント(実務的には「答申書」という形で取締役会に特別委員会による買収提案に対する意見、つまり賛否を提示する)。特別委員会の判断に反する取締役会決議を行った上場企業によるM&Aは、個人的には知らないので、事実上、特別委員会が買収提案を判断すると言っても過言ではない。
なお、特別委員会の結論として、個人的には、「買収提案の内容について、戦略面での評価はできるが、クシュタールの財務状況(買収資金の調達力)に疑問符がつく」ので、「資金調達力」がどこまで減点されるか次第。

クシュタールの買収戦略としては、

i)コンビニ事業における買収後のシナジー効果の最大化

ii)
非コンビニ事業の早期事業売却(売却できない不採算部門は、リストラ・撤退など)

をセットにして、過去のM&A実績をアピールしながら、i)及びii)の実行可能性をアピールし、「買収後早期に財務基盤の改善を図る」という内容だと推察される。

なお、国内の非コンビニ事業は、PEファンドにそのまま売却するのが、手っ取り早いので、その売却可能性の検証(フィージビリティスタディ)を事前に行っている可能性はある。


①M&A指針(「企業買収における行動指針」を参考)


M&A指針は、クシュタールにとっては、かなりの追い風。これまで、海外企業による買収提案に対して、日本企業は逃げることも許されたが、この指針の登場により、実質的に逃げることができなくなった。具体的には、経営陣が判断するのではなく、実質的に独立取締役の判断に委ねられるため、合理的な提案であれば、受け入れられる可能性がかなりの確立で高まっている。

一昔前は、取締役会から独立した、特別委員会と言えども、弁護士・会計士などの専門家で構成され、経営陣や世間の目を気にしながら、ボトムアップのテクニカルな視点での判断が多かったが、2019年に経産省が発表した、いわゆる「M&A指針」(公正な M&A の在り方に関する指針が登場して以降、特別委員会の位置付けが徐々に高まり、より株主重視(特に少数株主重視)となった。(M&Aコラム:「M&Aにおける特別委員会」を参照)

そして、極めつけが、昨年経産省から発表された、企業買収における行動指針。これにより、買収提案は、「企業価値向上に資する提案か否か」の観点で評価されるものであり、それは独立取締役が判断するものと明記された。

これにより、M&Aにおける独立取締役の役割と責任が明記されることで、株主代表訴訟の対象になる程に急激に高まり、現経営陣も保身策を講じ辛くなった。(昔も水面下で買収提案を行っている海外企業はあったと思うが、買収提案を受け取っても、取締役会に報告することなく、会長・社長で握りつぶすことも多く、海外企業もそのリスクを認識していた。)

まさに、今回のクシュタールの買収提案は、「企業買収における行動指針」に当てはまる事例であり、セブンの経営陣としては、この指針に沿って検討しなければならない。クシュタール側もこれを意識してか(特に「透明性の原則」) or 報道がなされたことへの対応か、ウェブサイト上で、セブンへの買収提案の事実を認めるプレスリリースを公表している。

従って、独立取締役のメンバーの顔触れも確認した上で、クシュタール側としては、「勝算あり」と判断し、買収提案に至ったものと思われる。

なお、厳密に、行動指針はあくまでも、指針であり、法的拘束力はないが、これに従わないと、株主や投資家からの反発、総スカン、訴訟もあり得ることから、海外投資家を多く抱える大手上場企業にとっての実質的な効果は法的拘束力と同程度と言える(海外投資家やモノ言う株主がいない上場企業は、無視することもまだあるとは思うが)。


②買収提案の評価ポイント

独立取締役による同提案の評価ポイントは、以下の4つとなるだろう。

1)真摯な提案か否か

2)企業価値向上に資する提案か否か

3)買収価格・条件が妥当かどうか

4)資金調達の実現可能性



クシュタール側は、当然日本のマーケットに精通した投資銀行や弁護士を任用して、上記1)~4)のポイントとなる、セブンの企業分析、現経営陣や独立取締役の経歴、事業内容・業績状況に限らず、Valuation、シナジー効果、日本のM&Aに関する法規制、M&A指針など、あらゆるポイントを把握・分析した上で、今回の買収提案を行っている。

従って、上記1)~4)のポイントを評価できるように、買収価格や買収後の経営方針についても、具体的に記載している可能性が極めて高いと言って良い。そうでないと、特に2)の検討ができない。
(提案書になくとも、特別委員会が今後クシュタール側に質問書を提示したり、インタビューを行うことが一般的なので、その中で判断材料を入手した上で、判断することになる)

勝手に、1)~4)のポイントを評価すると、以下のような感じ。

1)問題ない。合格点(◎) 

2)合格点に見えるが、財務状態を踏まえると、どちらに転ぶか判断が難しい。 

3)金額を見ていないと何とも言えない。但し、プレミアムが+40%以上であれば、合格点(◎) 

4)問題あり。2)の買収後の経営方針に関わるが、買収後にセブンのノンコア事業売却、リストラ実行、シナジー施策の実行次第。単純に買収後の足し算では、借入金が増大するため、資金調達ができるかは、マーケット次第。 

1)は割愛、3)は4)次第なので、2)と4)を中心に見ていく。


③企業価値向上に資する提案か否か

これは、意外にも定性的な評価によるものとなる。企業価値向上に資するか否かは、シナジー効果があるかどうか。具体的には、ディスシナジーを差し引いても、余りあるシナジー効果が創出され、企業価値向上に繋がるという戦略的シナリオとその実現性があるかどうかが、評価の重要なポイント。事業別にみていると、以下の通り。

海外コンビニ事業: むしろ買収が戦略的に合理性があり、魅力的との結論が出る可能性が高く、企業価値向上に資するという判断になるだろう。一応、米国での独禁法のリスクについても、確認することになるだろうが、シェアを見ても一概にNoという状況ではない。

国内コンビニ事業: これまで通りで現状維持あれば、合格点。クシュタールとしては、日本に基盤がなく、シナジー創出は不可能である為、国内事業をそのままにして、セブン国内の商品力やノウハウを海外コンビニに展開するという事業方針を取るものと考えられる。ディシナジーとして、人材流出やモチベーション低下など考えられるが、差し引きしても、シナジー創出の方が上回ると見る。

上記に加えて、国内外コンビニ事業での共通するシナジーとしては、管理部門・共通部門のスリム化、リストラ。店舗の統廃合やサプライチェーンの共通化といったコストシナジー。

更に、コンビニ以外の事業について、クシュタールとしては、ノンコア事業という位置づけにする可能性が高く、恐らく撤退・事業売却という方針だろう。労働者の処遇については、社会的・政治的には気になることだが、企業価値向上の観点では、正直その点は、リーガルリスクが金額的に大きな影響を及ぼさない限り、「撤退・事業売却」はやむなし、合理的という整理になるだろう。コンビニ以外の事業は、コンビニとの相乗効果がなかったり、業績低迷・不採算の子会社が多いため、結果的に、事業売却し、本業に集中することで利益改善に繋がる可能性が高い or 利益が出るという整理となる。また、良いValuationで売却できる道筋があれば、それも企業価値向上に資するという判断にもなる。

いずれにせよ、企業価値向上に資する提案は定性的に描きやすく、むしろディスシナジーを検討する方が難しいくらいになるので、結果的に2)企業価値向上に資するか否かを否定することは、難しいと考える。

なお、特別委員会は、単にクシュタールの提案書のみを検討するだけでなく、評価に必要となる材料や情報をセブン経営陣にも聞くことができる。セブンからのクシュタールの提案に対する反論やディスシナジーの主張としては、①(日本のコンビニ事業がガラパゴス化しているが故に)国内コンビニでのシナジー効果の難易度の高さ、②撤退・事業売却やリストラによる役職員の離反・モチベーションの低下、③北米における既存市場のカニバリなどを挙げると考えられる。とは言え、俯瞰的に見ると、やはりシナジーの方が大きいように思える。


④資金調達の実現可能性 = クシュタールの財務体質

結論、結構厳しい。直近ベースで、クシュタールの「有利子負債/EBITDA(DEレシオ)」 = 「US$14bn/US$6.2bn」 = 2.3x。セブンは、同「US$ 26.6bn/US$ 7.0bn」= 3.8x。(両者とも負債多寡であり、現預金は全て事業用資金と見えるので、純有利子負債ではなく、有利子負債額を用いるのが現実的と判断)

M&Aの際、一般的には4.0xを目安(市場環境が良かったり、対象企業の過年度のCF創出力を踏まえると5.0x~6.0xまでは考えられるが)に考えるので、仮に全て借入で買収したとしても、クシュタールの財務体質が相当悪化する。仮にプレミアム+30%とすると、買収金額は5.9兆円(US$ 39bn)となり、クシュタール+セブンで、「DEレシオ」は、「US$(14+26.6+39)bn/US$(6.2+7.0)」=6.0xとなり、ギリギリ。

エクイティ性資金の調達を活用しても、債権者・投資家からは、当然早期のシナジー創出を求められるため、撤退・事業売却やリストラは、マストになるだろう。

従って、撤退・事業売却やリストラの強い主張が、逆にセブン側の主張であるディスシナジーのリスクを顕在化させるきっかけにもなり、トレードオフの関係にもなるため、この2つの項目(企業価値向上と資金調達力)は、特別委員会がどう評価するか、要注目となる。

なお、クシュタールとして、まずは、i)非コンビニのアセット売却を織り込み、DEレシオの早急な改善を図る。次に、ii)北米事業でのシナジー創出。サプライチェーンの統合や商品の共通化など時間はかかるが、同じコンビニ事業であり、過去の独自のPMI事例も用いながら、熟知している北米事業でのシナジーストーリーは説得力があると思う。

従って、i)について、まずは非コンビニ事業を丸ごとPEファンドに早期に売却し、早々に実現する。仮に、事業環境等の変化で売却できなかったとしても、今のセブン経営陣よりも迅速かつ確実に事業ポートフォリオの見直しを実施する、というコミットをした提案を織り込み、実現可能性をアピールし、2)と4)をセットで、合理的な判断を獲得したいところ。

但し、上記はあくまでも資金調達が確実に実現した後の懸念事項であり、そもそもマーケットが不安定な状況になりつつある環境下で、果たして資金調達ができるか、というそもそもの大きな課題も立ちはだかる。

この資金調達の実現が確実ということになれば、後は企業価値向上に資するかだけなので、勝算は上がるだろうが、LOI時点では、DDが終わっていない状況であり、銀行が融資証明を出すことは考えにくいため、現時点で資金調達が確実とはクシュタール側も言えないだろう。

また、クシュタールも上場企業であり、株価が今後下がり続け、時価総額がセブンと同程度になれば、エクイティ性資金も見込めなくなるため、更に実現性が厳しくなるので、時間の猶予はないと思われる。

唯一、セブン経営陣として、買収防衛がなせる点はここにあり、弊社が防衛側のアドバイザーであれば、「時間稼ぎ」と「クシュタールの財務状況」、この2点を突くことをまずは考える。


⑤買収価格(資金調達)はどこまで引き上げ可能か?

個人的には、やはりD/Eレシオ6.0xが上限であり、エクイティ性のあるハイブリッドローンなどの検討も必要となり、早急に3年ほどで、4.0xに落とせるかがポイントになると考える。従って、買収プレミアム30%~40%程度が限界、50%まで行けるかという状況であり、100%乗せることは、難しいと考える。

なお、買収プレミアム30%として、買収後オーガニック成長+シナジーでざっくり、+US$ 5.0bnのEBITDA創出が必要となるだろう。これは、相当難易度が高い。買収価格が上がる程、設備投資の抑制/返済重視の圧力も高まるため、実現性の確度も下がっていくことになる。


⑥セブン経営陣の買収防衛策

セブン経営陣として、買収阻止のため、クシュタールの財務状況の課題を突くには、買収価格のつり上げが一番有効な手段となる。では、どうするか。

一つ目は、ホワイトナイトを連れてきて、買収価格の上昇を図る。例えば、PEファンドと共同し、PEファンドの手腕を活用して、非コンビニ事業の売却とリストラのスピードアップを図り、市場へアピールして、株価上昇を画策するなど考えられる。可能であれば、特別委員会が結論を出す前に、非コンビニ事業の丸ごと売却の発表ができれば、ベストであり、株価上昇に繋がる。あとは、セブン経営陣の行動力次第。他に厭らしい作戦としては、多額の増配や大型の自己株取得で株価をつり上げる作戦。但し、やり過ぎると、逆に保身と映り、独立取締役の否決に繋がるので、容易にはできない手段となる(昔は、こんなことも普通にやっていましたが)。ましてや、パックマンディフェンスなど、過去の芸当に過ぎないだろう(逆にクシュタールを買収する作戦)。


二つ目は、時間稼ぎ。特別委員会による審議期間を長引かせる。小出しに事業売却を進め、検討項目を増やすなど、地味だが、無視できない決定事項を増やしていくやり方もある。所謂逃げ切り作戦。

通常、2カ月~3か月程度で特別委員会は結論を出すべく進める。具体的には、特別委員会での審議内容は、前半は「企業価値向上に資する提案か否か」の検討、後半は「買収価格の妥当性・資金調達力の検証」に時間を使い、10回ほど開催することも想定される。週1回ペースで進めると、結果2-3か月は必要となることが一般的。但し、社会的注目も高く、時間をかけることはクシュタール側に不利に働くこともあり得ることから、迅速に対応している可能性もあり、2か月以内に結論を出す可能性もある。

従って、セブンとしては、一つ目のようにホワイトナイトを連れてくる、色々とコーポレートアクションを仕掛けるなど、審議期間を長引かせる方法を考えているだろう。その間に、クシュタール側の株価が下がっていき、買収提案を引き下げるというシナリオを描きたいところ。


三つ目として、いよいよ買収防衛ができない状態になった場合を想定し、完敗(=現経営陣の一斉退陣)を避けるため、「対等な経営統合」に持ち込む。具体的には、以前、AMATと東京エレクトロンが経営統合を図ったように、第三国に共同で持株会社を設立し、互いに経営陣を出し合い、国内事業は何とかセブン経営陣が確保、北米事業は共同運営という体制を描いて、逆提案をする。こうなると、完全に買収されたというイメージは払拭されるので、最悪のシナリオとして、セブン経営陣は考えることになるだろう。


⑦特別委員会の判断はいかに?

前に述べたように、M&A指針に従って、今回の買収提案の評価は、独立取締役で構成する特別委員会でなされる。セブン経営陣としては、まず特別委員会にアピールして、クシュタールよりも自分たちの方が企業価値を向上できるという説得に動く。また、株価向上策も色々と売ってくることもある。

一方で、クシュタールの買収提案の方が上回っていると判断される可能性もあるため、ホワイトナイトの検討も行っているだろう。

特別委員会としては、資金調達力の評価=クロージングの確実性に対する回答をクシュタールに求めることになるだろう。資金調達が難しいとなった場合、特別委員会としてはNoの判断をするだろう。仮に、買収提案の受け入れの判断を行ったとしても、資金調達が前提条件となるはずなので、クシュタール側に融資証明の用意をさせることが必要となる。つまり、DDフェーズまで進ませ、法的拘束力のある買収提案(融資証明書付)を求めるなど、限定意見付きで、賛同するという判断になる可能性もある。

(ここで、独立取締役・特別委員会と言えども、身内であり、セブンの事情も知っているから、忖度が働くのでは?と思われる方もいるかもしれないが、最近の特別委員会は、株主にとって最良な方がどちらかという、是々非々の判断を行うので、全く忖度は働かない。むしろ審議期間中は、本件に関する意見交換は、執行取締役と独立取締役の間では非公式の場でも一切行わないと言っても良いくらい、かなり厳密に行われるので、相当時代が変わっていると思って頂いても良い)


⑧独禁法リスク

業界のNo.1とNo.2が統合することによる、米国の競争法による許認可リスクはゼロとは言えない。両者の店舗分布を把握していないのは分からないが、地域によって、独占的なエリアが発生するのであれば、部分的にある地域での統合は認めないなど、条件付の許可が出ることもあり得るとは思う。いずれにせよ、審査が必要になるとこれも時間がかかるので、クシュタールには不利になるかもしれない。


⑨政治リスク

日本製鉄/USスチールのように、政府が買収を止めに係るリスクはゼロとは言えない(野党など一部の議員が騒ぐかもしれない)が、今回に限って、今の与党では個人的にはないものと思う。理由として、

i)経産省がM&A指針を出している手前、その行動指針通りのアクションを取り、結論を出したものに対して、文句を言うことはできない。(自民党時代に出した施策なので、ブーメランになることはしない)

ii)M&A指針、ガバナンスコード、スチュアートシップコードなど、政府による市場改革の成果が海外投資家の呼び込みに成功し、日経平均の上昇に繋がっていることから、今回の買収を阻止すると、恐らく海外投資家の日本市場からの逃避を招くリスクもあるため、一企業のためにその判断は難しい。

iii)コンビニが日本社会・経済にかなり定着しているものの、そもそもセブン自体はアメリカ発祥。それをイトーヨーカ堂が日本に持ち込み、日本のセブンが大きくなったので、本体の米国セブンを買収するに至ったが、結局は海外発の事業なので、それを阻止するのも、違和感がある。

買収後に相当社会的なダメージがない限り、政府が動くことは難しい。また、足元日本製鉄/USスチールでは、阻止に動く米国に対して許可するように動く日本製鉄を後ろでサポートしているはずなので、この件で阻止するとなると相反することにもなる。

昨今、PEファンドへのノンコア事業の売却も社会的に受け入れられていることから、クシュタールも然程、日本における事業売却をレピュテーションリスクとは考えないだろう。

ということで、長々と書きましたが、冒頭記載の通り、現時点でクシュタール側の勝算は、五分五分と言ったところであり、戦略面での評価を少し足して、50~60%だと個人的には思う。
但し、その間クシュタール側の株価が下がれば、資金調達力に疑義が生じるので、勝算は下がっていくこともあり得る。


3. 買収後は何が起きるか?

仮に買収提案を受入れ、クシュタールの買収が成立すると、何が起きるか?

①セブンの事業売却の加速

既に述べたように、買収が成立すると、国内外のコンビニ事業以外は、全て早急に売却されることになる。時間的にも早さが求められることから、投資ファンドへの売却が有力になるだろう。

仮に買収防衛を果たした場合も、セブンによる事業売却スピードは加速するものと思われる。これまでの「悠長な改革」が今回の買収提案を誘引したことになると、セブン経営陣としては、スピードアップは避けられない、むしろ、大義名分が立って改革を進めやすくなるということもあり得る。


②本社を北米に移管

東南アジアでもセブンはコンビニ事業を展開しているが、IR資料を見る限り、ライセンスフィーは北米SEIに支払っていることから、セブンのIPは基本的に、北米にある。また、日本事業よりも北米事業の方が大きくなったことから、本社を北米に移して、グローバル統制を敷くのが自然と見えるので、必然的に日本での管理部門をシンプルにして、北米主体の事業に移すものと思われる(コストシナジーも出しやすい)。



4. 今後への影響

今回、コンビニ業界最大手が海外の競合から買収提案を受けるという、これまでにない事態が生じた。セブン自体はもともとアメリカの会社であったので、日本ブランドを守るという政治的なカラーも薄く感じるので、これをもって、日本政府が防衛に動くとは思えない。また、海外投資家を呼び込むために、M&A指針を設け、日本企業にも啓蒙してきていることから、これまでも流れを踏まえると、むしろ歓迎するぐらいの感じもある。

なお、これまでは、日本の独特の企業文化や規制もあって、海外企業は日本企業の買収には及び腰であったが、今回、国内業界トップの海外企業によるIn-Out案件が仮に成立すると、本格的に海外企業が日本企業の買収に動くことが考えられる。自動車や重工業のように、日本独自の複雑なサプライチェーンを築き上げている業界は、まだ海外企業からすると買収ハードルが高いが、セブンのように買収で大きくなり、海外事業も拡大してきた業界(ビールや消費財、製薬など)は、買収者からもPMIのしやすさがありそうなので、買収リスクは格段にあがることになるだろう。

ということで、海外大手企業からの買収への備えとしては、日立製作所のように事業ポートフォリオの見直しを急ぐことが先決と思われるし、その必要が更に増した(顕在化した)といっても過言ではない。]]>
M.A.P.管理者
【M&A実績】立川ブラインド工業と富士変速機との株式交換 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ad7ycao 2024-08-01T19:00:00+09:00
弊社MKA Advisorsは、2024年8月1日に公表された「立川ブラインド工業株式会社による富士変速機株式会社の 完全子会社化に関する株式交換契約締結(簡易株式交換)のお知らせ」において、富士変速機様のFA(フィナンシャル・アドバイザー/第三者算定機関)を務めました。

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M.A.P.管理者
M&Aにおける買収価格の考え方 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ncdk9oe 2024-07-25T16:00:00+09:00 「M&Aにおける買収価格の考え方」とは、いわゆる企業価値の評価方法といったテクニカルなValuationの話ではない。今回は、買収価格はどう決めるべきか、というお話。

M&A案件で買い手アドバイザーを何度か経験する際、買収価格の考え方について、クライアントと「折り合えなかった」ことが、多々あった。

「折り合えなかった」とは、「理解してもらえなかった」というよりも、実際の案件の中で、「悠長に考えている時間がなかった」という方が正しく、平常状態で1時間使ってディスカッションすれば、理解頂ける内容である。(かと言って、平常状態で改めて話す程のテーマでもないという事実もありますが)

しかし、実際に案件を進める中でそのような時間を確保することは難しかったという方が正しい。仮に、理解したとしても、以下のように、実際にロジック立てて買収価格を決めるというやり方は、実務的に適用するのは難しく、結局は頭で理解できても実践するには時期尚早というのがほとんどだろう。が、これをやっておかないと、結果的にM&Aの失敗可能性が高まると個人的には考えているが、まずは参考程度に見て頂ければと思います。

ということで、今回は、M&Aにおける買収価格の考え方を少しここでまとめたい。概念(イメージ)として、以下の価格の考え方を、スライドに纏めたので、参考にして頂きたい。



1. 買収価格とValuation(価値評価)

まず、買収価格をValuation(価値評価)と捉えている方が「意外に?」多い。Valuationとは、あくまでも方程式によって計算される価値算定のことであり、そこには買い手や売り手の意図はない、客観的で公正な評価方法となる(誰がやってもほぼ同じような結果となる)。一方で、買収価格には、買い手の意図が入ることになり、より正確には「買収しても良い価格」ということになる。(逆に売却価格であれば、売り手の意図)。

従って、買収価格は、Valuationで算定された価値よりも、高かったり、低かったり、同じくらいだったりする。つまり、買い手によって評価基準が異なるということになる。例えていうなら、M&A、つまり企業買収は、スーパーで買える汎用的な商材ではなく、あくまでも一点ものの商品であり、サザビーのような唯一無二の買い物をする「オークション」に近い。日本人には、オークションに慣れていない、参加したいことがいない人が大半だと思う(当然、私も参加経験はない)ので、馴染みがないが、想像するだけでも十分理解できるだろう。

オークションに置き換えると、「Valuation」は、「時価●●億円と言われる」という想定価格のようなもの。但し、株式市場で類似した会社の時価総額がわかり、また企業価値や株式価値の計算式が確立されているので、いい加減なものでもない。一方で、買収価格は実際に取引が成立した落札価格のことであり、そこには買い手の意図(どれくらいほしいかという考え)が反映されている。例えば、ある有名な絵画が時価5億円相当(= Valuation)と言われており、実際のオークションで7億円(=買収価格)で落札されると、2億円高くても買い手は欲しかったもの、と理解して頂ければ良い。

M&Aの場合、Valuationは、市販の教科書やウェブサイトにも多く紹介され、M&A専門家によって容易に算定され、かなり体系化された評価手法である。

一方で、買収価格は買い手によって異なる。私が常々M&Aは、一物一価でないと言っている背景は、買い手によって評価が異なるからだ。


2. M&Aにおける様々な価格

では、どのように買収価格を導き出すか。買い手によって、算出される価格は異なるが、私が紹介したい買収価格の考え方はシンプル。ただし、実際、買い手が決める買収価格は、一言でいうと「エイヤー」や「これくらいなら大丈夫」という根拠がないことが多い。悲しいが、これが実態であり、日本企業がM&Aに失敗する第一歩と言っても良い。(根拠や考え方は、後ほど紹介したい)

「様々な価格」の紹介を行う前に、まずは、Valuationについて、整理したい。先ほど、Valuationは、「教科書で紹介される方程式によって計算される価値」と紹介したが、因数分解すると、「Valuation = 対象となる会社の利益 × 株式市場における評価」となる。いやいや、Valuation(価値評価)の方法は、色々あるじゃないか、EV/EBITDA、PER、DCF法など、という反論はあるだろう。しかしながら、Valuationに知見のある方は、それは、全てその方程式に当てはまっているということが理解できるだろう。(詳細は今回割愛)

「株式市場における評価」は、日々市場で売買されている価格であり、買い手や売り手が恣意的に変えることができない、客観的な数値であり、所与である。

「対象となる会社の利益」は、M&A対象となる会社の利益であり、実績ではなく今後の予測利益となる。Valuationにおいては、蓋然性が高い利益計画がベースとなり、こちらも所与として扱う。

このValutionを使って、価格を算定することになるが、「様々な価格」が登場する理由は、結局のところ「対象となる会社の予測利益」をどう見るか次第となる。

私が考える様々な価格とは、以下の4通りとなる。

①売却価格(=売り手が売っても良いと考える売却価格)

②ベース価格(=買い手から見た現実的な会社の株式価値)

③シナジー込みの価格(買い手が評価する最大の価格)


④買収価格(=買い手が買収しても良いと考える価格)


以下、①~④を一つずつ紹介しよう。


①売却価格(=売り手が売っても良いと考える売却価格)

売り手は、本音のところできる限り高く売りたい。方程式で言うところの「対象となる会社の利益」=事業計画で描かれる予測利益は、「高く設定」されることが多い。

「高く設定」されるのイメージは、嘘までつけないが、かなり背伸びした内容という感じ。つまり、考えられる施策をすべて織り込み、売上高・利益が最大限になる実現可能性が低い内容となることが多い。さすがに地に足がついていない計画は、嘘になるが、つま先でも少しは足がついていれば、嘘にはならない、という感じか。

ご承知の通り、事業計画はSPAで「表明・保証」の対象にはならず、事業計画を下回っても売り手は、責任を取らない。それを信じた買い手が責任を負うことになる。

従って、「高く設定」された事業計画をもとにしたValuationにより算出される価格が、「売り手が売却したい価格」となる。

ここで注意したいこととして、売り手から提示される「高く設定」されたであろう事業計画の見方である。事業に詳しい場合、細かく見て行けば、おかしな点が見つかるのだが、コーポレート部門で、事業に精通していないM&A対象となると見極めが難しい。ポイントは、

・事業計画期間が進むほど、売上高成長率や利益率が改善する場合。しかもその率が徐々に大きくなる場合。成長率と利益率が同時に上昇している場合、怪しいと思ってもらっていい(そのような事業はそもそも売りに出ない)。
・改善幅がぱっと見、分かりにくいが、営業利益率が地味に1-2%ずつ毎期改善する場合。良く見ると売上高と原価がそれなりに増加していても、販管費が一定の場合。
・設備投資金額が過年度に比べて下がっている場合。

上記は、DCF法で計算すると仮に算定価値に影響を与えるので、気を付ける。


②ベース価格(=買い手から見た現実的な会社の株式価値)

売り手が提示した事業計画を、買い手が独自に評価し、より蓋然性の高い、達成可能な計画に下方修正し、その修正事業計画をもとに算出した「ベースとなる価格」のこと。買い手にとって、叩き方や度合いが異なるため、ベース価格は異なるが、横比較はできない。但し、いずれも売却価格よりも低い価格となる(より高く見積もることはまずない)。

買い手からすると、このベース価格であれば、買収しても良いベースとなる価格であるが、達成可能な計画がベースとなると、他の買い手候補も手の届く水準となり、これではオークションの際に勝てないケースが多い。では、勝つための「買収価格」をどう決めるか。は、次の「シナジー込みの価格」がキーとなる。

ちなみに、「ベース買い手価格」は、買収価格を検討する際の最低の価格であり、PMIでは、この修正事業計画が、実際の買収後の事業計画となるため、修正事業計画は重要な意味を持つ。

なお、「公正な価格」という表現もある。買い手や売り手と利害関係を有しない第三者の算定機関が算出する価格であり、いわゆる「フェアネス・オピニオン」のもとになる価格。「公正な価格」を算出するケースは、上場企業がM&Aを行う際、少数株主の利益を保護するために第三者算定機関に算定依頼を行い、算出される価格であり、これを上回る価格で取引を成立させないと、株主総会で否決されたり、TOBで他の買い手に対抗TOBを受けたり、反対株主より買取請求をされた場合に、より高い価格で買い取りせざるを得なくなるリスクが生じる。「売却価格」と「買い手価格」の間に位置するイメージだが、あまりこの3つを比較することはないので、あくまでも概念的なとらえ方と思ってもらっていい。


③シナジー込みの価格(買い手が評価する最大の価格)

最も重要な価格である、「シナジー込みの価格」であり、買い手が評価する最大の価格となる。実務的には、②「ベース価格」からシナジー分の価値を上乗せした価格となる。

シナジー効果は、買い手が売り手を買収することで実現できる価値であり、買い手なかりせば、実現し得ない価値となる。従って、本来買い手が享受すべき価値であるが、前述のとおり、「ベース価格」では他の買い手に買収されることもあるため、考え方として、このシナジー価値のうち、幾ばくかを売り手にUpfrontで支払うという整理で、上乗せする価値を考えるということになる。


④買収価格(=買い手が買収しても良いと考える価格)

では、いくら価格にシナジー分を上乗せすれば良いか。今後5年間の検討し得るだけのシナジー効果をまずは修正事業計画に織り込む。その上で、それぞれの販売orコストシナジー項目の実現可能性(確度A~Cなどに分ける)と発現時期も合わせて考える。可能であれば、それぞれのシナジー効果の売上高やコストに与える影響額を計算できるようにしておき、各シナジーの価値を個別に算出できるようにしておくといい。

ここまで準備を行い、ベース価格からいくらまでシナジー価値を上乗せした買収価格を提示できるかという考えに立つ。当然、買収したが、結果損をしたという案件は、好ましくないため、損をしない買収価格が最大限考えられる水準となると、不確実性の高いシナジーへの取組みの中で、「確実に達成できるシナジー効果」を織り込んだ修正事業計画をもとに算出した価値が、現実的な買収価格の最大値になる。

では、「確実に達成できるシナジー効果」とは何か?まずは、①コストシナジーは、実現可能性が高く、発現時期も早期にできる可能性もあることから、対象となる。例えば、事業所の統廃合や管理部門の共通化、共同購買の実施などが考えられる。次には、②販売シナジーであるが、これは項目によって、実現可能性は様々であり、発現時期も中長期になる可能性が高い。従って、過熱したオークションとなると、②のうち、どれだけ売り手に支払うかという話になることがあるが、可能であれば、ロジカル的にどこまでなら支払えるか、という線引きをつけ、それに基づく修正事業計画と最大価格を合わせておくことがPMIにとっては重要となる。

M&Aの失敗事例の多くは、シナジー効果の価値への織り込みまで検討していても、最後シナジー価値の中でどこまで売り手に支払うかという、分解ができていないことが多く、最後トップの一声で、価格の上乗せがされ、買収後に、修正事業計画やシナジーへの取り組みや効果を後付けで考えていることを目にした。

非常に微妙な流れではあるが、「トップの一声」でエイヤーをやってしまうと、事業部側は責任を取らないことも多く、結果的に失敗するリスクが高まる。

ドミノ倒しと同様に、最後の最後まで、丁寧にロジックを作りながら、事業部・トップとの認識を共通化し、粘り強く、丁寧に進めて行くことがM&Aへの鍵になるので、最後の交渉で全てを崩すのは非常にもったいない限りである。
 
以上
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M.A.P.管理者
キリンによるファンケルの完全子会社化 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12bh5kvw2 2024-06-20T16:00:00+09:00
キリンHDによるファンケルの完全子会社化について、コメントしたい。
案件の一報を聞いて思ったこととしては、以下の通り。

① やっぱり、完全子会社化でしたね。

② ファンケルの化粧品はどうするのだろう?

③ 二段階買収って意外と効果的?

④ 次のM&Aターゲットは?



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① 既定路線だった完全子会社化

2019年にキリンがファンケルの創業者であった池森氏と一族からまとめて、約33%*を市場外で取得し、資本業務提携を発表してから約5年間。
*議決権ベース。

外部目線では、直ぐに100%化したいところ、成功/失敗のいずれの場合でも、お付き合いとしての期間を設け、気が温まるのを待ってから、完全子会社化に踏み切ったという印象。

ファンケル側(経営陣)もステークホルダーが納得するためには、キリンとの組み合わせの良さを実感した上でないと、踏み切れなかったはずなので、この助走期間は必要だったのだと思う。

結果として、共同プロダクトを発表したり、協働姿勢を見せたものの、うまく行っていなかった印象だが、ファンケル側もいつかは100%化されるのを分かりながら、そのきっかけが必要だったのかもしれない。

個人的には、キリンが2023年12月にBlackmoresを買収したことで、健康食品事業での東南アジアチャネルへのアクセスが可能になったことも有り、ファンケルもこれまで以上にキリンと一緒になることのメリットを感じたのかもしれない。従って、Blackmores買収が布石であり、100化のトリガーになったのかもしれない。


② ファンケルの化粧品はどうするのだろう?

キリンが欲しかったのは、ファンケルの健康食品とチャネル等だと思ったが、メイン事業の化粧品をどのようにするか、気になる。正直、ビール会社の化粧品への抵抗感は少なからずとも生じる気がするし、キリンも化粧品に全力を出すかと言うとそうでも無さそう。従って、稼ぎ頭の化粧品をどのように成長させるか、扱うか、今後要注目。


③ 二段階買収って意外と効果的?

上場企業を買収する際、0%⇒100%と一度にM&Aを完了できれば、楽だが、プレミアムが高くついたり、他の買い手候補に目をつけられたり、何かと難易度が高い。

今回のように、一度30%程度の株式を取得し、戦略的な意味も持たせて資本業務提携を行い、上場維持させて、しばらく経った後に100%化するというやり方は、意外に効果的と感じた。

1回目の資本業務提携で、マイノリティとは言え、他の買い手候補はほぼ諦めることになり、2回目の100%化の難易度がぐっと下がると感じている。アクティビストが入ってくるリスクはあるが、ストラテジックの買い手がガチンコで買収合戦を仕掛けてくることは考えにくい。

従って、上場企業の買収には、焦らず、まず1ステップとしてTOBが不要な資本業務提携を行ってから、数年後に完全子会社化するというやり方の方が、急がば回れじゃないが、うまく行く。2回目は、TOBではなく、株式交換にするという選択肢も出てくるので、選択肢も増えると考える。


④次のM&Aターゲットは?

上場する化粧品会社は、時価総額が大きくても、まだ創業者一族が運営している会社が多い。ファンケルのように創業家が株式を売却するというシナリオが出てくれば、ファンケルのような大型化粧品会社の買収案件もまだあり得るだろう。

以上
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M.A.P.管理者
M&Aや資金調達における事業計画 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk123rgudbc 2024-05-14T06:00:00+09:00 「M&Aや資金調達における​事業計画」について、M&A視点からコラムを書きたい。

一言で「事業計画」と言っても会社成長の様々なフェーズによって、重要となるポイントが異なるが、M&A・ファイナンスにおいて、共通して重要なことは、Valuation(事業価値・株式価値算定)の前提となる最も重要な資料・情報ということ。

個人的に携わった事業計画としては、以下のように、会社のフェーズ毎に策定の目的が異なっている。

①スタートアップの資金調達のための事業計画

②IPOのための事業計画

③上場企業としての中期経営計画

④会社買収のための事業計画

⑤会社売却のための事業計画

⑥グループ再編・業界再編のための事業計画

⑦会社の事業再建のための事業計画


感づいた方は、上記①~⑥は、概ね会社の成長曲線に沿っているということに気付いていると思う。


それぞれの事業計画について、簡単にポイントを説明したい。


①スタートアップの資金調達のための事業計画

まずは、スタートアップ企業(昔はベンチャー企業とっていた)が、VCや投資家から資金を調達するために作成する事業計画を紹介したい。ポイントは、以下の通り。

・成長ストーリー: 成長が期待できそうなストーリーかどうか。ストーリーを因数分解すると、
(創業者のキャラ・経験値・熱量)×(市場環境や競合状況)×(参入タイミング)×(ビジネスモデル)×(必要資金)×(チーム体制) .....
と複数の因数が存在することになり、それらを掛け合わせて、事業拡大と成長イメージを投資家にもってもらいう。どの成長フェーズで調達するかによって、因数の数や不確実性が変わるが、事業計画でいくら数値を積み上げても、所詮は「タラレバ」の想定数値になる。但し、より期待をもってもらい、事業の将来性と成功確度をなるべく高く見積ってもらうことが重要。これら定性的な総合点で最終的には決まってくる。


・5年後にIPOが実現できる事業計画
具体的には、上場時に営業利益4億円以上など上場基準に達していること。スタートアップ企業の事業計画の蓋然性が低いのは言うまでもないが、少なくとも上場するくらいの意気込み・上場できる規模にまで事業を拡大する気合いが、起業家に備わっていないと話にならない。
自ら高いニンジンをぶら下げ、ビジネスモデルや事業戦略が変わろうが、その水準まで事業を拡大する、自ら営業して売上を作る決意がないと、いくら魅力的なビジネスでも、投資家から見ると不安になってしまう。

成長ストーリー・事業計画が綺麗に備わり、最終的に起業家の魅力・能力・意識の高さが求められるなるため、その魂を込めて事業成長を織り込んだ事業計画が必要となると考える。


②IPOのための事業計画

①スタートアップの資金調達のための事業計画」とは異なり、夢物語だけでは、通じない事業計画となる。
証券会社や取引所の審査員が納得する事業計画である必要があり、蓋然性が求められる。従って、ポイントは以下の通り。

・固めの事業計画
昔、「Gumi」事件では、上場直後の下方修正で主幹事証券や取引所が投資家から非難された。IPO直後の下方修正はもってのほか、IPOを挟んだ事業計画は、主幹事から固めに作ることが求められる。「固め」とは、少なくとも進行期は、積み上げの予算であり、事業計画の精緻さが求められる。売上計上確度が、読めないビジネスモデルの企業は、IPOタイミングを決算期末ギリギリまで引っ張られる。「鉛筆なめなめ、夢物語や営業目標のための下駄を履かせた計画数値」は、通用しない。

・表に出ない事業計画
上記の通り、あくまでも審査用の事業計画であり、実は表に出ない。正確には、表に出るのは事業計画の進行期(1年目の数値)のみ。IPO時に一般投資家にIPO株式を販売するが、その際は将来数値をもって勧誘してはならない。よく言われる、「目論見書の範囲内で」の勧誘であり、目論見書は金商法では実績のみ。但し、取引所からの公表資料で1年目の予想数値が出されるので、アナリストや投資家はそれを見て投資判断を行う。


③上場企業としての中期経営計画

・投資家を意識した事業計画
上場後の成長戦略(調達資金の使い道など)、機関投資家が好む経営指標(EPS成長・ROE・ROIC・配当方針・ESGなど)、アナリストが分析しやすいような事業別の損益成長ストーリー(成長ロードマップ)などを織り込んだ事業計画が求められる。

・社長の目標設定
サラリーマン社長を擁する上場企業では、その5年間の目標設定が会社の中期経営計画になるケースが多い。前社長の延長線上で作られるケースが多いが、激動期に引き継いだ新社長は、中期経営計画の中で大きくかじ取りを行うケースもある。なお、オーナー社長であれば、任期が長く関係ないが、サラリーマン社長の場合、任期は5年ほどが多いため、中期計画がセットになることが多い。うまく行くと、2期目を同じ社長が継続し、次の中期経営計画で目標の再設定を行うこともしばしば。


④会社買収のための事業計画

所謂、M&Aの際の対象企業の事業計画のこと。対象企業から提示された事業計画を精査し、修正事業計画を策定、その後シナジーを織り込んだ会社買収のための事業計画を策定するケースが多い。

・事業計画の修正
対象企業から提示された事業計画をDDで精査し、自分たちなりの評価で修正作業を行う。所謂、「事業計画を叩く」作業。M&Aにおける事業計画は、買収価格に紐づくため、「安く買う」ために不確実性の高い要素を排除し、より蓋然性の高い事業計画に修正する。

・シナジーの見積もり
修正事業計画だけでは、売り手からすると価格が売却目線に達しないことが多いため、ここから買収することで実現する(であろう)シナジー効果を定量化する作業を行う。クロスセール、単価の引上げ、共通部門の効率化など、売上高の増加、コスト削減等を織り込み、修正事業計画から「上乗せ」する作業。M&Aが、1+1>2と言われる所以である。但し、シナジー分を全て織り込むと買い手にメリットがないため、シナジー部分のうち、どれくらいまで売り手に払って良いか、という判断が必要となる。結果的に、合意した買収価格のもととなる事業計画が、のれんの減損基準にもなるため、そのリスクも考えることも重要。


⑤会社売却のための事業計画
M&Aの際の対象企業側が作成する事業計画のこと。「マネジメントケースの事業計画」と言われたりする。

「背伸び」した事業計画
事業計画の利益水準が売却価格に直結するため、「やや背伸びした事業計画」を作成する傾向にある。地に足がついていないと、信義則として駄目だが、確度が低い施策もフルで織り込み、見積もる。例えば、店舗展開の事業であれば、構想・計画段階の新店舗も全て織り込む、新規事業として海外展開を検討している企業であれば、海外が急成すると言ったシナリオが織り込まれているケースもあるので、買い手は慎重に見なければならない。
ご承知のようにSPAで事業計画の表明保証を入れることはないので、事業計画の評価は、価格に全て織り込まれ、買収後は買い手の責任となるので、注意が必要。

・背伸びし過ぎは禁物
信義則違反以外に、売り手の旧経営陣が売却後も残る場合、売却後にブーメランとなって返ってくるから、背伸びし過ぎの計画は要注意。つまり、策定した計画が自分の目標となって、成果を求められ、未達だと責任問題にも発展する。とはいえ、慎重に低く見積もった結果、もう少し高く売却しておけば良かった or アーンアウト条項を残しておけば良かったと言った話も少なからずあるので、会社売却の際の事業計画目線は非常に難しい。


⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
グループ再編や組織再編になると、少数株主への配慮が必要になったり、株式対価のM&Aを行ったりするため、蓋然性の高い事業計画を策定することになる。具体的には、グループ再編というと、上場子会社の親会社による完全子会社化(株式交換やTOB)、組織再編だと経営統合(株式移転や合併)。

・実現性の高い固めの事業計画
上場会社同士のM&Aになり、当事者両者とも一般株主を控えた中で、買収や売却とは異なり、株主総会で承認が必要になることも多い。従って、株主への説明責任もあったり、事業計画の策定プロセスや計画の蓋然性など第三者である専門家がチェックすることも有り、総会承認をするために「背伸びした事業計画」は基本的に作成しない。


⑦会社の事業再建のための事業計画
最後に事業再建のための事業計画。これは、再生のための事業計画であり、銀行や債権者への説明を要するため、極めて蓋然性の高い売上見積もり、リストラによる利益改善などを織り込んだ計画となる。やればやるほど、憂鬱になる事業計画だが、衰退がはじまった業界(例えば、ガソリンエンジン向け部品など)であれば、早々に手を付けて、残存者利益を取るために最適なコスト構造を考えるための必要なプロセスとなる。

・損益分析 ⇒ 売上計画の最小化 ⇒ 徹底したコスト削減 ⇒ 施策の織り込み
4つのプロセスを経て事業再建計画を作成することになる。リストラや値上交渉、一部事業撤退など、痛みを伴う取り組みが必要となるが、筋肉質のコスト構造がベースとなるため、再建がうまく行くと、売上高の増加分が利益となり、一気に収益改善が図れる。V字回復シナリオも見込めるため、再建における事業計画は極めて重要となる。

以上]]>
M.A.P.管理者
M&Aにおける特別委員会 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12g4opkyt 2024-04-28T15:00:00+09:00
今回は、M&Aにおける特別委員会について、コラムを書きたい。

ポイントは、
・​M&Aにおける特別委員会の存在感の高まり。
・組織再編・グループ内再編は、内輪で完結できない
・条件交渉における重要な役割

非上場企業のM&Aでは馴染みがないが、上場企業のM&Aになると、少数株主保護の観点より、いわゆる支配株主(親会社)とのM&A取引にあたっては、客観的なM&A取引に対する評価が必要となり、特別委員会が登場する。

昨今、特別委員会の重要性が高まっており、買い手⇔売り手の取引だけでなく、ここに特別委員会も加わって、三者間のやり取りがなされる位の存在感が出ており、手続きも買い手⇔売り手の当事者がOkすれば、M&A成立という分けにも行かなくなっている。

何故、M&A取引において、特別委員会が登場するのか、どのような役割や立ち位置になるのか、少し説明してみたい。


1. 特別委員会とは?

取引所のルールとして、上場企業が支配株主等と取引を行う際公正性担保措置・利益相反回避措置の一環として、当該取引の公正性を確認するために、売り手となる上場子会社側が特別委員会を設置するようを推奨されて
いる。

従って、上場子会社を親会社が完全子会社化するようなケースでは、必ずと言って良いほど、特別委員会が登場する。

平たく言うと、上場子会社が親会社の言いなりで、不利な条件で完全子会社化を受け入れるのを防止するための措置として、特別委員会によりチェックしてもらうということになる。従って、TOB価格や株式交換比率(移転比率)が子会社に不利でないか、外部に見てもらうというというのが主要な目的。

以前は、有識者を中心に外部委員で構成されていたが、経産省が発表した所謂M&A指針に規定された通り、利害関係を有しない社外監査役及び社外取締役が関与することが望ましい(最近では、マストの状態)とされている。以前は、専門性が必要とされるため、弁護士や公認会計士と言った社外有識者を委員として招くことが多かったが、株主への責任感と言う視点から、より少数株主の利益に責任を持つ役員を委員にした方が良いという考えに基づくもであり、正しいと言える。但し、M&Aでは高度な知識や専門性を必要とするので、追加的に有識者を委員に迎え入れたり、FAやリーガルアドバイザーを任用することも許容されるケースがほとんどである。

特別委員会は、取締役会によって諮問され、第三者機関として、客観的に取引をチェックする機能を有している。彼らは、少数株主の立場「取引の公正性」を確認するのが主目的となる。最終的には、答申書を取締役会に提出し、「対象のM&A取引は公正に行われた」という報告を行い、取締役会はその答申書の内容をもって最終契約書にサインを行うことになる。


2. 特別委員会は何をするのか?

では、具体的に特別委員会は何をするのか。取締役会から諮問される事項は主に3~4つ。

①M&A取引の目的の合理性(そのM&Aって、良いの?)

②M&A取引の取引条件の妥当性(子会社側の株主に不利じゃないの?)

③M&A取引の手続きの公正性(手続きはフェアだった?)

④①~③を踏まえ、M&A取引は少数株主にとって不利益ではないという答申書の作成(問題ないよ、という報告書)

特別委員会は、M&A取引が公表される前3~4カ月間の間に、計10回程度実施される(10年前は、5回程度だったが、M&A指針などを受け、更に特別委員会運営の充実化が進んだ)。毎週or隔週のようなイメージ。参加する委員の方への業務負担はそれなりに係るため、余談ではあるが、社外取締役及び監査役への報酬は、別途用意されるケースが多い。なお、成功報酬型にすると、成功ありきでの運営となるため、基本的には成功の要否に関係なく、固定報酬が支払われる仕組みの場合が多い。

開催イメージとして、まずは前半に①を中心に確認作業を行い、中盤~終盤にかけ②を確認し、全体通して③を確認するという流れ。


①M&A取引の目的の合理性

M&A取引は、少数株主を排除し、買い手・売り手間でのシナジー創出が最大化されることが大前提。但し、プラスもあればマイナス(例えば、競合他社による買収であれば、取引先の離反など)もあり、M&Aの結果として、プラスの方が大幅にマイナスを上回る場合、そのM&A取引の意義は大きく、実施目的の合理性が説明できるという整理を行う。

仮にマイナスの方が大きい場合、合理性の説明が難しくなる。従って、確りとシナジーを検討しないと、特別委員会から認められず、M&A取引のお墨付きが頂けなくなるので、親子間と言えども真面目にシナジー効果の検討が必要となる(適当にありふれた意義・目的だけを並べ、M&Aが終わってから、考えれば、良いという時代ではなくなっている)。


②M&A取引の取引条件の妥当性

これまでは、M&A取引条件の交渉は、当事者間+互いのFAくらいしか、関与しなかったが、現在は、特別委員会もフルで関与してくる。具体的には、交渉の際、事前に会社・FAは、特別委員会に交渉方針を説明し、了承を得た上で、交渉に臨む。また、特別委員会に交渉権を付与することも前提となっており、場合によっては特別委員会が自ら買い手と交渉することも可能とされている。

従って、仮に売り手の取締役会が、「これくらいで良いのでは?」と勝手に判断し、妥協しようとしても、特別委員会から承認が得られない場合、答申書によるお墨付きが得られなくなるため、交渉を終えることができず、最後の最後まで交渉することになる。


③M&A取引の手続きの公正性

M&Aプロセス全体を通して、公正性が見られる。

例えば、Valuationの前提となる事業計画。通常、M&A取引において、新たに事業計画を準備することが多い。親会社の意向を受けて、意図的に低い事業計画数値になっていないか(結果的に安いValuationになっていないか)を確認する。
また、親会社の事業計画についても、明らかに実現可能性が低い、高めの事業計画になっていないか、会社・FAを通じて確認することになる。

また、親会社との利害関係を有しているアドバイザーがいないか、親会社出身の役職員が上場子会社側の事務局にいないかなど、親会社に忖度した手続きになっていないかも確認する。(但し、親会社出身だからと言って、すべて排除することはなく、既に子会社に転籍して、一定期間経っている場合は、免除されるなど、実質的な判断はなされるケースが多い)


④答申書の作成

①~③を踏まえ、最後に答申書という形式で、特別委員会が売り手である上場子会社側の取締役会に案件発表の前日 or 当日、報告書を提出し、特別委員会は、事実上終了する。

答申書では、①~③の具体的内容が記載され、最後に「M&A取引は少数株主にとって不利益ではないよ」という総括で占め括られる。

最近馴染みのない方には、驚きかもしれないが、昨今の所謂上場会社同士の組織再編・完全子会社化は、このような流れになっており、ガチガチに決められる手続きとなるので、余裕をもって、想定通りに進められる経験のあるFAやリーガルアドバイザーと一緒に取り組むことが重要となる。

なお、取引所のルールでは、公正性担保措置として、特別委員会の設置以外に、株価算定機関からの公正性に関する評価(フェアネス・オピニオン)の取得弁護士による意見書などの方法もあるが、上記①~③すべてを満たすことはないので、手続きの安定性を求めると、公正性担保措置=特別委員会の設置となるケースがほとんど。

なお、大型の組織再編(合併など)においては、特別委員会の設置+フェアネス・オピニオンなど、セットでなされることも多い。

以上]]>
M.A.P.管理者
Valuation(企業価値評価):第2回 WACC https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk122sovpdm 2024-03-21T10:35:00+09:00
WACCについて、今回はご紹介。WACCについて、事細かに説明するというより、ポイントを説明したい。

①WACCとは?

 最近は、WACC(ワック)という言葉を上場企業のIR資料等でもよく目にするようになった。資本コストを意識した、効率性を重視した経営がようやく定着してきたとも言える。WACCだと、FCFベースで分かりづらいので、ROICの方を使うことも多い。ROEも含め、いずれの指標も資本コストを意識した経営に変わりないので、投資家目線では良い傾向と言える。

 さて、本題。WACC(Weighted Average Cost of Capitalとは、加重平均資本コストの略で計算式としては、以下の通り。シンプルな説明として、会社側目線では「資金調達の際に係るコスト」。投資家の目線では、「期待収益率」。つまり、投資家の期待収益率をKPI目標にして、経営するという考えとも言える。

 業界により差はあるが、時価総額1,000億円以上の大手上場企業であれば、5%~10%程度。上場したばかりの成長企業や新興国の成長企業であれば、10%を超えることも良くある。WACCの計算は以下の通り。

WACC = [ Ke × E / (D + E)] + [Kd × (1-T) × D / (D + E)]
    = Ke(株式コスト)と Kd(負債コスト) の加重平均 


②WACCへの基本的な理解(PER・事業計画・株式価値との関係性)


 計算式について、参考書・ウェブサイトなどで調べれば、すぐ出てくるが、慣れていない方は、この計算や算出される数値の意味が分からない。長い期間(少なくとも3年以上)マーケットウォッチをしたり、DCF法による株式価値評価を何度か行わないと、残念ながら手触り感は掴めない。

 まず、シンプルな理解として、WACC = PERの逆数 と考えてもらって良い。恐らく、感覚的にWACCPERと繋がると、瞬時に理解はできないだろう。WACC・PER・株式価値の関係は以下の通り。

株式価値 = 将来の純利益 × PER 

事業価値 = 将来のFCF / WACC  



一つずつ見てみよう。「FCF = NOPLAT - 投下資本増加額」であり、「NOPLAT」= 「税引後営業利益」のこと。つまり、特損がない状態では、当期純利益に等しい(正しくは、支払利息分だけ異なる)。投下資本増加額は、定常状態では±0と置くので、乱暴に扱うと、「FCF = 純利益」と置き換えられる。

ここで「定常状態」という概念が登場する。DCF法では、「事業価値=将来のFCFの現在価値の総和」と定義されるが、実際には将来のFCF(予想利益)を「n年後」まで策定することはしない。通常、3~5年間の事業計画を策定し、その最終年度のPLを定常状態として、「n年後」まで一定の成長率(=永久成長率)で成長すると仮定する。定常状態のPLでは、収益構造(利益率)や設備投資額の割合は、変わらず一定とする。

最後に、事業価値 = 株式価値+有利子負債となる。FCFは支払利息を控除していないため、WACCで割り引くと事業価値には負債の価値がが含まれることになる。日本企業は負債を抱えていない企業も多いため、ざっくり頭で計算する際は、事業価値 ≒ 株式価値として頭で整理する。

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例えば、WACCを計算した結果、8%と出る。すると、PER12.5倍となる。。。ん~そんなものかと。また、ベンチャー企業の場合、WACCは高く出る(借入コストが高い = 期待収益率が高い)ため、12.5%となる、すると、PER8倍か。。。ん??何かおかしくないか?そう、おかしいのである。

通常マーケットで評価されるベンチャー企業のPERは、20倍+というのが通常なので、8倍であるはずはない。とすると、何が違うのか?答えは、分子の「将来のFCF」が違うから。

つまり、「WACC = PERの逆数」が通用するのは成熟企業であり、事業計画における将来のFCFがほぼフラットの場合に適用できる。これは、債券価値の時価評価と同じである。

一方で、ベンチャー企業の事業計画の利益は、Jカーブとなり、定常状態(10年先?)におけるFCFは、今期/来期の利益の何倍も大きな数値となる。従って、ベンチャー企業の場合、WACCが12.5%、PERが8倍としても、相対する「将来のFCF」「将来の純利益」は大きいので、株式価値が大きくなる。逆にいうと、市場では今期/来期の純利益しか公表されないため、その利益に対するPERは高くなるということになる(裏では、まだまだ純利益が伸びるという思惑があり、先食いしていると整理できる)。

また、もう1つ、WACC水準がどうであれ、DCF法の株式価値評価が、PERなどのマルチプル法よりも高く算出される。理由は、2~3年目以降の純利益(FCF)予想を評価に入れているからである。教科書では、ここの部分の価値をコントロールプレミアムと言い、事業をコントロールできる者が享受できる価値と紹介される。なお、2~3年目、それ以降の事業計画がフラットになる時は、評価されるDCF法の価値は、PER(マルチプル法)評価と同じとなり、半永久的に事業計画の利益水準が減益傾向のDCF法に依る事業価値は、PER評価以下となる。

WACCを算出した時点で、株式価値評価の概算を掴むため、事業計画最終年度のFCF(or 純利益)をWACCで割り引いてみる(= 純利益/WACC)。上記事業計画における利益成長と算定された株式価値を踏まえ、PER評価よりも高い/低い、その度合いで、DCFによるValuationの感覚を身に付けると良い。


③β(ベータ)について

CAPM(Capital Asset Pricing Model)理論に基づき、

Ke(株式コスト)= Rf(リスクフリーレート) + β × (Er – Rf)(マーケットリスクプレミアム)

と表わされる。

リスクフリーレートは、安全資産から得られるリターン(国債などの利息)であり、マーケットリスクプレミアムは、株式市場で運用した場合にそのリスクフリーレートよりも超過して得られるリターンとなる。

少し式を紐どくと、Er(エクイティリスクプレミアム)は、株式市場で運用した場合に得られるリターンであり、「株式市場で運用」とは、市場平均での運用、つまり国内であれば、TOPIXや日経平均で運用した場合に得られるリターンとなります。日本では、5%程度と言われます。各国のErを公表しているサイトがあるので、ご参考まで(https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/New_Home_Page/datafile/ctryprem.html)。

なお、株式市場での運用となりますので、バブル崩壊など、期間によっては損を伴うこともありますが、長期間運用し均すと、5%となります。「ハイリスク・ハイリターン」ということですね。

さて、要約「β」の話になりますが、β(ベータ)とは、市場平均リターンよりも、超過する個別銘柄のリターンの割合。つまり、「β」個別銘柄のプレミアムと言うことになります。銘柄によっては、市場よりも高い/低いリターンを出しており、それを「β」と表します。数値で表すと以下の通り。

β =「1.0」 ⇒ ニュートラル状態(市場平均と同じリターン)

β >「1.0」⇒ 市場平均よりも高いリターン

β <「1.0」⇒ 市場平均よりも低いリターン


以下のサイトより、様々な期間で個別銘柄のβを取得できます。
https://costofcapital.jp/beta/historicalbeta/

個別銘柄を見ると、面白いのですが、例えば、JT(日本たばこ産業)は、βが1.0を大きく下回っているのに対して、半導体銘柄の東京エレクトロンが1.0を大きく上回っています。

従って、評価対象会社が成長分野となると、βも大きくなり、敷いてはWACC自体が大きくなる投資家による期待収益率も大きくなる)、と言う構図になります。

また、事業価値 = 将来のFCF / WACC の計算式から、WACCが大きくなると、事業価値は小さくなるので、投資家による期待収益率を上回るFCF成長(事業計画における利益成長)を達成しないと事業価値(株式価値)は大きくならない、という関係になります。株式価値を上げるというのは、類似・競合する他社以上に利益成長率を上げるということと言えます。


④サイズリスクプレミアム

小さな企業には、更にプレミアムが要求される
という考えがあります。実際の株式市場におけるデータより、時価総額が小さな銘柄ほど、大きなリターンが発生したという結果があり、CAPMだけでは説明ができない超過リターンである。この超過リターンをサイズリスクプレミアムと定義し、株式コストに加算することで、調整することが実務的に行われる。日本のサイズリスクプレミアムについては、Ibbotson Associatesよりデータ購入可能。

Ke(株式コスト)= Rf(リスクフリーレート) + β × (Er – Rf)(マーケットリスクプレミアム)+サイズリスクプレミアム

理解としては、仮に全く同じ事業・収益構造の2つの上場企業が存在し、時価総額だけ異なる場合、時価総額が小さな上場企業の株式コストの方が高くなるという整理。理由としては、規模が小さいだけに、倒産コストが上がる=リスクが高い=より高いプレミアムを要求されるから。

時価総額基準はいくつか存在するが、約200億円以下の上場企業は、3%+程度の追加プレミアム(WACCが上昇)が発生することとなる。

算出される株式価値の調整弁として使うケースも昔はあったが、今では機械的に時価総額水準で判断し、該当する場合、採用することが一般的となった。

以上

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M.A.P.管理者
Valuation(企業価値評価):第1回 DCFワークシートのご紹介 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk126vobmbu 2024-02-20T17:00:00+09:00
今回は、Valuationについて、M&Aコラムを書きたい。

最近、個別案件でValuation Sheetを一から作ったり、確認することが多かったので、これを機に弊社Valuation Sheet(企業価値計算シート)のサンプルを共有したい。(※数値はダミー)

今回共有するValuation Sheetは、①DCF法 ②上場類似会社マルチプル法(EV/EBITDA・PER・PBR) ③類似取引比較法 ④サマリー(①~③をウォーターフォールチャートで示したもの)

Valuation Sheet(企業価値計算シート)は、M&Aアドバイザーのコアナレッジであり、一般的には門外不出のもの。東証やクライアントには、企業価値(株式価値)算定書を提示することは、良くあるが、エクセルの計算シートを渡すことはまずない。ナレッジを共有したくない、というのもあるが、これを渡すと、計算内容など全てわかってしまうものであり、仮に計算ミスがあると、言い訳できず、全てのリスクを背負うことになるので、実際に計算したシートを社外に共有することはほとんどない。(弊社は、クライアントと共有したり、クライアントの計算シートに直接確認しに行くので、該当しないが)

特に、”実務で使われる”ようなDCF法の企業価値計算シートは、恐らくウェブサイト上で探しても、見つけるのは難しいだろう。
”実務で使われる”という意味で、ここに共有する企業価値計算シートのポイントは以下の通り。

①計算ミスをミニマイズ
・Valuationの計算は、特に作業量が多く、間違いやすい。計算自体は、四則演算なので、シンプルだが、案件によって、勘定科目が異なったり、カスタマイズが必要となるので、やはりミスが付き物。ダブルチェックはマスト。
・従って、計算ミスをなくすには、直接入力数値を最小限にする。可能であれば、PL/BS/CFは、IMなどの資料を転記するのではなく、売り手にエクセルの値張り財務数値を頂き、それをもとにDCF計算シートを作るのが理想。
・また、後日チェックしやすいように、直接入力数値と計算数値の色を分ける。ここでは、直接入力数値は、水色としている。

②シートを増やさない
・マネジメントケース、ダウンサイドケース、アップサイドケースなど、シナリオを複数作ることが一般的。
・都度DCF計算シートを用意するケースを見るが、そうなると、シート枚数分だけ確認作業が増える。なので、DCF計算シートは、i) 財務数値(元データ) ii) パラメータ(シナリオ作成用) iii)WACC計算 iv)DCF計算の少なくとも4つに抑えたい。
・複数シナリオを作る際、SWITCH関数を使って、あくまでもDCF計算シートを1つとすることを推奨。つまり、ケースを選択するだけで、自動的にDCFが計算できるようにする。これは、確認手間がかなり削減できる。
・但し、添付のようにシナリオ毎のパラメータ決定とその作り込みシートが必要となり、相応の時間を要するので、要否はユーザーにお任せしたい。

③データは99%無料入手
・対象会社以外の数値(上場類似会社・マーケットデータ等)は、ほぼ無料で入手が可能。リンク先も記載。
・但し、Small Size Premiumだけは、どうしても無料で入手できないため、使用する場合、M&AアドバイザーやIbbotsonといった、外部ベンダーから購入いただく必要がある。

④案件に応じたカスタマイズ
・PL・BSの科目や構成(事業別の損益)、シナリオの作り方(サンプルでは、「事業別売上高成長率」を変数とし、コストは固変分解)は、案件ごとに異なるため、カスタマイズが必要。
・DCFの計算においても、個別案件ごとに判断が必要な部分もあるため、詳細は専門家に聞いた方が良い。

今回は、まずシートの共有をメインにしたため、次回は、Valuationについて説明を行いたい。

計算シートや企業価値そのものに関するご質問がありましたら、気軽にご連絡下さい。>> こちら(無料)]]>
M.A.P.管理者
ベネフィット・ワン争奪戦:M3 vs 第一生命 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12i37yju3 2023-12-12T19:00:00+09:00

2023年12月7日、第一生命ベネフィット・ワン(B社)へのTOBを発表し、先月既に同社へのTOBを発表していたM3と対抗する形となった。

どの記事を見ても、「敵対的TOB」という悪いイメージのある表現がもはや使われなくなっただけでなく、大手企業でも堂々と対抗TOBを行う素地ができたことに、時代の流れを感じますね。

ポイントは、以下2つです。

「M3が再提案をするかどうか」
「NIDEC/第一生命と来ると、次も有り得る”同意なき真摯な買収提案”」


①案件の経過、②それぞれのTOBの比較、③今後の予想される展開 を少し見ていきたいと思います。


① 案件の経過(12/12時点)

2023年11月14日: M3が、B社に対して、株式取得上限55%の条件付きで1株1,600円でTOBを発表。B社の親会社であり、51%を保有するパソナG応募契約を締結済み。55%上限にした理由は、B社の上場維持のため。なお、1,600円は10月26日終値1,040円の53.85%プレミアム

2023年11月15日: M3による公開買付開始。M3は、賛同表明するが、応募推奨はせず、株主判断に委ねることを決定。

2023年12月7日: 第一生命株式取得上限なし1株1,800円対抗TOBを発表。B社には前日に完全子会社化を提案。(公開買付期間の満了日の5営業日前であり、パソナGがより高いTOBが公表された際に応募契約を解約できる最終日)。

2023年12月12日: M3は、公開買付期間40営業日とし、2024年1月17日まで延長。当初は、2023年12月13日が公開買付終了日。

2023年12月14日 or 15日(予): パソナGは、M3から1株1,800円以上に変更したTOBが提案されない場合、応募契約解除が可能。逆に言うと、この日までにM3から1株1,800円以上の価格が提示されれば、応募契約は継続の可能性。

2024年1月17日: M3によるTOBの公開買付終了日

2024年1月中旬: 第一生命によるTOB開始見込み


②それぞれのTOBの比較

(a)TOBによる取得株数/B社の上場方針

・M3: 上限55%/上場維持
・第一生命: 49%(残りパソナG保有分51%
は、TOB後に自己株買付)/完全子会社化


(b)TOB価格

・M3: 1株1,600円
・第一生命: 1株1,800円
(但し、パソナG保有分の自己株買付によるパソナGが享受する税務メリットを他の株主も平等に共有される場合、TOB価格1,800円以上の可能性あり)
※ちなみにB社の配当可能額は、2023/3期末で約225億円だが、TOB後に第一生命による増資+減資により配当可能額を増額し自己株買付に充てる予定。

(c)シナジー実現への取組

・M3: 【短期】①クロスセル ②IT領域における連携 ③海外事業展開のサポート 【長期】Strategic healthcare management により 「真の健康経営実現」を 支援
・第一生命: ①クロスセル ②B社への財務支援 ③サービスラインナップの拡充 など

正直なところ、シナジー効果の比較は難しいので、パソナGを含むB社既存株主としては、TOB価格EXIT割合(全部or部分売却)を見て判断することになるでしょう。


③今後の予想される展開

(a)M3はどう動くか?

12月12日時点では、第一生命のTOB提案の方が既存株主にとっては有利に見えますが、M3がよりいい条件での対抗提案を明日以降行うか、まずは、そこが大きなポイント。

対抗するには、i) 完全子会社化提案に切替ii) 価格を1,800円以上にできるかどうか。

そもそも何故完全子会社化提案をしなかったかという説明がプレスにはなかったので、気になっていたが、恐らく財務負担が大きかったという理由でしょう。仮に i)とすると、第一生命と同様に自己株取得方式を組合わせた提案になりますが、TOB資金が倍になるためそれを許容できるか、そこが大きな判断になると思う。

とりあえず、互いの財務比較を行うと以下のような感じです。

M3 (2023/3期 連結)
- 売上高 2,308億円
- EBITDA 794億円
- 純有利子負債 △1,324億円
- 時価総額:1兆4,450億円
- B社TOB買付総額:1,396億円(TOB充当資金は、借入金900億円+残り自己資金を充当。)

第一生命HD (2023/3期 連結)
- 売上高: 9兆5,194億円
- EBITDA: 5,181億円
- 純有利子負債: △547億円(事業会社同様に「帳簿上の有利子負債-現預金」にて算出)
- 時価総額: 3兆405億円
- B社TOB買付総額: 2,857億円(全て自己資金で充当)

B社 (2023/3期 連結)
- 売上高: 423億円
- EBITDA: 124億円
- 純有利子負債: △12億円
- 時価総額: 3,034億円(12/12終値 ※M3によるTOB前11/14終値ベースでは1,810億円)

仮に、M3完全子会社化+TOB価格2,000円で再提案すると、TOB買付総額約3,200億円となり、EBITDA 2.4xの借金を抱えることになる。社運を賭けるまでは行かないものの、相応の借入依存状態になることと、IFRSとはいえ、約3,000億円ののれんと言う爆弾を抱える(M3の2023/3末の総資産4,000億円)。
TOB期間を延長し、時間を稼いだとは言え、M3はかなり厳しい選択を迫られていることになる。


(b)第一生命の財務余力

仮にM3が再提案を行っても、第一生命の財務状況を見ると、キャッシュ創出力を示すEBITDAが6倍超大きく、財務上のインパクトがM3対比では全く異なるため、数百億単位で増えることへの財務影響度が異なる。
(M3対比、さほどインパクトがない

従って、M3として一度頑張ってTOB価格を上げても二度目も上げられるか、という判断を再提案時にする必要もある。

また、パソナGも上場企業であることから、より「魅力的な提案」を拒否して、M3案を受け入れる合理性が見当たらないため、仮にM3から再提案がなければ、応募契約を解除して、第一生命の対抗TOBを受け入れるしか方法はないだろう。対象会社であるベネフィット・ワンも取締役の善管注意義務を考えると同様。

ということで、どれだけM3が財務健全・利益率も高く優良企業であっても、財務力では勝てないため、ガチンコで勝負すると、正直厳しい。社運をかけてまで、食い下がるかどうか。


(c)マーケットはどう見ているか?

株価を見ると、第一生命による対抗TOBが公表されたので株価は更に一段階上がり、12月12日終値は1,916円。面白いのは、1,800円ではないということ。

個人的な見方は、M3からのTOB再提案の可能性は低く、あったもとしても1度限りで投資家が期待する「株価吊り上げゲーム」は起きえないと考えている。


では、何故100円高く推移しているか、というと恐らく投資家は、パソナがB社による自己株買付で受けるであろう税務上の恩恵を、投資家にも共有してくれると期待しているからだろう。

では、税務上の恩恵はいくらか。ベネフィット・ワンの沿革を見ると、パソナが子会社として設立しているため、恐らく取得簿価は、出資金程度で、ほぼ無視できる。

となると、TOB価格1,800円の際のざっくり計算では、437億円が恩恵部分。これは、パソナGがTOBに応じて売却した場合のキャピタルゲインに係る法人税等になる。但し、B社による自己株取得での処分となると、みなし配当扱いとなり、益金不算入扱いを受ける為、この金額が非課税扱いとなる。

2,857億円×51%(パソナのキャピタルゲイン)×30%(パソナGの実効税率)= 437億円

仮に437億円をパソナGを含む、既存株主で享受すると、437億円÷2,857億円となり、ざっくり1株1,800円に対して、+15%(270円相当)の上積みが可能となるため、投資家の期待値としては、2,070円となるだろう。

投資家の理想的には、M3が最後断念するとは言え、一度再提案をトライしてもらいたいという気持ちも期待して、今1,800円以上で購入している株主ももちろんいるとは思います。


(d)おまけ ~対抗TOBが当たり前に~

いずれにせよ、第一生命が対抗TOBに踏み切ったのは、中期経営計画で掲げた「非保険・非アセットマネジメント事業への進出」が根本にあるものの、経産省が今年8月に発表した企業買収行動指針における「真摯な買収提案」への上場企業の取扱対応の影響が大きいものと思います。

10年前は、欧米でTOB合戦が起きた際、対岸の話で、日本では起きえないと静観していた事業会社の方が多かったですが、今は様相が変わっていると思います。常に上場企業の中で、ターゲット企業をウォッチ・分析し、今回の第一生命のように、日頃よりアンテナを張って、チャンスと思えば、2-3週間で決議までもっていく助走は必要になる。

また、TOBを検討している買い手も、Interlooperリスクを見ながら、部分買付で良いか、十分に検討が必要となる。

NIDEC、第一生命が、真摯な買収提案を上場企業に行うとなると、今後は他の大手企業も堂々と「同意なき陣取り合戦」を繰り広げることも想像に難くないので、更に上場企業間のM&Aが活発化するのは間違いないと思う。
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M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について② https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk122a23gxo 2023-12-10T12:00:00+09:00
5. 表明及び保証

SPAの中で重要な部分の一つ。まず、表明及び保証とは何か?

M&A検討段階、特にDDにおいて、様々な情報が売り手から買い手に開示される。それら開示情報が真実かつ正確に示されたことを、売り手が買い手に表明・保証することを指す。逆に開示情報は少ないものの、買い手も売り手に開示した情報に対して、同様に表明・保証する。非常に分かり辛いので、家電製品に置き換えると、製品保証書のようなもの。

これら開示した内容が間違っていた場合(表明保証違反だった場合)、どうなるか?

・クロージング前: 買い手は取引を取りやめることができる。(家電製品であれば、購入キャンセル)

・クロージング後: M&Aの場合、取引後の解約は無理なので、補償請求という形で、売り手の責任を問うことになる。(返品不可の家電製品であれば、金銭補償するという位置づけ)

従って、表明・保証は、取引解約補償に繋がる重要項目となる。なお、取引後に買い手が売り手に補償請求することになるため、例えば上場企業の合併や株式交換など、請求相手がいない場合(というより、自社自身となる)、①クロージング前の取りやめを規定するくらいとなる。


① 表明保証の範囲

非常に幅広い。例を挙げると以下のような項目がある。


売り手に関する事項

・存続及び権限: 協議中の相手である売り手って存在するよね、株式譲渡の権限持っているよね、という確認
・株券の所有: 売り手が適法に・有効に持っているよね、という確認
・法令等との抵触の不存在: 売り手が法令等に違反していないよね、という確認
・倒産手続き等の不存在: 売り手が水面下で倒産手続きやっていないよね、という確認
・反社会的勢力の排除: 売り手が反社勢力じゃないよね、また関係を持っていないよね、という確認)
・情報開示の真実性・正確性: 売り手が開示した情報って正しいよね、という確認


対象会社に関する事項

・存続及び権限: 売却対象となる会社って存在するよね、その権限持っているよね、という確認。登記簿謄本を見れば、分かるのだが、そもそものところの確認。正直大きな問題になったことはないが、確かにこれがないと不安ではある。
・株式等: 売却対象となる株式って適法に・有効に発行されているよね、他に種類株式などの株主って存在しないよね、という確認
・行政上の許認可: 事業を行う上で、必要な許認可ってちゃんと取得しているよね、という確認
・財務諸表(後発事象の不存在、簿外債務の不存在): (監査を受けていない場合)日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って適切に作成されていて、適正に表示されているよね、という確認。海外から見ると、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」って何だという話にいつもなるので、監査は受けていないが、税務上問題のない、認められた基準という話を分かってもらうしかない。
・倒産手続き: 売り手と同じ
・法令等の遵守: 売り手と同じ
・公租公課: 税金は払っているよね、税務当局から指摘受けていないよね、という確認
・紛争・訴訟手続き: 対象会社が紛争当事者でなく、訴訟されることもない、という確認
・重要な契約等: 重要な契約は適法・有効に締結されており、債務不履行も生じていない、という確認。なお、「重要」性について、金額基準を設けることもしばしばある。
・子会社・関係会社: 開示済を除き存在していない、という確認
・グループ間取引(売主又はその子会社・関係会社との契約等): 開示済を除き存在していない、という確認
・保険: 保険は適法・有効に締結されていることの確認
・労務・労働問題: 開示していることを除き、問題ないことの確認
・資産: 適法・有効に所有していることの確認
・知的財産: 適法・有効に所有していることの確認
・情報開示: 真実かつ正確に・有効に所有していることの確認
・反社会的勢力: 売り手と同じ

とは言え、全て問題ない、という会社は少なく、コンプラ上の重大な事故/クレーム、税務調査が入れば何か指摘されそう、労基が入れば未払残業代を指摘されるリスクがありそう、退職金などの簿外債務はある、など、色々と存在するはず。その場合、上記表明及び保証から除外し、それ以外は「問題ないよ」という表明・保証を行う。

それらの取り扱いは、2種類存在する。a) 退職金や未払残業など金銭的に確定できる項目は、譲渡金額から控除、b) 確定できない将来的な金銭リスクのある項目(税務リスクなど)は、所謂バスケット的な補償とは区別して、特別補償という扱いで別途生じた場合の補償を取り決める。詳細は、別途補償のところで紹介する。


②情報の非対称性の解消

M&A取引において、限られた時間内でのDDでは、完全な情報の非対称性解消は、難しい。そこで、冒頭の説明のように、表明及び保証に取引解約と補償という形につなげることで、売り手に開示を促すことにもなり、その解消効果が期待される。特に、重要なことは、売り手に「ネガティブ情報(リスク情報)」を確りと開示させることであるため、表明及び保証の仕方は非常に重要な意味を持ちます。
また、開示しきれない対象会社に関する情報を売り手が表明・保証し、リスクを背負うことで、買い手もリスクの一部を背負ってでも締結するという歩み寄りもなされ、結果として売り手・買い手双方でリスクを分担するという機能を生じさせる効果もある。


③開示された情報の取り扱い

開示された情報を表明・保証の対象にするかどうか、という論点もある。米国とのクロスボーダー案件では、Appendix.に、Disclosure Schedulesという項目が登場し、開示した資料・情報の一覧が記載される。この「Disclosure Schedulesに記載された資料・情報は、表明・保証の対象にするよ」、という取り扱いになる。つまり、買い手が知り得た情報は、表明保証の対象外にするという整理であり、「アンチ・サンドバッギング条項」とも呼ばれる。

買い手目線では、さらっと開示した項目も対象にされ、十分に検証・分析がなされていない可能性も生じることから、アンチ・サンドバッギング条項全てを受け入れることが危険な場合もある。また、買い手がDDをすればするほど、リスクを背負うことにもなりかねない。なお、交渉の中で、Disclosure Schedulesは情報を集めるのに時間がかかることから、売り手から最後の段階にさらっと出されるより、買い手の方で用意した方が良いので、このあたりは要注意。


④「知る限り」「知り得る限り」

表明保証の中でよく見かける、2つのフレーズ。これが入ると、売り手が「知らないこと」「知り得ないこと」は、表明保証の対象外にすることができ、売り手のリスクの限定化につながることになる。実務的には、売主と対象会社の距離感にも関係し、例えば売主派遣の取締役のみで、対象会社の取締役会が構成されていれば、買収後にそれら取締役が全員退任してしまうと、その限定化の難易度は上がるので、買い手としては、入れたくないところ。但し、対象会社の取締役の中にプロパーの方が居て、その方が買収後も残る場合、立証できる確度が上がることから、一部項目につき、入れることを受け入れるかなど、交渉が必要となる。
この部分は、売主がファンドか、事業会社かでかなりスタンスが異なることがある。


⑤重大性

対象会社の重大な悪影響(material adverse effect)を与えるような事象に限定して、表明保証違反とするかどうかという論点。表明及び保証には、前提条件と補償請求の2つのトリガーになるため、売り手としては、この限定はつけたいところ。なお、補償請求には、補償条項にて、金額限定というのが別途あるため、どちらかというと、「前提条件」の方に引っ掛かるような重大性が気になるところ。
従って、表明保証の各項目で、「重大な影響」や「重要な点」という表現が記載されるところが出て来る。


⑥セラーズDD

限られた時間の中で買い手がDDを行う、また売り手が複数の買い手を対応するというのは実務的に非常に大変なことから、オークションプロセスでは、予め売り手が専門家を任用してDDを行い、ベンダーレポートを用意して、そのレポートに沿ったDDを行うことがある(セラーズDD)。そうすることで、結果的にM&Aの確実性の向上が期待できるだけでなく、開示できる情報を全て開示するので、買い手には、事後的な補償請求をせず、可能な限り、買収価格に織り込んで欲しいという整理もできる。


⑦表明保証保険

補償のところで触れますが、最近は表明保証保険が登場しており、M&A後に買い手が売り手に補償請求を行い、補償する際、売り手ではなく、保険会社がその損害をカバーするケースもある。特に、ファンドのExit案件において、買い手に表明保証保険の購入を促されるケースが増えていることも、最近の傾向である。

今回は、表明・保証だけで終わってしまいました。次回は、6. 契約当事者の義務(コベナンツ)以降をご説明します。

本コラムは、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」を参考にしています。]]>
M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について① https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12bu68syw 2023-11-27T14:00:00+09:00

「M&Aとは?」シリーズで、今回は、株式譲渡契約書(SPA: Share Perchase Agreement)を簡単にご紹介したい。法律家ではないので、あくまでもFAの観点から見たポイントですので、もし説明が不足している場合等、ご容赦ください。

まず、SPAの前に、株式譲渡取引の主な特徴として、以下の3つがあり、これを前提に契約書が構成されている。

①M&Aは返品できない 
株式を譲り受けた後の返品はできない。クーリングオフも存在しない。従って、これを前提に契約書が構成されている。契約締結~引き渡しまで、期間が短ければ、まだ良いが、許認可の取得などで、長くかかることもあり、契約締結~引き渡しまで間の解約条件は、明確に決められるので、注意が必要。

②日々価値が変動
株式市場を思い出してもらうと、分かり易い。株式の価値は日々変動するという前提で、契約書が作られることもある。未上場株式であれば、日々株価が付かないので、気にならないが、ただ、これも契約締結~引き渡しまで期間が長い場合、重要な交渉の論点となる。この場合、価格調整というメカニズムを入れ、契約締結から引き渡しまで期間が長いと、その間の変動分を契約で合意した価格に織り込むという方法を取る。

③情報の非対称性
売り手(対象会社)と買い手との間には、当然情報の非対称性が存在する。買い手は、買収検討期間において、対象会社に関する全ての情報を見ることはできないし、その正確性の検証もできない。従って、買い手はそのリスクを取って契約締結することになるが、全てのリスクを背負うことは無理なので、売り手とリスクの分担をすることになる。売り手側は、提供しなかった事実/情報に起因して対象会社に損害がもたらされた場合、又は売り手より提供された間違った情報をベースに価値評価のもと買収した場合、売却後の一定期間において、補償しなければならないという整理になる。従って、契約書の構成には、売り手側に、正しい情報を提供するインセンティブを与えることで、できる限り情報の非対称性を解消させようという機能も備わっている。

このような前提をもとにSPAの中身を紹介したい。


1. SPAの構成

- 前文: 当事者の設定、契約日、契約名称、略語の単語集など
- 株式譲渡の内容: 譲渡対象株式数・種類、譲渡価格(価格調整やEarn-out含)、譲渡実行日など規定
- クロージング方法: 株券の交付方法(株券不発行の場合の譲渡方法)、譲渡対価の支払方法など規定
- 前提条件: 株式譲渡実行の前提条件(前提条件が満たない場合、株式譲渡取り消しとなる)
- 表明及び保証: 買い手/売り手それぞれの表明保証を規定
- 契約当事者の義務: 買い手/売り手ごとにクロージング前/後それぞれの義務を規定
- 補償条項: 譲渡後に、表明保証違反による、買い手から売り手への補償内容を規定。特定されている事項については、別途特別補償として設定。なお、補償が発生しても、解除条項に抵触しない限り、譲渡はなされる。
- 解除条項: 該当すると、株式譲渡取引そのものがキャンセルとなる。
- 一般条項: 守秘義務、公表、費用、通知、裁判所管轄、誠実協議など。



2. 前文 

日本語のSPAではさらっと終わるケースが多いが、英語では結構しっかり記載されることもある。特に、略語を多く使う場合、一覧表が最初の方に出てくることがある。「いつ、●●(売り手)と●●(買い手)が株式譲渡に関して、SPAを締結した」というあくまでも形式的な内容。

中には、売り手や買い手が複数になるケースもあり、特に売り手については、持分割合や売却株数の割合、主導的な立場かどうかなどで契約上の責任を差をつけることも有り得る。PEファンドの場合、複数のエンティティで株を所有しているケースがあるが、同一相手が実質保有しているため、連帯責任となる。

最後に、略語の単語集を設けることもある。いちいち長い単語を使うのも面倒なので、略語は多様される。


3. 株式譲渡の内容

ここからが、本題。譲渡対象株式数・種類、譲渡価格価格調整Earn-out含)、譲渡実行日を規定する。

譲渡対象株式数・種類について、普通株式以外に新株予約権を発行している場合、纏めて買収したり、ストックオプションであれば、放棄したりする。

譲渡価格は、あくまでも株式取得の対価となる金額であり、実際に売り手に振り込む金額となる。ここでの論点は、価格調整Earn-out

価格調整の内容は、別のコラムで詳しく取り上げているが、もともとは、価格合意した時点から譲渡まで期間があると、その間に変動する価値も織り込みましょうという考え。やり方は、3通りあるが、最近はそのうちの2つの方式のハイブリッド型、つまり運転資本と純有利子負債を調整する方式が多い。純資産方式だと、BSを確り策定・確定し、第三者にも見てもらうプロセスとなり、時間を要するが、運転資本と純有利子負債であれば、確定する項目が少なく、BSを策定しなくても良い。
価格調整のロジックは、DCF法との親和性が高いため、どちらかというと上場会社のM&A案件に導入されることが多い印象。

Earn-Outについては、用語集にて紹介しているが、全部の譲渡について、合意しているものの一部の買収対価を後払いする方式。具体的には、クロージング日に一度対価を支払い、残り部分は事後的に支払う。価格調整に似ているところもあるが、根本的に違うところは、残りの支払いが将来業績の結果により変動するため、想定ができないところ。つまり、価格調整は価格の算定基準日~クロージング日までの期間の調整であるが、Earn-Outの場合、クロージング日~半年・1年後という期間となり、業績結果と言う蓋を開けないと分からない。どちらかというとインセンティブの意味合いの方が強い。
買い手からすると、将来の業績計画の達成可能性について、合意できないところ部分があるため、その実績を見てから、残りの対価を支払いたいという心理がある。ベンチャー企業など、急成長の企業の売却に適用されることが多い。用語集でも触れたが、Earn-Outは難しいところも多く、売り手としては避けたい条項。

譲渡実行日は、●●年●月●日と規定する場合もあれば、「又は売主・買主が別途合意する日」と追加記載されるケースがある。これは、独占禁止法の事前届け出やクリアランス期間(許認可所得にかかる期間)、第三者からの同意取得にかかる期間が読めない場合、このような規定がなされることが多い。クロスボーダー案件や海外展開を行っている会社のM&A案件で良く見られる。なお、買い手が上場会社の場合、連結子会社のタイミングが決算作業に影響が出る場合、四半期/下期/年度初めなど、キリの良いタイミングにクロージング日を持っていくこともある。

クロージングの場所について、売り手側オフィスで行う場合、弁護士事務所で行う場合など案件により様々。クロージング当日、前提条件の充足確認のため、書類原本が必要となり、その確認場所をどこにするか、ということもある。また、セレモニーをする場合、売り手オフィスにて行うこともある。クロスボーダーの場合、セキュリティの関係より、弁護士事務所で行うことが多かった。弁護士立ち合いの元、前提条件に関する書類を当日確認し、その後株券の受け渡し、資金の送金・着金確認をその場で行うことが一般的な流れ。当時のタイムスケジュール・To do・必要書類を事前に用意し、段取り通り進めて行く。

その他、実務的な話として、前提条件の充足状況の確認などクロージング手続きを経て、実際のクロージングを行う。ところで、クロージング方法も少しは気になる所。株券を交付している企業の場合、その株券を売り手から売主に手渡すと同時に、買い手から売り手に譲渡対価の資金を支払うことでクロージングは成立する。

但し、最近は、株券不発行の会社が多いため、その場合どのように譲渡するか。株券に代えて、売り手の押印済み株主名簿書換請求書を買い手に交付し、買い手が売り手に譲渡資金を支払うことでクロージングするケースが多い。


4. 前提条件

前提条件を満たすことができなければ、取引を実行しないという権利を行使することができる。売り手・買い手互いに前提条件を満たす義務を負っているが、特別な規定がない限り、前提条件を満たさない場合の責任は負わないことになっている。但し、努力義務は定められることが多いため、努力義務違反を問われることはある。

一般的には、売り手/買い手それぞれに義務となる前提条件を記載する。

売り手/買い手の義務として、以下のようなものがある。

①表明保証の正確性(双方)

②義務の順守(双方)

③競争法等、株式買取にあたって必要な許認可等を取得済みであること(双方)

④対象会社における譲渡承認決議(譲渡制限会社の場合、売り手)

MAC条項(Material Adverse Change:重大な悪化)の不存在。譲渡までは売り手傘下で対象会社は経営することになり、締結~譲渡までの期間の重要な後発事象のリスクは売り手が負うという整理。逆になかった場合、取引実行の義務を買い手が負うことにある。経済環境、株式市場、規制・環境の変化など外部要因はどう扱うかなどの問題もある。(売り手)

法的手続きの不存在(双方)Litigation Outとも言われ、取引自体の実行を裁判所に差し止めされるようなことはない、ということ。

書類の交付(クロージング時の役員の辞任届、クロージング書類)(双方だが、主に売り手)

同意書の取得(いわゆるChange of Controlのある契約における同意書対応)(売り手)

関連契約の締結(TSAや経営委任契約など)(双方)

資金調達の完了Financing Outとも呼ばれる。これは売り手にとっては、かなりダメージが大きいため、違約金(Reverse Termination Fee)を買い手に課すケースもある(買い手)

雇用の維持。キーマンクローズとも言われ、特に重要なキーマン(経営陣)がクロージング日までに退職した場合に、契約解除ができる(売り手)

クロージング日にも関係するが、仮に前提条件がなかなか充足せず(例えば、海外の競争法の許可など)、ズルズルとクロージング日が遅れる場合、エンドを決める目的でロングストップデートを設けるケースもある。これは、その日までに前提条件が充足しないと、この契約をは解除できるという規定。エンドを決めることで、前提条件充足を急かせる目的もある。なお、コベナンツ(誓約条項)にて前提条件充足のための努力義務も通常入る。


私のおすすめ本は、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」で、極めて実践的・実務的な内容で、実際に契約交渉などの実例をもとに、ディスカッションが展開されていくので、経験ある方は、頷きながら、理解できると思います。但し、基本的な内容というより、実務上での応用的な内容が多いので、経験者の方にお勧めです。今回のコラムも、こちらの本を参考にしています。

次回、5. 表明及び保証から説明します。]]>
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