M&Aを学ぼう! https://maadvisoryplatform.com/ 売主利益を最大化するための完全オークション式のM&Aサイト。完全成功報酬型。M&A仲介とは違い、最終契約まで2社以上の買い手と交渉可能。 M&Aを学ぼう! https://maadvisoryplatform.com/ https://maadvisoryplatform.com/images/logo.gif Valuation(企業価値評価~計算シートのご紹介~) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk126vobmbu 2024-02-20T17:00:00+09:00
今回は、Valuationについて、M&Aコラムを書きたい。

最近、個別案件でValuation Sheetを一から作ったり、確認することが多かったので、これを機に弊社Valuation Sheet(企業価値計算シート)のサンプルを共有したい。(※数値はダミー)

今回共有するValuation Sheetは、①DCF法 ②上場類似会社マルチプル法(EV/EBITDA・PER・PBR) ③類似取引比較法 ④サマリー(①~③をウォーターフォールチャートで示したもの)

Valuation Sheet(企業価値計算シート)は、M&Aアドバイザーのコアナレッジであり、一般的には門外不出のもの。東証やクライアントには、企業価値(株式価値)算定書を提示することは、良くあるが、エクセルの計算シートを渡すことはまずない。ナレッジを共有したくない、というのもあるが、これを渡すと、計算内容など全てわかってしまうものであり、仮に計算ミスがあると、言い訳できず、全てのリスクを背負うことになるので、実際に計算したシートを社外に共有することはほとんどない。(弊社は、クライアントと共有したり、クライアントの計算シートに直接確認しに行くので、該当しないが)

特に、”実務で使われる”ようなDCF法の企業価値計算シートは、恐らくウェブサイト上で探しても、見つけるのは難しいだろう。
”実務で使われる”という意味で、ここに共有する企業価値計算シートのポイントは以下の通り。

①計算ミスをミニマイズ
・Valuationの計算は、特に作業量が多く、間違いやすい。計算自体は、四則演算なので、シンプルだが、案件によって、勘定科目が異なったり、カスタマイズが必要となるので、やはりミスが付き物。ダブルチェックはマスト。
・従って、計算ミスをなくすには、直接入力数値を最小限にする。可能であれば、PL/BS/CFは、IMなどの資料を転記するのではなく、売り手にエクセルの値張り財務数値を頂き、それをもとにDCF計算シートを作るのが理想。
・また、後日チェックしやすいように、直接入力数値と計算数値の色を分ける。ここでは、直接入力数値は、水色としている。

②シートを増やさない
・マネジメントケース、ダウンサイドケース、アップサイドケースなど、シナリオを複数作ることが一般的。
・都度DCF計算シートを用意するケースを見るが、そうなると、シート枚数分だけ確認作業が増える。なので、DCF計算シートは、i) 財務数値(元データ) ii) パラメータ(シナリオ作成用) iii)WACC計算 iv)DCF計算の少なくとも4つに抑えたい。
・複数シナリオを作る際、SWITCH関数を使って、あくまでもDCF計算シートを1つとすることを推奨。つまり、ケースを選択するだけで、自動的にDCFが計算できるようにする。これは、確認手間がかなり削減できる。
・但し、添付のようにシナリオ毎のパラメータ決定とその作り込みシートが必要となり、相応の時間を要するので、要否はユーザーにお任せしたい。

③データは99%無料入手
・対象会社以外の数値(上場類似会社・マーケットデータ等)は、ほぼ無料で入手が可能。リンク先も記載。
・但し、Small Size Premiumだけは、どうしても無料で入手できないため、使用する場合、M&AアドバイザーやIbbotsonといった、外部ベンダーから購入いただく必要がある。

④案件に応じたカスタマイズ
・PL・BSの科目や構成(事業別の損益)、シナリオの作り方(サンプルでは、「事業別売上高成長率」を変数とし、コストは固変分解)は、案件ごとに異なるため、カスタマイズが必要。
・DCFの計算においても、個別案件ごとに判断が必要な部分もあるため、詳細は専門家に聞いた方が良い。

今回は、まずシートの共有をメインにしたため、次回は、Valuationについて説明を行いたい。

計算シートや企業価値そのものに関するご質問がありましたら、気軽にご連絡下さい。>> こちら(無料)]]>
M.A.P.管理者
ベネフィット・ワン争奪戦:M3 vs 第一生命 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12i37yju3 2023-12-12T19:00:00+09:00

2023年12月7日、第一生命ベネフィット・ワン(B社)へのTOBを発表し、先月既に同社へのTOBを発表していたM3と対抗する形となった。

どの記事を見ても、「敵対的TOB」という悪いイメージのある表現がもはや使われなくなっただけでなく、大手企業でも堂々と対抗TOBを行う素地ができたことに、時代の流れを感じますね。

ポイントは、以下2つです。

「M3が再提案をするかどうか」
「NIDEC/第一生命と来ると、次も有り得る”同意なき真摯な買収提案”」


①案件の経過、②それぞれのTOBの比較、③今後の予想される展開 を少し見ていきたいと思います。


① 案件の経過(12/12時点)

2023年11月14日: M3が、B社に対して、株式取得上限55%の条件付きで1株1,600円でTOBを発表。B社の親会社であり、51%を保有するパソナG応募契約を締結済み。55%上限にした理由は、B社の上場維持のため。なお、1,600円は10月26日終値1,040円の53.85%プレミアム

2023年11月15日: M3による公開買付開始。M3は、賛同表明するが、応募推奨はせず、株主判断に委ねることを決定。

2023年12月7日: 第一生命株式取得上限なし1株1,800円対抗TOBを発表。B社には前日に完全子会社化を提案。(公開買付期間の満了日の5営業日前であり、パソナGがより高いTOBが公表された際に応募契約を解約できる最終日)。

2023年12月12日: M3は、公開買付期間40営業日とし、2024年1月17日まで延長。当初は、2023年12月13日が公開買付終了日。

2023年12月14日 or 15日(予): パソナGは、M3から1株1,800円以上に変更したTOBが提案されない場合、応募契約解除が可能。逆に言うと、この日までにM3から1株1,800円以上の価格が提示されれば、応募契約は継続の可能性。

2024年1月17日: M3によるTOBの公開買付終了日

2024年1月中旬: 第一生命によるTOB開始見込み


②それぞれのTOBの比較

(a)TOBによる取得株数/B社の上場方針

・M3: 上限55%/上場維持
・第一生命: 49%(残りパソナG保有分51%
は、TOB後に自己株買付)/完全子会社化


(b)TOB価格

・M3: 1株1,600円
・第一生命: 1株1,800円
(但し、パソナG保有分の自己株買付によるパソナGが享受する税務メリットを他の株主も平等に共有される場合、TOB価格1,800円以上の可能性あり)
※ちなみにB社の配当可能額は、2023/3期末で約225億円だが、TOB後に第一生命による増資+減資により配当可能額を増額し自己株買付に充てる予定。

(c)シナジー実現への取組

・M3: 【短期】①クロスセル ②IT領域における連携 ③海外事業展開のサポート 【長期】Strategic healthcare management により 「真の健康経営実現」を 支援
・第一生命: ①クロスセル ②B社への財務支援 ③サービスラインナップの拡充 など

正直なところ、シナジー効果の比較は難しいので、パソナGを含むB社既存株主としては、TOB価格EXIT割合(全部or部分売却)を見て判断することになるでしょう。


③今後の予想される展開

(a)M3はどう動くか?

12月12日時点では、第一生命のTOB提案の方が既存株主にとっては有利に見えますが、M3がよりいい条件での対抗提案を明日以降行うか、まずは、そこが大きなポイント。

対抗するには、i) 完全子会社化提案に切替ii) 価格を1,800円以上にできるかどうか。

そもそも何故完全子会社化提案をしなかったかという説明がプレスにはなかったので、気になっていたが、恐らく財務負担が大きかったという理由でしょう。仮に i)とすると、第一生命と同様に自己株取得方式を組合わせた提案になりますが、TOB資金が倍になるためそれを許容できるか、そこが大きな判断になると思う。

とりあえず、互いの財務比較を行うと以下のような感じです。

M3 (2023/3期 連結)
- 売上高 2,308億円
- EBITDA 794億円
- 純有利子負債 △1,324億円
- 時価総額:1兆4,450億円
- B社TOB買付総額:1,396億円(TOB充当資金は、借入金900億円+残り自己資金を充当。)

第一生命HD (2023/3期 連結)
- 売上高: 9兆5,194億円
- EBITDA: 5,181億円
- 純有利子負債: △547億円(事業会社同様に「帳簿上の有利子負債-現預金」にて算出)
- 時価総額: 3兆405億円
- B社TOB買付総額: 2,857億円(全て自己資金で充当)

B社 (2023/3期 連結)
- 売上高: 423億円
- EBITDA: 124億円
- 純有利子負債: △12億円
- 時価総額: 3,034億円(12/12終値 ※M3によるTOB前11/14終値ベースでは1,810億円)

仮に、M3完全子会社化+TOB価格2,000円で再提案すると、TOB買付総額約3,200億円となり、EBITDA 2.4xの借金を抱えることになる。社運を賭けるまでは行かないものの、相応の借入依存状態になることと、IFRSとはいえ、約3,000億円ののれんと言う爆弾を抱える(M3の2023/3末の総資産4,000億円)。
TOB期間を延長し、時間を稼いだとは言え、M3はかなり厳しい選択を迫られていることになる。


(b)第一生命の財務余力

仮にM3が再提案を行っても、第一生命の財務状況を見ると、キャッシュ創出力を示すEBITDAが6倍超大きく、財務上のインパクトがM3対比では全く異なるため、数百億単位で増えることへの財務影響度が異なる。
(M3対比、さほどインパクトがない

従って、M3として一度頑張ってTOB価格を上げても二度目も上げられるか、という判断を再提案時にする必要もある。

また、パソナGも上場企業であることから、より「魅力的な提案」を拒否して、M3案を受け入れる合理性が見当たらないため、仮にM3から再提案がなければ、応募契約を解除して、第一生命の対抗TOBを受け入れるしか方法はないだろう。対象会社であるベネフィット・ワンも取締役の善管注意義務を考えると同様。

ということで、どれだけM3が財務健全・利益率も高く優良企業であっても、財務力では勝てないため、ガチンコで勝負すると、正直厳しい。社運をかけてまで、食い下がるかどうか。


(c)マーケットはどう見ているか?

株価を見ると、第一生命による対抗TOBが公表されたので株価は更に一段階上がり、12月12日終値は1,916円。面白いのは、1,800円ではないということ。

個人的な見方は、M3からのTOB再提案の可能性は低く、あったもとしても1度限りで投資家が期待する「株価吊り上げゲーム」は起きえないと考えている。


では、何故100円高く推移しているか、というと恐らく投資家は、パソナがB社による自己株買付で受けるであろう税務上の恩恵を、投資家にも共有してくれると期待しているからだろう。

では、税務上の恩恵はいくらか。ベネフィット・ワンの沿革を見ると、パソナが子会社として設立しているため、恐らく取得簿価は、出資金程度で、ほぼ無視できる。

となると、TOB価格1,800円の際のざっくり計算では、437億円が恩恵部分。これは、パソナGがTOBに応じて売却した場合のキャピタルゲインに係る法人税等になる。但し、B社による自己株取得での処分となると、みなし配当扱いとなり、益金不算入扱いを受ける為、この金額が非課税扱いとなる。

2,857億円×51%(パソナのキャピタルゲイン)×30%(パソナGの実効税率)= 437億円

仮に437億円をパソナGを含む、既存株主で享受すると、437億円÷2,857億円となり、ざっくり1株1,800円に対して、+15%(270円相当)の上積みが可能となるため、投資家の期待値としては、2,070円となるだろう。

投資家の理想的には、M3が最後断念するとは言え、一度再提案をトライしてもらいたいという気持ちも期待して、今1,800円以上で購入している株主ももちろんいるとは思います。


(d)おまけ ~対抗TOBが当たり前に~

いずれにせよ、第一生命が対抗TOBに踏み切ったのは、中期経営計画で掲げた「非保険・非アセットマネジメント事業への進出」が根本にあるものの、経産省が今年8月に発表した企業買収行動指針における「真摯な買収提案」への上場企業の取扱対応の影響が大きいものと思います。

10年前は、欧米でTOB合戦が起きた際、対岸の話で、日本では起きえないと静観していた事業会社の方が多かったですが、今は様相が変わっていると思います。常に上場企業の中で、ターゲット企業をウォッチ・分析し、今回の第一生命のように、日頃よりアンテナを張って、チャンスと思えば、2-3週間で決議までもっていく助走は必要になる。

また、TOBを検討している買い手も、Interlooperリスクを見ながら、部分買付で良いか、十分に検討が必要となる。

NIDEC、第一生命が、真摯な買収提案を上場企業に行うとなると、今後は他の大手企業も堂々と「同意なき陣取り合戦」を繰り広げることも想像に難くないので、更に上場企業間のM&Aが活発化するのは間違いないと思う。
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M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について② https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk122a23gxo 2023-12-10T12:00:00+09:00
5. 表明及び保証

SPAの中で重要な部分の一つ。まず、表明及び保証とは何か?

M&A検討段階、特にDDにおいて、様々な情報が売り手から買い手に開示される。それら開示情報が真実かつ正確に示されたことを、売り手が買い手に表明・保証することを指す。逆に開示情報は少ないものの、買い手も売り手に開示した情報に対して、同様に表明・保証する。非常に分かり辛いので、家電製品に置き換えると、製品保証書のようなもの。

これら開示した内容が間違っていた場合(表明保証違反だった場合)、どうなるか?

・クロージング前: 買い手は取引を取りやめることができる。(家電製品であれば、購入キャンセル)

・クロージング後: M&Aの場合、取引後の解約は無理なので、補償請求という形で、売り手の責任を問うことになる。(返品不可の家電製品であれば、金銭補償するという位置づけ)

従って、表明・保証は、取引解約補償に繋がる重要項目となる。なお、取引後に買い手が売り手に補償請求することになるため、例えば上場企業の合併や株式交換など、請求相手がいない場合(というより、自社自身となる)、①クロージング前の取りやめを規定するくらいとなる。


① 表明保証の範囲

非常に幅広い。例を挙げると以下のような項目がある。


売り手に関する事項

・存続及び権限: 協議中の相手である売り手って存在するよね、株式譲渡の権限持っているよね、という確認
・株券の所有: 売り手が適法に・有効に持っているよね、という確認
・法令等との抵触の不存在: 売り手が法令等に違反していないよね、という確認
・倒産手続き等の不存在: 売り手が水面下で倒産手続きやっていないよね、という確認
・反社会的勢力の排除: 売り手が反社勢力じゃないよね、また関係を持っていないよね、という確認)
・情報開示の真実性・正確性: 売り手が開示した情報って正しいよね、という確認


対象会社に関する事項

・存続及び権限: 売却対象となる会社って存在するよね、その権限持っているよね、という確認。登記簿謄本を見れば、分かるのだが、そもそものところの確認。正直大きな問題になったことはないが、確かにこれがないと不安ではある。
・株式等: 売却対象となる株式って適法に・有効に発行されているよね、他に種類株式などの株主って存在しないよね、という確認
・行政上の許認可: 事業を行う上で、必要な許認可ってちゃんと取得しているよね、という確認
・財務諸表(後発事象の不存在、簿外債務の不存在): (監査を受けていない場合)日本において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従って適切に作成されていて、適正に表示されているよね、という確認。海外から見ると、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」って何だという話にいつもなるので、監査は受けていないが、税務上問題のない、認められた基準という話を分かってもらうしかない。
・倒産手続き: 売り手と同じ
・法令等の遵守: 売り手と同じ
・公租公課: 税金は払っているよね、税務当局から指摘受けていないよね、という確認
・紛争・訴訟手続き: 対象会社が紛争当事者でなく、訴訟されることもない、という確認
・重要な契約等: 重要な契約は適法・有効に締結されており、債務不履行も生じていない、という確認。なお、「重要」性について、金額基準を設けることもしばしばある。
・子会社・関係会社: 開示済を除き存在していない、という確認
・グループ間取引(売主又はその子会社・関係会社との契約等): 開示済を除き存在していない、という確認
・保険: 保険は適法・有効に締結されていることの確認
・労務・労働問題: 開示していることを除き、問題ないことの確認
・資産: 適法・有効に所有していることの確認
・知的財産: 適法・有効に所有していることの確認
・情報開示: 真実かつ正確に・有効に所有していることの確認
・反社会的勢力: 売り手と同じ

とは言え、全て問題ない、という会社は少なく、コンプラ上の重大な事故/クレーム、税務調査が入れば何か指摘されそう、労基が入れば未払残業代を指摘されるリスクがありそう、退職金などの簿外債務はある、など、色々と存在するはず。その場合、上記表明及び保証から除外し、それ以外は「問題ないよ」という表明・保証を行う。

それらの取り扱いは、2種類存在する。a) 退職金や未払残業など金銭的に確定できる項目は、譲渡金額から控除、b) 確定できない将来的な金銭リスクのある項目(税務リスクなど)は、所謂バスケット的な補償とは区別して、特別補償という扱いで別途生じた場合の補償を取り決める。詳細は、別途補償のところで紹介する。


②情報の非対称性の解消

M&A取引において、限られた時間内でのDDでは、完全な情報の非対称性解消は、難しい。そこで、冒頭の説明のように、表明及び保証に取引解約と補償という形につなげることで、売り手に開示を促すことにもなり、その解消効果が期待される。特に、重要なことは、売り手に「ネガティブ情報(リスク情報)」を確りと開示させることであるため、表明及び保証の仕方は非常に重要な意味を持ちます。
また、開示しきれない対象会社に関する情報を売り手が表明・保証し、リスクを背負うことで、買い手もリスクの一部を背負ってでも締結するという歩み寄りもなされ、結果として売り手・買い手双方でリスクを分担するという機能を生じさせる効果もある。


③開示された情報の取り扱い

開示された情報を表明・保証の対象にするかどうか、という論点もある。米国とのクロスボーダー案件では、Appendix.に、Disclosure Schedulesという項目が登場し、開示した資料・情報の一覧が記載される。この「Disclosure Schedulesに記載された資料・情報は、表明・保証の対象にするよ」、という取り扱いになる。つまり、買い手が知り得た情報は、表明保証の対象外にするという整理であり、「アンチ・サンドバッギング条項」とも呼ばれる。

買い手目線では、さらっと開示した項目も対象にされ、十分に検証・分析がなされていない可能性も生じることから、アンチ・サンドバッギング条項全てを受け入れることが危険な場合もある。また、買い手がDDをすればするほど、リスクを背負うことにもなりかねない。なお、交渉の中で、Disclosure Schedulesは情報を集めるのに時間がかかることから、売り手から最後の段階にさらっと出されるより、買い手の方で用意した方が良いので、このあたりは要注意。


④「知る限り」「知り得る限り」

表明保証の中でよく見かける、2つのフレーズ。これが入ると、売り手が「知らないこと」「知り得ないこと」は、表明保証の対象外にすることができ、売り手のリスクの限定化につながることになる。実務的には、売主と対象会社の距離感にも関係し、例えば売主派遣の取締役のみで、対象会社の取締役会が構成されていれば、買収後にそれら取締役が全員退任してしまうと、その限定化の難易度は上がるので、買い手としては、入れたくないところ。但し、対象会社の取締役の中にプロパーの方が居て、その方が買収後も残る場合、立証できる確度が上がることから、一部項目につき、入れることを受け入れるかなど、交渉が必要となる。
この部分は、売主がファンドか、事業会社かでかなりスタンスが異なることがある。


⑤重大性

対象会社の重大な悪影響(material adverse effect)を与えるような事象に限定して、表明保証違反とするかどうかという論点。表明及び保証には、前提条件と補償請求の2つのトリガーになるため、売り手としては、この限定はつけたいところ。なお、補償請求には、補償条項にて、金額限定というのが別途あるため、どちらかというと、「前提条件」の方に引っ掛かるような重大性が気になるところ。
従って、表明保証の各項目で、「重大な影響」や「重要な点」という表現が記載されるところが出て来る。


⑥セラーズDD

限られた時間の中で買い手がDDを行う、また売り手が複数の買い手を対応するというのは実務的に非常に大変なことから、オークションプロセスでは、予め売り手が専門家を任用してDDを行い、ベンダーレポートを用意して、そのレポートに沿ったDDを行うことがある(セラーズDD)。そうすることで、結果的にM&Aの確実性の向上が期待できるだけでなく、開示できる情報を全て開示するので、買い手には、事後的な補償請求をせず、可能な限り、買収価格に織り込んで欲しいという整理もできる。


⑦表明保証保険

補償のところで触れますが、最近は表明保証保険が登場しており、M&A後に買い手が売り手に補償請求を行い、補償する際、売り手ではなく、保険会社がその損害をカバーするケースもある。特に、ファンドのExit案件において、買い手に表明保証保険の購入を促されるケースが増えていることも、最近の傾向である。

今回は、表明・保証だけで終わってしまいました。次回は、6. 契約当事者の義務(コベナンツ)以降をご説明します。

本コラムは、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」を参考にしています。]]>
M.A.P.管理者
M&Aとは?|株式譲渡契約書(SPA)について① https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12bu68syw 2023-11-27T14:00:00+09:00

「M&Aとは?」シリーズで、今回は、株式譲渡契約書(SPA: Share Perchase Agreement)を簡単にご紹介したい。法律家ではないので、あくまでもFAの観点から見たポイントですので、もし説明が不足している場合等、ご容赦ください。

まず、SPAの前に、株式譲渡取引の主な特徴として、以下の3つがあり、これを前提に契約書が構成されている。

①M&Aは返品できない 
株式を譲り受けた後の返品はできない。クーリングオフも存在しない。従って、これを前提に契約書が構成されている。契約締結~引き渡しまで、期間が短ければ、まだ良いが、許認可の取得などで、長くかかることもあり、契約締結~引き渡しまで間の解約条件は、明確に決められるので、注意が必要。

②日々価値が変動
株式市場を思い出してもらうと、分かり易い。株式の価値は日々変動するという前提で、契約書が作られることもある。未上場株式であれば、日々株価が付かないので、気にならないが、ただ、これも契約締結~引き渡しまで期間が長い場合、重要な交渉の論点となる。この場合、価格調整というメカニズムを入れ、契約締結から引き渡しまで期間が長いと、その間の変動分を契約で合意した価格に織り込むという方法を取る。

③情報の非対称性
売り手(対象会社)と買い手との間には、当然情報の非対称性が存在する。買い手は、買収検討期間において、対象会社に関する全ての情報を見ることはできないし、その正確性の検証もできない。従って、買い手はそのリスクを取って契約締結することになるが、全てのリスクを背負うことは無理なので、売り手とリスクの分担をすることになる。売り手側は、提供しなかった事実/情報に起因して対象会社に損害がもたらされた場合、又は売り手より提供された間違った情報をベースに価値評価のもと買収した場合、売却後の一定期間において、補償しなければならないという整理になる。従って、契約書の構成には、売り手側に、正しい情報を提供するインセンティブを与えることで、できる限り情報の非対称性を解消させようという機能も備わっている。

このような前提をもとにSPAの中身を紹介したい。


1. SPAの構成

- 前文: 当事者の設定、契約日、契約名称、略語の単語集など
- 株式譲渡の内容: 譲渡対象株式数・種類、譲渡価格(価格調整やEarn-out含)、譲渡実行日など規定
- クロージング方法: 株券の交付方法(株券不発行の場合の譲渡方法)、譲渡対価の支払方法など規定
- 前提条件: 株式譲渡実行の前提条件(前提条件が満たない場合、株式譲渡取り消しとなる)
- 表明及び保証: 買い手/売り手それぞれの表明保証を規定
- 契約当事者の義務: 買い手/売り手ごとにクロージング前/後それぞれの義務を規定
- 補償条項: 譲渡後に、表明保証違反による、買い手から売り手への補償内容を規定。特定されている事項については、別途特別補償として設定。なお、補償が発生しても、解除条項に抵触しない限り、譲渡はなされる。
- 解除条項: 該当すると、株式譲渡取引そのものがキャンセルとなる。
- 一般条項: 守秘義務、公表、費用、通知、裁判所管轄、誠実協議など。



2. 前文 

日本語のSPAではさらっと終わるケースが多いが、英語では結構しっかり記載されることもある。特に、略語を多く使う場合、一覧表が最初の方に出てくることがある。「いつ、●●(売り手)と●●(買い手)が株式譲渡に関して、SPAを締結した」というあくまでも形式的な内容。

中には、売り手や買い手が複数になるケースもあり、特に売り手については、持分割合や売却株数の割合、主導的な立場かどうかなどで契約上の責任を差をつけることも有り得る。PEファンドの場合、複数のエンティティで株を所有しているケースがあるが、同一相手が実質保有しているため、連帯責任となる。

最後に、略語の単語集を設けることもある。いちいち長い単語を使うのも面倒なので、略語は多様される。


3. 株式譲渡の内容

ここからが、本題。譲渡対象株式数・種類、譲渡価格価格調整Earn-out含)、譲渡実行日を規定する。

譲渡対象株式数・種類について、普通株式以外に新株予約権を発行している場合、纏めて買収したり、ストックオプションであれば、放棄したりする。

譲渡価格は、あくまでも株式取得の対価となる金額であり、実際に売り手に振り込む金額となる。ここでの論点は、価格調整Earn-out

価格調整の内容は、別のコラムで詳しく取り上げているが、もともとは、価格合意した時点から譲渡まで期間があると、その間に変動する価値も織り込みましょうという考え。やり方は、3通りあるが、最近はそのうちの2つの方式のハイブリッド型、つまり運転資本と純有利子負債を調整する方式が多い。純資産方式だと、BSを確り策定・確定し、第三者にも見てもらうプロセスとなり、時間を要するが、運転資本と純有利子負債であれば、確定する項目が少なく、BSを策定しなくても良い。
価格調整のロジックは、DCF法との親和性が高いため、どちらかというと上場会社のM&A案件に導入されることが多い印象。

Earn-Outについては、用語集にて紹介しているが、全部の譲渡について、合意しているものの一部の買収対価を後払いする方式。具体的には、クロージング日に一度対価を支払い、残り部分は事後的に支払う。価格調整に似ているところもあるが、根本的に違うところは、残りの支払いが将来業績の結果により変動するため、想定ができないところ。つまり、価格調整は価格の算定基準日~クロージング日までの期間の調整であるが、Earn-Outの場合、クロージング日~半年・1年後という期間となり、業績結果と言う蓋を開けないと分からない。どちらかというとインセンティブの意味合いの方が強い。
買い手からすると、将来の業績計画の達成可能性について、合意できないところ部分があるため、その実績を見てから、残りの対価を支払いたいという心理がある。ベンチャー企業など、急成長の企業の売却に適用されることが多い。用語集でも触れたが、Earn-Outは難しいところも多く、売り手としては避けたい条項。

譲渡実行日は、●●年●月●日と規定する場合もあれば、「又は売主・買主が別途合意する日」と追加記載されるケースがある。これは、独占禁止法の事前届け出やクリアランス期間(許認可所得にかかる期間)、第三者からの同意取得にかかる期間が読めない場合、このような規定がなされることが多い。クロスボーダー案件や海外展開を行っている会社のM&A案件で良く見られる。なお、買い手が上場会社の場合、連結子会社のタイミングが決算作業に影響が出る場合、四半期/下期/年度初めなど、キリの良いタイミングにクロージング日を持っていくこともある。

クロージングの場所について、売り手側オフィスで行う場合、弁護士事務所で行う場合など案件により様々。クロージング当日、前提条件の充足確認のため、書類原本が必要となり、その確認場所をどこにするか、ということもある。また、セレモニーをする場合、売り手オフィスにて行うこともある。クロスボーダーの場合、セキュリティの関係より、弁護士事務所で行うことが多かった。弁護士立ち合いの元、前提条件に関する書類を当日確認し、その後株券の受け渡し、資金の送金・着金確認をその場で行うことが一般的な流れ。当時のタイムスケジュール・To do・必要書類を事前に用意し、段取り通り進めて行く。

その他、実務的な話として、前提条件の充足状況の確認などクロージング手続きを経て、実際のクロージングを行う。ところで、クロージング方法も少しは気になる所。株券を交付している企業の場合、その株券を売り手から売主に手渡すと同時に、買い手から売り手に譲渡対価の資金を支払うことでクロージングは成立する。

但し、最近は、株券不発行の会社が多いため、その場合どのように譲渡するか。株券に代えて、売り手の押印済み株主名簿書換請求書を買い手に交付し、買い手が売り手に譲渡資金を支払うことでクロージングするケースが多い。


4. 前提条件

前提条件を満たすことができなければ、取引を実行しないという権利を行使することができる。売り手・買い手互いに前提条件を満たす義務を負っているが、特別な規定がない限り、前提条件を満たさない場合の責任は負わないことになっている。但し、努力義務は定められることが多いため、努力義務違反を問われることはある。

一般的には、売り手/買い手それぞれに義務となる前提条件を記載する。

売り手/買い手の義務として、以下のようなものがある。

①表明保証の正確性(双方)

②義務の順守(双方)

③競争法等、株式買取にあたって必要な許認可等を取得済みであること(双方)

④対象会社における譲渡承認決議(譲渡制限会社の場合、売り手)

MAC条項(Material Adverse Change:重大な悪化)の不存在。譲渡までは売り手傘下で対象会社は経営することになり、締結~譲渡までの期間の重要な後発事象のリスクは売り手が負うという整理。逆になかった場合、取引実行の義務を買い手が負うことにある。経済環境、株式市場、規制・環境の変化など外部要因はどう扱うかなどの問題もある。(売り手)

法的手続きの不存在(双方)Litigation Outとも言われ、取引自体の実行を裁判所に差し止めされるようなことはない、ということ。

書類の交付(クロージング時の役員の辞任届、クロージング書類)(双方だが、主に売り手)

同意書の取得(いわゆるChange of Controlのある契約における同意書対応)(売り手)

関連契約の締結(TSAや経営委任契約など)(双方)

資金調達の完了Financing Outとも呼ばれる。これは売り手にとっては、かなりダメージが大きいため、違約金(Reverse Termination Fee)を買い手に課すケースもある(買い手)

雇用の維持。キーマンクローズとも言われ、特に重要なキーマン(経営陣)がクロージング日までに退職した場合に、契約解除ができる(売り手)

クロージング日にも関係するが、仮に前提条件がなかなか充足せず(例えば、海外の競争法の許可など)、ズルズルとクロージング日が遅れる場合、エンドを決める目的でロングストップデートを設けるケースもある。これは、その日までに前提条件が充足しないと、この契約をは解除できるという規定。エンドを決めることで、前提条件充足を急かせる目的もある。なお、コベナンツ(誓約条項)にて前提条件充足のための努力義務も通常入る。


私のおすすめ本は、「M&A契約研究(理論・実証研究とモデル契約条項) 藤田友敬 編著」で、極めて実践的・実務的な内容で、実際に契約交渉などの実例をもとに、ディスカッションが展開されていくので、経験ある方は、頷きながら、理解できると思います。但し、基本的な内容というより、実務上での応用的な内容が多いので、経験者の方にお勧めです。今回のコラムも、こちらの本を参考にしています。

次回、5. 表明及び保証から説明します。]]>
M.A.P.管理者
会社売却|FAとは? FAの役割をご紹介。 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1277pm5u7 2023-11-14T14:00:00+09:00
会社売却における、フィナンシャル・アドバイザー(FA:Financial Advisor)の役割について、紹介したい。
ここで紹介するM&Aアドバイザーは、売り手側のFAであり、買い手側のFAであったり、M&A仲介ではないです。あくまでも、売り手の利益を最大化するためにアドバイスを行う専門家です。

そもそもFAとは、何者か?

弁護士や会計士、税理士と違って、これと言った資格はなく、法令や規則もないので、誰でもできることになる。企業・個人がM&Aによって、会社を売却したり、買収したりする際に、M&A全体を総合的にアドバイスを行う専門家のこと。

売り手側のFAにおける、具体的なアドバイス内容は、M&Aスキーム・スケジュール・買い手探し・価格算定・買い手による買収監査(DD)・買い手の窓口・交渉サポート・クロージング手続き・開示対応に関するアドバイス・サポートとなる。なお、未上場企業のM&Aでは、別にFAがいなくても、M&Aはできます。

特に、FAを利用することのメリット・デメリットを含め、役割を説明したい。
大きく分けると以下の役割がある。

① 客観的な評価・アドバイス

② 買い手へのアクセス

③ M&Aの先導役

④ M&A手続きの代行 


​⑤ 交渉サポ―ト

何度かM&Aを経験した会社であれば、①~⑤のことは想定できるため、自社で行うことは可能であるものの、それでも客観的評価が必要であったり、買い手へのアクセスが限定的であったりして、ケースバイケースで使い分けています。それぞれの項目について、簡単に説明します。


① 客観的な評価・アドバイス

メリットとしては、定性・定量面の両方で客観的なアドバイスを受けることができます。会社売却の場合、売主の事業への思い入れが強いと、主観的な高い評価となり、買い手の目線と離れるリスクがあります。また、買い手とのトップ面談で、強みの部分をアピールし過ぎて敬遠されたり、他の買い手の存在をちらつかせ過ぎて不快にさせたり、買い手の求めること(知りたいポイント)とズレているケースが多かったりもします。

そのような場合、FAが客観的な評価を行うことで、買い手とのやり取りにおいて、バランスよく、距離を保ちながら、一喜一憂することなく、進めることができるケースも多いため、M&Aアドバイザーを任用するメリットはあります。

また、株主が複数存在し、様々な評価をするケースでは、客観的な企業価値評価(いくらで売却できそうか)も必要となるケースがあるため、その評価をアドバイザーに任せることも有益なアドバイスとなります。

一方で、デメリットとしては、FA1社からの評価・アドバイスだけでは偏りが出る為、少しでも評価・アドバイスに違和感を感じた場合は、他のFAからの助言(セカンドオピニオン)ももらうようにした方が良いです。そのためにも、M&AアドバイザーとのFA契約では、専属条項(他のアドバイザーを任用しないという排他的な条項)を入れない工夫も必要となります。FA契約を急かすアドバイザーには気を付けましょう。


② 買い手へのアクセス

単純に、買い手候補が多くなればなるほど、買い手の選択肢が増え、買収確度やより良い条件での交渉ができたりしますので、自社では買い手へのアプローチが限定される場合、FAのネットワークを活用できるメリットがあります。

一方で、デメリットとしては、ネットワークを持っていないFAを雇うと、結果的にあまり効果がないため、コスト高に終わります。また、ネットワークがなくても、積極的にコンタクトして動いてもらえる場合の利点はあるため、その時は、売り手の希望する条件、ビジネスモデルや強み/弱み、業界環境への正確な理解ができ、それを正しくデリバリーできる能力があるか、買い手によって、訴求ポイントをうまく使いこなせるか、など、端にFAの実績や規模(ネットワークの広さ)だけでなく、担当するアドバイザーの能力を見定める必要があります。
また、ネットワークがあっても、情報を拡散し過ぎて取引先や従業員にも売却情報が逆流して、経営そのものにも悪影響が出る場合も想定されます。質の悪いアドバイザーは、正式任用していない段階で、あたかも正式なアドバイザーという顔で、勝手に買い手探しを行い、強引に案件化しようとする者もいるので、FAの動き方にも留意が必要です。


③ M&Aの先導役

M&Aプロセスには、【売り手/対象会社への理解 → IM作成 → 買い手探し → 買い手へのアプローチ → 買い手とのトップ面談 → 1次入札書の受領 → DD対応・・・・】といった一定のプロセス設計とその推進力が問われます

その際、メリットは「次に何をすれば良いか」「本件に当てはめると最も有効な手段/方法は何か」を売り手ののみで考える必要はなく、ネクストステップをFAに相談し、助言を受けることができること。優秀なFAであれば、売り手が次のステップを考える前に、次の案内を自発的に示し、それぞれの判断/決定に必要な判断材料も並べて、一歩一歩確認しながら、進むことができるといった、先導役を務めることができます。

一方で、デメリットとしては、FAに任せっきりになり、本当にそのプロセスで良いのか、失敗した場合のPlan Bはないか、など、自発的な検討をしなくなることもあるので、自社で考える、或いは他に相談できる先(他のアドバイザー、知り合いの社長、弁護士、税理士など)を確保しておくことも重要です。


④ M&A手続きの代行 

それぞれの買い手とどのように進めて行くか、俯瞰的に見ながら、複数の買い手と並行して協議して進めて行く際、特にDD対応などは、かなりの業務負荷がかかります。それらの対応をFAに一本化して、対応を任せると、作業負担はかなり軽減されるため、メリットはあります。一方で、FAの任用コストは高いため、何をお願いするか(ジョブスコープの設定)によって、報酬額を考えた方が良いとも言えます。


​⑤ 交渉サポ―ト

交渉サポートと言っても、幅広いです。端に、(a)論点整理を行い、売り手/買い手との協議や交渉バランスを見て、中間地点を探るというサポートもあれば、(b)実際に交渉の場に立ち合い、そこで援護射撃を送る、より売り手有利となるように、交渉(協議)に積極的に参加するなど、様々あります。

弊社の場合、(a)の役割は当然ですが、むしろ(b)には拘っています。交渉の場では、各論点について、それぞれ話の流れや様々な側面での投げかけが発生します。その状況や形勢を見極めながら、むしろFAとして、発言した方が、伝わりやすい/嫌味がない/効果がある/説得力が増すなど、内容によって生じます。そこを確りと捉え、外部の視点で客観性も持って発言することで、売り手には有利に働くこと場合も多いです。
また、違う確度から交渉論点を見たり、投げかけること(5W1Hが意外と有効に働くことも)で、実は買い手/売り手とって、ゼロサムではなく、win-winになることもあり、合意点が見いだせたりすることもあります。

交渉に入る前、クライアント・弁護士との事前協議の中では、各論点について、誰が何を発言するか、ということを事前に確認することを心掛けています。また、多くの合意すべきポイントがある中では、合理的な着地を目指す事項とクライアントとしての譲れないポイントとして主張すべき事項を分け、また買い手からはそれらの項目がどう見えるか、意外とクライアントが譲歩できる事項が買い手にとっては、譲れない事項と捉えていることもあり、客観的な相手目線での論点整理が交渉をスムーズに進めるポイントになることも有ります。

いずれにせよ、売り手当事者だけでは、難しい交渉事も生じますので、その点をうまく拾って理解し、効果的にサポートすることが重要だと考えています。


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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。売却の進め方【④二次入札~クロージングまで】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1286xvx2h 2023-11-14T12:00:00+09:00

今回は、最後二次入札~クロージングまでの一連のプロセスのポイントを説明する。


【二次入札】
 法的拘束力を伴う二次入札書を提示する。Binding Offerと呼ばれる(Binding Offer)。提示した入札+最終契約書のマークアップ(Mark-up)は、買い手の都合でキャンセルできない(前提条件はつけるが)のが原則で、これが法的拘束力を伴うという背景(但し、現実問題として、強引にドロップされた場合、法的拘束力を理由に無理やり、契約締結というのは、不可なので、抑止力には当然限界はある。)。また、添付する最終契約書のマークアップも買い手版に修正した内容だが、売り手がその内容でOkと言えば、買い手は合意し、サインしなければいけない(基本、そういうことは起きえないが)。いずれにせよ、このような条件で買い手が売り手に提示することになる。ここでの重要な点は以下の通り。

(1)Valuation
 一次入札は、企業価値(株式価値+純有利子負債 *但し、Cash Free/Debt Freeベース)だが、二次入札では、株式価値ベース。有利子負債・現預金水準の計算は、詳細をDDで開示しているので、買い手は純有利子負債を算定の上、株式価値を計算する。なお、比較検討できるように、企業価値から株式価値の計算内容の記載を求めるケースもある。いずれにせよ、SPAでは、株式価値ベースの譲渡金額を記載して、最終的に合意する必要があるので、これを提示頂く。一次入札から大きな乖離があり、入札書だけでは理解できない場合、買い手に説明を求めることはよくある。

(2)Earn-out
 一次入札の際も少し触れたが、Earn-outを求めてくるケースがある。法的拘束力があるので、真剣に検討が必要。Earn-outは、所謂、分割払いのことであり、一部を後払いにするやり方。但し、後払いの方は、将来時点の価値で払うことが一般的であり、Upside/downsideのいずれかの変動リスクが伴う。例えば、100%の株式価値が100億円の場合、クロージング時に70%の70億円を支払い、30%分について、将来株式価値が2倍の200億円になれば、30億円が60億円に増加する仕組み(結果、売り手は+30億円得する)。逆に1/2の50億円になると、30億円が15億円となる(売り手は15億円損する)。成長著しい対象会社で事業計画の確からしさが評価できないという理由から買い手から、提案されるケースが多い。売り手としては、将来のUpsideがありそうで、魅力的に映るが、売却後、これまでと同じ経営方針/スタイルができる保証はなく、親会社からの縛りがあって、思い通りの経営ができない中、利益を上げることができるかという点も留意が必要。一方で、親会社のアセットやリソースの有効活用で、利益を上げる可能性もあるため、スタンドアローンベースの経営と比較すると、不確実性が高くなる。

(3)独占交渉権の要求
 買い手は、最後まで他の買い手と天秤にされたくないので、最終契約交渉にあたって、数カ月間の独占交渉権を要求することが多い。売り手は、交渉力維持の観点から、最後までオークション方式を採用したいが、流石に契約交渉を並行するのは、事務負担がかかるので、応じるケースはある。但し、独占交渉権を付与すると、交渉スピードが増す(買い手は本気でディールクローズさせにくる)。一方で、価格交渉力が落ちることもあるので、様々な状況をみて慎重に判断が必要。売り手のFAは、独占交渉権を付与する場合、できる限り事前に、価格面や重要な交渉ポイントに限り、目線を合わせる・合意に達しておくように、アドバイスすることになるだろう。

(4)想定外の提案
 売り手が想定しない提案を受けることもある。例えば、ある一部の事業について、経営方針の違いから、買い手は買収後に撤退(or 売却)したい、株式取得ではなく、事業譲渡のスキームを希望したいなど。株主がとりあえず売却することが目的で、売却後の経営に興味がない、会社自体がどうなっても、気にしないと割り切れるのであれば、経済的に良い条件を提示した買い手と最終契約交渉に進めばいいが、ほとんどのケースはそうならない。売り手も売却後の経営方針、役職員への影響や処遇を気にするので、想定外の提案については、対象会社としっかり議論が必要(買い手も、影響度の大きなスキームであれば、DDの中で示唆してくるので、事前の想定はしておく必要はある)。スキーム別に、ヒト・モノ・カネの観点で、メリット・デメリットは存在するので、論点整理を行い、まずは比較検討できるようにする。


【最終候補者の選定】

(1)比較表の作成
 各買い手の二次入札書と最終契約マークアップをもとに、売り手の中で比較表を作り、最終交渉に臨む相手を選定する。まずは、価格面で高い買い手、買収にあたっての他の条件を見る。なお、前日になって、取締役会からの承諾が得られないので、入札を断念する買い手も現れることもしばしばある。その買い手に対しては、責任を問う事はできないので、ドロップするリスクも想定しておく必要がある。

(2)買い手との価格交渉
 買い手が提示する買収価格は、取締役会で承認を受け、提示してきている価格であり、そこから大幅UPの価格を引き出すことは困難だが、それでも最後の最後で、本当に買収したい本気の買い手は上乗せすることが多い。買い手も取締役会で案件責任者に、交渉用の価格の引き上げ権限(+●●%)を与えることもある。(売り手もやり過ぎるとお行儀が悪くなり、買い手は憤慨することもしばしばあるが、でもよく見る光景でもある)。基本的に、最終契約の細かな交渉前に、売り手は複数の買い手と価格交渉を行い、Valuation目線が合った買い手と最終契約交渉(慣れている買い手/売り手だと、価格以外の条件交渉は、弁護士同士だけで詰めることもある)へと移ることになる。

(3)最終候補者数
(2)の通り、価格交渉をまず行いDeal killerとなる重要な条件が他にあれば、価格と併せて交渉し、その中で最終契約交渉を行う最終候補者を選定する。個人的な経験では、ほとんどのケースでは、最終候補者は1社であるが、いきなり契約交渉に入ることはなく、最後絞る前に、入札した各社の考え/スタンスを確認して、重要な論点やValuationに関する考えをヒアリングして、状況を整理する。2社以上と並行して、最終契約交渉をすると、時間がかかり、売り手にかなりの負担を強いることになるので、よっぽど甲乙つけがたいケースを除いては、売り手の希望に近い1社と重要な論点や価格について交渉し、大筋の合意に達して、契約書ベースの条件交渉に入るケースが多い。買い手も独占交渉権を1か月程度求めてくるが、競争環境が整っていれば、それは横に置いたまま、実際には重要な論点や価格について大筋で合意して、契約交渉に入りことも多い。


【最終契約交渉】

(1)交渉に向けた準備、交渉方法

契約交渉の前に、重要な論点や価格について、概ね合意できれば、次は、契約書ベースで項目毎の交渉。売り手/買い手が参加する交渉の前に、双方の弁護士がSPAドラフトのやり取りを行い、文章で互いの意見を伝えあい、売り手/買い手立会いのもと、説明や考えを直接伝えるべき項目に絞って、交渉の場では議論します。

相対交渉となると、すべてを押し通すことは実際には考えにくく、Give & takeで落し所を各条項で見出していくことになるので、相手と交渉になりそうな条項について、事前に担当弁護士には、譲れる所/譲れない所、その理由などを確り伝え、弁護士からは各条項のリスクに関するコメントをもらって、望むことになります。
交渉の場では、両者弁護士がリードして、進めていきますが、財務/会計/FAも参加して、それぞれ関連する担当については、適宜助言を行い、売り手/買い手は議論の中で、コメント/判断が必要なところで、発言していく流れになります。


(2)交渉内容
 最終交渉(ここからは、シンプルに株式譲渡契約書【SPA】に絞ります)の中では、「価格調整」「前提条件」「誓約事項」「表明保証」「補償」「特別補償」などが、交渉の中心になる。ネット検索や本を見れば、それぞれポイントが記載されているので、詳細は省くが、記憶の中でポイントとなる部分を個別に挙げたい。

・価格調整(Price Adjustment)
 前回のSPAドラフトの部分で少し触れましたが、弁護士はあまり深入りしないので、FAがリードする必要がある。Locked BoxやBS調整(正式にはCompletion Adjustment方式)の方法がある。売り手からすると面倒なので、「しない」という選択も当然あるが、クロージングタイミングとCash Flowの変動を考慮しないと、損することもある(例:クロージング日まで期間が長く、価値が増す場合)。Locked BoxとBS調整の違いは、調整にかかる時間が異なり、それにより支払タイミングも異なる。
 ざっくり言うと、Locked Boxは、算定基準日以降の調整は原則せず、SPAで決めた価格でM&Aが完了する。但し、基準日以降の通常運営でのキャッシュアウトは認められるが、事業計画に出てこない大きな支出(基準を設ける)や親会社への配当など、禁止するという条件付きでの固定方式となる。
 一方でBS調整は、算定基準日からクロージング日までの価値の変動分を後で計算して精算しましょう、という方式。日本の国内ディールの場合、BS調整を行うかどうかは、ケースバイケース。未上場企業の場合やDA締結からクロージングまでの期間が短い場合、金額が小さいM&A取引であれば、Locked Box方式が主流(手間がかからないから)。上場企業の同士でそれなりの金額であったり、クロージングまで時間がかかるケースは、BS調整を行う。なお、BS調整もやり方によって、手間の程度が異なる。やり方として、3パターンある。

①純資産方式
買い手側が、(a)算定基準日のBSの純資産と、(b)クロージング時のBSの純資産を比較して、その差額を価格調整の対象とする(a<b → 価値が増加した分、買い手→売り手に追加資金を支払う/a>b → 価値が減少した分、売り手→買い手に返金)。クロージング後、1か月~1カ月半ほどで、買い手がBSを作成し、売り手側の確認を経て、最終調整価格を決める方法。通常第三者(会計事務所)の確認作業も入るので、最長でクロージング後、2-3か月経ないと最終的な価格が決定しない。やり方としては、正確だが、作業時間がかかるのが難点。なお、純資産となると、含み益など非キャッシュ項目も純資産の増額要因となるため、個別に規定する必要はある。

②純有利子負債方式
算定比較の時点は①同様で算定基準日とクロージング日だが、純有利子負債の差額のみ調整する。増加した現金だけ価値を調整しましょうというシンプルな調整方法。クロージング後に純有利子負債額を確定し、その差額のみ精算する。但し、現預金の動きが運転資本による恣意的なものとなると、価値の増減とは言えないので、シンプルだが、買い手にとっては危険度が高く、デメリットと言える。例えば、在庫を極端に減らして現金が増加した場合、その増加を持って「価値が増えたよね」というのは、無理がある。買収後に結局必要な在庫を積み上げるために現金が必要なので、そのような恣意的な操作を排除する必要があり、その恣意性の程度を規定するのが難しくなる。

③純有利子負債+運転資本方式
​②のシンプルさを求めつつ、運転資本の恣意的な操作を排除するために、考えられた方式。純粋に事業用の現預金の増減を見る方法。
BS調整としては、よく使われる方法で、米国企業とのクロスボーダーではよく登場する。運転資本の算出方法として、2通りあり比較する時点が異なる。
(a)シンプルな方法は、①同様に算定基準日とクロージング時の比較
(b)若干複雑だが、調整金額を抑える方法として、算定基準日とクロージング時の間に1つ時点を設けるやり方。
具体的には、クロージング時の実際の純有利子負債額・運転資本金額の確定値を算出するのには、通常2週間以上かかる可能性があるため、クロージング時に、純有利子負債額・運転資本金額の見込み値を織り込み、より実態に近づける。その見込み値(ターゲット金額)は、両者で合意する必要がある。

調整方法は、見込み値と確定値を比較した場合、それぞれの【運転資本-純有利子負債】が増加→株式価値の減少→売り手が買い手に返金、【運転資本-純有利子負債】の減少→株式価値の増加→買い手が売り手に返金

基本的に、価格調整の概念は、高い/安いではなく、合意した企業価値/株式価値に対して、合意時点とクロージング時点の変動分をニュートラルに調整しましょう、というコンセプトではあるが、運転資本の見込み値や実際の確定値をめぐっては、交渉対象になり、合意までに時間がかかるケースが多い。なお、PEファンドが売り手の場合、クロージング時に最終価格を確定し、投資家に分配する必要があるため、Locked Box方式を求めたり、価格調整に応じたとしても、②純有利子負債方式③純有利子負債+運転資本方式を求めるケースが多い。

・前提条件/誓約事項(クロージング日まで)
前提条件は、規定された条件を満たさないとクロージングできない項目。特に多いのが、法令関連であり、競争法のクリアランス取得が代表的なもの。誓約事項は、クロージングまでの義務事項のこと。極論すると、クロージングまでに間に合わなくとも、クロージングはロジック上できてしまう(但し、補償ともつながるので、金銭的な損失は発生する可能性が生じますが)。代表的なものは、CoC(Change of Control:支配権の変更。契約書において、相手に親会社変更については事前同意を求められている場合がある)や事業運営の継続(配当などの資金流出も禁止)など。過去に拘りが強い買い手が、項目ごとにどちらにするか、1つずつ吟味した記憶があるが、事例も積み重なってきているし、一般的に項目ごとに凡そどちらに規定するかは、決まっている。売り手が別の国外の場合は、弁護士の助言が必要。

・表明保証
 SPAは海外で使われたSPAをそのまま日本に導入したため、日本語のSPAでも非常に分かりにくい。M&A初めての方は、SPAの構造から学んでも良いくらい。その典型が、この表明保証条項。具体的には、SPA締結時及びクロージング時に規定された事項が、売り手/買い手ともに、真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証すること。仮に、違反が判明された場合、クロージング後、一定期間(SPA交渉対象)内において、相手方に補償する。表明・保証する項目は、圧倒的に売り手側が多い。例えば、売り手が簿外負債なし、と回答しておいたにも関わらず、売却後に買い手の調査の中で、簿外負債が見つかった場合など。その場合は、買い手は一定期間売り手に補償を求めることができる。但し、売り手がDD期間において、簿外負債の存在/金額を開示した場合は、補償対象にはならない。
 よく議論になる項目は、税金・環境・リコール・訴訟・重大なクレームなどの簿外負債や会計基準など。日本特有であれば、残業未払など。買い手は、できる限り表明保証事項を入れたいので、可能な限り入れてきます。

話は逸れますが、過去に売り手が株券の存在について表明保証していたが、実はクロージング近くになって見当たらない、という事態がありました。さすがに、これを補償だのというより、売り手に法的に無くなった株券を無効にさせ、再発行させて事なきを得ましたが、クロージングタイミングがズレた為、事務負担が急増した記憶があるので、以後、どの案件でも売り手に株券を確認するようになりました。

 組織再編(特に合併や株主交換)は、当事者同士が一緒になるので、表明保証は機能しない(自分で自分を訴えることになる)と言われる。非消滅会社、子会社になる側の支配権を有する売り手株主に表明保証させることはあり得ますが。なお、上場企業であり、支配権を有する株主が存在しない場合、表明保証をできる株主(売り手)がいなくなるため、当事者による形式的な表明保証に終わってしまうなど、表明保証の意味を理解しておく必要はあります。

・補償・特別補償
 補償期間、補償上限額、免責額、1件当たりの最低補償額などを決めます。補償期間が長くなると、売り手は売却後もその期間、買い手より補償を求められるリスクがあるので、できる限り短くしたく、買い手は逆に長く設定したい。買い手としては、1度決算を迎えないと、数値の部分が検証できないと言って、1年~1年半以上を求めることが多いですが、これも競争環境次第です。買い手としては、補償期間が短い場合、買収後すぐに数値調査チームを結成して、補償できる項目をとにかく拾い集め、補償するか検討する会社もあります。補償上限額は、補償できる総額であり、買収金額の●%と規定されます。一般的に[20%]といわれる見たいではありますが。免責事項は、保険と同様に、ちいさな補償金額は請求対象外にされます。また、1件当たりの最低補償額も同様の考えです。
なお、表明保証保険を買い手が購入する場合、補償を保険で賄うことができます。なお、表明保証条項や補償内容を保険内容と合わせるために、保険会社にはDDから参加頂く必要があります。DDで発見された事項は、個別項目として特別補償として扱い、具体的に規定します。例えば、既に継続中の訴訟、リコール(今後発展する可能性のあるもの含む)、残業未払い(労基署から指摘される可能性のある未払い)、税務リスクや環境リスクなどは、別途個別保険を購入する必要がある項目もあるようです)。
 買い手は、通常クロージング後にPMIの中で、表明保証の一斉点検をするので、売り手としては表明保証違反の訴えは、やってくる前提という認識は持っていた方が良いかもしれません。


【最終契約締結】
 SPAのすべてのマークアップが終了した後、互いの取締役会を経て、正式に締結となります。プレスリリースや会見を行う場合、当日の事前準備も必要となります。最近では、原本をやり取りすることなく、PDFだけでサイナーページを送付し合うだけで終わるケースもあり、契約締結セレモニーなど、やらないケースも多いです。

【クロージング手続き】
 SPAには、クロージングまでに必要な事項(CoCや許認可の取得、更新など)が定められており、買い手/売り手弁護士がチェックリストを作って、一つ一つつぶしこみながら進めます。基本的には、売り手が対応する項目が多く、その対応状況を定期的に買い手と確認していきます。なお、最近では、日米のクロスボーダー案件(最悪国内案件)でも、中国の許認可が下りず、ディールブレイクになることもあるので、案件前より、ディール中止リスクをしっかり弁護士と議論しておくことも重要です。

【クロージング】
 クロージングは、対象企業の株券の権利譲渡とその対価となる資金の支払いを同時に確認する作業。重要なことは、株主の異動と資金の支払い。株券不発行会社の場合、売り手押印済みの名義書換請求書を買い手に手渡しし、それと引き換えに買い手が売り手口座に資金を送金するというクロージング方法となります。
クロージング当日は、手続きが終われば、売り手と買い手、対象会社がクロージングセレモニーを行い、終了となります。その後、買い手はPMIを見据えて、対象企業の役職員・ステークホルダーへのアナウンスを行うなど、既にDay1という位置づけで、意識としては、M&Aは過去のこと、将来の統合プロセスに入っていく第1歩を踏み出すということになります。

おまけ

①FA契約を対象会社と締結している場合、売却が成立した後、買い手は当然対象会社の情報すべてにアクセスが可能となり、FA契約も買い手に見られる状態になる。もし、売り手FAがFA契約(特にフィーの部分)を買い手に知られたくない場合、対象会社ではなく、売り手とFA契約を締結する方が安全。特に気にしない場合、そのままでも構わない。
②SPAには、クロージング日まで、買い手は対象会社にアクセスできなかったり、会話が制限されるケースが多いです。競争法上、できない場合は、仕方ないですが、PMIを考えると、最終契約締結~クロージング日が長い場合で、クロージングリスクがほとんどない場合、PMIに向けた協議を売り手立ち合いのもと認めてもらうなど、工夫をしても良いと思います。


<関連M&Aコラム>
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M.A.P.管理者
M&A事例:シミックのMBO https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12xykh27p 2023-11-09T16:00:00+09:00
2023年11月7日に、シミックホールディングスのMBOが発表された。薬価引き下げで治験の需要が減っており、非公開化して事業領域を多角化する、という目的によるものだが、それ以外に何か背景がないか、気になる。

本件を見て思ったことは、 

・事業承継問題はなかったか。
・久しぶりの大型ワールド型MBO(ファンドの力を借りない)


「PBR1割れ」「オーナー系 or 事業承継問題」「実質無借金」であれば、ファンドの力を借りず、自力でのMBOも可能なので、同じ状況の上場企業には参考となるMBO事案だろう。

スキーム概要は以下の感じです。



事業承継問題?

創業者であり、会長CEOの中村氏は1946年生まれ、配偶者でありCOOの大石氏は1957年生まれ。開示資料を見る限り、所謂創業家で40%超の株式を保有しているので、オーナー系企業ともいえるが、株主構成を見ると財産保全会社が株主になっているので、所謂相続税対策は対応できている。

となると、社内で次期社長が見当たらないか、上場企業としての事業成長に陰りが見えて来たのか、シミック売却には非公開化の方がやり易いからか。どれもありそうであるが、今の東証のガバナンス強化・投資家への迎合化を考えると、上場しながらそれらの対策を講じるのは、やり辛いはずなので、一旦非公開化するとなったのだろう。目立たない所で、他社に売却し、オーナーとしてExitするというのも年齢的にはあり得るシナリオと感じた。

ワールド型MBO
ファンドによる資金支援を借りず、自力で非公開化するMBO。MBO発表直前のPBRは、0.8倍であり、実質無借金(現預金160億円:借入控除後)であり、買収資金も単独で銀行から借り入れることで、自力MBOができる見通し。

ちなみに、ワールドについては、2005年にメザニンを活用して、MBO/非上場化を行い、2018年に再上場している。今回も、株主構成や経営陣を刷新して、将来的に再上場するシナリオも考えられるので、このような柔軟な市場の出入れは、会社の成長フェーズの中で、もっとあっても良いと感じた。

事業環境の変化や市場ルールの厳格化が進む中では、低PBR・無借金経営・オーナー系という条件が揃う上場企業にとって、ワールド型MBOは、身近な選択肢になると思う。


③番外編 ~

経営者の起業~起動に乗る迄のストーリーは、いつも感動させられ、モチベーションになる。
M&A事例紹介というコラム制作作業の中でも、シミック創業者の中村さんの苦労話に出会えたのは、嬉しかった。非常に親近感が湧いたので、敢えて紹介させてもらいます。



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M.A.P.管理者
会社売却 | やり方次第で違ってくる? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk1292ffp2v 2023-11-07T15:00:00+09:00
会社を売却するとは言え、やり方によって、売却後に影響が変わってくる。買い手やアドバイザーの言われるがまま会社を売却した後、こんなはずじゃなかったとならないように、基本的な売却のやり方は、抑えておくのが良い。ここでは、現金対価の会社売却に絞ってスキームを3パターン(株式譲渡・事業譲渡・第三者割当増資)を紹介したい。

1. 基本的な会社売却の方法

まず、会社の売却方法は、大きく分けて2つある。株式譲渡事業譲渡。大きな譲渡をする対象物の違いは、譲渡の対象が株式か事業か。結果的に、会社が売主の手元に残るかどうか、と売り手が現金を直接獲得できるかどうかとなる。

株式譲渡: 株式を譲渡する ⇒ 結果、売却会社は売主の手元に残らず、買い手に譲渡される。その譲渡対価として、売主は、現金を買い手より受け取る。

事業譲渡: 事業を譲渡する ⇒ 結果、会社は売主の手元に残り、譲渡対象となる事業のみ買い手に譲渡される。その譲渡対価のとして、会社が、現金を買い手より受け取る。

また、持分の大きな変化が可能なスキームとして、第三者割当増資もある。このスキームだけでは、売主が買い手に売却会社の100%を取得させるすことができない。何故なら、どれほど多くの株式を買い手に発行しても売主に株式が残るから。第三者割当増資は、会社の資金調達手段でもあり、直接的には会社売却の方法とは言えない。但し、割り当てる株式が50%超となると、実質的に買い手に支配権を「譲る」ことになるので、ここでは会社売却の一つと捉える。

第三者割当増資: 会社が発行する新株式を買い手に割当る ⇒ 結果、買い手は発行会社の新株主となり、売り手と共に会社を保有することになる。買い手の保有割合が50%超になる場合、実質的に会社を買い手に譲渡するのと同じ結果となる。会社は売主の手元にも保有割合だけ残り、その割当対価のとして、会社が、現金を買い手より受け取る。

それぞれのスキーム別説明、Pros/Consは以下の通り。


2. 株式譲渡について
 
最もシンプルな会社売却の方法。具体的には、現在の株主・オーナー(個人を想定)が保有している売却会社の株式を買い手に直接売却する。

(1)売り手にとってのメリット

①手続きが簡素、シンプル
②売却後の義務・責任は負わない(契約交渉次第)
③売却会社自体は、存続・変わらない
④売却対価として、現金の獲得


メリットが大きいため、M&Aの80%は株式譲渡で行われると言われる。各項目それぞれ説明します。

①手続きが簡素、シンプル

これに尽きると言っても過言ではなく、株式を渡すだけ。株式には、会社の経営権も紐づいており、100%を買い手に譲渡すれば、会社自体を買い手に譲渡できる。なお、一部議決権を売り手が残す場合は、様々なシナリオがあるので、要注意。手続きは、未上場企業であれば、譲渡制限が付されているので、①取締役会で決議、②株主名簿を書換、③②と同時に売却資金を受領、という流れになる。詳細な手続きがあるので、専門家や弁護士と具体的には行うことを勧める。


売却後の義務・責任は負わない(契約交渉次第)

買収によって、買い手側に権利・義務は全て承継されることになるため、売却後に関しての法令違反や不正については、発覚してもそれは買収者側が基本的に負うことになる。

従って、前オーナー・役員の故意や過失により、売却後に売却会社が損失を被るリスクも想定し、株式譲渡契約書(SPA)では、「表明・保証」「補償」といった条項で、売却後の売り手や役員へ責任が追及できるように、買い手としては交渉することになる。

例えば、売却前に支払った税務コストが過少申告であったことが売却後に判明した場合、追徴課税や加算税、延滞税などの支払いに関する取り扱いを予めSPAで規定するなどである。税務リスクについては、過去5年間に遡ることができるため、売却前の5年間に関する税務リスクの取り扱いをSPAで交渉することとなる。それら、各会社のリスクについて、1つずつ規定することになるため、SPA交渉は非常に重要となる。


③売却会社自体は、存続・変わらない

株式を売却しても、その時点では売却会社の株主が変わっただけで、社名も会社内ルール・人事制度・資産等は何も変わらない。但し、買い手会社との合併による売却会社の消滅、社名や人事制度の変更、資産の移動・除却などは、買い手の意向で、自由にできる状態とはなる。


④売却対価として、現金の獲得

オーナー個人が、株式を譲渡することで、直接多額の現金を獲得できる、稀なケース。10億円以上の現金をたった一度の取引で獲得することも毎年あるので、セミリタイヤや新たな事業の立ち上げを考える創業オーナーにとって、非常に魅力的な手段となる。

但し、売却会社に所属する従業員とは、基本的にお別れになるので、単に金額の多寡ではなく、信頼できる買い手に後を任せるためにも慎重に買い手を選ばれるケースの方が多い。


(2)売り手にとってのデメリット

①支配権が完全移転
株式の譲渡=会社の経営権を買い手に移転することになり、後戻りは基本的に効かなくなる。売却後に買い手の方針が急変し、売却会社の従業員・取引先に悪影響が出るリスクもある。直接売主に被害が来ることは、SPAで確りとプロテクトすれば、大丈夫だが、人間関係やレピュテーションを含め、精神的なダメージもあり得るので、買い手選定は慎重に行うことを勧める。

②競業避止義務
売却後に、売却会社と類似する事業を開始することを当面(3~7年間程度)禁止することを求められるケースがあるが、売主の売却後のスタンス次第であり、あまり実害はない。近しい事業を行う予定がある場合、売却交渉時に買い手に相談することを勧める。

③リテンション期間
キーパーソンである創業者オーナーが、売却直後に退任すると、売却会社の事業にマイナスの影響が生じることも有り得る為、多くのケースでは、買い手より一定期間、売却会社への関与依頼を受ける。多くのケースでは、引継ぎ期間として、半年~1年間の会社との顧問契約を依頼されるケースもあるが、売却後の元オーナーの位置づけは、微妙であり、如実に会社内での影響度が下がるため、売却後のポジション・組織上の位置づけなど、確りと売却交渉時に明確にしておくことを勧める。


3. 事業譲渡について
 
譲渡会社の中で、対象となる事業のみを買い手に譲渡する方法。具体的には、売却会社の中で、譲渡対象となる資産(ヒトモノカネ)を特定し、それを買い手に譲渡する。イメージとして、譲渡会社の中で、ヒト・モノ・カネのカテゴリーで譲渡する対象に切り取り線を引くイメージ。なお、譲渡対象事業は、買い手会社に取り込まれるケースが多く、譲渡後、すぐに買い手会社のルールに従うことになる。また、対価となる現金は、株主ではなく、譲渡会社に入るため、その点も株式譲渡と比較して、留意が必要。


(1)売り手にとってのメリット

①譲渡対象の自由な設計
譲渡したい資産だけ選んで譲渡できるのがメリット。但し、買い手あっての取引なので、都合よく行かないが、関係のない不動産や別事業がある場合、対象事業だけ切り出せるのは、メリット。

②損金の相殺
残る事業や他の資産で、税務上の損金が生じる場合、資産譲渡の益金と相殺でき、税務コストを下げることができる可能性もある。

(2)売り手にとってのデメリット

①煩雑な個別契約

煩雑な手続きが発生する。主に買い手になるが、会社分割とは違い、労働条件や取引契約書の承継ができないため、事業譲渡の際には、対象従業員との同意が必要となったり、取引先とも契約書の再締結が必要になったりと、売り手も対応が必要となり、煩雑な手続きが発生する。

②現金は会社に支払い
事業譲渡の対価となる現金は、売却会社の株主ではなく、売却会社に支払われる。従って、オーナーがExitする場合、更に会社を清算して引き出すか、売却会社から配当で支払う必要が生じ、別途オーナーには税金もかかることになる。また、事業譲渡益が生じると、売却会社の所得扱いとなり、法人税の対象となる。

③不要資産の処理
仮に譲渡対象から外れた不要資産が発生した場合、個別に処理等を行う必要がある。


4. 第三者割当増資について
 
会社が新たに新株式を買い手に発行することで、買い手が会社(発行会社)の株主になる手続き。発行会社は増資することになり、資本金・資本剰余金が増加することになる。なお、増資になるため、買い手の出資金は発行会社に支払われるため、売主が買い手から現金を受領することはない。

創業者オーナーの保有株数は変わらないが、新株発行により、分母となる発行済株式総数が増えるため、結果的に希薄化が生じ、発行会社の出資比率が低下することになる。

手続きとしては、①発行会社の取締役会・株主総会決議(譲渡制限会社を想定)にて第三者割当増資を決議、②払込日に買い手が対価となる現金を発行会社に支払い、代わりに新株式を買い手が引き受ける、③株主名簿に買い手を株主として登録、④登記を行って終了。なお、発行総額が1億円を超えると、金商法の規定により財務局に有価証券通知書を提出したり、手続きが増えるので、専門家や弁護士と相談しながら進めること推奨する。


(1)売り手にとってのメリット

①資金ニーズのある会社には有効
株式の発行により、資金調達ができるため、資金ニーズのある会社には魅力的なスキーム。

②スキームはシンプル
登記や登録免許税は発生するが、手続きは煩雑ではなく、シンプルな取引。

③発行会社のルール/従業員の扱い/保有資産は維持
発行会社自体は存続し、第三者割当増資事態では変わらない。但し、割当比率次第では(特に50%超の発行の場合)、支配権を買い手に譲ることになる。デメリットを参照。

(2)売り手にとってのデメリット

①買い手の新株主登場

出資比率にもよるが、買い手が議決権の50%超の株式を引き受ける場合、実質的な会社の支配権は買い手に移行することになる。従って、会社の経営方針(ルール・人事制度・雇用条件・取引関係・保有資産の取り扱い等)を強引に変えることは可能。買い手にとっては、出資した資金が、会社の企業価値向上に繋がるかが重要なポイントであるため、売り手としては増資後に買い手の意向を十分に配慮する必要が生じる。]]>
M.A.P.管理者
会社売却におけるプロジェクトチームの組成はどうする? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12vo3achb 2023-11-04T17:00:00+09:00
会社売却を本格的に検討するにあたって、M&Aプロジェクトチームはどのように編成するか。
会社の規模、上場/非上場によってやや異なるが、簡単に体系化して説明したい。なお、一事業部門のカーブアウトや重要な子会社の売却についても同様。

社長/オーナーが会社の売却を決断した場合、次にどうするか?社長一人や主要役員だけでは、M&Aを進めることは、なかなかできないので、社内メンバーと社外専門家で構成される検討チームを構成するのが良くあるケース。

1. 売上高 5億円以下の小規模未上場会社(オーナー系)

代表的なプロジェクトチームは、「社長兼オーナー1人+弁護士(+M&Aアドバイザー)」。買い手が決まっていれば、「社長兼オーナー1人+弁護士」でも十分。

社長兼オーナー: 意思決定、書類やデータ準備、買い手からの質問回答、契約交渉等、ディール全般を対応

弁護士: MOUや最終契約書など、契約書周り、書類策定サポート

M&Aアドバイザー(加わる場合): 買い手探索、買い手との窓口、ロジ周りサポート、M&Aプロセス上必要な資料策定(IM・プロセスレター・企業価値算定など)、スケジュール策定や論点整理、社長の補佐サポートなど。買い手が決まっている場合/オーナーが買い手を見つけれる場合、不要なケースも多い。

顧問税理士(加わる場合): 日頃の関わり方にもよるが、会社の経理処理をすべて受託記帳している場合、税務上のリスクがある会計処理や簿外債務の有無がないか、確認依頼はできる。最終契約書で、過去の計算書類や税務申告書について、適正な処理がされていることの表明・保証を求められるため、専門的な見地より確認を求めることもある。「知り得る限り」適正な処理がなされている、ということで済む場合、必ずしも採用しないことも多い。あとは、売却に関する税務周りの相談。

進め方は、オーナー・親会社が売却決定後、具体的な売却準備を開始し、買い手候補の探索を始める(買い手探しにM&Aアドバイザーを使う場合もある)。買い手との協議を経て、①売却確度の高さを確認した後、弁護士を任用しMOUを準備し、DD・最終契約に向かう、または②LOI受領し、売却確度の高さを確認した後、弁護士を任用し最終契約書のドラフトに入る。

いずれにせよ、売上高5億円以下であれば、社長が会計処理にすべて目を通していることも多く、会計・税務回りの質問に答えることもある。従業員数も10~30名程度で、事業・労務・法務にも対応できる社長もいるため、会社からは社長1名で対応するケースも多い。M&Aアドバイザーへのフィーも高いことから、エクセキューションで貢献するというより、良い買い手を連れて来れる場合に必要に応じて任用するといった感じ。


2. 売上高 5~50億円の未上場中小企業(オーナー系)

代表的なプロジェクトチームは、「社長兼オーナー+管理役員 or 担当者+ M&Aアドバイザー + 弁護士 + 顧問税理士」。1.との違いは、組織体制が出来上がっている会社も多いため、管理部門の役員or担当者が存在し、彼らが具体的な実務を担当する点。M&Aアドバイザーの起用有無は、1.と変わらないが、より多くの買い手が登場する可能性もあり、より良い条件を求めるために、M&Aアドバイザーを起用して買い手探しを幅広く行うこともある。

未上場企業なので、インサイダー取引は関係ないが、基本的には極めてセンシティブな話であるため、社内の関与者は極力少なくして進めるため、基本的には人手が足りない構図となる。そのため、実務面の事務対応はM&Aアドバイザーが担うことになる。


3. 上場企業の場合

様々なパターンがあり得る。(1)上場していても創業者が実質過半数を握っているオーナー系、(2)上場子会社や上場企業の一事業部門、(3)株主が分散しているパターン など。
いずれのケースも、「社長+関連事業部門担当役員+管理/経営企画担当役員+実務担当者(1-2名)+ M&Aアドバイザー + 弁護士 + 会計事務所」という体制が一般的。規模によって、社内の担当者の数が相当増える。未上場企業との違いは、①社内管理体制(ガバナンス)、②社内の決定プロセス、③会計事務所の存在。

①社内管理体制(ガバナンス)
管理担当役員が存在し、経理・人事・企画の担当者がいて、それぞれのカテゴリーのM&A実務担当者が存在する。インサイダー情報管理も必要となるため、社内でもしっかりとしたプロジェクトチームを組んで対応することになる。

②社内の決定プロセス
オーナー社長とは言え、社長の一存では決められず、少数株主の代表でもある社外取締役社外監査役が出席する取締役会で承認を得る必要がある。取締役会での審議の他に、(1)(2)の場合、社外取締役が中心となって諮問される特別委員会を設置し、特別委員会が実質案件を推進するケースもある。特別委員会は、少数株主の利益保護が目的であり、親会社やオーナーにとって都合がよく、少数株主の利益が損なわれるような条件にならないか、M&Aをチェックすることにある。

③会計事務所の存在
財務諸表は、会計士による監査済みとなるため、会計DDや税務DDは、同じ会計事務所にセルサイドDD対応として、任用するケースが多い。

適時開示やIR対応があったり、組織再編となると、取引所へ株価算定書の提出も求められるため、証券会社がM&Aアドバイザーになるケースが多くなる。]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:UTグループによる日立茨城テクニカルサービス買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12sv74zv6 2023-10-30T17:00:00+09:00

2023年10月30日、UTグループによる日立茨城テクニカルサービスの買収が発表された。2020年には、水戸エンジニアリングサービスを日立グループから譲り受けており、製造業人材のキャリアプラットフォーム企業として、今後も動向が注目される。

本件を見て思ったことは、 

・UTグループによるM&A戦略は大手企業にとって魅力的
・次の人材派遣製造子会社の切り離しもあり得る


UTグループは、製造業向けに構造改革需要に対して、人材流動化支援を中心に成長してきた。今後は、更に踏み込んで、大手製造業が保有するグループ向け人材派遣子会社をM&Aで取込み、自社の顧客基盤をフル活用して、グループ外にも製造業人材の活躍の場を提供する。
大手製造業としては、グループ内だけでは人材再活用に限界があることから、製造業での幅広い顧客基盤を有するUTグループが様々な人材に更なる有効活用機会も提供できるため、安心して、人材を任せられる。

また、構造改革による人材の再活用やシニア人材の活用が更に求められ、ベストオーナー議論も活発化する中で、他の大手上場企業が保有する人材派遣子会社の切り離しニーズもあり得る。
まだ、多くの人材派遣子会社を有する上場企業は多いことから、今後も受け皿として、大手人材派遣会社が買収する同様のM&A事例は増えるものと思われる。

(参考)最近の売却済み人材派遣子会社 
・ディンプル/J. フロント・リテイリング → ワールドHD(2022)
・富士通エフサス・クリエ → UTグループ(2021)
・水戸エンジニアリングサービス/日立製作所 → UTグループ(2020)
・ニコン日総プライム/ニコン → 日総工産(2019)
・MHIダイヤモンドスタッフ/三菱重工 → パソナ(2017)
・NTT系人材子会社2社・4事業/NTT → パソナ(2017)
・パナソニック エクセルスタッフ/パナソニック → パーソル(2014)

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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【③DD、SPAドラフト作成まで】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ichh9zz 2023-10-29T09:00:00+09:00
前回(②案件開始~一次入札まで)に続き、一次入札後、DDからSPAドラフト作成までの流れに関するポイントをまとめる。


【DD】
DD対応は、多岐にわたり対象会社の負担がMaxに到達する。カテゴリーごとにポイントをまとめる。


(1)DDメンバーリスト
一次入札通過者には、早々にDDメンバーリストの作成を依頼する。ガンジャンピング問題がある先は、クリーンチームとそれ以外に分ける。クリーンメンバーに怪しげな人々(事業部門寄りのメンバー)がいれば、個別に確認が必要。なお、買い手のクリーンチームであっても、非常にセンシティブな情報については、外部アドバイザーのみとする場合もあるので、都度弁護士と確認しながら開示準備は慎重に進める。


(2)DD資料、VDRの準備
DD資料は、対象会社側の作業効率の観点から、一次のIM作成時の対象会社側に依頼リストの中でDD資料リストも入れておく。IM配布~二次開始まで対象会社側は、一旦作業がなくなるので、この間に資料準備やVDR業者の選定などしてもらう。なお、クリーンルーム向け資料か否か、資料ごとに弁護士の事前チェックも必要。また、1次意向表明書にDD時に調査したい項目を依頼しておけば、DD前に関連資料も準備できるので、効率的になる。話は逸れるが、VDRは今後Google Driveで良い気がするので、VDR業者もどこまで存続するか、個人的には気になります(ユーザー側のWindows縛りがキー)。

(3)2次プロセスレター、DD実施要領の準備
2次プロセスレターは、DDが始まって1週間ほど経ってから配布しても良い。まずは、一次通過した買い手にDDのHow toがまとまったDD実施要領を案内する。また、トップレベルのメンバーが参加するマネプレは、DDの前半に実施するのが通例なので、早々にスケジュール調整を始める(プロセスレター配布前でも良い)。

プロセスレターは、1次のものと70~80%ほど似ている。主に異なるところは、Valuationについて株式価値の算出を求めることになり、具体的に買い手に企業価値から株式価値への計算内容を記載してもらう。後は、法的拘束力を求めることになり、同時に提示するSPA Markupとともに、もし提示された内容で売り手が承諾すれば、買い手は提示した条件で契約成立させる義務が発生する。

価格だけでなく、買収後の事業成長戦略も売り手(特に対象会社)は気になるため、プロセスレターにて買い手に記載・提案を求める。


(4)マネプレ
対象企業の社長を含めた経営陣によるマネジメントプレゼンテーション。1~1.5時間で自社の強み・一通りプレゼンを説明し、その後Q&Aセッションを行う流れ。全体的に2~3時間ほどかかる。会社全体の戦略・事業方針、販売・生産・R&D・海外事業・事業計画・財務情報など、それぞれ項目があるので、社長が会社全体の戦略を話した後、各門担当役員が項目ごとにプレゼンするのが良い。

売り手にとっては、毎回同じプレゼンを買い手の数だけ行うので、正直どっと疲れる。ただ、買い手にとっては唯一直接アピールができ、そのプレゼンの中で、キーマンの特定もできる場であり、非常に貴重なセッション。買い手も自社のプレゼンをリクエストする場合があるので、これは対象会社にとっても良いので、受けた方が良い。

互いにとって生産的なセッションにすべく、買い手より事前に聞きたい質問があれば取り寄せ、プレゼン中に触れてもらうのが効果的。

買い手、その専門家含めて、人数制限をするのが通例。なお、ガンジャンピング問題があるので、マネプレ資料は、クリーンバージョンにするべく、ドラフト段階から早々に弁護士と共有し、機微情報チェックを行ってもらうのが良い。直前で削除が多いと、マネジメントが混乱することもしばしば。また、買い手が海外企業であれば、国によって競争法が異なるので、必ず海外対応ができるリーガルアドバイザーが必要。マネプレ資料は回収されることもあるが、基本はその後VDRなどでシェアされる。


(5)サイトビジット
日程的にマネプレとセットで実施される。情報管理上、訪問先の工場関係者に、買い手名を伏せておく。よく使われる例としては、監査人による実地監査目的という名目での訪問ということにする。買い手にも社名やロゴの入った袋など持って来ないようにDD実施要領で指示しておく。とはいえ、ぞろぞろと黒服姿の大人が数人工場を訪問するのは、稀なので、大抵工場の中では色々と噂が出回る。

コロナ禍でサイトビジットができず、M&Aが延期している例が多いと聞く。中には、リモートでサイトビジットを行う案件もあるらしい。対象会社職員がカメラをもって工場内部をビジットし、カメラ越しで買い手が見学するという仕組み。中には、ドローンを飛ばして、工場を上から見るケースなどもあるらしい。

なお、普段のサイトビジットは人数制限がかかるが、リモートだと、無制限になるため、実は工場の機械設備に詳しい人間が、工場から参加でき、中の設備がよくわかるという例も出ているようなので、メリットは少なからずあるが、やはり実際に目で見れないというデメリットの方が大きいと言える。


(6)Q&Aのやり取り
文章で買い手から質問を受け取り、売り手が回答するというやり取りが発生する。買い手が複数になると、大変な事態になるので、基本的には、1か月間の間、買い手Aの締め切りは、毎週月と木、買い手Bは、毎週火と金のように回答タイミングを分散させる。財務・法務など専門家からの質問がものすごい数になるので、買い手1社あたり、300-400個と質問数を制限するやり方もある(買い手はかなり不満だが)。

またしても余談だが、今も両者のFAが間に立って、エクセルのQAシートを毎日締め切り時にまとめて展開する方法を取っていることが多い。非常に非効率で、間違いも起きやすい。VDRでのQAシート機能を使うケースがあるが、こちらもゆくゆくはGoogle Sheetに集約される気がする。


(7)Sell BuyタイプのR&W保険
DD開始とともに売り手がパッケージとして用意したR&W保険を買い手に案内する。保険を使わず、表明保証を一杯入れてくる買い手は入札不利になりますよ、というメッセージを買い手にも送る。買い手が独自に保険会社を引っ張ってくるなら、そちらを使ってもらっても良いが、売り手が用意した保険は、既に助走している分、買い手にとってはとっかかりが早い。買い手は、早々に保険会社と具体的な協議に入っていくことになる。なお、環境リスクなど、個別リスクのうち保険対象にならない項目もあるので、売り手としては把握しておくひつようがある。


(8)専門家セッション
DD後半になるにつれ、詰めの作業のためQAシートでのやり取りではなく、専門家を交えた項目別セッション(電話会議)を設けることが通例。買い手からすると、QAシートのつぶしこみ。回答内容がクリアでなかったり、文字のやり取りでは理解できない部分を補足するセッション。互いにとって効率的であれば、セッティングした方が良い。


【SPAドラフトの準備】
DDの中間あたりに買い手候補に渡すイメージで、売り手・売り手のリーガルアドバイザーと一緒にドラフトを作成していく。買い手は、SPAドラフトにマークアップ(履歴付修正)を行い、2次入札時に提出する。SPAマークアップも法的拘束力の対象となるため、買い手の修正版の取り扱いとして、修正内容であれば、いつでもサインができるという状態で提出することになる。FAから見たポイントをまとめる。


(1)価格調整
交渉テーマの一つ(特にFAにとって)。売り手としては、手間がかからず、シンプルに損しない形で譲渡したい。従って、契約~クロージングまで期間が短い(~1か月間)であれば、基本的に価格調整なしで済ませたいところ。契約タイミングと、クロージングまでの期間の長さ、その間のCFの動き次第であるが、売り手が出すSPAドラフトでは、記載したとしても売り手有利な内容(Locked Boxなど)になるケースが多い。

買い手としては、やるならBS調整ということになるだろう。特に契約締結からクロージングまでの期間が長いケース、CFの季節変動が大きなケース、途中で税金の支払いなど、一時的にキャッシュが大きく動くケースでは、やはり価格調整を入れたいところ。

また、急成長の会社買収であったり、事業計画が強気な案件では、買い手はアーンアウトを導入するケースも多い。


(2)表明保証(R&W: Representations and Warranties)
基本的に、R&Wに限らず、契約書全体の文言などは弁護士に任せた方が良い。表明保証は、補償と紐づけになるので、肝になる部分の一つ。

事業計画への表明保証はできない、環境・リコール・税金など、期間が長い項目もあるので、これはビジネスや実態の観点を踏まえて、許容できる/できない個所は、弁護士の助言を基に、売り手が確り判断したい。

未上場企業の場合、財務諸表・会計基準へのR&Wは慎重にした方が良い。国内同士であれば、会社法431条でいう、一般会計原則「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」という文言で会計基準のR&Wは抑えて、互いに理解し合い、買い手が簿外資産/負債を確り抑える、というのが売り手が落としたいところ。買い手が海外企業だと、これは理解しづらいので、買い手の財務アドバイザーに確りまとめてもらう必要がある。また、月次決算もまともに対応していない場合、管理会計ベースの数値まで表明保証するか、慎重に判断した方が良い。


(3)表明保証保険
買い手が購入する表明保証保険が一般的であるが、これがあると、売り手は補償期間において、表明保証違反により生じる経済的損害により発生する補償を売却後負うことはない。売り手にとっては売却後の潜在的リスクをクリアできるので、メリットは大きい。これをオークション参加の買い手に対して売却条件とする際の売り手の留意点を挙げておく。

・保険料
補償対象金額は買収金額の20-30%になる保険であれば、保険料は買収金額の2-3%程度。買い手がR&W保険を購入する前提であれば、買い手が払いものなので、売り手としては気にならないように見えるが、留意点として
買い手の考え方は、買収金額から2-3%控除するということになる。売り手としては、2-3%安くなっても、補償がなくなるメリットが大きい場合がある。例えば、売り手がPEファンドになると、売却後、売却代金を投資家に配分することになるので、売却後以降に支払いが発生すると非常に困ることになる。PEファンドが売り手の案件となると、クリアEXITを目指すうえで、R&W保険が必須になる案件は多い。

・英語版SPA
実は、国内案件であっても、保険会社の審査担当が外国人のケースがあり、そうなるとSPAを英語にする必要がある。最近、東京海上など、海外のR&W保険を扱う損保を買収したことにより、日本語サービスも充実しているようだが、その場合、買い手の保険料が高くなることもあるので、留意が必要。売り手にとっては、日本人同士なのに英語でSPA交渉をするのは、ナンセンスなので、避けたいところ。

・保険のカバー範囲
基本的には、もれなく買い手に保険でカバーさせる。SPAで確りここを抑えれば、売り手としては大丈夫。参考までに、R&W保険は、免責金額や保険上限額など決まっているので、保険対象にならない範囲が出てきても、それは売り手の責任とならないように、気を付ける必要がある。なお、最終的に買い手が購入する保険は、売り手には内容が分からないので、その前提でSPA交渉を進める必要がある。


(4)関連契約
ライセンス契約(売却によって買い手がライセンスを受けることができる/できないなど)、顧問契約(対象会社のキーマンを売却後一定期間、引継ぎのために勤務継続させる)、その他、TSA(Transition Service Agreement:移行期間中のサービス提供に係る契約書)など、譲渡に伴い、売却後に対象会社の事業継続にあたって一定期間移行に必要となる契約書もSPAとともに交渉する。基本的には、買い手が必要と考えることなので、最低限の付随契約は用意するものの、買い手の意向に従うのが良く、契約によっては買い手側がドラフトを用意することになる。


(5)ブレークアップフィー
通常、売り手が独占交渉違反で買い手に支払う場合に、ブレークアップフィーが発生しますが、私の個人経験では、リバースブレークアップフィー(買い手が売り手に支払う)の方が圧倒的に多かったです。

北米では、当たり前のようにSPAに出てきましたが、これは買い手が一定期間内(6か月など)に買収の前提条件を満たせず、クロージングできなかった場合、SPAは無効となり、売り手に対して支払うもので、買収金額の3~5%程度。

最近では、NVIDIAがSoftbankからArm買収の最終契約を成立させたにもかかわらず、中国の独禁法の許認可が取れなかったということで、SoftbankにUS$12.5bn(買収金額US$40の3.125%)のReverse Break-up Feeを支払うことになったと報じられた。 

これを見ると日本企業はビックリして、徹底抗戦に入るのですが、グローバルの常識とは異なる認識になることもあるので、事前に十分理解しておく必要がある。なお、国内企業同士でこの条項を見ることはないのですが、例えば売り手がPEファンド(特に外資系)となると、担当者は日本支社の日本人ですが、決定権は海外にある場合があり、SPAドラフトにこの条項が登場するので、留意が必要です。

次回は最終回、【2次入札~クロージングまで】を記載します。


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M.A.P.管理者
M&Aとは?|目的、方法、メリット・デメリット(売り手にとって) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk129js6gpu 2023-10-28T17:00:00+09:00
M&Aという言葉は、非常に知れ渡るようになった実感がする。非上場企業でも、M&Aと言えば、説明いらずで、話が始められる。具体的な話になると、重要だが、意外と整理が難しい部分もあるので、基本的なポイントを改めてご紹介します。


1. M&Aとは?

M&Aとは、Meger and acquisition(マージャー・アンド・アクイジション)の略。英語の発音では、エメネーと聞こえるので、最初聞いた時は一瞬「」となる。日本語訳では、買収及び合併の意味。

会社を買収することを意味するが、会社売却、合併、事業譲渡、会社分割、経営統合、資本業務提携など、資本が移動する企業間の資本取引を総称して広い意味で使われる。一般的には、支配権(議決権の50%超)を取得する企業買収を指すことが多い。日本では、後継者不足に悩む未上場企業の間でも、事業承継という名称で一般化している。

最もシンプルなM&A(支配権の取得)は、株式会社の発行する株式100%を取得すること。通常は、既存の株主が持っている株式を直接買い取る。この株式譲渡の取引自体、対象会社は実は関係ないが、株式の価値は、対象会社に依拠する。従って、その対象会社に価値があるかどうかで、株式の価値(譲渡価格)は決まることになる。



もう1つよく聞かれることとして、100%未満の株式買取は、どう理解したら良いか?会社法では、2つの大きな基準がある。

(1)2/3(66.7%)以上
2/3以上を持つと、株主総会の特別決議を通すことができる。特別決議は、過半数の議決権を有する株主が出席し、出席株主が保有する議決権のうち2/3以上の承認を得れれば、決めれる事項で、合併・会社分割・株式交換など、会社の組織そのものに影響を与えることができる最も重要な決議事項。具体的には、他の会社と合併して、対象会社そのものを消滅させたりできる。

(2)50%超
51%、50.1%、50.01%、50.00000......1%、全て50%超となる。50%超の議決権を取ると、その株主の意思で対象会社の取締役を変えることができ、実質その対象会社の経営権を握ることができる。

従って、M&A(=会社買収)とは、少なくとも50%超の対象会社の株式を取得する行為のことと理解頂きたい。なお、広義の意味で、50%未満の出資・資本提携もM&Aと言われることが多いが、対象会社への支配権という意味からは、全く異なるので、これは別の機会に説明する。

売り手にとってのM&Aは、会社の支配権を他者に譲渡することである。


2. 目的

日本のM&Aは売り手市場と言われる。売り手より買い手の方が多い。何故、多くの会社は、M&A(企業買収)をしたがるか?答えは、お金で会社規模を簡単に大きくできるから。会社規模とは、資産よりもPL項目である売上高・利益を大きくしたいという意図である。

自社の経営資源だけで会社を成長させるには、ヒトモノカネを全て自分で揃え、時間をかけて会社を大きくする必要があるが、M&Aは、既にヒトモノカネが揃っていて、事業を運営している他社を買収して、自社に取り組むことができる。M&Aは、金で時間を買う取引とも言われる。

上場会社であれば、株主や投資家に増収増益をコミットし、株価を上げることを期待されるので、M&Aでそれら成長を達成できるのは、手っ取り早い手段の一つとして、認識されている。会社の成長スピードを加速させる効果があり、経営者にとってM&Aは非常に魅力的な経営手段と認識されている。

一方で、売却する側の目的には何か?売り手側も実は良い手段である。

(1)換金(創業者利益の享受)
株式会社を支配できる株式には価値がある。イメージは、株式の価値 = 会社の価値となり、株式を売却することで会社の支配権を譲渡することになるが、その対価として、生涯サラリーマンでは得られない億単位の資金を得ることができる。

昔は、「起業→上場→財産形成→経営維持→同族内で事業承継→同族で長期経営へ」という流れの会社が多かったが、最近は、①同族内での事業承継をしない経営者の増加②起業後、早期に売却、というケースも多い。

①は、よく言われるように同族内で後継者がいない経営者、或いは会社の成長を考えると敢えて同族で承継しない方が良いと考える経営者も増えているのが背景。

②生涯一つの会社ではなく、起業→売却→投資家/再起業→・・」という、何度も起業するパターンも増えてきた。受け皿として、未上場企業の中でもM&Aは成長手段の一つという認識が進んでいる、金融機関もM&A融資を積極的に行っている、大手企業によるスタートアップ企業への出資や買収​も盛んになっている背景もあり、「起業→成長→上場」という株式を早期に換金するという考えも出てきている。

(2)会社の手離れが容易
 仮に、オーナーが事業を停止することを考えた場合、会社清算を行う必要がある。具体的には、事業を撤退するために各取引先との取引を終了させ、保有する資産を処分し、従業員を解雇し、残ったお金を債権者・株主に返還していくことになる。年単位で対応が必要となる。それが、会社売却(株式譲渡)であれば、事業継続しながら、株式を他社に売却するだけで、清算手続きは一切必要ない。早ければ、2-3か月で終わってしまう。しかも、保有株式は対価として、現金化できるので、売却後も株主(オーナー)はまとまった資金で余生を過ごすことができる。

(3)事業継続が可能
折角立ち上げた事業であり、順調に成長している場合、事業やのれんを残したいと考える経営者は多い。自身の高齢や健康面を理由に事業停止することは、本位でないので、他社に事業を引き取ってもらえれば、売却後も事業継続ができる。社内に候補者がいれば、その方に経営を任せれば良いが、株式の買取ができる可能性は高くない。
MBOといって、マネジメント・バイアウトという手法で、経営陣が株主から株式を全て買い取るスキームがあるが、資金は全て金融機関から借りるか、投資会社に提供してもらう必要があり、責任を負えないケースがほとんどである。従って、よくあるケースは、他の会社に株式を引き取ってもらいながら、残った経営陣・従業員で事業を継続させ、新たな親会社の経営資源を使って、更に事業を成長させるやり方である。

上場会社も最近では、ROIC経営やベストオーナー論のもと、ノンコア事業を切り離す目的で株式譲渡やカーブアウトを行うケースが増えている。これらも基本的には、株主が変わっても事業を継続させたい(そこで働く従業員の雇用・取引先との取引を維持したい)と考えることは共通している。


3. 方法

M&Aの方法は、実は様々。最もシンプルかつ使われる方法は、1.にて紹介した株式譲渡。株式を「誰に」「いくらで」売るか、決まれば、譲渡できてしまう。

(1)未上場会社
譲渡は簡単。会社法的には、ほとんどの未上場企業には、譲渡制限が課されているので、株主が勝手に第三者に売却できないため、対象会社の取締役会の譲渡承認決議が必要。逆に言うと、取締役会決議さえ得られれば、譲渡ができる。譲渡制限が付いているかどうかは、対象会社の定款又は登記簿謄本を見ると分かる。未上場企業の99.9%は、譲渡制限が付いていると言っても過言ではない。

(2)上場企業
上場企業は厄介。会社法上は、譲渡制限が外されているので、気にしなくても良い。上場する際に、譲渡制限を外すことを取引所から求められているので、譲渡制限が付いている上場株式はない。
一方で、上場企業の場合、金融商品取引法いう法律が関わってくる。細かな条項は横に置くと、基本的に上場企業の1/3以上の株式を取得しようとすると、TOB(公開買付)という手続きを経ないと取得できない。具体的には、特定株主Aさんが有する1/3以上の株式を相対で黙って取得することができないというルール。Aさんから買い取るなら、他の株主にも同条件で譲渡できる機会を提供しなさい、というルール。買付上限を設けることができるが、そうなると、Aさんがすべて株式を譲渡できないリスクがあるなど、色々な事態が生じるので、悩ましい。これを守らないと、金商法違反となる。上場企業の株式は、5%以上の取得から色々と規制が発生するので、気を付けないといけない。

(3)未上場株式取得の方法
①「誰に」②「いくらで」売却するか、売り手が買い手と自由に決めて良いが、お金が絡むと売り手の思うようにいかないのが、現状。

①「誰に」
買い手を誰にするか。売り切りであれば、良いが、売却した後、対象会社に残る従業員・取引先など、無責任な買い手に売却することは、売り手の信用に関わるので、現実的には慎重にスクリーニングして、売却後の買い手の経営方針なども考慮して、決めていくことになる。売主の中には、価格よりも「買い手の素性」を重要視する場合もあるので、適切な選定プロセスを経て、選ぶことになる。

②「いくらで」
売主としては、高い方が良い。しかも、一度売却した株式は、基本戻ってこない。最初で最後の売却機会。しかも未上場株式は、一物多価であり、評価が難しい。適切な売却プロセスで、株主・オーナーとして後悔のない、価格で売ってもらうのがベスト。様々なM&A専門家や売却経験のある元経営者の話を聞くのがお薦めである。


4. 売主にとってのメリット・デメリット
既にいくつか挙がっているが、改めてまとめると以下の通り。

①メリット
・多額のお金を獲得できるチャンス(創業者利益の獲得)
・事業継続が可能(取引先・従業員も継続)
・新たな株主のもと、更なる成長機会が得られる
・事業の手離れが簡単 = クリーンなExit(引退)ができる。 ※但し、適切なプロセスと契約締結が前提。

②デメリット
・一度株式を手放すと、買い戻しはできない。(売却すると後戻り不可)
・会社とは無関係になる。無職になる。(肩書もなくなるが、買い手との協議で、一定期間顧問として残るケースも多い)
・仕事=生きがいの場合、売却翌日から生きがい(居場所)がなくなり、寂しい気持ちになる。

デメリットは、事前に想定・対策ができるため、後で考えても良いが、会社の売却を検討している経営者・オーナーにとって、本当に会社売却が、オーナー自身・残る従業員や取引先などのステークホルダーにとって良い選択か、まず時間をかけて、じっくりメリットを頭で整理することをアドバイスしたい。
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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ②案件開始~一次入札】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12tzdo7g7 2023-10-28T09:00:00+09:00
オークション方式を前提に、案件開始~一次入札までのポイントをまとめたい。少し前に、セブン&アイが保有するそごう西武を売却する記事・報道が出ていましたが、真にM&Aプロセスで行われた案件です。


1. リミテッド or オープン・オークション

上場企業の場合、不要な情報漏洩を避けたいケースが多いことから、リミテッド・オークションになるケースが多い。理由は、売却情報が洩れると、従業員が動揺したり、取引先が警戒するなど、事業運営に影響が出るから。リミテッド・オークションは、売り手側が声をかけたい候補や既に興味を示していてプロセスに参加する意欲のある買い手にだけに声をかけるやり方となる。

 オープン・オークションにして案件をばら撒き、レーダーに掛からなかった買い手からも興味を集めると言ったメリットが考えられるが、人気のアセットの場合、経験上効果はあまり無い。もし、オープンに行うなら、人気がない案件であり、確りと買い手候補を調べ、リストを作って1社ずつ丁寧に当たっていく方が効果的。買い手を探すFAに依頼するのも良いが、広めるほど、漏洩リスクは広がる。
 

2. Teaser(ティーザー)

PPT 1枚~3枚程度に要約した会社概要。ノンネームシートと呼ばれるらしいが、正直あまり使ったことはない。Teaserですね。「Tease」は「じらす」という意味。一部だけ紹介し、詳細を伝えないことで関心を持たせようとする広告手法。
 ただ、Teaserも正直あまり使わなかった。案件開始前に、投資銀行やM&Aブティックは、自作のCorporate Profile(中身はTeaserと同じ) を作成し、Sell side FAのピッチを想定して、事前に買い手候補の興味を集めている。海外案件の紹介を受けるときは、ティーザーを受け取ることが多かった。既に興味のある買い手候補は、Teaser情報は不要で、案件開始を意味するNDA配布を待っている。但し、案件の噂を聞きつけた初めての買い手、投資会社や海外企業からの問い合わせ対応のため、Teaserは準備しておく。


3. NDA

別途まとめたので、こちらを参照。ポイントは、売り手はNDAで発生する義務はないはずなので、買い手からは差入式で受領する方が楽。双方契約でも問題ないが、テクニカルには、売り手側も守秘義務を課されるので、その点だけ留意が必要。とは言え、買い手にDDをする訳ではないので、買い手の秘密情報を取得する機会は少なくリスクも限定的。NDA受領後には、Process LetterIMを配布できる状態にしておく。


4. Process Letter

オークションプロセスの概要をまとめたレター(4-5枚程度)。1次入札用、2次入札用の2種類用意する。1次を通過できなかった買い手候補は、2次入札用のProcess Letterを受け取れない仕組み。NDA後しか配布されないので、IMと同様に外には出回らない資料。

入札内容としては、買収目的・買収者、買収価格(Cash Free/Debt Freeベース)・その根拠、買収後の事業戦略、役職員の処遇、買収資金の手当て、DDリクエスト、今後のスケジュール、一次入札に必要な決裁手続きなど。これら一連の項目を買い手から、法的拘束力のない1次意向表明書(Non-binding Offer)、法的拘束力のある2次意向表明書(Binding Offer)として求め、買い手候補を比較して選定する。売り手にとってのポイントは、以下の通り。

(1)対象会社の意向も反映
 オーナー系企業でない場合、株主≠売却対象会社となるので、入札内容の評価が株主と対象会社で異なることがある。オーナーにとっても、売却対象会社にも気持ちよく卒業頂きたいので、売却会社の気にするポイント(買収後の事業戦略・従業員の処遇など)も入札内容に入れるのが良い。
 なお、売り手・売却会社の意向(従業員の処遇・勤務条件は当面維持など)がある場合、プロセス・レターに記載しておくのも良い。

(2)R&W保険
Clean Exitを目指す投資会社、売却後の補償を回避したいオーナーにとって、買い手が購入する表明保証保険(R&W保険)は魅力的。但し、買い手が購入するかどうか不明なので、R&W保険購入をディールの前提とするケースがある。具体的には、Sell-Buy Flipといって、最初に売り手側で標準的なR&W保険を用意し、2次に進む時点で買い手にそのまま渡して保険会社と交渉してもらう。買い手としては、保険会社を勝手に指定されるので、嫌がることもあるが、いずれにせよR&W保険を購入してもらえれば売り手としては問題ない。但し、R&W保険は少なくとも取引金額100億円(日本で取り扱う保険会社も増えて、もう少し下がったかも)以上なので、中小M&Aでは対象外のこともある。※最近は、中小企業向けのR&W保険も増えてきているので、取引金額は気にしなくてもよくなってきた。詳しくは、M&A専門家やR&W保険を扱う損保に問い合わせるのが良い。

(3)禁止事項
 Process Letterには、買い手にやってはいけないこと(例:案件目的で売却会社経営陣や従業員に勝手に会ったり、勧誘したりはダメ)を記載する。売り手にとっては、良い条件で買収してくれそうな有力な買い手であれば、買い手のリクエスト内容次第だが、応じることもよくあるので、公正にプロセスを進めるのも良いが、case by caseで対応しても良い。
 例えば、キーマンや主要取引先へのヒアリングをDD期間に求められることもあるが、必要であれば、DD後半もしくはBinding Offer受領後に行うなど、工夫が必要。(既に取引関係があり、陰でやり取りするケースはよくあり、売り手も見て見ぬふりをすることもよくある)


5. IMの配布

会社概要書(50-100枚程度)。目論見書+事業計画のような内容で昔はWordで作成していたが、最近はPPTでビジュアルよくまとめる。また、マネプレ時にもリサイクルできるので、最近は圧倒的にPPTで作成。

内容としては、企業情報、沿革、業界動向、市場分析、競合分析、事業内容、製品・サービス内容、グループ会社・拠点・店舗の状況、組織体制、キーパーソン、財務状況、事業計画など。買い手側も社内決裁資料を作成する際にIMを参考にまとめるので、それぞれの項目をまとめておいて挙げると、成約確度も上がるので、重要だが、価格に直結する事業計画が最も重要。譲渡スキームが複雑な場合、取引概要を記載しても良い。

売り手にとってのポイントは以下の通り。

(1)インベストメントハイライト
買い手が社内用決裁資料を作成する上で、まとめページがあると楽なので、売り手側も作った方が良い。

(2)スキーム
カーブアウト案件であれば、売却対象会社の子会社を含め、カーブアウト対象をヒト・モノ・カネの切り口で簡単に説明してもよい。スタンドアローンイシューTSA(Transition Service Agreement)の有無、その詳細については、DD以降に説明するという対応でOk。また、株式譲渡案件でも、特殊性があれば、スキーム図を記載した方が親切。

(3)強み・成長ポテンシャル
買い手にとって想定通りの魅力的な会社かどうか、買い手のM&A担当は社内を説得する必要もあるので、しっかり強み・成長ポテンシャルの説明を行う。定性的な内容にとどまらず、それを裏付けるKPIや財務数値へのつながりも示せればベター。社内データを活用して、グラフなどでうまく表現するのが良い。また事業計画を作成する上でのベースとなるKPIにもなれば、ロジックは立てやすい。

(4)Adjusted EBITDA
未上場企業であれば、節税対策等で利益が意図的に少なく計上していることがあるので、それらを控除した本来あるべき姿の実態利益を記載するのが、売却価格最大化の観点から良い。

(5)マイナス面も誠実に
過去にあったマイナス面も誠実に説明する。1次の段階なので、すべて開示する必要はないが、Dealに影響を与える事象であれば、頭出しをしておく必要はある。SPAにも関係してくるので、詳細は2次プロセス以降にコラムで紹介します。

(6)マネプレへの活用
昔はマネジメントプレゼンテーションとIMは別物だったが、最近は同じスライドを使用するケースが多い。もちろんプレゼンしづらいところもあるので、マネプレ用に少しadjustは必要。IMの内容もそうだが、直接当事者が会うマネプレの資料内容について、ガンジャンピングに抵触しないようにリーガルチェックを全体的に受けておく。

(7)事業計画
何といっても価格に直結するので、重要。買い手がDCFで少しモデルを組みやすくするために、売上高/原価の内訳(商品・製品別など)複数事業があれば、Sum of the Partsを想定して、事業別FCFが出せるように事業別PL・設備投資計画・運転資本(棚卸・売掛・買掛)の実績を用意。PPTに張り付ける表のエクセル版を用意して上げると、親切。数値は、値張りでもOkだが、簡単な計算式は残しても良い。なお、買い手毎に個別にシナジーケースをPPT1~2枚で用意して、計画期間のシナジー金額をIMと一緒に提示することが、一時流行った。買い手の目線を上げる効果があるかもしれませんが、正直効果は限定的ですので、個人的には作成しなくて良いと思います。

(8)競合他社分析(Comps)
小手先だが、競合分析のところでCompsとして使って欲しい上場企業(もちろんマルチプルが高い企業)を載せておくのもあり。また、Benchmarkとしている類似M&A取引(もちろんTransaction multipleが高い)もあれば、それもどこかにひっそりと忍ばせておくことも。


6. 一次入札までのイベント

Q&Aセッションやマネジメントセッション(or マネプレ)を設ける場合があるが、買い手が多くなると大変なので、Limited Auctionに限って行うことはある。但し、Q&Aもハイレベルな質問に限り、質問個数(例:20個)も限定するのが一般的で情報もIMの範囲なので、詳細はDDで開示と答えることは多い。


7. 一次入札

入札期限を日本時間●月●日●時(12時 or 17時など)まで、ときっちり決める。サイン入りのPDFファイルで、買い手はメールで売り手FAに送付する。売り手側は、比較表を作成して、どの買い手を次のステージに進めるか、合否を決める。通過する社数は、売り手のDD対応力や情報管理などを踏まえ、通常2~4社にすることが多い。もちろん、2次以降、オープン型で実質相対のように1社のケースもある。入札の中で、いくつかポイントがあるので、代表的なものを挙げる。

(1)一本値 vs レンジ
レンジで出す場合は、下限を入札価格とみなすとProcess Letterで規定することがある。買い手 or 売り手FAの両方の経験があるが、一本値 vs レンジのどちらが良いとは一概には言えない。レンジで提出する買い手も多く、その場合、売り手もレンジの上限は無視すると言いつつも、人間なので若干気になることは事実。

(2)買収後の事業戦略・期待するシナジー
事業の親和性に繋がるので、売却対象会社としては知りたいところ。買い手FAの中には、売り手が過剰な期待をするので、売り手にシナジーを見せない方が良い買い手に助言する方もいる。だが、売り手からすると、シナジーと価格は別物と扱うので、正直意味はない、と思います。むしろ、買収後の事業展開方針は対象会社が気にするポイントなので、売り手にとっても純粋に知りたい内容です。

(3)売り手が求める条件への買い手の考え
経営陣や従業員の処遇など、価格以外で売り手が気にするポイントへの考えも、買い手がどう考えているか、確り抑えておく。

(4)想定外の提案
売り手が想定するスキームと異なったり、Earn-outを入れたりなど、買い手によっては独自の提案をしてくることがある。自分も買い手FAの際は、クライアントの意向・目的を踏まえ、プロセスレターに捉われない提案を考えることも多々あった。売り手にとって、デメリットがなければ、前向きに検討するのが良い。但し、apple to appleで比較できないことも多く、受領後に買い手側に内容確認を行った方が良い。

(5)2次に進む買い手の社数
2次にDDへの負担に直結する。2~4社と言われるが、4社は正直きつい。外部専門家にDD対応をヘルプできる場合はあり得るが、最大3社が現実的な社数という印象。社数が多いと、進めていくうちに扱いに差が出てくるので、留意が必要。

(6)オープン型相対取引
1社しか良いBidが出てこなかった、複数の買い手DDには対応できない等、売り手にとって2次以降相対の方が好ましいケースもある。但し、買い手に独占交渉権を渡した瞬間から売り手の交渉力はゼロになるので、この場合、オープン型相対取引に持ち込む。オープン型相対取引は、実質相対取引だが、その事実を買い手に伝えない、もしくは買い手に伝えるとしてもプロセスをオープンにしておく(良い買い手が登場すれば、周回遅れでもオークション方式に切り替える)。そうすることで、買い手に競争環境を意識させ、売り手の交渉力がゼロにならないようにする。

(7)プロセス中断の判断
何度か経験があるが、良い入札が出てこなければ、一度この時点で売り手としてはプロセスを進めるかどうかの判断をするタイミング
1社から、そこそこの入札内容を提示し、2次入札に進めるためにその買い手と価格引き上げ等の交渉をすることもある。この場合、買い手は競争環境がないことに感づき、容易に首を縦に振らないので、売り手としては独占交渉権を渡す覚悟も必要となる。

買い手もDDとなると、専門家を雇いコストが発生する or DDで中身を見ないと本当に買収するかの判断ができないので、更に突っ込んだ金額を上乗せするという判断は難しい。
売り手は買い手に独占交渉権を渡せば、1次入札時点で少し条件の引き上げ余地はゼロではないが、基本的にはUpsideは望めず、DDの結果、売り手としては後出しじゃんけんのように2次入札で更なるDownsideを受けることも当然ある。2次プロセス開始前に独占交渉権を与える場合、価格や主要条件を確り握っておくことを勧める。(とはいえ、Bindingできないので、限界はある)これらを承知の上で、プロセスを最後まですすめるかどうか、今一度このタイミングで検討が必要。


8. 2次入札にむけての事前準備

IMとプロセスレターを配布後、1次入札まで約1か月はあり、その間売り手はDD対応の最後の準備に集中する。ベンダーDD対応、DD資料集めとVDRへのアップロード、マネプレ・サイトビジット準備、2次プロセスレター・DD実施要領の準備など。特にベンダーレポートは、そこそこ規模の大きな案件の場合、対象会社やその業界への知見が薄い買い手(投資会社など)や対象会社のDD負担軽減のために、用意するケースがある。


次回の第3回【DD開始~SPAドラフト作成まで】をお伝えします。



<関連M&Aコラム>
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会社を売りたい方へ。会社売却の進め方【 ①案件開始前】 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12sy8wupt 2023-10-26T14:00:00+09:00
会社売却 or 事業承継を考える売主様(オーナー・親会社・株主)向けに、売り手目線でのM&Aの流れ/進め方について、ポイントをまとめたい。第1回は、M&A案件開始前の準備編です。

1. 売却案件の魅力

誰かに会社を売りたい、事業を承継したいと考える前に、そもそも売ろうと思っている事業or会社が、一般的に魅力的かどうか、客観的に見つめることが重要。

M&Aは、今、売り手市場と言われるが、実態は二極化している。人気がある売却案件には、複数の買い手がすぐに手を挙げるが、それ以外は、買い手がなかなか現れない、現れても合意まで至らない。後者の場合で特に多いのが、自主再建が困難な売却案件。日本企業は、ぎりぎりまで売却に慎重なので、売却タイミングを逸してしまう傾向がまだ強い。但し、一部上場企業では、積極的な事業ポートフォリオの見直しを行った結果、業績堅調でもノンコアなグループ企業を売却するケースがあり、その場合は非常に人気がある。

人気のある/なしは、どう決まるか?一言で言うと、希少性。人も会社も無いものねだりである。無いものを時間をかけずにお金で買える方法、それがM&Aである。従って、他社にない強み・特徴があれば、人気が高くなる。業種や地域などによって、買い手候補の数は変わるが、他社にない強み・特徴があれば、M&Aの成約率は高まる。

プロセスを考える前に、まず売りたい会社・事業の客観的な評価が重要。


2. 買い手候補の検討とリアルバイヤーの存在

人気のある売却案件で、多くの買い手候補が手を挙げても、最後に買い手として締結するのは、基本買い手1社。また、複数の買い手候補がいても、皆途中で脱落すると、M&Aは不成立。逆に、人気がない案件でも本気の買い手(リアルバイヤー)が1社いれば、M&Aは成立する。

まず、買い手候補を数多く考える際、リアルバイヤーが1社でもいるか、そこをまず抑えたい。これが非常に重要で、何としても売却したい場合、リアルバイヤーの存在は、売却プロセスの設定・組み立てに大きく影響する。

どのような買い手候補がいるか/いそうか。自社調査・外部であるM&A専門家の情報(色々と提案に来るので、その際に集める)を少しずつ収集しながら、買い手(事業会社)の関心度(Tier1~3など)を簡単に纏める。以下、ご参考まで。

(1)思い当たる買い手候補の業種調査



まずは、思い当たる買い手候補を挙げてみる。その中でポイントは、所属業種以外の買い手候補の存在
例えば、EC展開の化粧品会社の場合、「EC/IT」「化粧品メーカー」「化粧品ファブレスメーカー」「化粧品OEM」「小売り(ドラッグストア等)」が、思い当たるので、それらの業種で代表的な会社を挙げてみる。

また、他の業種を調べる場合、過去のM&A案件を見るのも良い。EC展開の化粧品会社を過去に買収した企業のリストを取り寄せてみる。すると「通販企業」といった買い手も見えてくる。そうして、ある程度業種を絞ったうえで、次に各業種の中での買い手企業調査に移る。

但し、最終にM&A契約を交わす相手は、所属業種など近い企業の方が多く、売り手自身が最初に挙げる買い手候補のケースも多い。何故、他の業種の買い手探索が必要かというと、実は興味を持つ企業が現れることが多く、言い方が悪いが、当て馬に使えるためである。


(2)買い手候補調査(コンタクト前)

次に、それら企業の調査。重要なポイントは、客観的情報を集めること。特に重要な情報は、以下3点。

①財務状態: 買収余力はあるか
②M&A実績: M&Aに慣れているか
事業戦略: IR資料より本件が各社の事業戦略に合っているか(上場会社限定で、当社はデータベース作成中)
④地域・事業領域的な親和性: 事業内容などを見比べ、親和性や共通部分があるかどうか。

買い手候補として挙げた各社が、本当リアルバイヤーかどうか見る上で、過去に何度となくセルサイドFAを行った経験から、①~④は非常に重要な指標となる。①~④を点数化にして、総合点で評価しても良い。

①財務状態は、結局これに尽きる、という経験を何度かした。非常に反応が良く、トップ含めた買収意欲もあるが、LOIで初めて、価格を見ると、全く売り手の目線に届かない。少なくとも売却金額の10倍の売上高がないと、それはリアルバイヤーではない会社という見方で良い。

②M&A実績も大事。非常に買収意欲があり、財務状態も良い買い手候補が最後に一気にトーンダウンするケースもある。特に2次プロセスに入り、いよいよ最終提案を受けるという段階になって、買い手候補のトップが慎重になることもあった。そういう買い手の共通点は、M&A実績がない。最後に決断しきれない、パターン。

③M&A戦略を公表しているかどうか。非上場企業の場合、この情報はとれないが、上場企業の場合、株主・投資家との対話重視の中で、今は中期経営計画を公表することが要請されている。以前に比べ、大手企業は、中期経営計画の中でM&A戦略を抑え気味に謳っている企業が多いが、もし具体的な領域M&A予算を中期経営計画に出している買い手は、本気度が高い。株主・投資家にトップがコミットメントしていることが前提であり、公表する中期経営計画は、取締役会で承認されている社外取締役も承認している)内容であるので、未達の場合、責任問題につながることもあるから、なおさらである。


(3)買い手候補とM&A専門家

次に重要なポイントは、各買い手候補の買い意欲の実態把握(Insight)。会社売却にあたって、M&A専門家を選定するポイントの一つとして、買い手候補の情報・マッチング力があるが、正直なところ、私も含め、彼らが出してくるロングリスト情報は、ドングリの背比べに近い。良く見ると「?」のような会社も含まれている。買い手候補を多く知っている方が良いと思っているM&A専門家も多いが、個人的には200社以上のロングリストをプレゼン時に自慢げに出してる専門家は、正直、力量を疑っても良い。

私の経験上、一案件で挙げる買い手候補リストは、最終的に100~150社。私の場合、まずは30~50社挙げて、実際に当たる。それでも足りない場合、更に広げて100~150社まで範囲を広げる。オープンオークションであれば、平均100社にはコンタクトする。

なお、重要なのは、売り手として、恐らく買収意欲を聞きたい買い手候補企業が、数社あるはずで、それらの会社の感触・キーマンへのコンタクトができるかどうか

「A社は、当社と同じようなことを取り組もうとしている」
「B社は競合だが、うちのサービスには勝てないから、買いたいはず」
「C社は、うちよりも規模が大きいが、うちの●●を使えばもっと成長するはず」など。

売り手が気になる会社・聞いてみたい会社の中には、必ず興味を示す買い手が存在する。これら会社の内部情報は、日頃からコンタクト・コミュニケーションを取れているM&A専門家が持っているケースもある。なお、コールドコールでコンタクトしても、キーマンと会話ができることもあるので、それはM&A専門家の実力による。

なお、売り手が直接買い手候補にコンタクトすることについて、否定するM&A専門家もいるが、私は賛成派。中には、M&A専門家には、見送りを伝えた上で、直接売り手にコンタクトして来るM&Aに長けた買い手候補もいる。直接コンタクトする際の重要なことは、ポロっと不利なことを言わないようにすること(売却価格目線を伝えるなど)。もし売却価格目線を聞かれた場合、高めの水準を言う or 質問で返す「正直わからない。貴社はどう思いますか?」など。売り手が言ってしまった売却価格以上の金額を買い手候補は提案しない。そのような買い手は、知りたい情報を入手しやすいので、直接コンタクトを取った方がとる。また、売り手が上場企業の場合は、インサイダー情報漏洩となるため、直接コンタクトを取ることが難しいこともある。

メリットは売り手による直接コンタクトする方が、買い手候補は圧倒的に真剣に考えるから。買い手側の情報も取りやすい。広く数多の買い手に当たるという事であれば、M&A専門家を使うメリットはあるが、買い手候補限定(多くに声がけしない)の場合、買い手候補へのコンタクト力がより重要となる。

なお、リアルバイヤーは、あくまでもイメージであるが、結果として対象会社・事業の80%は重複・共通していて、残り20%自分にないもの(事業エリア・地域・技術・ノウハウなど)をM&Aで手に入れたい、その20%が非常に価値がある(オーガニックに自社で作り上げるより)という判断で、買収を決断するたことが多い。その80%に満たない企業をズラズラと並べられても時間の無駄になることが多い。70%・60%と下がると、仮にLOIを出したとしても、価格が低いケースが多く(シナジー効果が薄く)、結果途中で脱落する。

初めて会社を売却するオーナーに対して、「当たって見ないと分からないから、多くの買い手を知っている専門家が有利」と答える専門家は、基本怪しいと思ってもらって間違いない(理由は、次の(4)を参照)。。


(4)買い手へのアプローチ

30~50社の買い手候補を以下の表のように、客観的データも含め、まずは挙げてみる。確度の高そうな企業からアプローチをして、各買い手候補と会話をしながら、どのような観点で興味をもつか探る。色々な情報を集めながら、他に買い手がいないか、他の業種も調査してみるなど、買い手候補を増やしていくやり方をする。

アプローチする場合、売り手から直接行うか、M&A専門家経由か、個社ごとに決めておく。
買い手に初めて紹介する場合、簡単な会社概要/特徴・強みを1分で伝えられるようにする。この情報だけで、「興味なし」と回答する買い手候補は意外に多い。

「興味のなし」と判断する会社は、①財務状態(余力があるか)、②M&A実績(M&Aに慣れているか)、③事業戦略(M&A方針があるか)、④地域・事業領域的に親和性があるか で決まる。最初のコンタクトで「見送る」と回答した買い手候補は、可能性ゼロなので、次々にリストを潰していく。

「持って帰って検討する」「詳細資料を送って欲しい」など、これら反応は最初の①~④のスクリーニングを通過した結果なので、後は先方担当者と進めて行けばいい。

繰り返しだが、①財務状態(余力があるか)、②M&A実績、③事業戦略・M&A方針、④地域・事業領域的な親和性が確りと反映されていないロングリストは意味がないので、しっかりと買い手候補を調査・検討し、コンタクトしながら、買い手候補リストをブラッシュアップ・追加していくことが重要。参考までに、最近当社で行った買い手コンタクトの管理シート(10社まで)のサンプルをお見せする(固有名詞は全て伏せています)。この案件では結果的に約90社にコンタクトを行った。

どんなに人気のある案件でも、80~90%くらいは断られる。平均的には90~95%位は断られる。従って、50社コンタクトしたが、1-2社しか興味を示さず、内容もコメントも微妙というケースが多い。ここで重要なことは、あきらめず、更に買い手候補を広げて100社くらいまで考えてみること。実は、未上場企業を含めると、意外と知らない企業も多い。そこから、+2社興味を示す買い手候補も出てくれば、4社となり、オークションでも進めやすくなる。諦めずに、買い手候補を探し続けることは重要であり、その認識で一緒に買い手を検討し、コンタクトするM&A専門家と一緒に進めることが重要。

なお、事業会社のみでは、買い手ユニバースの構築が難しい場面が多いので、PEファンドにも声をかけるケースが今は一般的になっている。

私の懸念点としては、最初の30-50社の中から買い手候補を1-2社見つけ、最初のLOI時点で、どちらか1社を選定し、独占交渉権を付与して、相対取引で進めるというやり方。M&A仲介の場合、LOI時点で1社に絞らせ他社とのコンタクトを一切禁じるので、売り手側の選択肢が狭まり、不利になることがある。気づくと、最後の契約交渉であり、「価格は満足しないが、折角ここまで来たし、買い手にも申し訳ない」という感じで、契約してしまう。それで大満足であれば、良いが、少しでも良い条件、可能性を広げたいのであれば、私の経験では、①~④を抑えた上で、100社ほど買い手候補を挙げること。そこから1社ずつ丁寧にアプローチすれば、少なくとも更に1-2社見つかり、合計3-4社の買い手は見つかります。

当たり前だが、複数の買い手候補がいる場合、売り手の交渉力を高める意味からも、最後までオークション方式で進めるのが一番お勧め。


3. オークション vs 相対取引

一般的に、売り手にとってのオークションのメリットは、利益最大化の追求、案件成約確度デメリットは、相手は増えるので、時間がかかる/負担も大きい/情報漏洩リスクが高まる、など。なお、スケジュールを確り管理すれば(期限を確り区切れば)、時間がかかるということはなく、負担も買い手からの質問回数を限定するなど、コントロールは可能。これはアドバイザーの力量にもよるので、もし、最後までオークションで進めつつ、時間や負担を抑えたければ、経験値のあるアドバイザーを雇うべき。

相対のメリット/デメリットはその反対。特に相対になると、売り手の交渉力は圧倒的に弱くなるので、留意が必要。経験豊富なアドバイザーでも、相対取引になると、交渉アドバイスには限界が出る。なお、相手が1社であり、案件のスピードが増すメリットも大きいので、利益最大化を諦め、スピード重視の方針であれば、相対の方が良いケースもある。

オークションから相対取引は、容易にスイッチ可能だが、相対取引からオークションは難しい。ゆくゆくは相対取引になる可能性が高い案件でも、最初はオークション形式で始める方が良いということになる。

通常、相対取引となる際、売り手は買い手に独占交渉権を付与するため、一定期間は完全相対となる。なお、私のお勧めは、実質相対取引でも、頑として肯定せず、あたかも他の競合もいるかのように演じて、オークションを装い、One of themとして買い手の相手をすること。いつでも買い手が参加できるように案件をオープンにしておくと、のちに周回遅れで買い手候補が現れることもある。

気を付けるべきことは、あまりにも無駄に煽ると買い手が嫌気を指して、Dropするリスクも高まるので、この場合は自社のDeal Breaker基準と照らし合わせてどうかという視点の方が好ましい。


4. オークションプロセスの設計

(1)プロセス設計
 
まずM&Aプロセス設計にあたって、特に決まりはない。基本、相手もokなら自由に決められる。途中でプロセスを辞める権利もあるし、買い手候補を落選させる権利もある(落選理由を言う必要もない)し、入札を通過する社数も自分で決められる。スケジュールも正直なところ、売り手主導で決められる。

但し、プラクティスとして常識の範囲というのもあるので、それは守りながらも、売り手として譲れない条件進め方があれば、プロセス設計には織り込んだ方が良い。(Clean Exitが必須条件であれば、予めSell-Buy FlipR&W保険購入を前提にするなど)

(2)2段階オークション
 2回入札を行う方式が一般的。
1次入札、2次入札で徐々に買い手候補を絞っていく。1次入札はNon-Binding Offer(法的拘束力を伴わない)、2次入札Binding Offer(法的拘束力を伴う)を買い手に提出してもらう。

加熱する案件やガチの競合先で、どうしてもプロセスから排除したい買い手がいる場合、価格すら受け取らない、0次入札(定性面のみで判断)を行う場合も、稀にある。

(3)相対取引へのスイッチ 
 売却対象側の事務能力・マンパワーがない場合、2次入札への通過者を1社に絞るケースもある。この場合、実質相対取引となるが、1社に絞ったことを買い手に知らせず、DD期間も、買い手候補からのアプローチをオープンにしておけば、競争環境はゼロにはならないので、独占交渉権を付与するより、交渉力は維持できる。但し、やり過ぎは禁物。
 ここで注意すべきことは、買い手が複数いるにも関わらず、1次入札後に無理やり相対取引にもっていく、M&A専門家(特に、M&A仲介会社)。価格を確り握れていない状態(価格に法的拘束力を持たせていない状態)で、買い手に独占交渉権を付与して、相対取引プロセスを作るメリットは、売り手には基本ない(安値でも良いので、スピード優先で売りたい売主には、こちらの方が良いが)。
 つまり、1次入札時のNon-Binding OfferLOI:意向表明書ともいう)は、法的拘束力もないため、買い手は相対状態で、DD後の最後の2次提案時に価格を下げることもできる。他の買収条件も厳しくできる状態。少なくとも、相対取引に入る場合は、法的拘束力のある提案を買い手より受けた状態、かつその条件で売却しても良いという内容に限って、買い手に独占交渉権を付与しても良い、と考えるのが自然。

(4)時間軸
 
オークションは一般的に時間がかかると言われるが、私から言わせれば、そんなことはない。確りスケジュール設定をして、LOI提出期限、DD期間、最終提案の提出期限を決めれば良い。
 常に競争環境を維持して置ければ、買い手に対して時間的プレッシャーをかけることもできる。私の経験では、むしろ相対取引の方が時間がかかる。相対で進める場合、買い手は急ぐ必要はないのだから、時間的プレッシャーをかける意味から、独占交渉権の付与期間は3か月に設定することを勧める。
なお、オークションは、時間的プレッシャーをかけると、複数の買い手を短期間で対応しなければならないので、その分業務負担がかかる。その場合、その負担をM&A専門家が担えばいいし、買い手毎に対応負荷を変えても良いので、コントロールは可能。逆に、慣れていない専門家を雇うと、売り手側が大変になるので、そこも経験豊富な専門家の方が楽になる。
 いずれにせよ、M&A仲介会社や慣れていない専門家は、オークション方式の方が「業務負担が増える」「時間がかかる」「大変」というが、実態を知らずに、何とか相対取引に持ち込み、成約する方に誘導するので、気を付けないければならない。むしろ、オークションの方が買い手をコントロールできるので、相対より楽になる、とも言える。


5. オークションプロセスの常態化

最近は上場会社も社外取締役が増え、善管注意義務の観点より、会社/事業売却の際、オークション方式を採用することが多い。昔のように内々に水面下進められるというより、関心の高い案件では半ば公開オークションのように一挙手一投足がメディアで取り上げられることもある。

一方で、相対取引というと、既に相手が決まっている案件、つまり昔は上場子会社の100%化(株式交換)や経営統合などであった。しかし、上場子会社の完全子会社化に関しても、最近コーポレートガバナンスが厳しく、アクティビストも目を光らせており、マーケットチェックのマスト化も議論されている。上場会社においては、オークション方式でのM&Aが今後とも必須になるものと思われる。

但し、未上場企業では、買い手・売り手から両取りできるM&A仲介がM&A専門家として一般的と見られるため、2段階オークションプロセスを採用することはなく、1段階目でさっさと相対状態に持っていき、成約へとスピードを加速させる(売り手の利益最大化よりも成約を優先させる)ため、留意が必要。

いずれにせよ、M&A仲介会社・M&Aアドバイザーの双方のアドバイスを受けることをお勧めする。

第2回は、具体的にM&A案件の開始以降のプロセス(案件開始~一次入札まで)について、説明します。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
M&A仲介とフィナンシャルアドバイザリー(FA)の違い
M&Aアドバイザリー契約における注意点



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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。買い手トップとの初面談、プレゼンでの注意点。 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12y86n3ah 2023-10-25T16:00:00+09:00
会社売却にあたって、最初に待ち構える大きなイベントが、トップ面談。

①会社売却意思決定 → ②売却準備開始 → ③買い手へのアプローチ → ④興味のある買い手トップとの面談 という流れが一般的である。

会社社長であれば、これまで様々な商談・プレゼンの経験が豊富で、トップ面談は大したことない、と思っていても、他のミーティングと重要なポイントや注意するところが、違うため、終わった後、思うような感触を得られないことが多い。

ここでは、売主が少しでも買い手トップとの面談をうまく行くためのTipsを紹介したい。


(1)会社の特徴を3つ、シンプルに。

最近は、未上場企業の間でもM&Aが日々飛び交うような時代となった。上場企業だけでなく、非上場企業の買い手と日々会話をする中で、彼らの興味のあるM&Aターゲット(ストライクゾーン)もある程度、分かるようにもなってきた。

買い手候補と言っても、大きく2種類いる。リアルバイヤーか、そうでないか。リアルバイヤーは、本気で買収先を探している企業、それ以外は単に情報収集目的の場合が多い。相手がリアルバイヤーの場合、彼らのストライクゾーン(欲しいもの)は、明確に決まっている(ショッピングであれこれ見てその中から1つ選ぶやり方ではなく、欲しいものがあるかどうか)。欲しいもののクライテリアは、事業領域・地域・技術・分野・バリューチェーンなど買い手によって様々。従って、開始10分で買い手の興味有無は決まることが多い。

従って、買い手候補と話をする時に、売りたい会社・事業の特徴をシンプルに3つくらいに纏めて、まずは説明し、そこから買い手の質問や事前調査内容をヒントに、興味がありそうな分野を深堀して、彼らのMissing Pieceを埋めるイメージでコミュニケーションを行うのが良い。この時点で、少なくとも1つ、リアルバイヤーの興味の網に引っ掛からないと、基本M&Aは起きない。

難しいことは、買い手はその興味あるもの/欲しいものを明確に言わないこと。買い手側の心理として、言い過ぎると、逆に興味があると思われ、売却価格がつり上げってしまう事を恐れる。従って、売り手側は説明していても、買い手の興味の感触が見えない時がある。そこは、M&A専門家が、買い手との付き合いや経験の中から、確り説明して上げる必要がある。

なお、ダラダラ話したり、変にフランクに話をすると、それは社長の能力を疑われるので、M&A以前の問題となる。話を戻すと、とにかく特徴/強みを3つ、まず抑えることをお勧めする。


(2)背伸びしない。

誰しも良い所をアピールしようとする。書いてないことを、良いように言おうとする。人間なので、それは仕方ないが、買い手トップであれば、そこはすぐに見抜く。背伸びした内容を言い過ぎると、逆に信用を無くすので、言わない方が良い。

IMや事業計画など、資料やデータに落とされた内容は、確りと準備して考えていることを表しており、その説明に集中する方が良い。買い手はFactに基づいて評価するので、そのFactの裏側にある考えや根拠などをむしろ知りたがる。

また、質疑の中で、できないこと/できていないことを聞かれることもある。これに足して、背伸びした回答はしない方が良く、むしろできないことをNoというくらいが良い。

買い手からすると、できない部分について、買い手のアセットやノウハウを活用することで、むしろ対象会社・事業はもっと伸びる、というとらえ方をする。逆に、自社にはない強みを対象会社が持っており(だから興味を示しているのだが)、それを買い手グループで活用するとシナジー効果が相当出るという試算を行う。

ここのできる/できない、強み/弱みを正確に買い手に理解させないとシナジー試算も間違えてしまうので、買い手は困ってしまう。トップ面談まで来たということは、その時点で対象会社・事業のある特定部分に興味がある証拠であり、それ以外のところで無理なアピールをすると、逆に興味を失うので、確りと地に足の着いた説明を行うことが重要である。


(3)相性

 定量的には示せないが、トップ同士の考え方、経営理念、人柄など、含め、相性が合う/合わないというのは、意外に重要な要素。これは、客観的情報ではなく、主観的な話であり、難しい。例えば、客観的に見ると非常に良い組み合わせの買い手・譲渡会社であったとしても、一方が、コテコテの体育会系で、もう一方がインテリ/テクノロジー系であれば、合わない、といったケース。
 残念ながら、事前準備で何とも変えがたい、そもそもの話であり、プロセスの最後に発覚すると、両者にとって不幸な結果になるので、最初のトップ面談でこの相性の部分はクリアしておくことが望ましい。


(4)売り手からも質問

M&Aでは、DDのやり方含め、基本的には買い手が売り手に聞くことが圧倒的に多い。また、トップ面談・プレゼンとなると、買い手側の興味を引くことに集中して、基本的に売り手側から買い手側への説明・プレゼンがメインになることが多い。

私からのアドバイスとしては、是非売り手側から買い手に色々と質問をして欲しい。

「経営を行う上で、大切にしていることは何か?」
「譲渡会社の何に興味があるのか?」
「買収後、どのように当社をどのように拡大していきたいのか?」
「これまで買収した会社はどのように運営・成長しているのか?」など。

質問を推して、売り手の考えも伝わるし、買い手としても、考える観点が増える為、買収してからこんなはずではなかったというそもそもの方向性のようなものも確認ができることが多い。

M&Aプロセスが進む中で、色々な買い手候補とも対話をすることになるが、Top同士が合う/合わないというのが、意外に大きな影響を及ぼすので、是非とも売り手側は、最初の段階で、アピールだけでなく、相手を知るということにも焦点を当てて頂きたい。]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:フルキャストによる求人検索アプリ運営のインプリ買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk126czywvd 2023-10-24T17:00:00+09:00

2023年10月23日、フルキャストHDによるAppX株式会社の買収が発表された。具体的には、AppXは持株会社であり、傘下の株式会社インプリが実質の買収ターゲット。ハローワーク等の求人検索アプリを開発・運営している。

本件を見て思ったことは、 
・売却タイミングが良い 
・Valuationも申し分なし

こちらも小さな見過ごされそうなM&A案件ではあるが、売主として、恐らくベストなタイミングで売却したことから、人材ビジネスにおけるM&Aとして参考になるところが多い。


(1)ベストなタイミングでの売却
正直なところ、株式会社インプリと言う会社は、本件で初めて見た。直近業績は、以下の通り。

2022/3期: 売上高6.3億円、営業利益3億円、当期純利益1.8億円、純資産8.9億円、総資産17億円
2023/3期: 売上高6.3億円、営業利益2.9億円、当期純利益1.9億円、純資産10.7億円、総資産19億円

皆さんはどう思うか?
・売上高は6億円程度だが、営業利益率約50%と極めて収益力のある会社。ROE17.7%と高い。
・2期だけだが、事業が安定している。
財務体質が良い自己資本比率が、56%と高い。

一方で、気になる所は、以下の点ですね。
何故、売却をしたのか?そのまま継続やIPOを狙うことはしなかったのか?
・今後の成長可能性は?

2期分の業績しか見ていないが、私の見方は、以下の通り。

① 売上が伸びていないということは、今のサービスは既に成熟フェーズに入っており、残存者利益を享受するのみの体制になっている
② 更なる成長をするなら、次のプラットフォーム開発を行い、積み上げていく必要がある。そこには、より大きな資本力・リソースが必要であり、インプリ単独で行うにはリスクが高い。
③ 今のサービスを継続すれば、5年間は売上を維持でき、安定的に運営できるが、その先の成長シナリオが見えない。
⇒ ①~③を踏まえ、単独で経営継続するよりも、大手の資本力・リソースを活用して、新たなサービス開発を大きなスケールで行った方が、インプリにとっては良い。フルキャストで開発中のサービスをインプリのプラットフォームで行うことも有り得る、など、違った観点での成長戦略を描くこともできる。

ということで、このまま継続運用をして、売上がジリジリ下がって行って、5年後に安値売るより、現時点で成長率は止まったが、高い利益率のまま高値で売却する方が会社の将来にとっては良いという決断は、極めて難しいが、ベストなタイミングで決断したことは非常に評価できる。恐らくビジネスモデル的にも借金が不要な事業なので、尚更売却を急ぐ理由もなかったはず。

余談だが、M&Aビジネスを行う中で、買われた会社のCEOが数年後に買収会社のCEOになっている例を、米国企業で数社見た。このような判断ができる社長であれば、将来日本でも買収会社のCEOになる、ということが普通に起きてもおかしくない思う。

(2)Valuationも申し分なし

売却金額25.5億円であり、PERであれば、13.8x営業利益倍率(時価総額/営業利益)であれば、8.8xと、上場企業並み。ちなみにフルキャストは、2022/12ベースのPER15.4x営業利益倍率6.2x

売却タイミングとしても、良いValuation評価がなされるタイミングであり、このタイミングで大手傘下に入った方が、影響度のレバレッジが効くという判断もあったと思う。

人材サービス業は、フィービジネスだが、ストック型であったり、数が多いので紹介もうまく経営すると、通常は無借金の会社が多い。1986年の労働者派遣法の施行以降、急速に業界が拡大していったが、一方で設立後、20-30年経っている派遣会社も多く、経営者も60歳を超えて来ていて、次の世代にバトンタッチをするタイミングに来ている。事業承継を考えると、他社への譲渡を検討する創業者は多いが、財務的に売却を急ぐ必要がないため、ゆっくり検討している例をよく目にする。

もし将来的に会社譲渡を検討する場合、売却タイミングが突然やってきたり、相手探しに時間が掛かったりするので、早めの会社譲渡を検討された方が良いことは言うまでもない。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
会社を売りたい方へ。売却の進め方【 ①案件開始前】
人材派遣業界(Valuationと大手各社のM&A実績)


※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。いくらで売れるか? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk129e2wfnj 2023-10-23T16:30:00+09:00
いくらで売れそうか?
M&Aをやっていてよく聞く話題です。少し、株式価値評価(Valuation)について、以下3つのカテゴリーに整理してご紹介したいと思います。

(1)上場会社の場合
(2)未上場会社の場合

(3)シナジー

上場会社/非上場会社は、少し評価方法が異なるが、いずれの場合も買い手側はシナジー効果を考えて、買収を判断する。このシナジー効果が買収への意欲や価格に影響するので、最後に触れてみたい。


(1)上場会社の場合

毎日株価と言う値札がぶら下げられているので、その価格から大きく逸脱することはないです。
仮に、上場企業を100%買収する場合、所謂コントロールプレミアム(+30~50%程度)を乗せた価格が一般的な水準となるので、結論、株価×1.3~1.5倍という見方になります。

具体的には、株価自体が正しいか、適正な価値を表しているかという市場価格分析を行い、類似会社比較法(類似会社各社のEV/EBITDA*を当てはめた評価)、類似取引比較法(過去、同じ業種・領域のM&A案件におけるEV/EBITDAをもとにした評価)、DCF法キャッシュフローに基づく評価)のそれぞれの評価手法を行って、株価×1.3~1.5倍を算出するということになります。

未上場企業と違って、ガバナンスが確りしており、需要那M&Aは社長の一存では決められない。少なくとも社外取締役・監査役が出席する取締役会での決議が必要であり、上記のような分析や様々な手法をもとにした第三者による株式評価資料は当然求められる。

*EV: Enterprise Valueの略。企業価値のこと。企業価値 = 株式価値(= 時価総額)+ 純有利子負債額EBITDA = 営業利益 + 減価償却費のことで、簡易的な営業キャッシュフローとも言われる。EV/EBITDAとは、税金を考慮せず、企業価値に対するEBITDAの倍率であり、何年で買収金額を回収できるかという簡易的な指標となる。


(2)未上場会社の場合

上場企業と違い、株価がないので、IPOしたり、M&Aで売却されない限り、その価格は分かりません。長年携わってきた私から見ると、一物多価です。

買い手によって、評価する値段が変わります。評価イメージは以下の感じ。

評価手法  ×  (X)  ×  (Y)  ×  (z)


①評価手法
上場会社の株式価値評価に使われるDCF法類似取引比較法類似会社比較法、また未上場会社に主に使われる売買評価額時価純資産額などがある。

左から右に進むにつれて、評価額は下がっていくイメージです。

DCF法: 中期経営計画の将来5期分のキャッシュフロー(CF)+6期分以降の将来CFの総和を時間コストという概念の割引率で割り戻した価値。過去の実績は評価に入れず、あくまでの将来利益が評価のベースなので、不確実性は高いが、将来成長が期待される会社の評価には適した評価手法。

類似取引比較法: 類似する他のM&A取引におけるEV/EBITDA倍率を自身のM&A取引に当てはめる方法。M&A取引金額(EV)には、シナジーが加算されているケースが多く、公表ベースの被買収会社のEBITDAで除しても、EV/EBITDA倍率は、類似会社のEV/直近実績EBITDAより高い倍率の傾向にある。同業種のM&A取引とはいえ、製品・規模・サプライチェーンなど、全く同じ取引は存在しないので、あくまでも参考値扱い。

類似会社比較法: マルチプル法とも言われ、被買収会社の類似企業のEV/予想EBITDA(凡そ4倍~8倍)PER(時価総額/予想当期純利益)をもとに評価する方法。マーケットアプローチとも言われ、コントロールプレミアムは通常入っていない。

売買評価額: 時価純資産 + 営業権(営業利益×2~5年分)で求められる簡便な評価手法。営業利益は実績や予想値を使う。未上場企業、特にM&A仲介などで使用される。グローバルでは他の評価手法はあるが、これは日本にしかなく、株式市場で使われない指標であり、指標としても根拠もない(株価をベースとしない評価手法なので、純資産方式に近いイメージ)。一言で言えば、売り手の期待値を下げるために作られた、買い手目線の簡便な評価手法という印象。株式評価として、純資産と営業利益の組み合わせという評価方法はない。恐らく、未上場企業に使われる理由は、将来利益数値への信憑性がないからだろう。清算価値である純資産額は、原価のような評価であり、信用できる利益水準くらいは加算してあげようという発想だろう。利益の倍率は、対象会社により変わるという感じ。買い手からすると、最悪利益が出なくても、時価純資産は担保されるという考えだろう。

純資産方式: 純資産額を株式評価とする方法。簿価ではなく、時価評価をベースとする。土地・有価証券など、資産項目の中で、時価に洗い替えた後の時価純資産額。これは清算価値なので、将来この会社が成長可能性があったとしても、その評価内容は、株価に反映しない考え。

なお、(X)(Y)(Z)ディスカウントファクターであり、プラスではなく、むしろマイナスの値。(X)はサイズ、(Y)は会社固有のリスク、(Z)は評価タイミング(X)(Y)(Z)は固有で算定するというより、既に評価手法に織り込まれているケースが多く、個別にみる必要がある。例えば、EV/予想EBITDA(凡そ4倍~8倍)売買評価額営業権(営業利益×2~5年分)と言った感じに利益の倍率の中で調整されるのが実務上の考え。ここでは何故、そのレンジが取られるかという背景を因数分解して解説する。


②規模に関するディスカウントファクター(X)

DCF法で言うところのスモールキャッププレミアムのような感じ。DCF法では、算出される時価総額で、サイズプレミアムを使うが、他の手法(マルチプル法など)では具体的なサイズプレミアムはない。基本的に、株価に織り込まれていると考えるのが、妥当。従って、規模の近い類似会社の評価を採用するのが、一般的。
 
なお、上場企業は、IPO時に規模に関する基準をクリアしているため、一定の会社規模があるが、未上場企業となると、下限はない。1人会社もあれば、売上が数千万円に満たず、会社の体をなしていないケースもある。従って、同じような評価手法を使っても、株価に織り込まれていないレベルの会社規模となると、ディスカウントする。倒産リスク(デフォルトリスク)に近いイメージ。一方で、未上場企業でも上場企業に引けを取らない規模になれば、上場企業と同様の評価手法を使っても違和感がない。(例:サントリーなど)

i)売上高5億円未満
 従業員も30名未満、組織的運営というより、社長や一部の幹部社員の力量で会社運営が成り立っている可能性があり、事業計画の信憑性が低い可能性がある。この規模で設立10年経過している成熟企業は、俗人的な運営状態の可能性があり、上場企業のマルチプルを採用するのは、無理があるため、実際には上場企業で使われる評価指標からディスカウント(X)を使うのではなく、売買評価額時価純資産額が採用されていると推察される。

この規模でも上場しているベンチャー企業も稀にあるが、株価の透明性が担保できるだけの出来高があるか、不透明なので、参考にならないケースが多い。また、規模が小さくても上場している会社は、創業間もない拡大期であり、将来性を先取りした株価形成になっている(非常に高い評価になっている)場合もあり、急成長スタートアップではない限り、成熟した未上場企業には採用できないケースが多い。

ii)売上高5~50億円未満
 成熟企業で50億円でも、上場企業対比ではまだ、サイズ的に小さい。ただ、組織的な運営もされていることもあり、過去の安定的な利益水準も伴えば、将来利益の予測も最低限評価できるため、マルチプル法を採用しても違和感がない。
但し、多くはないが、上場している企業もあるため、上場企業のマルチプル法を使うこともあり、その評価結果から幾分ディスカウントするのが、一般的。具体的な(X)の数値はないが、レンジの中で下限に近い値を使うのが一般的。例えば、EV/EBITDA倍率であれば、類似会社5社~10社の平均値or中央値を求め、その±10~15%上下にレンジを取る。
なお、今後成長期待されるベンチャー企業であれば、売上高30億円未満でも、DCF法やPSR(売上高倍率)で評価は可能であるが、不確実性も高い。規模のディスカウントはあり得るが、それ以上に成長期待が先行するため、その場合は、上場するスタートアップ系企業の評価を参考とすることはある。

iii)売上高50億円以上
 50億円以上であれば、上場している会社はある。この場合、DCF法やマルチプル法、類似会社比較法など、上場企業に近い株式評価手法を使うことが一般的。
未上場企業も色々なステージの会社があるので、そのステージに合わせた株式評価手法を採用することが重要である。独立した第三者による評価であれば、良いが、仲介のように買い手と売り手の落し所を見るようなアドバイザーの評価は、成約のための評価(売買評価額)であり、あたかもそれが当たり前のように言われるが、可能であればセカンドオピニオンを取ることをお勧めする。


③会社固有の事業に関するディスカウントファクター(Y)
買い手によって、(Y)の値は変わる。要素としては、業種/領域・地域・技術・ビジネスモデル・人材・生産能力・販売力・ノウハウ等であり、低く評価する買い手もいれば、高く評価する買い手もいる。但し、ビジネスモデルや技術に差別化要素があるなど、余程のことがない限り(Y)が、1以上になることはなく、あくまでもディスカウントファクターの扱い。

業種/領域: ある買い手は、対象会社の業界のことを良く知っており、その中での対象会社の位置づけを踏まえて、評価する。マルチプル法となると、他の上場会社との比較評価なので、上場企業と引けを取らない会社であれば、ディスカウントは不要だが、事業リスクが高いと判断し、ディスカウント評価となります。

地域: 地域の方が分かりやすく、小売業を展開する買い手が、未進出地域で対象会社が既に営業基盤を持っている場合、補完関係となり、互いの地域が隣接すると、仕入・マーケ・物流などで、シナジーが出しやすいので、高い評価(次の③シナジー効果を参照)につながる一方で、補完関係が薄く、シナジーが出しづらいとなると、ディスカウント評価となります。また、一部地域が競合する場合、1+1<2の可能性もあることから、その場合もディスカウント評価になります。

その他要素についても、補完関係が薄くなるとそもそも興味なしという見方になります。


④評価タイミングに関するディスカウントファクター(Z)
成長期・拡大期における評価か、衰退期・縮小期における評価か、調整期の評価か。評価タイミングによって、同じ対象会社でも評価が異なる。これは上場企業の株価も同じ。仮に、類似上場企業が成長期であり、高い評価であっても、対象企業のみ固有の事情で調整期であれば、その分ディスカウントを受ける。これも、個別に(Z)の値を算出するというより、マルチプル法のレンジの下限を取るというやり方が実務上は一般的。
評価タイミングで重要なことは、対象会社が調整期(また上昇傾向に戻るシナリオ)なのか、そもまま衰退期に入っていくのか、対象企業の分析をすることである。


(3)シナジー

最後にシナジーについて、述べておく。M&Aにおいて、シナジーを説明すると、何故会社を買収するかと言う理由にたどり着く。単に会社買収をしても、1+1=2であるが、シナジーを創出すると、1+1+α>2となり、+αがシナジー効果と言われる。

通常、シナジーは買い手が享受する利益であり、対象会社だけでは発生しない効果である。買い手が買収し、対象会社と協働することで初めて発生するプラス効果であり、これが買い手が買収する目的(M&Aによって、更なる成長が実現できること)である。

人気のある対象会社となると、株式価値評価をしただけでは、買収できない場合があり、案件や買い手によっては、シナジーの一部を売り手に支払うケースもある。

従って、本題の「いくらで売れるか?」について、単に評価手法の説明は、教科書通りなのだが、売主目線で最も重要なポイントは、もしより高くで売却したいなら、買い手にシナジーの一部を支払ってもらえるような売り方をするのが、最も効果的なやり方とも言える。買い手からすると、非常に悩ましいが、案件の希少性を考えると、決断せざるを得ないケースもあり、シナジーの一部を引き出せるかが、売り手アドバイザーの腕の見せ所になる。


<関連M&Aコラム>
会社を売りたい方へ。事前に抑えるべきポイント。
会社を売りたい方へ。売却の進め方【 ①案件開始前】
M&A仲介とフィナンシャルアドバイザリー(FA)の違い
M&Aアドバイザリー契約における注意点


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M.A.P.管理者
M&Aアドバイザリー契約における注意点 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12xwx46ic 2023-10-15T17:00:00+09:00
M&A案件を進める際、M&Aアドバイザーとアドバイザリー契約を締結することになるが、その際に気を付けておくべきポイントを当事者として、ここに紹介したい。特有の条項もあるので、注意点だけでなく、その背景や理由などもご紹介したい。

まず、M&Aアドバイザーは、M&A仲介会社フィナンシャル・アドバイザー(FA)の大きく二つある。詳細は、こちら(過去のM&Aコラム「M&A仲介とフィナンシャル・アドバイザーの違い」)をご覧いただきたい。

いずれのM&Aアドバイザーであっても、彼らとアドバイザリー契約を結ぶことになり、彼らの役割が違うだけで、同じような契約内容なので、一括りでポイントを紹介したい。


①アドバイザリー手数料

まず、一番重要なポイント。報酬額も気になるが、タイミングも業者によって異なる。

(1)報酬体系

未上場企業の場合、M&A仲介業者もFAも、レーマン方式
を採用する業者が多い。私自身は、長年M&Aアドバイザーとして関わってきて、今もこれは高すぎるという意識があるが、クライアントも納得しているのであれば、特にコメントはない。

【レーマン方式】取引金額/手数料率: 
・0~5億円: 5%
・5~10億円: 4%
・10~50億円: 3%
・50~100億円: 2%
・100億円~  : 1%


計算としては、積み上げ方式となる。具体的に、取引金額25億円のM&Aの場合、支払い報酬額は、
・5億円 &times; 5% = 25百万円 ※0~5億円の部分は5%
・5億円 &times; 4% = 20百万円 ※5~10億円の部分は4%
・15億円 &times; 3% = 45百万円 ※10~50億円の部分は3%
(合計)25百万円+20百万円+45百万円 = 90百万円となり、全体的には3.6%(=90百万円/36億円)の手数料率となる。

構図としては、取引金額が大きくなると、手数料額も大きくなり、取引金額が小さいほど、料率は上がる仕組み。売り手FAであれば、頑張って高く売却するほど、手数料額が大きくなる。なお、取引金額の大小関わらず、一定の事務負担はかかるので、最低報酬金額(10百万円など)を設けるケースは多い

気になるのは、レーマン方式の手数料率自体が高いという点と、クライアントに安く買わせるアドバイスを行う買い手FAでも高ければ高いほど手数料が上がるという仕組みも、気になる。なお、M&A仲介会社は、レーマン方式で買い手・売り手双方から両取りする仕組みとなり、先の取引金額25億円の場合、双方から90百万円ずつ、計1.8億円をもらう計算となり、手数料率は合計7.2%(=1.8億円/36億円)となる。なお、最低手数料額(業者によりまちまち。数百万円~20百万円など)を設けている、

FAの場合、上場会社相手にレーマン方式を採用することは、今の時代まずない。基本的には、取引金額(=企業価値)1%~2%が一般的であり、これはグローバル共通。契約としては、レーマン方式のような方程式でFA契約書に規定するのではなく、想定取引金額から手数料率をもとに、報酬を金額として規定し、固定する場合が多い(売り手FAの場合、インセンティブ報酬として、ある一定金額以上の場合、その超過額に対し、一定の手数料をもらう仕組みを入れる場合もある)
また、各FAも最低手数料額(日系大手銀行・証券であれば、50百万円~1億円、外資系であれば2~3億円。但し、クライアントとの取引関係度により変動)を設けており、一定の取引金額(= 企業価値)以上でないと、案件を受けないケースもある。ブティック系M&A業者であれば、もう少し最低報酬額が下がり、FAS(大手会計事務所のFA業務)では、手数料率と最低報酬額も下がるイメージ。各M&Aアドバイザーのメリット・デメリットについては、こちら(会社売却の相談先は? ④外部専門家)を参照。

ここで取引金額は、株式価値のことか、企業価値のことか、異なるケースがある。株式価値とは、株式の譲渡対価であり、実際に買い手が株式を取得する際に売り手に支払う金額のこと。一方で、企業価値は、株式価値に負債額も加算され、株式価値よりも大きな金額となるので、この違いだけで、更に手数料額が大きく異なるため、要注意である。ちなみに、FAでは、基本的に企業価値を採用しており、M&A仲介会社の多くも企業価値だが、中には、株式価値を採用する業者もある。

ところで、私の知る限り、レーマン方式は、2000年以前に海外で使われていた手数料方式を日本に持ち込み、初期段階は日本でも上場会社に使われていたが、高すぎるということで、2000年前半には、早々に業界からなくなった。それが、2010年以降のM&A仲介会社中心に未上場企業のM&Aが急成長する中で、使われるようになり、復活してきた。今は、レーマン方式がさも当たり前に言われているが、昔からいる感覚では、日本の未上場企業のオーナーは、騙され過ぎているという印象。是非、M&Aが以前から盛んにおこなわれている欧米の状況も知っていただきたい。ちなみに、私の知る限り、M&A仲介というM&A専門家は、日本(や新興市場)特有の存在であり、企業における利益相反への意識が高い欧米では、ほとんど見ない。

最後に、M&A専門家や案件に係る諸経費について、これらは報酬とは別にクライアント側が支払う構図になる。例えば、M&A専門家の出張費、案件に関するその他専門家への顧問料弁護士・税理士・会計士等)、中には印刷代や通信費も請求されることがあるので、注意が必要。この点も確りと話し合うことが重要。

(2)支払タイミング

タイミングとしては、着手金、月額報酬、中間報酬、成功報酬の4種類ある。

着手金:  アドバイザリー契約締結時に、手付金として2~5百万円を支払う。今からクライアントのために働くので、一部固定費を支払うというイメージ。驚くことに、M&A仲介会社の中には、買い手に対して、社名含めた少し詳しい売却案件情報を開示するだけで、情報提供料として請求する業者もいると耳にしたことがあり、注意が必要。

月額報酬: 月払いの報酬でリテーナーと呼ばれます。こちらも着手金同様に固定費見合いという位置付けです。時間がかかりそうな案件M&Aが完了しなさそうな案件には、敢えてこのような報酬体系で、取れるうちに手数料を稼ぐと考えるM&A専門家も中にはいる可能性もあるので、注意が必要です。逆に、M&A専門家としては急ぐメリットも減るので、ゆったり進めようとする気持ちも出てきます。

中間報酬: 一次意向表明書(LOI)の受領時売り手の場合)/提出時買い手の場合)、又は基本合意書(MOU)締結時に報酬額の10~20%。なお、二次意向表明書の受領時/提出時にも別途中間報酬を求める業者もいる(同様に報酬額の10~20%)。

成功報酬: 成功報酬も最終契約(株式譲渡契約書)締結時クロージング時(買い手から売り手への買収金額の支払時)2つのタイミングがある。最終的に支払う成功報酬額は、上記レーマン方式での総額より既に支払った着手金・月額報酬・中間報酬を控除した残りの報酬額となることが、一般的ですが、異なる場合もありますので、確認が必要です(少なくとも私は経験したことがないですが、悪質なM&A専門家はやりかねないと思います)。

なお、完全成功報酬型を表明している会社でも、実際クロージング時ではなく、最終契約時に請求する場合もあり、稀なケースとして最終契約を締結しても クロージングしない案件もあるので、要注意。

また、着手金・中間報酬・成功報酬のいずれの手数料も原則支払った後は、一切返金を受け付けません。例えば、着手金・中間報酬を支払った後、最終契約交渉の際に、何らかの事情で売り手が案件を停止したとしても、M&A専門業者は、顧客である買い手に、既に支払った手数料の返金を対応することはありません。

ちなみに、当社の場合は、FA業務しか行わず(片方からしか手数料を頂かず)、クロージング時のみ完全成功報酬型を採用しており、買い手・売り手のどちらか一方から、取引金額(=企業価値)の1%~2%(最低報酬額は500万円)を頂く報酬体系を採用している。

(3)テール条項

テール条項とは、一度破談したM&A案件が、何らかの形で復活し、2~3年という有効期間内に成約した場合でも、M&A業者に報酬を支払わなければならないという取り決め。復活後のM&Aプロセスについて、M&A専門業者が一切関与していない、相対取引であったとしても、破断した際の最初のプロセスの貢献に対して報酬を支払うという仕組み。もし、この状況を求めてきた場合、個別事情を勘案しながら、弁護士や他の専門業者に相談することもお勧めしたい。


②専任条項

これは、選定したM&A専門家以外のM&A仲介会社やFAを採用しては、駄目という条項。ほとんどのM&A仲介会社やFAから要求され、契約書から削除されることに非常に抵抗されます

クライアントとしてのメリットは、以下の通り。
・情報漏洩リスクが下がる &rArr; M&A専門家の1社なので、検討中の売却・買収案件の情報管理がしやすくなる。
・M&A専門家内での優先度が高くなる &rArr; 専属となると、M&A専門家の中での案件優先度が上がるため、成約確度が上がる可能性もある。

一方で、デメリットは、
・セカンドオピニオンが取れない &rArr; M&A業者の能力やアドバイス力に不信感を抱いていも、他の専門家に相談できない。
・幅広く買い手にアプローチができない &rArr; M&A専門家ごとに、買い手との関係の距離に違いがあり、ベストな買い手候補者にアプローチできない可能性もある。

M&A専門家がこの条項を入れたがる理由は、以下の通り。
(1)同業から横やりを入れられることを嫌がる 
(2)
他のM&A専門家によって最終的に横取りされ労力が水の泡となる
(3)他のM&A専門家が別の買い手と協議している場合、案件の全体像が見えず適切なアドバイスが提供できない など。

正直なところ、この条項に反して、別のM&A専門家にセカンドオピニオンを依頼し契約違反をしても、真っ当な理由があって相当な悪意がない限り、M&A専門家としては何もできない気はします。狙いとしては、抑止力を維持しておく効果を明文化しておくことにあると思います。また、アドバイザリー契約締結後に信頼がおけないM&A専門家については、契約解除を行い、別の専門家を選定する方が良いかもしれません。

ちなみに弊社では、専属条項に対してはニュートラルです。顧客/弊社の事情、個別案件を踏まえ、顧客と確り協議した上で、織り込むか否かを検討します。但し、クライアントが他の専門家にセカンドオピニオンを依頼するという状況は、信頼を勝ち得ていない証拠であり、そのような事態にならないように、日々緊張感をもって顧客からの信頼を勝ち取ることが重要と考えています。なお、設けない場合、上記(2)(3)のような事態は、状況によって、ケース分けをして、報酬を規定するようにしています。


③アドバイザリー業務内容

次にされるのが、M&A専門業者のサービス内容。ここは、先に述べたようにM&A仲介会社とFAでは、内容が変わってくる。当社は、FAしかやらないが、例えば以下のような項目をアドバイスすることとなる。

(1)売却戦略の立案
(2)M&Aストラクチャー・手法検討
(3)M&A手続き及びスケジュール策定
(4)案件履行に関する助言及び支援
(5)買い手候補の探索及び紹介
(6)デュー・ディリジェンス支援
(7)対象企業の企業価値又は株式価値の評価
(8)取引相手方との協議・条件交渉に関する助言・支援
(9)M&A推進に必要な書類作成、契約書類等の作成・確定に関する支援
(10)上記の業務に付随関連して顧客にとって有益又は必要なその他の業務


上記内容は、フルスコープベースだが、クライアントや案件によっては、サービス内容を限定したりすることもあるので、それは個別に相談して、ジョブスコープを決めることになる。なお、株式価値の評価・条件交渉に関する助言・支援など、M&A専門業者が行うと思っていた業務が、実はサービス対象外と言われることも多いので、注意が必要。また、M&A仲介会社が、取引相手方との条件交渉を行う条項が入っている場合、これは完全に利益相反となり、お手盛りができる状況を作るだけなので、要注意である。


④直接交渉の禁止

これは、買い手と売り手の両当事者が、直接の交渉を禁ずる条項。FAが介在するM&Aプロセスでは、有り得ない条項であるが、M&A仲介会社の場合、買い手・売り手双方に対して、成約のために一定の条件のもと直接交渉を禁止して、自らが間を取り持つこともあると聞くが、クライアントの意にそぐわない結果に纏める危険もあるので、要注意。なお、FAの場合、直接交渉を行う場合、原則CCとしてFAを入れてもらい、交渉状況がどのようになっているか、逐一共有できるようにはお願いする。但し、大企業の重要案件になると、裏でトップ同士が最後決めることもあるので、その場合、事後的に結果を聞くことになるが、トップ同士が対面するまでの交渉のお膳立てや詰めの作業は、双方の担当者・FAベースで1つずつ確認しながら行うのが一般的。


⑤再委託条項

M&A専門業者が別の第三者にアドバイザリー業務の一部を委託する条項。評価したM&A専門業者に依頼する予定が、実は裏で再委託され、実際のアドバイザーサービスは別の者が担当するということも有り得る。もし再委託条項がある場合、その再委託先は誰か、直接会って確認したり、事前通知・同意の制限を設けたり、事情を確り確認しておく必要がある。株式価値算定は別の子会社が担当したり、クロスボーダー案件であれば、グループ会社の海外子会社の担当もチームに加わったり、色々な再委託のパターンがあるので、それらを踏まえて、具体的に確認しておくことを勧める。


⑥特約条項

M&A案件に関連して、付帯条項を求められるケースもある。例えば、買い手FAの場合、M&A案件が成約した際に、(1)案件に関連するファイナンス(資金調達)を市場から行う場合、FAも資金提供者の1社として選定する、(2)案件に関連して、為替やデリバティブを必要とする場合、FAもそのサービス提供者の1社として選定する など。FA報酬のディスカウントを受け入れた分、別のビジネスを依頼するという趣旨で織り込むことを求められるケースもある。


⑦案件の定義

どの契約にも当てはまるが、個別案件におけるアドバイザリー契約であれば、まずその案件を定義する。例えば、「本案件とは、売主である●●●●氏が保有する株式会社■■■■の普通株式全ての譲渡のことをいう。」のような感じ。

逆にこれがなく、「本案件とは、株式会社■■■■における株式譲渡、事業譲渡、組織再編(合併や会社分割等)、資本提携その他これらに関連する企業提携のことをいう。」となると、包括契約となり、全てのM&A案件をそのM&A専門家に相談することになるので、注意が必要となる。(このようなことは、一般的に起こり得ないが)


⑧補償

M&A専門業者が提供したサービスに起因して、クライアントが第三者から責任追及を受けた場合、そのM&A業者に故意又は重過失があれば、補償を請求できる、というのが、一般的な内容。重過失を過失に程度を下げるよう依頼されることがあるが、これはM&A専門家としてかなりのリスクを負うので、受け入れられない内容。M&A専門家の中には、仮に故意又は重過失によって、クライアントに損害を与えた場合、全額補償せず、クライアントから頂いた報酬額を上限として補償するという制限を求められることもある。


⑨有効期間

アドバイザリー契約の有効期間も案件スケジュールと照らし合わせて決めることになるが、通常は1年契約。自動更新を入れるかどうかは、案件次第だが、いつでも相手方の事前通知により、解約できる条項を入れておく方が良い。もし相手方の会社倒産などの事由がないとなると、M&A専門業者との契約を打ち切りたくても解約できなくなるので、要注意。


その他、秘密保持義務などもあるが、一般的内容であるため、割愛する。

M&A案件は、大きな金額が動く取引であり、オーナー社長にとって、会社売却は最後の大仕事になる可能性もあるので、慎重に様々な方に相談しながら、M&A専門業者の選定とアドバイザリー契約に締結されることを願います。


<関連M&Aコラム>
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※ M&Aに関する相談があれば、是非ご連絡下さい。 >>こちら(無料です!)
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M.A.P.管理者
会社売却の相談先は? https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12j5ykzxt 2023-10-13T17:00:00+09:00
今回は、会社売却の相談先についてのコラムです。

創業者が長年経営してきた会社を売却するのは、極めてセンシティブな話なので、気軽に相談できず、経営者が一人で悩むことが多いと思います。私見を含め、会社売却の際の相談先をご案内しますので、少しでも会社売却を考える経営者の助けになれば、幸いです。


①家族・身内

まずは、家族・身内です。え?と思われる方もいるかもしれませんが、会社売却とは、「会社を退任する」ことでもあり、家計への経済面家族との時間にも大きく影響します。オーナー経営者の中には、仕事を家族に持ち込まない、まだ独身であり相談する家族はいない、相談しなくても理解してもらえるなど、色々な状況があるので、一概には言えませんが、私自身も奥様や子供もいる家族持ちであり、会社売却=自身の引退と言う事であれば、真っ先に相談されるのも良いと思います(反対されない前提ですが)。

家族が会社に関与している場合は、なおさらです。例えば、奥さんが経理担当をしている、ご子息が会社に在籍しているケースなどです。最近では、敢えて子供に会社を継がせないケース子供も親の会社を継承しないケースもあり、第三者への売却を前提に検討されているオーナーも多いですが、引退後の生活を考えると、家族との信頼は重要なので、少しずつ相談されることを勧めます。


②個人的に信頼できる会社社長や元オーナー

次に、個人的に親しく経営の悩みを相談できる信頼のおける方です。良く聞く相談先は、長年取引関係のある取引先の社長や知り合いの社長・元社長等であり、同じ目線でM&Aに関する情報を収集することも重要です。過去に会社売却を経験された元オーナーであれば、売却後の状況について様々な役立つ情報を聞くことができます。また、親しい取引先の中には、会社の株主の方もいる場合があるので、そのような取引先も相談先候補になり得ると思います。


③会社幹部

その後は、会社幹部です。会社売却理由として、健康面や引退に関する考えなどプライベースに関連することもあるため、胸の内を明かせる社内の信頼がおける部下やパートナーです。具体的には、創業以来、長く会社を支えてきた経営幹部や財務に詳しい管理部門の担当役員(番頭さんのような方)です。社長より若い場合、売却後も勤務することになるので、その場合は第三者への売却可能性についても彼らに事前に相談し、彼らの考えを聞いたり、同意を得ておくことを勧めます。また、実際に会社売却を進める際には、実務担当者が必要になることから、信頼のおける部下を早期に関与し、売却の背景や考え、検討状況を共有しておくことも良いでしょう。


④外部専門家

身内・社内等、徐々に売却意向のコンセンサスを固めた後の相談先としては、身近な外部専門家です。当然ながら、会社売却の情報は高い機微情報であるので、長年の信頼関係があり、会社の財務状態や事業内容を知っている、顧問税理士・会計士や弁護士、取引先銀行(又は証券会社)、経営コンサルタントなどになります。専門家に相談する際の、私からのアドバイスは、以下のポイント。

(1)本当に信頼がおける専門家か?(クライアントの利益のためにサービスを提供するか。M&Aのことに詳しいか)
(2)買い手候補を知っているか?買い手のキーパーソンにコンタクトができるか?
(3)売却対象会社を客観的に評価でき、買い手に確り説明・アピールができるか。


これらのポイントを押さえながら、まずは近くの信頼がおける相談先と話をしてみることをお勧めします。なお、信頼がおける取引先銀行や税理士事務所がM&A対応をできない場合、他のM&A専門家を紹介することもあります。彼らが連れて来るM&A専門家 = 信頼がおけるアドバイザーという訳ではないので、注意が必要です。特に、紹介を受ける際は、その相談先が紹介するM&A専門家から相談先がキックバックを受けるかどうか、も確認した方が良いです。

なお、上記以外で他の買い手候補を探さず、最も信頼のおける取引先に買収を直接依頼することもあります。その場合、メリットとしては、会社規模が大きく財務基盤も確りした取引先であれば、従業員の不安は少しは払拭できます。一方で、デメリットは、あくまでもビジネス上の関係であるため、良い売却価格・条件でのM&Aが期待できないこともあります。

M&A専門家を選ぶ上で、重要なポイントは、売主・会社のために確りアドバイスをして、行動に移してくれるかどうか、だと思います(当たり前ですが)。そのためには、売主の希望や会社の事業・状況を確り理解し、良い買い手を連れてこれるか、その買い手からより良い条件を引き出せるか、そのためのアドバイスや行動をできるか、と言う事だと思います。買い手探索においても、アドバイスだけでなく、最後まで確り探してくれるか、という点も重要です。

専門家ごとのメリット・デメリットを挙げます。


【顧問税理士・会計士や弁護士、経営コンサルタント】
(メリット)
・関係が長いと、事業内容やオーナー社長の人間性も分かっているので、相談しやすい。
・強みがはっきりしている。税理士であれば税務面、会計士であれば会計面、弁護士であれば法令面。
(デメリット)
・M&Aに慣れていない場合が多い。
・能動的にアドバイスをもらえないケースが多い。(通常の業務と同様に相談すると回答が返ってくるというやり取りになりがち)
・自分の職域以外のアドバイスをもらえない。(弁護士に会計面のアドバイスがもらえないなど)
・案件推進は自分でせざるを得ないケースが多い。

従って、既に買い手やスケジュールが決まっており、実務的に進めるのみの案件であれば、相談されると良い。税理士や会計士であれば、別のM&A専門家を紹介されることもある。


【取引先銀行・証券会社】
(メリット)
・関係が長いと、事業内容やオーナー社長の人間性も分かっているので、相談しやすい。
・別部隊として、M&A専門チームを持っているケースが多い。
・優秀なメンバーが多く揃っており、安心できる。
・大手企業や上場企業の買い手を連れてくることができる。
(デメリット)
・取扱金額が大きいケース(例:50億円以上など)が多く、小規模案件は取り扱ってくれない。
・取扱金額が大きいため、最低手数料も高い(最低でも10百万円以上)
・M&A担当者は、案件のみの付き合いとなるため、担当者との相性が合わないこともある。
・社内人事異動もあり、(潜在能力は高いが)M&A経験が浅いメンバーも混在している


【M&A専門家 -M&A仲介会社-】
(メリット)
・小規模案件(5億円以下)を数多く扱っており、小規模M&Aは得意。
・全国に買い手のネットワークを有しているので、買い手とのマッチング力は強い。
・営業力が強いので、フットワークが軽く、相談しやすい。
・スピード重視でM&Aを終わらせたいオーナーには向いている。
(デメリット)
・案件規模に対して、手数料が高い。(通常取引金額の1~2%だが、レーマン方式という最大5%を採用)
・案件のみの付き合いとなるため、担当者との相性が合わないこともある。
・成功型の報酬体系のため、短期間での案件成約を優先しがちであり、希望条件を拘りたいオーナーには不向き。
・あくまでも仲介者であり、売主の味方ではない。むしろ取引が継続する買主寄りのスタンスもある。
・利益相反を嫌う上事企業や大手未上場企業とコンタクトできない場合がある。
・マッチングまで(基本合意締結まで)サポートするが、それ以降は売主は他の買い手と交渉できない、排他的なプロセスになるため、サポートしないこともある。


【M&A専門家 -大手会計事務所-】
(メリット)
・小~中規模案件(5~50億円以下)も顧客によっては取り扱っている。
・顧客によるが、報酬体系も柔軟に対応。
・丁寧なアドバイス・サービスを受けることができる。(スピード重視ではない)
・財務・財務面のアドバイザーをパッケージで依頼することができる。
(デメリット)
・必要以上のアドバイスはしない。手堅いアドバイスのみとなる。
・能動的なアドバイスは、どちらかというと期待できず、聞いたことに応えるというスタンスになりがち。
・取扱い案件数が多いため、案件工数や案件確度を見て断られるケースもある。


【M&A専門家 -プラットフォーマー-】
(メリット)
・小規模案件(5億円以下)を数多く扱っている。
・多くの案件を自分で検索でき、サイトからいつでもオファーを出せる。
・基本的にシステム利用手数料のみで、安い傾向。
(デメリット)
・あくまでも買い手とのマッチングだけで、付随するアドバイスは一切ない。(システムの使い方などくらい)
・アドバイスが必要な場合、別途専門家を雇う必要がある。


【M&A専門家 -FA(フィナンシャルアドバイザー)・ブティック系-】
(メリット)
・中規模案件(20-30億円)以上のM&Aを扱い、M&A仲介やプラットフォームに出てこない案件を扱う。
・顧客には上場企業も多く、買い手によってはキーパーソンと強いコンタクトを持っているケースがある。
・優秀な人材が多く、M&A経験が長いメンバーも多数いる。
・実績のあるFAは、アドバイス能力があり、安心・信頼できる
(デメリット)
・フィー体系は、銀行や証券会社に類似しており、高めの傾向。
・少数精鋭ではあるが、クライアント数は限定されるので、アクセスできる買い手が少なく、マッチング力は、弱い場合もある。

ちなみに、当社は、FA+プラットフォーマーを目指しています。


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M.A.P.管理者
会社を売りたい方へ。会社売却のポイント。 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12rc2yrcj 2023-10-12T17:00:00+09:00
自分の会社の売却を検討する際に、まず抑えるべきポイントをここに挙げます。

①いくらで売れるのか?
②誰が買うのか?
③会社の売却で周りに迷惑が掛からないか?
④誰に相談すれば良いか?
⑤いつから考えれば良いか?
⑥まず何からすれば良いか?
⑦売却後はどうなるのか?


①~⑦まで順を追って説明したい。


①いくらで売れるのか?

従業員や取引先などステークホルダーがいる手前、大きな声では言えないですが、対象会社の株式を持っているオーナーであれば、気になるのは正直なところ。

未上場企業の場合、価格算定式で、純資産額+営業利益3~5年分EBITDA×8年~10年分など、様々言われますが、私の経験上では、例え業種が何であれ、余程良い会社でないと、そのような価格はつかないです。

では、買い手にとっての良い会社とは何か?一言でいうと、誰もが欲しがりそうな会社であり、具体的には、以下のポイントがクリアされている会社です。

・赤字ではなく、債務超過でもない。
・キャッシュフローが安定していて、順調に売上高・利益が増加している。
・将来の売上高・利益予測も信頼できる。
・取引先には上場会社も多く、取引数も分散している。
・他社にはない、競争優位な技術・ノウハウ、差別化できる製品、キラリと光るビジネスモデル、営業/販売力や独自の営業網・手法がある。
・買収後もオーナー・社長・キーマンが一定期間、会社に残ってもらえる。
・社長が居なくなっても、業務が運営できる体制が整っている。
・法令違反もなく、簿外債務もない。財務状態が健全。
・売上高は少なくとも10億円以上ある、など。
・これらをすべてクリアして、事業承継で悩んでいる会社


どうでしょうか。もし、自分が「良い会社」の経営者であったとして、売りたいでしょうか?売りたいとしても、幅広く声をかけたいでしょうか?

このような会社は、どの業種でも引く手あまたです。後は価格目線が買い手と合うかどうか。売却前には、恐らく既に複数社から声が掛かっているし、本気で売却しようとすると、その算定式に近い金額で売却できます。私も過去にお手伝いした会社で、いずれもクリアできる会社売却のケースはありましたが、既に2-3社から声がけがされており、むしろClosedなプロセス(その会社を知らない方や売主によって意図的に外された買い手には案内が届かないやり方)で進める、売り手が買い手を選べるような状況でした。

逆に言うと、上記ポイントで何らかの課題がある会社が、売却案件として広く紹介されるケースがほとんどです。慣れた買い手であれば、その事情を理解した上で、ディスカウントした価格算定をするので、結果的にその算定式には届かない、と言うことになります。

この辺りは、売主に説明をすると皆さんは一様に理解頂けるが、ただ悲観的になることもないです。聞いてみると、
(1)意外と売主が課題と思い込んでいるケース
(2)譲渡対象企業の実態や状況を買い手に説明すると、買い手によっては程度が軽いこともあるケース
(3)課題があってもそれを上回る技術・ノウハウや社長の資質があるケース

など、様々な事情があり、結果として良い価格を提示する買い手も出てくることはあります。(後段の⑤誰に相談すれば良いか?を参照)

これらの事情を理解せず、M&A業者の言われるがままに、煽られながら、プロセスを流され、引くに引けなくなり、結局安値で売却せざるを得ない(or そのように自分にも言い聞かせる)オーナーも多いと思います。

私からの提案として、M&A業者とは専属条項*のあるアドバイザリー契約をせず、セカンドオピニオンを取れるようにしておくこと、仮に専属条項があったとしても、買い手と交渉に入ったとしても、譲れない条件を確りとプロセス開始前に定めておくこと(M&A業者にも確り伝えておくこと。聞いてこない or 真に受けないM&A業者とは付き合わないこと)をお勧めします。(当社は、売主とのアドバイザリー契約の中で、専属条項は入れません

*専属条項: 契約したM&A業者以外とは、会社売却の相談をすることができなくなる条項。ほとんどのM&A業者は、M&A契約する際に売主に求めます。

価格よりも案件成立を急がざるを得ないなど、事業承継問題に時間の猶予がない場合もあると思いますので、ケースバイケースですが、良い価格で会社譲渡を考える場合、上記ポイントを押さえながら、信頼できる専門家から上記ポイントを客観的に評価してもらい、少し早めに準備することをお勧めします⑤いつから考えれば良いか?を参照)。なお、上場会社の場合、既に株価が付いているので、非上場企業以上に悩むことはないです。


②誰が買うのか?

これは価格以上に重要になるケースが多いです。結局、買い手が現れないとM&Aは成立しません。興味のある買い手が複数現れて、良い価格を提示してきても、最終契約締結まで買い手がついて来れないと意味がないです。

つまり、本当に買収する意向のある買い手(売主の希望条件に真剣に向き合ってくれる買い手=「リアルバイヤー」)を連れて来る必要があります。アドバイザー選びのポイントの一つとして、「リアルバイヤーを知っているか、連れてこれるか」というのは重要になります。

過去売主のアドバイザーを務めた経験から、ある程度興味のありそうな買い手を複数挙げることはすぐにできます。しかし、リアルバイヤーを特定することは難しく、個別案件をもとに、そのタイミングでディスカッションしないと分かりません。

私も長年M&Aアドバイリー業務を行っていますが、正直なところ、外見的に事業内容・領域・地域的に売主と距離が近い買い手候補であっても、買い手は対象事業・バリューチェーン・規模・地域・取扱製品/サービス・強み/弱みなど、色々な観点で直接会話をしないことには本当の興味度合いは、わかりません。買い手のニーズにピッタリと当てはまっていても、タイミングが悪いと見送られるケースもあります。

ロングリスト作成時には、買い手候補数の半分は、自分の経験から分かります(同業や近しい先)が、残り半分は、未上場企業を含め、色々と調べて候補を上げていくイメージです。情報漏洩リスクを気にしないのであれば、買い手側のFA経由含め、多くの買い手候補に当たった方がより、良い条件での売却可能性は上がると思います。

売主から見ると、意外な買い手候補も存在するので、買い手選定に制限がなければ、FA経由含め、先入観をもたず幅広に当たってみるのもお勧めです。

買い手候補を挙げる上での重要なポイントは、

(1)事業領域が若干ズレているか? ⇒ 人はないものねだりです。会社も同様。結果的に買収した会社と対象会社を比べると、当然被っているもの(製品・販売エリア・技術など)もあるが、買い手にないものを対象会社が持っているか?それが買い手にとっては魅力的なモノか?となります。上場会社であれば、発表している事業計画で分かる場合もありますが、タイミング等もあるので、「魅力的なモノか」は本当のところ聞かないと分からないです。

(2) 買収余力があるか? ⇒ 結局、買収興味があっても、買う余力がないと、リアルバイヤーではないです。売上高・利益・手元資金(有利子負債水準)から判断します。

(3)過去M&A経験は十分にあるか? ⇒ お金があり、興味度合いが強くても、最後の契約まで行かない買い手は、M&A経験数が少ない場合が多いです。或いは、最後にビビッてしまい、買収条件をかなり厳しくして、破断することもあります。リアルバイヤーは、決断できる会社となるので、買収規模感含め、相手のM&A経験値を確認することは重要です。

(4)買い手の中で誰が興味を持っているか? ⇒ 大きな企業になると、初期段階で買い手のトップの意向を確認することは難しいですが、少なくとも最初の意向表明書(LOI)提示の際には、トップの意向を反映した内容であることが重要です。プロセスは進んだものの、DD後半に入り、トップに報告してすぐに見送りすることも良くあります。売主からすると、最初に確認すれば、済むことを案件後半に、そのようにされるとかなり、それまでの労力含め、かなり痛手です。


③会社の売却で周りに迷惑が掛からないか?

社歴が長ければ長いほど、価格以上にこの点を気にするオーナー社長は多いです。特に、売却後の従業員や取引先に迷惑が掛からないか、を気にします。M&Aは秘密裏に進むことが一般的なので、従業員や取引先からすると、突然発表されるケースが多く、彼らに動揺されるケースも多いです。従って、迷惑は少なからずとも掛かってしまう、というのが答えであり、その迷惑度合いが問題となります。

従業員であれば、売却後は自分たちの仕事がどうなるのか(バックオフィスや営業部門は統合され、お役御免にならないか)、仕入先であれば、売却後も今まで通り取引を継続頂けるのか買い手が同業の場合、販売先にとって仕入ルートが1つ減るので、取引量の調整が必要にならないか、など。

これらを踏まえ、買い手とは売却プロセスの中で、従業員の処遇(売却後、当面の間、勤務条件や処遇を変えないなど)や主要な取引先への対応(買収後すぐに一緒に説明に行く)など、確りと話し合い、買収発表後にすぐに協働して対応できる体制を構築する必要があります。発表後、直ぐに対応するかどうかで、その迷惑度合いの大きさは変わります。

私の経験では、M&Aに慣れている買い手であれば、この点は売り手と同じくらい気にするので、むしろ売主の方から売却にあたっての希望条件を初期段階より、確りと伝えておくことをお勧めします。

逆に買い手側が気にするポイントは、オーナー兼社長の場合、社長は売却後も会社に残るか、です。多くの買い手は、売却後も一定期間は社長には会社に残って頂きたいと考えます。理由は、中小企業の社長の影響力は会社規模が小さいほど大きいので、社長が売却後にすぐに退任されることを嫌がるからです。この点も自社の状況を踏まえ、オーナー自身の売却後の立ち位置も、売却を検討する際には、考えておく必要があります。

なお、売上高20~30億円以上で、ステークホルダーを気にしないなら、買い手候補として投資ファンドも挙げることはできます。


④誰に相談すれば良いか?

まずは、家族です。自分で創業した会社を「売却」すると、「会社を退任する」こともあります。売却後すぐではなく、一定期間後に退任するケースが多いですが、報酬は減額することも有り得るので、家計への経済面や家族との時間にも大きく影響します。
会社に家族が関与している場合は、なおさらです。例えば、奥さんが経理担当をしている、ご子息が会社に在籍しているケースなどです。最近では、敢えて子供に会社を継がせないケース子供も親の会社を継承しないケースもあり、第三者への売却を前提に検討されているオーナーも多いです。なお、家族の状況は様々で、家に仕事を持ち帰らない、言わなくても家族は理解してもらえるなど、あまり問題にならないのであれば、会社内だけで考えるケースも多分にありますが、私が会社を売るという立場になると、まずは家族に相談します。

次に、個人的に親しく経営の悩みを相談できる信頼のおける方です。良く聞く相談先は、長年取引関係のある取引先の社長や知り合いの社長・元社長等であり、同じ目線でM&Aに関する情報を収集することも重要です。過去に会社売却を経験された元オーナーであれば、売却後の状況について様々な役立つ情報を聞くことができます。

その後は、信頼がおける会社幹部です。具体的には、創業以来、長く会社を支えてきたパートナーや財務に詳しい管理部門の担当役員(番頭さんのような方)です。もちろん、彼らも後継者候補となりますが、年齢によっては、社長承継を拒否されるケースもあるので、その場合は第三者への売却可能性についても彼らと事前に相談する方が良いです。

身内・社内等、徐々に売却意向のコンセンサスを固めた後の相談先としては、外部のM&Aに明るい専門家です。当然ながら、会社売却の情報は高い機微情報であるので、長年の信頼関係があり、会社の財務状態や事業内容を知っている、顧問税理士・会計士や弁護士、取引先銀行、経営コンサルタントなどになります。専門家に相談する際の、私からのアドバイスは、以下のポイント。

(1)本当に信頼がおける専門家か?(クライアントの利益のためにサービスを提供するか。M&Aのことに詳しいか)
(2)リアルバイヤーを知っているか?
(3)リアルバイヤーのキーパーソンとコンタクトがあり、トップ面談に引き合わせることができるか?
(4)(2)(3)が無理でも、①で上げた良い会社の基準に照らして、対象会社を客観的に評価でき、買い手に確り説明・アピールができるか。
(5)(4)がクリアでき、短期間で多くの買い手候補に積極的・効果的にアプローチできるか。


次の株主(事業会社)に事業を継承する場合、これらのポイントを押さえながら、まずは近くの信頼がおける相談先と話をしてみることをお勧めします。なお、信頼がおける取引先銀行や税理士事務所がM&A対応をできない場合、他のM&Aアドバイザーを紹介することもあります。彼らが連れて来るM&A専門家 = 信頼がおけるアドバイザーという訳ではないので、注意が必要です。特に、紹介を受ける際は、その相談先が紹介するM&A専門家から相談先がキックバックを受けるかどうか、も確認した方が良いです。

なお、上記以外に最も信頼のおける取引先に相談することもあります。その場合、メリットとしては、会社規模が大きく財務基盤も確りした取引先であれば、従業員の不安は少しは払拭できます。一方で、デメリットは、あくまでもビジネス上の関係であるため、良い売却価格・条件でのM&Aが期待できないこともあります。

M&A専門家を選ぶ上で、重要なポイントは、売主・会社のために確りアドバイスをして、行動に移してくれるかどうか、だと思います(当たり前ですが)。そのためには、売主の希望や会社の事業・状況を確り理解し、良い買い手を連れてこれるか、その買い手からより良い条件を引き出せるか、そのためのアドバイスや行動をできるか、と言う事だと思います。買い手探索においても、アドバイスだけでなく、最後まで確り探してくれるか、という点も重要です。

①いくらで売れるのか?にて、良い会社の条件を挙げた際に、それら項目をアドバイザーとして客観的により適切に分析・評価し、売主にとって優位な状況でM&Aを進めることができるか、と言う点も重要だと思います。


いつから考えれば良いか?

当社のように、クライアントの利益最大化をベースにアドバイザリー業務を行う場合、売却価格だけでなく、ステークホルダーへの影響にも最大限配慮するため、買い手選定や売却準備、売却後の引継ぎに時間をかけた方が良いと考えています。

具体的には、(1)M&A検討期間、(2)M&A実施期間~(3)M&A後の引継ぎ期間をトータルすると、最低1年~1.5年を見ておいた方が良いです。売却をゴールとすると、最低6ヵ月間は、(1)検討、(2)実施にかけるイメージです。

但し、実際に相談されるケースでは、既に(1)M&A検討を自社で行っているケースも多く、(2)M&A実施期間だけであれば、売却準備と正式なプロセス開始から、3~4か月で終わるケースも多いです。

あとは、(3)M&A後の引継ぎ期間ですが、前述の通り、買い手はオーナー兼社長の売却後の引継ぎ期間として、最低6ヵ月間を求めるケースが多いので、オーナーとしては、トータルで、検討開始から退任まで最低1年見ておくことをお勧めします。なお、会社規模や日々M&Aに携われる時間によって、長くなるケースは多分にあります。


⑥まず何からすれば良いか?
(1)引退/売却時期の検討
オーナー経営者に定年はありません。自分が続けたいだけ、働くことは出来ます。但し、余生をどう過ごすか、体が動き続けるまで働きたい、売却資金を元手に家族との時間や趣味の時間を作りたい、或いは新たなビジネスを始めたいなど、自身の人生観が影響します。家族など近しい方と相談をして、まず自身の引退時期(= 会社の売却時期)を決めることをお勧めします。

気を付けるべきは、売却後の引継ぎ期間も考慮することです。なお、多くの買い手は、ステークホルダーとの関係や社長の影響力を踏まえ、引継ぎ期間が長い方が良いと考えるケースも多いので、最長売却後2年間の在籍可能性があることも念頭に置くことを勧めます。(これはあくまでも、売主の希望や買い手との交渉次第です)

(2)希望する条件の検討
家族や会社幹部に相談する前に、売却にあたって、自身で譲れる/譲れない条件の整理が必要です。条件とは、売却金額、売却先、売却時期、売却後の従業員の処遇、取引先の扱い、会社名・ブランド名の存続など。多くの事業会社オーナーは、当然自身の会社・ステークホルダーへの責任感や愛着を持っていますので、まずは自身で決められることをお勧めします。

(3)信頼できる相手への相談
④で上げた信頼のおける相談先への相談です。社内外に近しい方がいない場合、又はいたとしても話がまとまらない可能性もあるため、敢えて相談せずに外部相談先・専門家にいきなり話をするケースもあります。外部のM&A専門家に相談すると、関係が遠いほど、経営者個人の悩みに傾聴するというより、具体的なM&Aの進め方などの方法論を説明される傾向にあるので、その点からもM&A専門家との相性も気にされた方が良いと思います。具体的な進め方については、専門家が示すプロセス・スケジュールに乗れば良いと思います。なお、譲れる/譲れない条件については、M&A専門家と事前に握っておく、その拘り条件に理解してもらえるM&A専門家を選任することをお勧めします。


⑦売却後はどうなるのか?
(1)引継ぎ期間がある場合
引継ぎ期間がある場合、親会社から派遣される次期責任者に引き継ぐことが業務となります。引継ぎ期間が終了すれば、業務が無くなり、退任となります。売却時に引継ぎ期間を決められるので、その期間の雇用は確保されます。(状況によっては、前倒しされることもありますが)

なお、買い手によっては、特に親会社から経営陣を派遣することなく、これまでと同じように元オーナーに経営を任せる(権限もそのまま委任する)こともあります。当然、業績や重要事案の報告/事前決裁義務は生じます。なお、このケースにおいて、アーンアウト条項*に応じることもあるので、売却後に期待された成果がでないと、後払い金額が下がったり、前倒しでの退任を余儀なくされることもあるので、これは確り売却交渉の中で、買い手と協議する必要があります。

*アーンアウト条項: 株式譲渡契約書の中に織り込まれることがある条項で、100%株式譲渡であるものの、一部の株式対価は、買い手による後払いとなり、その後払い分の売却金額は、譲渡後の一定期間の業績に連動して変更するという内容。特に、設立短く、急成長フェーズの会社や買収後に急成長を見込んでいる会社を買収する場合、買収後の事業計画の蓋然性が低いため、買い手が求めて来るケースがある。


(2)引継ぎ期間がない場合(引継ぎ期間が終わった場合)
無職となります。極端なことを言うと、会社売却日に、オーナー兼社長は、代表取締役社長を退任するので、特に後の雇用がなければ、職がなくなります。意外と話題になりませんが、実は無職になったことがない社長であれば、結構衝撃的なことであり、誰も社会保険料を会社が払ってくれない(保険証はどうなる?)、名刺もない、会社名義の社有車は使えるのか、個人保有の不動産はどうなるか、クレジットカードは使い続けれるのか、家が賃貸であれば追い出されないか、その他必要な手続きはないかなど、意外と知らないことが多く降りかかってきます。

冷たいことを言うと、退任後であっても、他社から色々と顧問依頼の話が来るだろうと思っていても来ないことが多いです(世間は冷たいと感じるはず)。知り合いの人に頼んで紹介頂くことはありますが、プライド的に自ら依頼したくないなど、あると思います。

会社売却までは、手続きや買い手との交渉でバタバタ忙しいですが、いざ売却日を迎えると、寂しいものです。
退任すると会社の元部下に聞く訳にも行かず、家族に聞いても相手にされないこともあって、お金はあっても、突然小さなことの相談相手もいない状況に直面し、精神的にも結構参ることがあります。

従って、会社売却を考え始めたあたりから、少しずつ昔からの知り合いや元経営者仲間と距離を近づけ、ゴルフや飲みに行ったりすることもお勧めです。(特に、会社売却のBefore/afterでの変化や何が大変だったかを事前に聞いておくのは、意外と助かります

なお、教科書的には、①事前に退任後のプランを考えておく(退任後、1年間ゆっくり奥さんと過ごすのも良いです)、②プランがなければ、会社に一定期間、顧問や非常勤取締役などの名目で、在籍を依頼するのも手段としては良いと思います(買い手に取ってみてもマイナスはないので、プロセスの初期段階や交渉期間中であれば、あっさり同意を得られるケースは多いです。言い辛ければ、アドバイザー経由で形式的に伝えることでも大丈夫です)。


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M.A.P.管理者
買い手にとっての「成功するM&A」 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12y8r5tyk 2023-10-04T14:00:00+09:00
買い手にとっての「成功するM&A


成功したM&Aは、全体の20%程度と聞いた記憶がある。それほど、M&Aの成功は難しい。ただし、短期間で売上高と利益を増やすことができ、金で時間を買うことができる手段であるので、多くの会社は積極的に行っている。上場企業の社長は、任期が5~10年など決まっているケースがあり、その期間で実績を上げ続けるとなると、M&Aは蜜の味と言っても良い。

成功の定義は難しく、人によって異なるが、ここでは、「買収金額以上の事業価値を5年以内に達成できたか?」とする。


なぜ5年かというと、DCF法での企業価値算定の前提となる事業計画は、長くても5年だから。5年で買収時の事業計画を上回ると6年目以降もその成長率の延長線上となり、継続価値含めて買収価格以上となる。

本題に入る前に、以下の内容は、あくまでも筆者の経験に基づくものであり、全ての案件に当てはまるものではないことを予めご了承ください。従って、あくまでも一例であり、参考程度に留めて頂けますと幸いです。


成功するM&A

私の知り得る成功パターンは、大きく分けて2通り。

①「安く買う」
②「高く買ってもそれ以上の価値を出す」


冒頭、成功したM&A20%のうち、半数以上は①に入ると思う。従って、②は極めて難しい。但し、私の経験の中で少なからず存在する。

①「安く買う」にはどうすべきか。

アドバイザーを介さず、直接交渉に持ち込むのがベスト。自己否定になるが、経験上、このパターンが圧倒的に多い。過去成功している買収事例をクライアントに聞くと大半が「相対」でアドバイザーを介さない「直接取引」。

恐らくほぼ買い手の言い値で決まっている。恐らくその1社しか売却相談をしていないケースもある。売り手もM&A相場の存在(もう少し高値で売却できる買い手が存在すること)を理解しつつも、それ以上のメリット、例えば、長い期間の信頼関係、企業文化の親和性、従業員の雇用維持、取引先の関係維持など、売却価格以上のメリットが売り手側にある場合に成り立つ。純資産価格や営業権(EBITDA)の2-3倍など、いわゆるM&A相場よりも安値で買収できているケースが多い。これについては、論じる必要はないだろう。


②「高く買っても成功する」M&Aは、どのようなケースか。

「高く買っても成功する」→「高く買ってもそれ以上の価値を出す」と言い換え、かみ砕くと、「高い価格で買収したとしても、価格の前提となる利益見込みを上回る実績を出す」ことと言い換える。

当然安いに越したことはなく、安いほどM&Aが成功する確度は高くなるが、オークションでの売却の場合、人気案件となると、複数の買い手が名乗りを上げ、買収価格や条件を競い合い、結果的に買収価格は釣り上げる傾向にある。従って、オークションの場合、どのように買収価格を検討し、M&Aを成功に導くケースはどのような場合か、を見ていきたい。

(1)対象会社側の利益見込み(事業計画)をどう評価するか
(2)その計画をもとに、買収後に生じるシナジー効果を試算し、どこまで買収価格に上乗せするか。
(3)買収価格の前提となる事業計画を上回る実績を出せるか。



(1)対象会社側の利益見込み(事業計画)をどう評価するか。
同じ業界、同じバリューチェーンで、川上と川下の関係、競合他社であれば、事業計画の妥当性(売上成長率の妥当性、収益力の評価など)を少しは検証できる。

a) 対象会社側が買収者と異なる領域・マーケットであれば、検証は難しくなる。私の経験上では、領域マーケットビジネスモデルなどの相違具合が大きいほど、買収後の成功難易度は上がるイメージ。小さいほど、難易度は下がる。とは言え、難しいが。

b) 買収者側で誰が事業計画の妥当性を検証するか。関連する事業部門が検証する方が確からしさは上がる。もっと言うと、事業部門から出てくる買収案件であれば、よりその検証精度は上がる。日頃から、事業部門に取引先・業界内で買収ターゲットを探索させる仕組みがあると尚良い。

従って、「買い手の事業領域と対象会社の事業の近さ」「買い手の関連事業部門が事業計画を確り検証するか」が、まずM&A成功にとって、重要なポイントとなる。

ここで注意すべきことは、売却プロセスで出てくる事業計画は、「お決まり」として、背伸びされた計画数値であることが多い。上場企業の売却案件でも、公表している中期計画数値以上の事業計画が出てくることさえもある。

従って、売り手から提示される事業計画を検証するというのは、どこまで鵜呑みにするか or どこまで叩くか、ということになる。

なお、事業に詳しくなる/売上数値を背負う事業部になると、必要以上に叩きたくなるし、怪しい数値は全て訂正したくなる。しかしながら、一歩下がって、過去のトレンドも見ながら、あまり細かなところに入り込まず、少なくともこの程度の計画数値であれば、達成できるであろう、というレベルにとどめておく方が良い。これは、安くするのは良いが、結果買収できないと意味がないので、この調整役は、社内的にはM&A担当部門(経営企画部門)の役割とある。

正直なところ、DDをしてもやはり事業計画の検証は難しく、ましてや自社の計画の確度すら分からないケースが多い中で、同業や取引先とは言え、他社の事業計画の不確実性は当然高いので、全てのリスクを排除して安く買うために叩きすぎると、いくらシナジーを載せても売り手目線に届かなくなる。

但し、このプロセスで重要なことは、買収後、事業責任者として対象会社を管理することになる関連事業部の方に、DD段階から、事業計画を検証してもらうことにある。Day1より、その計画数値の責任は、ブーメランとなって、事業部に返ってくるので、彼らの合意が得られる数値に収めておく方が、PMIを考えると重要となる。


(2)その計画をもとに、買収後に生じるシナジー効果を試算し、どこまで買収価格に上乗せするか。

いずれにせよ、買い手として事業計画を評価した後、

・鵜呑み or 叩いた後の事業計画(修正事業計画)をベースとして、どこまでシナジーを積み上げるか。
・シナジー込みの株式価値の中から、売り手にシナジー分の一部を支払うことまで許容するか、Yesの場合、いくらまで売り手に払って良いと考えるか。

というステップとなる。特に2つ目の売り手にシナジー分の一部を支払うことまで許容するかについて、様々な意見がある。「全く払う必要がない」「本件は希少性があるから、一部払ってでも買収しよう」どちらも間違いではない。但し、高く買収すればするほど、成功確度は下がるので、これは買い手の方針によるところがある。
もちろん、買い手アドバイザーとしては、安く買収してもらうには、シナジー分まで払う必要がない、と言いたいが、そう言えない案件も実際にはある。

以下、株式価値評価と譲渡価格のイメージ図を参照。


教科書的には、DCF法で評価された株式価値は一旦レンジで示され、マーケット基準となるマルチプルや類似取引と比較検討しながら、最終的に1つのスタンドアローンベースの株式価値(シナジーが入っていない)を算定する。そこからシナジー込みの株式価値を算出し、その価値の中でいくらで売り手に提示するかを検討する。


ここまでは綺麗ごと/ロジックの世界であり、実際は事業計画の確度やシナジーの現実性は、正直買収・運営しないと分からない。事業計画を良く眺めると、中には年度を追うごとに成長率が上がったり成長率がJカーブを描いていたり売上成長率は横這いだが、利益率が上がっていく計画であったり。DCF法となると、継続価値(6年目以降の価値)が全体価値の70%以上を占めることが一般的なので、そもそも不確実性の高い価値評価であることは変わりない。

何が言いたいかというと、残念ながらM&Aプロセスにおいては、買収後のことはあまり考えず、事業計画、修正事業計画やシナジーの内容、株式価値の算定結果を頭に入れながら、オークションにおける他社の状況、売り手の売却目安などを見ながら、いくらなら買収できそうかという思考回路になってしまう。買収しないと意味がないので。想定以上の買収価格を求められる場合、結局試算したシナジーでの取り分が減少するので、それを受け入れられるかどうか。もっと言うと、そこまでして欲しい案件なのか、冷静な判断が必要となるし、正直なところ撤退基準は設けておいた方が良い。

なお、事業計画然り、シナジー試算もビジネスに関するところは、なるべく関連する事業部にて試算してもらう方が良い。結局、買収後のシナジー創出もブーメランとなって返ってくるので、受け手を明確に決めておくのが重要。


(3)買収価格の前提となる事業計画を上回る実績を出せるか。

結局、M&Aの成功は、買収後に実績を残すことでしか示すことができない。事業環境面での追い風が強く、シナジーを出すまでもなく、スタンドアローンベースで計画以上の実績が出れば、それもM&Aの成功と言える。
色々な要因はあるが、成功しているケースの共通点を挙げると以下の通り。

・事業環境: 「運」の一言に尽きることも有るが、例えばリーマンショック後、2011-12年あたり、円高時期に買収した海外案件は、その後成功した事例がいくつかあった。また、2013年以降のアベノミクスに上昇気流に乗って、事業成長に繋がった事例もある。その事業環境やマーケットを読む力は、やはり重要。但し、自社でどうすることもできないので、今後起きうる事業環境の読みを日頃から意識して、買収時に個別案件に当てはめて検討するしかない。

事業部の関与度が深い案件: 対象会社とシナジーを出す事業部が関与するほど、対象会社の成長に貢献できる。特に、事業部が挙げてきたM&A案件は、買収後の事業へのコミットメントも高く、比較的成功確度が高い。従って、事業計画を検討する中で、経営企画ではなく、事業部にM&Aを検討させる方が良いケースもある。

・事業の親和性が高い案件: 事業領域、事業エリア、バリューチェーンなど、事業の親和性が高い案件の方がシナジーは出しやすく、対象会社の事業成長に寄与できる確度が高くなる。

対象会社の社長継続権限委譲: 最低限のガバナンスを効かせられるようにするものの、買収前と同じように対象会社の社長を変えず、自由度を持たせた経営を許容したり、権限を委譲してうまく行くケースも多い。やる気を引き出すために、インセンティブ制度を設けたり、買い手側で然るべきポジション(執行役員など)を用意して、買い手内でも高いポジションを与えると、信頼関係が構築されうまく行くケースもあった。中には、買い手内で出世し、被買収側の社長が、買い手のある事業責任者を務めるケースもあった(買い手側の関連事業を対象会社に譲渡して更に大きな事業規模で運営を任せてうまく行った事例もあった)。それほどフレキシブルなスタンスであれば、被買収側が委縮せずに伸び伸び事業を行えるので、良いのかもしれない。但し、これはケースバイケースなので、人や状況により判断する必要はある。

なお、結局シナジーって何なの?と思われるかもしれない。買収のための利益計画を作ったので、予実分析すべきとの議論はもちろんある。ただ、買収前/後では、買収時チームが解散し、別のPMIチームが立ち上がり、買収時のシナジー試算が引き継がれなかったり、事業計画を作り直したり、PMI方針によって合併して法人格が無くなったり、そもそもシナジーは対象会社ではなく買い手側で発生したり、状況が変わることが多く、確りと検証できないケースは多い。

従って、単純に買収時の計画と実績数値の比較により、結果的に成功したかどうか、となることが多いという印象。逆に、買収後に色々な手を打ってしまい、うまく行かなかったケースもあるので、それは次回紹介したいと思う。


<関連M&Aコラム>
買い手にとっての「成功するM&A」
PMIの成功ポイント
買い手のためのM&A成功のポイント①


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M.A.P.管理者
M&A事例:ニデックによるTAKISAWAの「同意なき」買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12anxeuaj 2023-09-26T18:00:00+09:00
2023/7/13に発表された、ニデック(6594)によるTAKISAWA(6121)へのTOBについて、取り上げたい。ポイントは以下の通り。

①『同意なき買収』は、もはやタブーではない。

②今後さらに増える予感。一方でMBOも増える。


ニデックによる『同意なき買収(= 敵対的買収)』で始まったが、TAKISAWA取締役会は、ニデックの買収提案を一方的に拒否することなく、最終的に賛同表明に回った案件。例え買収防衛策を導入していても実力・理論が備わり、真っ向勝負に来る買収者には、敵わなくなったとも見える。買収提案の内容を、感情的にではなく、『企業価値向上に資するか』という観点で冷静に評価し、判断した被買収者側についても、昔との違いを感じた。


①『同意なき買収』は、タブーではない

今回のニデックの『同意なき買収』を後押しするように、経産省も8/31に『企業買収における行動指針』を出しました。ここのM&Aコラムでも取り上げました >>こちら

本件は、いわゆる敵対的買収ですが、メディアの論調然り否定的な意見は、今回もほぼなかった。一昔前は、『敵対的買収』は、「けしからん」「お行儀が悪い」「非常識」など、感情的な反応が多かったですが、経済産業省や有識者の方々が、公正なM&Aの在り方について、『同意なき買収』が必ずしも悪いわけではなく、企業価値向上に資するか・株主利益の確保又は向上につながるか、に視点をおき、時間をかけて、論点を整理するというプロセスを確り踏襲したことの貢献は大きいと思います(少なくとも外見的にはそう見える)。

また、取引所側も呼応するように、日本の株式市場においても、

(1)上場企業と利害関係のある機関投資家に対して資金の出し手の意向を踏まえた議決権行使を促した『スチュワードシップ制度』を導入し、投資家としてのあるべき行動指針を示し、上場企業に対して外部からの監視体制の強化を図ったこと
(2)持ち合い解消の促進・社外取締役制度の導入・株主との対話の重視を踏まえた『コーポレートガバナンスコード』を取り入れ、企業側にも企業価値向上に向けた取り組みを促し、内部から株主重視への意識を改革したこと

上記、2点の効果もあり、以前と比べると上場企業による株主・投資家対応への意識改善効果は、非常に大きかった。

今回、ニデックは、買収防衛策を導入しているTAKISAWAに対して、真っ向から『同意なき買収』提案を行い、最終的にTAKISAWAの取締役会が賛同表明を行うという展開は、『このやり方もタブーではない』と改めて認識した経営者も多いのだと思います。
TAKISAWAの株主は、今回の買収提案において、ニデックより以下の提言・提案がなされている。

・10年間も企業価値向上が果たせていない上場企業の経営陣に今後経営を任せれますか?
・我々は、M&A実績も豊富で、かつ買収した企業は企業価値を向上させてますよ。
・従って、本件で100%+αのプレミアムを支払ってでも、買収後に更に価値を増大させる自信はありますし、ステークホルダー・工作機械業界、敷いては日本経済にとっても有益ですよ。

人間であれば、感情的に反論したいところ、これら上場企業を取り巻く環境の変化を理解し、ニデックによる買収提案を短期間で確りと評価し、冷静な判断を下したTAKISAWAの経営陣に対しても、個人的には評価したいと思う。なお、買収防衛の常套手段として、ステークホルダー(取引先・従業員・地域社会等)が反対する・離反するといった反論材料を経営陣が使うこともあるが、これについて、TAKISAWAの原田社長が『ステークホルダーにとってもニデックの買収提案を受け入れた方が幸せ』と語った点は、今後の『同意なき買収案件』にとっても極めて大きな意義があると感じた。

また、経済産業省が6/8に公表した『企業買収における行動指針(案)』であり、パブコメを求める内容ではあるものの、実質正式な行動指針が示され、これが今回の買収提案のきっかけになであり、決定打になったとも思う。将棋的にニデックとしては、『同意なき買収』のままTOBに進んでも、「詰め路」を読んでいたのかもしれません。

一応、本件の経緯を振り返ると、以下の通り。

6/8木 経済産業省: 「企業買収における行動指針(案)ー企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」を公表し、パブコメ実施。
7/13木 ニデック ⇒ TAKISAWA: 買収提案を公表。2022年1月~3月にも水面下で資本業務提携を提案。検討期間(60日間)を経て、9/14にTOB実施の意向。
7/28金 TAKISAWA ⇒ ニデック: 買収提案検討のため、必要情報リストを交付。また、9/13に意見表明することも公表。
8/1火 ニデック ⇒ TAKISAWA: 必要情報リストの回答書を提供(早っ!ニデック側は、準備万端)
8/17木 TAKISAWA ⇒ ニデック: ニデックとの面談・回答書を踏まえ、追加情報リストを提供
8/22火 ニデック ⇒ TAKISAWA: 追加情報リストの回答書を提供
8/28月 TAKISAWA ⇒ ニデック: 経営統合契約の主要条件書を交付(この時点で、TAKISAWAはTOB受入の覚悟を決めていたものと思います)
8/31木 経済産業省: 「企業買収における行動指針」を公表。
9/6水 TAKISAWA: 経営統合契約に代わる覚書を受領
9/13水 TAKISAWA: 経営統合契約を締結し、ニデックによるTOBに対して『賛同表明』を公表



②今後さらに増える予感。一方でMBOも増える。

今回の1件で、事業会社による『同意なき買収』が増えることが想定される。経済産業省による「企業買収における行動指針」が示され、上場企業は、好き勝手に買収提案を評価・判断することが極めて難しくなり、『企業価値向上に資するか』という客観的で分かりやすい評価をせざるを得なくなった状況を考慮して、ニデックと同様の『同意なき買収』に動くケースは考えられる。

また、過去数年間、株価が上がっていない上場企業は、全て買収対象と見られてもおかしくない状況であり、日頃から取締役会で、緊張感をもって企業価値向上の議論し、行動に移さなければ、恐らく買収防衛について、特別委員会の同意が得られないことにもなる。

アクティビストであれば、事業上のシナジーを理由に反論材料は集められると思うが、事業会社による『同意なき買収』への対抗措置のハードルはかなり高く、ましてやグローバルで展開している企業に関しては、M&Aに慣れている欧米の大手グローバル企業からの『同意なき買収』リスクに更に晒されることも気を付けなければならない。

買収リスクのある上場企業の中には、今回のように60日間という短期間で判断が難しい企業も多いことから、日頃からホワイトナイト探しを行っておくのも、重要となる。(以前の買収防衛策の検討プロセスで、60日間の検討期間があったが、これを踏襲しているものと推察。今後、これがスタンダードになると思われる)

なお、買収リスクがあり、それでも他の企業の傘下に入りたくない場合は、MBOをして非公開化することで、リスク回避する手段もあることから、MBO案件も今後増えることが想定される。
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M.A.P.管理者
M&A事例:オムロンによるJMDCへのTOB https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12av34arg 2023-09-18T09:00:00+09:00
本件のポイントは、以下2点。

①部分買付TOB(50.1%どまりで、JMDCは上場維持)
・なぜ完全子会社化を行わないか?財務負担増を避けるため?プレミアムを抑えるため?と勘繰りたくなる。
・少数株主としては、TOBの結果、発揮されるシナジー効果の試算について、EBITDAレベルを含めもう少し詳しく知りたい、と思うかもしれない。(詳しく開示して、売却せず持ち続けた方が良いという判断になると、それは買付側が困るので、実際はできないのだが)

②TOB価格
・持ち続ける選択肢が残るからという理由で、部分買付の他事例然り、部分買付のプレミアムが、完全子会社化より低い。完全子会社化のプレミアム事例も参考に出した方が親切とは思う。
・対象会社取締役会は、本件TOBについては賛同するものの、価格の妥当性については留保し、株主判断にゆだねる結論。

⇒ 本件も、よくある子会社化のための部分買付TOB。今年もDiscouted TOBを除くと、オムロンを入れて7件発生。開示内容は、他事例と比べても特に遜色はなく、結局JMDC側が賛同できないTOB価格を株主がどう判断するか、に尽きる。しかし、何故部分買付なのか、子会社化して本当のところシナジーはどれだけあるのか、持ち続けた方が良いのか、売却した方が良いのか、やはり株主としてはそれらの参考となる情報を知りたいだろう。

-------------(以下、詳細)--------

① 部分取得(完全子会社はなし?)

2023/9/8 オムロン(6645)が、JMDC(4483)に対して、18.52%を下限、23.08%を上限とするTOBを発表。オムロンは既にJMDC株式31.49%を保有しており、下限取得が成功すれば、結果50.1%を取得して、JMDCを連結子会社化できる見込み。

なお、2番手株主のノーリツ鋼機と事前に応募契約を締結し、同社が有する株式13.63%を5,700円(504億円)で買い取ることに同意済み。つまり、4.89%を他の株主がTOBに応じれば成立する算段。

TOBで多く見られるケースは、取得する株式の上限を設けず、可能な限り既存株主から買取り、スクウィーズアウトを経て完全子会社化を狙う。今回は、50.1%の取得を狙うスキームであり、JMDCは引き続き上場子会社として、存続する予定。

部分取得は、(1)既存株主のExit機会を限定する、(2)既存株主は上場子会社の株式を有することになり、少数株主となるため、オムロンとの間の利益相反が発生することから、問題視される。

特に(2)の理由から、海外では部分取得を目的としてTender Offerは、ほとんど例がない。理由は、買い手の方が上場会社の50.1%を取得しても何ら意味がないから。例えば、米国ではガバナンス規制が厳しいため、上場企業の過半数の株式を取得しても、取締役の過半を親会社からの派遣で占めることは難しい。従って、親会社であっても、親会社を優先するわけではなく、他の株主を含めた株主価値最大化に資するかという観点で経営せざるを得ない。

今回、オムロンからは取締役を1名しか派遣しない。何故、オムロンは部分取得を行ったか。私の勝手な推測だが、恐らく完全子会社化したかったのだろうが、今のJMDCのValuationや財務負担を考え、敢えてしなかったという事情だろう。

一応開示では、『企業価値最大化のために、起業家精神あふれる企業文化と経営独立性を最大限尊重』とあるが、100%子会社でも企業文化と独立性の尊重は、出来そうな気がするし、むしろ完全子会社の方が価値最大化に資するような気がする、また、上場子会社が問題視される中で、敢えて上場維持させるのか。

となると、むしろ、財務負担増を避けるため?プレミアムを抑えるため?と勘繰りたくなる。そうなると、伊藤忠/ファミマのように、株価が下がった時点での低いプレミアムで最終的に完全子会社化されるのでは、株主としては、気になるところ。

また、50.1%取得し、上場子会社となった場合のシナジー効果を試算してもらった方が分かりやすい。例えば、as-isパターンと完全子会社化パターンと比較して、50.1%が価値最大化のスキームであり、投資効果・EBITDA増加率も最適と言ってくれれば、まだ分かりやすい。

シナジーの部分で株主に期待させ過ぎると、逆に株主が応募しないリスクもあるので、難しい判断ではある。
まずは連結子会社化し、その後に完全子会社化するかどうか、しばらく見て判断するということになりそうな気がする。

いずれにせよ、何故50.1%どまりなのか、その説明は、株主にとっては応募に対して重要な情報であるため、もう少し開示してもらった方が、今後は良いとだと思う。


② 価格

TOB価格は、5,700円。前日比+22%、過去1か月平均+29%、過去3か月平均+9%、過去6ヵ月+11%。過去1か月がかろうじて、コントロールプレミアム30%に近いが、全体通して、然程高いプレミアムが付いているわけではない。

なお、参考までに持分法適用会社⇒連結子会社化の部分取得TOB案件6件のプレミアム水準は、前日比+25%、過去1か月平均+32%、過去3か月平均+31%、過去6ヵ月+31%。若干だが、事例を下回るプレミアムとなっている。また、完全子会社化のプレミアム水準は、49%*となっている。

*2023年TOB事例をもとに、Discounted TOBと部分買付TOBを除いた32件の平均(算定期間の中で最も低い水準の平均%。

取得価格次第だが、少数株主にとっては、魅力にやや欠ける部分があるように見える。ただ、Valuationを見るとそうとも言えない事情が見えてくる。

JMDCの今期予想EV/EBITDA、PERは、それぞれ29x、46x。競合で業界トップのM3が同21x、37xであることを見ると、株価は割高とも見える。類似他社との比較感もプレスにはあった方が良いかもしれない。従って、今売却しておいた方が良いという判断に動く少数株主は存在しそうな気もする。

オムロン側からすると、このValuationで、一度に完全子会社化すると、オムロンも財務的な負担が大きくなるので、一旦50.1%を取得するという手を取ったようにも見える。

今のプレスは、価格交渉の内容も開示されるので、どのような経緯で5,700円が決まったか、見ることができ、興味深い。まず、交渉者は、JMDCの独立社外取締役で構成された特別委員会。

さすがに、価格を上げたいJMDCの視点では、5,700円は許容できる価格という結論付ける中で、自社の株価が割高だからね、とは言えないので、オムロン側の視点で類似業種比較を踏まえたValuationの見解を示して上げるのも、少数株主が応募するか否かの判断には重要な情報となるので、少しは親切かもしれない。

いずれにせよ、少数株主はこの価格を受け入れるか否か、その総数が4.89%を超えるか。5,700円の値付け自体は特に悪いという訳ではなく、あくまでも買い手の評価に過ぎない。むしろ、それを受入れるか否か、対象会社側の方の判断が難しい。

今回、対象会社の取締役会は、TOBには賛同するが、TOB価格の妥当性については判断を留保し、株主に判断を委ねている。非常に難しい判断を迫られるが、この判断は妥当に見える。


ちなみに、ノーリツ鋼機は何故5,700円に合意したか。案件経緯を見ると、

2015/3/29 ノーリツ鋼機がオリンパスよりJMDC他を合計60億円で買収。
2019/12/16 JMDCが上場、時価総額412億円。ノーリツ鋼機は、売出しで85億円を回収。その後、市場で徐々に保有株を売却。
2022/2/22 資本業務提携を通じてオムロンがノーリツ鋼機よりJMDC株式31.49%を1,118億円で取得。
2023/9/8 今回のTOB発表。ノーリツ鋼機は有する株式13.63%を全て売却できれば、504億円を得ることができる。

結果、ノーリツ鋼機から見ると、約60億円弱で買収した株式が8年後に1,700億円+αで売却できることになるため、最後の売却はもう少し高く売れれば良いが、全体通して、十分回収できたので、一部株式が残るより、ここで売却できた方が良いという計算が働いたかもしれない。

TOB応募数が上限を超えると、手元に一部株式が残るが、この価格では全ての株主が応じるとは限らない(5,700円よりも高く買った人もいる)ので、大部分の株式は売れる良い株価水準という見方もあるかもしれない。

今回はどうなるか、Valuationが高いので、需給だけでアクティビストが登場するのも考えにくいので、4.89%分、少数株主から集まるか。5,700円以下で買った株主がどう考えるか次第ですね。]]>
M.A.P.管理者
M&A事例:積水化学(4204)による信越ポリマー(7970)の塩ビ管等事業の取得 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk129fizd3g 2023-09-09T16:00:00+09:00
2023年9月8日、積水化学工業による信越ポリマーの塩ビ管等事業の取得が発表された。

本件を見て思ったことは、
・公取からの承認 ⇒ 公取の考えって、正しい?
・化学業界における業界再編 ⇒ 何故起きない?(M&A業者だからではなく、一応弁明)

小さな見過ごされそうなM&A案件とは言え、この取引から見えてくる化学業界再編の問題に目を向けたい。


①公正取引委員会からの承認

買収者側の積水化学工業(積水)側のプレスによると、『公正取引委員会より本年8月25日付で「排除措置命令を行わない旨の通知書」を受領し、承認を受けている』との一文があった。M&A取引としては、信越ポリマー管材事業(対象事業)に関する人員・資産および取引契約は、以下のようにサプライチェーンで分けて積水グループが譲り受けることとなる。

・販売: 対象事業の顧客契約(取引) → ヴァンテック(積水100%)に移管
・生産: 対象事業南陽工場 → 徳山積水(積水70%・東ソー30%)に移管
・物流: 積水物流部門に移管

㈱ヴァンテック
・沿革: 1957年 小松製作所の子会社として小松化成を設立。塩ビパイプの製造開始。1997年に積水に譲渡。
・事業内容: 硬質塩化ビニル管・継手及び付属品の製造・販売(販売と製造部門を分社化しているようだが、製造機能も擁する)。
・売上高: 約50億円

徳山積水工業㈱
・沿革: 1964年設立。2023年メディカル事業を積水に譲渡。
・事業内容: 塩化ビニル、その他各種合成樹脂及びその加工製品の製造加工ならびに売買(塩ビ樹脂/ポリマーを製造しており、塩ビ管の原料メーカー)。
・売上高: 200億円以上

譲渡側・譲受側いずれも、ヒト・モノ・カネを上記のサプライチェーンで分けないといけない。一言で言うと、大変・面倒。こんなことまでして、M&Aしないといけないのか。積水としては当然「製・販・物流」すべてまとめて本体で譲り受けたいはず。

ヴァンテックは、積水の100%子会社だが、信越ポリマーの顧客にはここからしか販売してはダメ。

徳山積水は、塩ビ管の製造を行っているわけではない。その原料となるポリマーを製造している。何故子会社でわざわざ別途、塩ビ管の工場を持たないといけないのか。

これでは買収者のメリットが少なく見える。ただ、こうでもしないとできなかったのだろう。何故?
独占禁止法の目的は、「公正かつ自由な競争を促進し、事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすること」であり、これだけ見ると、正しく見えるが、マクロで見た際、違和感を感じる。

恐らく、今回は、”国内”塩ビ管市場で、積水のマーケットシェアが大きくなってしまうため、上記のようなスキームになったと思える。発想は、『M&Aによって、国内市場を独占する企業が現れ、価格を自由に設定できると消費者には脅威だよね』、と。でも、化学業界でもグローバル化・ボーダレス化が進み、BtoBのECサイトなども登場し、今も分母を”国内”塩ビ管市場で考える必要があるか?あと、競争が激化し、企業が疲弊してしまうほど、価格を安くすることが、消費者の利益につながるのか?

公取が真面目にやる程、国の経済力が落ちていくような気がしたので、ある程度シェア拡大によるM&Aを促進し、むしろ違うアプローチでの参入者(海外からの投資を積極的に誘致する、他業種からの参入を後押しするなど)を増やして価格競争を促した方が健全な気がしている。

私の頭の中は以下の通り。

1. 国内シェアが邪魔をするM&A取引 
2. 公取は答えを出さず、買収者が時間とコストをかけて知恵を絞るしかない 
3. 2の結果、本件のような複雑なスキームになる
4. 誰も主要プレーヤー同士で業界再編を進んでやりたがらない
5. いつまでも再編が起きず競争ばかりで販売価格は上がらず、我慢比べ(インフレが起きない)
5. 国内市場は頭打ち・徐々に衰退
6. 利益が増えず・給料据え置き・少子化
7. デフレ
8. 金利上がらず円安へ
9. ますます国力が落ちる (悪循環へ)


②化学業界における再編

昔から、「国内の化学企業数は多い。グローバルニッチプレーヤーも存在するから、業界再編を促し、グローバルケミカルプレーヤーを作り出した方がいい」と言われている。

最近も、三菱ケミカルのCEOが外国人に、JSRも外国人経営者に代えてMBOまでして、業界再編を促したいというコメントを見た。

一方で、かなり再編が進んでいる他の業界もある中で、何故化学業界は進まないのか。(1)業界特性、(2)国内政治・経済への影響力 があるような気がする。

(1)業界特性
例えば、コンビニと比較。今では、大手コンビニ3社で、国内業界シェア90%を超えているという。

何故ここまで急速に再編が進んだかと言うと、まずマーケットが分かりやすい。分母である市場シェアの計算がしやすい。また、参入障壁も比較的低かったことも要因としては大きい。商社や大手が参入し、資本力でロールアップがしやすかった。今もスーパーやホームセンター、ドラッグストアも足元業界再編が盛んである。

一方で、化学業界はどうか。まず、1社で手掛けるエンドマーケットが多い。例えば、今回の積水化学であれば、塩ビ配管は住宅・産業用とまだ分かりやすいが、フィルム・テープでは、自動車・産業用・半導体・携帯・住宅・医療分野など、多岐に渡る。でも使っている原料は同じでも、”化学”と言う名の通り、化けるので、加工の仕方で様々な領域に枝分かれする。

同じ日窒コンツェルンであった、旭化成・信越化学と3社合併をしようとするとどうなるか。これらすべての領域・分野の国内市場を個別に市場調査し、公取の審査を受ける必要がある。彼らの審査が、本当に国内の消費者・日本経済にとってプラスなのだろうか。

上流の化学製造は、コンビナートで石油元売り会社とも繋がっており、ただ規模が大きくなっても、生産効率が上がらない。製造機能の統廃合は、業界を超えた関係者や多くの監督官庁等の調整も必要になるので、一筋縄ではいかないこともあるだろう。


(2)国内政治・経済への影響力

コンビニ同様に、大手石油元売り会社も、3社まで業界再編が進んだ。国の安全保障に関わる話であったり、外資系の大手(東燃ゼネラルと昭和シェル)が入っていたり、政府のバックアップもあったはず。地銀のように政府主導で行っている業界もある。化学業界はどうか。地味で分かり辛いので、国内政治・経済への影響力と言われても?である。

説明すれば、まあ大事よね、と理解頂けると思うが、じゃあ積極的に業界再編を促そうとはならないだろう。

一方で化学企業側も、そこまでしなくとも、各化学会社がグローバルニッチで生き残っているので、再編が必要ないという考えも持ち合わせているのも事実。業界再編が最適解、と言えない事情も分からなくもない。

ただ、もし業界再編が進まず、事業成長が止まり、利益が増えない、給料が増えないとなると、それは経済全体に影響が及ぶので、そういう大きな枠組みで、考えるのも必要と、今回のM&Aで思った次第。

恐らく、業界の方々は皆さん分かっていることなのだろう。だからこそ、外国人CEOを招き、グローバルの観点を取り入れまで、スピード感をもって業界再編を実行したいという危機感の表れだと思う。結局外圧を借りるしかないか、という印象は残念だが。

余談だが、欧州で仕事をしていた際、PVC企業や配管加工企業のM&Aをよく見た。欧州大陸は、陸続きなので、ボーダレスという言葉が最適。海外進出は都道府県を跨ぐイメージであり、欧米共通の価値観(家のつくりなど)もあって、欧米間のM&Aも盛んだった。各国の独禁法もありながら、EUが俯瞰的にその独禁法の判断を見ているので、大きな目で見ている感じがあり、非常に新鮮だった。

今後20年後も化学業界は同じだろう、という見方の方が強い気もするので、私自身も業界・国全体にとって良い業界再編が起きうるか、ということを考えて、生意気ですが、サポート・発信して良ければと思います。
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M.A.P.管理者
M&A事例:アルプス技研(4641)によるたんぽぽ四季の森の買収 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12do43mn6 2023-09-08T07:00:00+09:00
2023年9月7日、エンジニアの派遣会社であるアルプス技研(4641)によるたんぽぽ四季の森の買収を発表。
先日、M&Aコラムで記載したように、介護業界のM&Aで、また財務力のある新たな参入者の登場である。

実は、アルプス技研は、中期経営計画で、次の事業拡大の柱の一つとして、介護業界を掲げており、2018年4月、農業分野ならびに介護分野に人材サービスを提供する「株式会社アグリ&ケア」を設立。

さらに2021年7月、ふたつの事業を分離し、ケア事業は「株式会社アルプスケアハート」へと引き継がれ、「訪問介護事業」を開始。今回のたんぽぽ四季の森の買収で、「サービス付き高齢者住宅事業」も実質的に事業開始となった。

2025年、約34万人の介護人材が不足すると見込まれる介護業界の課題解決に向けて、今後も取り組むとしている。

これまで介護業界では、学研、ベネッセ、Sompo、ALSOKなど、異業種からの参入者が資本力をもって規模拡大を図り、IOTの導入で運営効率化を図る中で、従来から各地で点在する中小の介護事業者がM&Aで大手に取り込まれていく流れは今後も続くだろう。]]>
M.A.P.管理者
企業買収における行動指針 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk124u6s4ge 2023-09-04T09:00:00+09:00 2023年8月31日に、経済産業省が、『企業買収における行動指針 ―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―』を公表。

これまでの方針に沿った内容で、特に目新しさはない。

いくつか、分散していたM&Aに関する対応指針の内容を、今回の敵対的買収の対応にアップデートしたり、項目を詳細にブレークダウンしたという印象。

但し、取締役としての責務に重みが増し、敵対的な買収であっても、確り検討や開示に取り組むように文章で明確にされたり、社外取締役の役割・責任が重くなっていることで、経営者としてのやり辛さが増していることは事実。買収者にとっては、より買収提案し易い環境が整っているともいえる。

敵対的買収者に対する企業側の対応方針以外では、「企業価値報告書」や「MBO指針」などを通じて、会社側が企業価値、すなわち株主価値を毀損させないための指針を打ち出すなど、経済にとって望ましいM&Aを促してきた。ここでいう、企業側はあくまでも上場企業を想定している。非上場企業は、基本的に対象外。但し、非上場会社でも有価証券報告書を提出している、株主数が多い会社は、対象になる可能性はある。

加えて、冒頭では『PBR1倍を下回る上場企業が多い』『企業成長のためのM&A活用への更なる期待』『M&Aの活発化は経済社会全体にプラスになる』という前提で、更なるM&A促進のための行動指針をまとめているという位置づけに思える。

経済産業省としては、アクティビストや敵対的買収を真っ向から否定するものではなく、公正なルールに基づくM&Aであれば、むしろ『日本の資本市場における健全な新陳代謝にも資する』としている。

この行動指針の中で、興味深いポイントを挙げてみたい。

①企業価値

『企業価値は定量的な概念であり、対象会社の経営陣は、測定が困難である定性的な価値を強調することで、企業価値の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない。』という内容が本文にある。

これだけ見ると、経営陣が従業員の雇用を守る、というだけでは、ただの保身と映り、雇用確保がいかに企業価値に向上につながるかの説明も求められる。一方で、敵対的買収者によるリストラの方が企業価値向上に資するなら、それは認められるM&Aともなる。いずれにせよ、買収によってステークホルダーとの関係に影響が生じても、それが企業価値向上に資するなら、それは認められるべきM&Aという整理。

余談だが、セブン&アイによるそごう西武の売却の話で、久しぶりのストライキがメディアを騒がせたが、仮に余剰人員が存在し、それをリストラした方がそごう西武の企業価値が上がるの出れば、今後フォートレスのリストラは、正当化されるということになる。(感情的に「可哀そう」や「経営者は雇用を守るべき」というのは、経済全体からするとむしろマイナスであり、新陳代謝にもならないので、実はセブン&アイの決断の方が支持されるということになる。ひと昔は、メディアも騒ぎ立てたが、今はそれほどでもない。個人的には時間が解決するものと思う)


②真摯な買収提案

買収提案を正式に受け取った経営陣・取締役は、取締役会への報告が義務付けられる。オーナー系の上場企業で、社長が受け取った買収提案を「ふざけるな」と言って、ポイっとゴミ箱に捨てることは許されない。

提案書を企業価値の向上に資するかという観点で、外形的・客観的に評価しなければならない。具体的には、買収条件(買収価格・時期・その他条件)、買収者名、買収目的、買収の蓋然性(M&A実績や資本力等)、買収後の経営方針、転売ヤーかどうか、を見て、判断することになる。それらの観点で検討に値する買収提案を「真摯な買収提案」として、取締役会に付議することが求められ、取締役には「真摯な対応」が必要とされている。検討や対応にあたって、M&Aの専門性が不足している場合、外部アドバイザーの助言受入も検討する必要がある。


③社外取締役の役割

最近の社外取締役の役割の拡充・責任の重さもここでは反映されている。具体的には、事業面の交渉は経営陣で行っても、利益相反の程度によっては、価格などの買収条件の検討・交渉は、社外取締役や特別委員会が実質的に関与することが望ましいとされている。社外取締役が取締役会の過半を占めていない会社では、より関与の重要性が問われている。

また、買収提案の検討段階において、他の潜在的な買い手候補がいないか、マーケットチェックを行うことも合理的な方法の一つと示されている。

社外取締役には敵対的買収者の買収提案を客観的に評価できる能力や経験が求められることになる。


④買収条件

買収価格が魅力的でも、買収条件次第では、株主利益には不利なこともあるので、その点は見極めるように注意を促している。

具体的に、TOBにおける部分買収となると、応募した既存株主は最終的に応募株式数の按分での売却を余儀なくされ、一部株式が手元に残ることになる(買収価格で全て売却できないことも十分に考えられる)。

また、2/3以上を取得した買収者は、スクウィーズアウトによって、残りの株主から強制買付を実行できるが、その買収条件を予め決めていない場合も、強圧性のある買収として既存株主に不利に働くこともある。(通常はTOB時に二段階目の買収条件も提示する)

また、一部を現金買取ではなく、買収者の株式を対価として買収する場合も、買収者の株式価値を評価する必要があり、株主にはハードルが高い。

これら買収条件の分析は専門性を必要とするため、経営陣には判断が難しい場合も多い。


⑤情報開示による透明性

株主が買収提案を判断できるように、買収者及び対象企業には、買収に関する情報開示を求めている。通常の大量保有報告書や公開買付届出書での記載充実もそうだが、具体的な買収提案がある場合のTOB予告も公表すべきとある。

最近では、新聞や経済誌がすっぱ抜き記事を出す場合が多く、これらリーク対応(一昔のように全面否定はできない)も必要であることから、有事に陥った際の買収者・特に対象会社での開示体制は、更に強化が求められる。

最後に開示内容だが、最近のTOBプレスリリースでは、TOB発表に至る買収者からの水面下での接触・提案・対象会社との協議内容は、詳細に記載され、公表される。以前は、取引所にインサイダー規制の関連で提出していた位であったが、公知の事実とされるため、それを踏まえた対応も意識が必要となる。ちなみに、米国の場合、交渉が途中で決裂した他の買収候補者とのやり取りや具体的な買収条件(価格も含め)も逐次発表される(さすがに社名は伏せられているが)。タイムリーで開示されることで、進行中のオークションプロセスの状況が分かるため、更なる買収候補者の出現もあり得るなど、情報開示における透明性は一歩先を行っている感じがする。


いずれにせよ、『真摯な買収提案』を受けた際は、感情に任せて無碍な扱いができなくなっており、より買収者には同意なき買収がしやすい環境になっているように感じられた。

以上

 
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M.A.P.管理者
M&AとIPOについて https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12xj7puz7 2023-08-31T10:00:00+09:00 M&AとIPOが考えられる。

少し前の日本では、ベンチャー企業のExitとしては、IPOが多かったが、最近ではM&AでExitするベンチャー企業の創業者も多い。私のクライアントでも、若い創業者の方がExitとしてM&Aを考えており、売却資金を元手に第2の事業を始めたいとおっしゃっていた。

ここでは、オーナー創業者が経営権を保有するベンチャー企業を例にM&AIPOの違いをポイントを絞って触れたい。まずは、それぞれの定義から。

①IPO(Initial Public Offering)

直訳すると最初の公募売出し*。株式市場に上場して、不特定多数の株主に株を一部売却すること。上場後は、日々投資家や株主で取引が行われ、株価が付くことになる。経営者の方は「日々の成績表」ともいう。


②M&A(Merger & Aquisition)

直訳すると合併と買収。違和感があるかもしれないが、米国での買収スキームは、合併と買収しかないため、この呼び名になっている。合併は、2つ以上の会社が1つの会社になること、買収は会社の経営権を取得すること。基本的に、M&Aで会社を買収(売主にとっては売却)することは、100%株式を取得するケースがほとんど。


いくつかの観点で違いを説明したい。


①経営権

結論から言うと、IPOでは経営権が維持でき、M&Aでは経営権を手放すことになる。

IPOの場合: IPOをしても経営陣に変更はない。むしろIPO時に経営陣が変わると投資家は不信感を抱き、誰もそのような株を買いたがらないので、まずない。IPOでは、IPO会社が株式を新たに発行し一般投資家に割り当てる(公募) or IPO会社の既存株主が保有する株式を売却する(売出し)。IPO株を購入する投資家は、今の経営陣の手腕を評価し今後のIPO企業の成長性に期待している。結果として、株価も上がり、そのキャピタルゲインを享受するのが投資家の狙い。

なお、市場に放出する株式数は、発行済みの半数を出すことはなく、また特定投資家がIPO時にまとまった株式を購入することはない。結果、オーナーの持分は下がるが、広く薄く、多くの投資家に配られるので、突然見知らぬ大株主がIPO時に出現することはない。

具体的には、公募・売出しで、投資家に販売される株式の発行済株式総数に対する割合は、25%~35%。東証が定める上場審査基準における流動株式比率を満たすために必要。また、上場審査基準に株主数(東証プライム:800名以上)を満たすため、引受証券会社が販売先の投資家に広く薄く配分し、凡そ約2,000名以上の新たな株主を作る。従って、IPO時に1人株主が多くの割合を取得することはない。

なお、創業者が>80%保有するベンチャー企業のIPOにおいて、上場後も創業者が50%超を保有するケースも有る。海外ではガバナンス上の観点から、米国のように50%を切るように取引所より求められる国も多い(テクニカルに>50%超保有は可能だが、ボードメンバーの過半数を社外取締役にするなど、ガバナンス規制は日本より厳しい)が、日本ではまだ上場子会社が認められている。

*公募・売出し:公募とは公募増資のことで、会社が不特定かつ多数(50名以上)の投資家に対して新株式を発行し、申込みを勧誘すること。増資行為であり、投資家が新株式を購入した資金は会社の資金調達となる。また、売出しとは、既発行株式を不特定かつ多数(50名以上)の投資家に対して、勧誘し、売却すること。既存株主と投資家との株式譲渡取引にあたるため、投資家が既発行株式を購入した資金は、売却した既存株主に渡る。 

M&Aの場合: 基本的に経営権は、売り手から買い手に移る。多くのケースでは、経営権を譲るので、経営陣も買い手から送り込まれ、旧経営陣は退任する。但し、日本では、買収による影響を最小限に抑えるべく、旧経営陣を一定期間残すケースも多い。



②売却価格

結論から言うと、IPO時の売却価格は安くM&A時の売却価格は高い。(2つの価格の同時比較は難しいため、あくまでも2つの手法の理論的な相対比較に基づく。)

IPOの場合: M&Aに比べ、安い。M&A価格対比では、以下のスライドの通り、理論的に最大54%もディスカウントされる(半値です)。従って、単純に経済的価値だけ見ると、IPOを選択するのは不利となる。恐らく、IPOのメリ・デメを比較した際、メリットが薄れてしまったというのが、冒頭のベンチャー企業のExitとして、M&Aを選択する一因になったのかもしれない。もっと言うと、IPO価格が安いということが知れ渡った結果なのかもしれない(経営権を手放すことへの抵抗が薄れたこともある)。なぜ、こんな安いのかは、以下「M&A価格とIPO価格の関係(イメージ図)」をご覧いただきたい。



M&Aの場合: 「M&A価格とIPO価格の関係(イメージ図)」にも記載の通り、M&Aではインカムアプローチマーケットアプローチを使う。まず、上場企業の場合、市場株価が付いているので、流動性の多寡やマルチプルにより、対象会社の株価の適正性は分析するものの、とは言えマーケットで値付けされた価格なので、この価格をフェアバリューとして扱う。その上で、インカムアプローチ(DCF法)にて、キャッシュフローに基づく価格を算出する。DCF法で算定される価格は、マーケットにはない情報(3~5年先の予想業績)をもとにした価値も含まれており、「コントロールプレミアム」と呼ばれ、通常マーケットアプローチの20~30%と言われている。M&Aの場合マーケットアプローチでフェアバリューを見つつ、DCF法で本源的な価値を算出し、シナジーも加味して価格交渉をするケースが多い。一方で、中小企業間では、確りしたDDができなかったり、中期計画への信憑性も怪しいという考えから、年買法(時価純資産+3~5年分の実績営業利益)という簡易な算出をされるケースもある。上場会社にとっては、買収後ののれん評価にも関係するので、DCF法の方がしっくりくるだろう。

なお、「M&A価格とIPO価格の関係(イメージ図)」について、IPO価格が安く設定される要因は、以下の通り。

・コントロールプレミアム: 上述のようにIPO時に株式の売却先は、一般投資家であり、IPO会社の経営権を取得できるような販売はしないため、DCF法対比で20~30%ディスカウントされたマーケットアプローチをベースに算出する。急成長が期待される赤字ベンチャーなどの場合、DCF法で算出するケースもあったが、多くの場合、やはりマルチプル法がベースとなる(赤字の場合、PSRという売上高倍率を使うこともある)。

・IPOディスカウント: IPO会社はこれまで株価のトラックレコードがないこと、過去の開示情報も限定的であること等の理由で、マルチプルベースの株価に更に10%~30%のディスカウントを受ける。確かに、トラックレコードがない銘柄が「よーいドン」で上場日から売買が始まるため、株価の変動幅が大きく、落ち着くまで時間がかかるのはその通り。事実、最近の傾向を見ると、2022年1月~2023年4月にIPOした117社を対象に見ると、公募価格vs初値では、平均初値上昇率は60%、中央値で37%。3か月後では、平均初値上昇率は48%、中央値で18%となる。これを見ると、確かに時間とともに上昇率は低下するが、それでも公募価格が安すぎるという、従来からの問題は残るだろう。参考までに、海外のIPO初値との比較は以下の通り(R3年3月内閣官房・経産省の「基礎資料」より抜粋)。


IPO価格決定プロセス: IPOディスカウントの設定が問題か、IPO価格決定プロセス(ブックビルディング方式)の弊害か。個人的には、目論見書に記載する想定価格を低く設定するのは、良いが、仮条件を決めるプロセスがIPO価格を抑える原因になっていると思う。問題は、時間のなさと不透明感。

米国のIPOの場合、上場の半年くらい前から、目論見書がドラフトベースで開示され、徐々に情報が更新されていく。ちなみに想定価格は3か月くらい前に、ちらっと記載される。これだけ時間があれば、メディアでの取り上げも可能で、投資家も分析できる。中には、M&AとのDual Processを行っている銘柄もあり、突然IPO申請を取り下げ、M&Aを発表することもよくある。目論見書の価格が基準となり、買い手が買収価格をオファーすることもよくある。

日本の場合はどうか。目論見書が世に出て、2週間後に仮条件を決める。しかも、投資家からのプレヒア結果(価格評価結果)は、その期間+1時間のマネジメントによるプレゼンのみ。分析時間が限られていること、記載された価格が安くても、それ以上に高く買うインセンティブは投資家にはない(高く提示した投資家がIPO株式を買える訳ではなく、あくまでも参考値を教える程度)ので、想定価格付近に評価が集まるのは、避けられない。また、投資家のプレヒア結果そのものは開示されないし、その評価をどのように評価しているか、不透明感はぬぐえない(私は経験者なので、どのような評価内容か知っていますが。。。)。そのような結果をもとに想定価格を決めることの有効性があるのか。事実、調査した117社中112社は仮条件の上限価格でIPO価格を決めている。ここを突っ込むと脱線するので、更に興味のある方は、こちらへ。

いずれにせよ、IPO価格決定プロセスがIPO価格を抑えている要因の一つであることは、個人的には感じている。

・証券会社の引受手数料: 証券会社が広く薄く、様々な機関投資家・個人投資家に販売する手数料であり、最悪売れ残るリスクも含んでいる手数料。調達規模により、手数料率は変わる。日本のIPOの場合、規模の小さい企業のIPOが多いので、手数料率は高い傾向にある。手数料率の多寡はあるが、上場基準を満たす上で、発行済株式総数の25%~35%を、薄く広く2,000名の新たな株主に販売することは困難なので、手数料は支払って然るべきとは思う。


③取引形態

IPOの場合: M&Aと同様に基本的に株式の売買となる。異なるのは、買い手の数。IPOは不特定多数(n)に対して、株式を売却することになる。従って、取引形態は、対象会社:投資家 = 1:nとなる。M&Aのように、投資家個別にDDを受ける訳にはいかないので、投資家に代わって、引受証券会社や取引所が審査を行い、投資家保護の観点から、開示情報も法令で定められ、上場後も継続開示をIPO企業に課しているという構図。当然、IPO後(販売後)に、IPO企業に問題があれば、引受証券会社や取引所がそのリスクを負うことになる。

M&Aの場合: 株式の売却先は、特定の1社(複数のケースもあるが、稀)。対象会社:買い手 = 1:1。従って、M&Aプロセスは、IPOのようにルールで決まったやり方はない。取引形態も様々。アーンアウトのような、時間差の分割買収と言う方法も、両者が合意すれば、成立する。なお、売却後に対象企業に問題があった場合、SPA(株式譲渡契約)で売り手の責任を問える内容であれば、売り手に損害賠償請求はできるが、DDで発見できず、SPAでもカバーできない場合、買い手がそのリスクを負うことになるので、確り買収監査を行う必要がある。


④社会的地位

IPOの場合: 格段に上がる。上場後、IPO企業の社長によく聞いた話は、
 (1)従業員の親御さんから、息子・娘が上場企業の従業員として働いていることを感謝される。
 (2)従業員が住宅ローンを組めるようになった。クレジットカードも問題なく作れるようになった。
 (3)新卒採用の際、学生の集まる数は、格段に増えた。また、採用もしやすくなった
 (4)上場会社の社長として、一目置かれるようになった。メディアにも色々と取り上げられるようになった。 
やはり、名声や会社のステータス向上にはかなりメリットがあり、これがかなりIPOの大きなメリットとして認識されている。なお、資金調達がしやすくなったとあるが、エクイティファイナンスや社債発行は、それなりの規模が必要になるので、東証グロース市場などで小規模上場をした場合、しばらくは資本市場を介した資金調達が難しいケースもある。

M&Aの場合: これは買い手の社会的地位に依存する。大手大企業に買収されれば、そこのグループ会社となり、金融機関からの借入れの際、個人保証を要求されることはなくなる。一方で、非上場企業の買収となれば、結局はその非上場企業の信用にひもづくことになる。最近は、非上場企業でもそれなりの規模があれば、個人保証を要求されないケースもあるので、対象会社のオーナーは、売却の際に個人保証解除を要求することは、然程問題にならないことも多くなってきた。

以上。
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M.A.P.管理者
介護業界のM&A https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk123se4yht 2023-08-24T14:00:00+09:00
最近、介護関連のM&Aに関与することもあり、介護業界におけるM&Aの動向・2023年のM&A事例をまとめてみた。

介護業界におけるM&A(合併および買収)は、高齢者人口の増加や政府による社会保障政策の変化などの影響を受けて、今後もM&A活動が活発に行われると予想されます。以下、介護業界のM&Aに関するポイントをいくつか説明します。


①市場拡大

・高齢者人口の増加: 令和4年3月に政府が発表した「人口の推移、社会保障費」によると、日本の総人口は減少局面に入っている一方で、65歳以上の人口増加率が緩やかにはなるものの、2040年まで増加すると予想されている。

・介護給付費の増加: 高齢者の数が増加する予測であるため、介護施設やサービスへの重要が今後更に高まるものと思われます。また、それに応じて社会保障給付費に占める介護給付費の割合も増加すると想定され、2021年度12.7兆円2040年度には24.6兆円まで伸長するとみられる。​


②サービスの多様化・高度化

介護サービスの多様化: 利用者ニーズに合わせたケアマネジメントの充実・強化、それに合わせた介護サービスの多様化もあり、事業者は、変化する政府の社会保障政策への対応を迫られる。その動きに対応できない事業者は経営の不安定化に繋がり、サービスの質の維持も難しくなる。一方で、幅広い利用者ニーズに対応できる事業者は、より競争力を高められるという循環が生まれるものと思われる。

介護サービスの高度化: 介護職員は、高度な専門知識と資格を要することが多い。また、介護報酬改定によって、従来は医療従事者のみ許された、特定の疾患に対する医療行為(喀痰吸引など)を、研修を受けた上で介護職員でも行えるようになる可能性があり、対応できる事業者は、特定事業所加算が可能となる。このように研修・教育体制が充実できる事業者が、利益を享受できるような状況に、介護業界は変わって行くものと思われる。


③介護職員の確保

高齢化と少子化: 日本の人口構造からして、今後も介護を必要とする高齢者が増え続け、介護を担う若者が減っていくという悪循環が続く。

働き方改革: 他の業界同様に、介護現場でも時間外労働は上限が規定され、違反すると罰則規定が適用される。事業者としては、長時間勤務で賃金を多く払うというより、待遇改善のための資格やスキルを取得する制度を設けるなど、より魅力的な職場環境を整え、良い人材の確保を務めることが求められる。


④ICT対応

政府の後押し: 厚生労働省も介護現場の業務負担軽減・人材不足対応・社会保障費の抑制を目的に、ICT化を促進しており、導入支援を積極的に行っている。介護ソフト(情報共有システム、コミュニケーションツール、記録システム、勤怠管理・給与計算システム、請求システム、見守りシステム、介護システムなど)やタブレット端末の導入支援・補助制度の充実、手引書の交付やガイドラインの作成、導入・普及セミナー実施やYouTubeでの配信など、様々な施策を提供している。

ICT企業の新規参入: 介護ソフト・システム開発企業、クラウド導入企業、AI・ロボット開発企業、SNSサービス企業など、これからの市場拡大や政府の支援を追い風に様々な企業が介護業界にシステム・ICT領域で参入してきている。また、中には介護サービス企業が、介護専門のソフトシステム開発企業を買収し、ICTサービサーとして他の介護企業にサービスを広げるパターンも出てきている。


上記の業界環境を踏まえると、サービスの多様化・高度化への対応、人手不足や後継者不足への対処、ICTや老朽化施設への投資の必要性といった各課題解消を必要とする、売り手側のニーズと、施設の獲得やサービスの拡充、成長産業への新規参入、事業運営の更なる効率化という買い手側のニーズが合致することで、介護業界のM&Aは更に増加するとみられる。

M&Aによって事業者の経営が安定すれば、介護サービスの質の向上も期待でき、利用者の安心した老後生活に繋がるため、介護業界全体としては望ましいと考えられる。 

なお、事業者間の文化の違いによる利用者への悪影響、地域ごとの特殊性の存在、M&A多発によるサービスの悪化など、当然ながらマイナス面もあるため、許認可が必要な事業でもある介護ビジネスにおいては、行政側もM&Aによるそれらネガティブな影響に対して、注視していくことになるだろう。


<2023年の介護業界におけるM&A事例>

8/18 QLSホールディングス(大阪:7075)による㈱和み(埼玉:介護付き有料老人ホーム)と㈱ふれあいタウン(石川:デイサービス)の買収
7/31 ニチイ学館(東京)による㈱在宅介護サービスたんぽぽ(岡山:グループホーム・小規模多機能ホーム)の買収
7/28 エフビー介護サービス(長野:9220)によるスマートケアタウン㈱(長野:小規模多機能型居宅介護)の買収
7/20 メドレー(東京:4480)による㈱GCM(東京:医療機関・介護施設等向けファクタリング)の買収
7/5 土屋(岡山:訪問介護)による㈱ゆう(宮崎:デイサービス・訪問看護・有料老人ホーム)の子会社化
7/3 ニチイ学館(東京)、㈲辛卯から認知症対応型共同生活介護「グループホーム 和みの家」事業を譲受
5/24 ソラスト(東京:6197)によるJR西日本(9021)子会社であるポシブル医科学㈱(大阪:在宅介護等)の買収
5/10 土屋(岡山:訪問介護)による㈲ノーマルライフ(大阪:デイサービス等)の子会社化
5/2 SOMPOケア(東京)による伊田テクノスの子会社である㈱みなけあ新座(埼玉:サ高住等)の買収
5/1 トライト(大阪:9164)による㈱bright vie(名古屋:介護・医療向けシステム開発)の買収
4/28 ソラスト(東京:6197)による総合ケアネットワーク㈱(福岡:住宅型有料老人ホーム)を買収
4/6 SOMPOケアによる中国電力(広島:9504)子会社である㈱エネルギア介護サービス(広島:介護付有料老人ホーム等)の買収
3/28 Leo Sophia Group傘下のL medical(東京)による㈱VISION(埼玉:ホスピス事業)の買収
3/15 ニチイ学館(東京)による㈲松本から特定施設入居者生活介護事業所「介護付有料老人ホーム ラウンドコスモス大宮」事業を譲受
3/6 総合メディカル(東京)、東京リネンサービス㈱(東京:医療・介護福祉施設向けリネンサービス)を買収
2/14 エクサウィザーズ(東京:4259)による介護事業者向けサービス「CareWiz ハナスト」事業の㈱ケアコネクトジャパン(静岡:介護ソフト・システム開発/CCJ)への譲渡。なお、CCJ同社株式取得を検討
1/17 揚工舎(東京:6576)による㈱アルティーユスタッフ(東京:看護師・介護士派遣事業)の買収
1/16 ケア21(大阪:2373)によるソフトケア宮城㈱の訪問介護事業を譲受

<過去の関連M&Aコラム>
買い手のためのM&A成功のポイント①
M&Aプロセスのポイント(売り手向け):①案件開始前
NDA:秘密保持契約書に関するポイント

 

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M.A.P.管理者
M&A事例: ベインキャピタルによるT&K TOKA(4636)に対するTOB(2023/8/17) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12nskcuza 2023-08-21T21:00:00+09:00
2023年8月17日に公表された、ベインキャピタルによるT&K TOKA(4636)に対するTOBについて、少し取り上げたい。

本件のポイントは、以下2点。

① アクティビストがもたらした非公開化

② 日本でのTOBが中国関係会社のTOBも誘発


上場企業の多くのM&Aにおいて、アクティビストが起因となるケースが本当に多くなった。数年前までは、大手企業に限られていたが、今回のように数百億円の時価総額の企業まで降りてきている、という印象。

上場会社数の多さ、新陳代謝が置きづらいマーケット、業界再編も進まない、Valuation的に放置されている銘柄の多さなど、欧米に比べまだまだ日本は、閉鎖的なマーケット。英語での情報開示が進んでいるとは言え、資料を英語にしてウェブサイトに載せている程度であり、多くの上場企業では、会話は基本的に日本語であり、海外からは本当に分かり辛い市場と言うのは、投資銀行にいる頃から、非常に感じていた。

その一方で、アクティビストが各銘柄でそれら閉鎖された情報を紐解いて、海外の投資家に情報を配信し、マネーをこのマーケットに流入し続けているのは紛れもない事実。日本政府も、アクティビスト含め、外資マネーはウェルカムだと思うので、今後も上場企業におけるM&Aは、アクティビストが起因になる傾向は続くし、PEファンドのように、むしろ更に増加するものと思料。

本件に戻って、少し中を見てみたい。


① アクティビストがもたらした非公開化

開示資料を遡ると、ダルトン・インベストメントが5%超を保有して大量保有を提出したのが、2012年6月。そこから10年以上かけて、今や19%保有。ちなみに、ダルトンは「Nippon Active Value Fund plc」という日本で過小評価されている小型銘柄にフォーカスしたファンド(同じく2.3%保有)を2020年2月にロンドン市場へ上場させている。

2019年6月の株主総会で、ダルトンは社外取締役1名の派遣に成功。2022年の総会で退任。

2023年1月、表向き、突然ダルトンが、Nippon Active Value Fund plcを通じて、持分含め上限44%になるように、T&K TOKAへのTOBを発表(@1,300円)。結果、失敗に終わるものの、経営陣の危機感がMaxに高まったのは言うまでもない。調べる限り、過去を含め、会社側は買収防衛策は導入していない様子。

そして、今回のベインによるTOB(@1,400)&非公開化の発表。

発表資料から分かったことは、実際ダルトンは、突然TOBを実施したというより、2022年6月に派遣していた社外取締役の退任以降から予兆はあった。2022年9月にダルトンの意を組んだファンドからの非公開提案があり、水面下でやり取りがなされている。恐らく、様々なケースを想定し、事業会社を含めたホワイトナイトの検討を行ったものと思われる。その中で、他のファンドとも非公開化の話を並行して進めており、そのうちの1社であるベインとは、2022年12月に初回面談を行ったとあった。

タラレバにはなるが、もしかすると、社外取締役の派遣が継続されていれば、ダルトンはもう少し長期的に保有し、TOBへの舵を切らなかったかもしれない。しかしながら、会社側からすると、経営のやり辛さはあるし、常にプレッシャーを受け続けることへの辛さもあったのだろう。

一昔前なら、日経新聞やメディア、世論を含め、このようなアクティビストへの動き(特に敵対的TOB)には反発もあったが、今では当たり前、むしろこれまで企業価値向上を怠っていた経営陣が悪いよね、という風潮にさえ感じられることは、長い目で見るとゆっくりながらも、大きく動いていて、その遠心力が小型の銘柄まで影響が出ていることを改めて感じた。

これで終わりになるか。まず、ダルトンがどういう反応をするか。自らは、TOB価格1,300円と主張したが、安いと言って、吊り上げ策に出るか。また、日本では本格的な上場企業のTOB合戦を見たことがないが、Strategic Buyerとして、事業会社が手を挙げたりしないか。この辺りは、引き続き見ていきたい。


② 日本でのTOBが中国関係会社のTOBも誘発

発表資料を見て、「ん?」と思いましたが、私も初耳でした。T&K TOKAが保有する、中国の持分法適用会社だり、上海に上場している関係会社(33.5%保有)の影響で、TOB開始が2024年1月になる予定。

このまま、TOBを開始し、T&K TOKAの支配権を取得した場合、中国のTOB規制により、その中国の関係会社もTOBをしなければ、ならないという事らしい。これは、なかなかの盲点なので、私も勉強になりました。

従って、30%未満にするための売却期間が必要となり、TOB開始を2024年1月とした模様。

当該中国企業の1日の平均出来高を見ると、約0.7%くらい。市場でちょこちょこ、株価に影響しない範囲で証券会社が売却する場合、日々の出来高の5%~10%。真ん中の日々の出来高の7.5%を毎日売却すると仮定すると、3.5%の持分を売却し、保有比率30%未満にするのにかかる営業日数は、3.5%÷0.7%÷7.5%=66.7日なので、4か月見ておくのが妥当というのは、その通りかもしれない。

本件でのLesson to Learnはこのあたりですね。
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M.A.P.管理者
M&A事例: トップカルチャー(7640)によるトーハンへの第三者割当(2023/8/17) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk123fo46pj 2023-08-18T17:00:00+09:00
JDSCに続いて、第三者割当特集です。今回は、2023年8月17日に発表された、トップカルチャー(7640)によるトーハンへの第三者割当です。

ポイントは、3つ。

(1)大幅な事業転換を伴う増資

(2)大幅な希薄化が発生(発行済株式数の25%以上の希薄化)

(3)中期計画も同時発表


既存株主への株主・投資家へのエクイティストーリーの説明、既存株主への配慮、株価への拘りなど、現在、大きな業界変化の中で、事業転換に取り組もうと考えている企業への示唆になることが多い。なお、大幅な希薄化が発生するので、既存株主からすると、本当に大丈夫なのか、場合によっては差し止めによって、中止させ、他社に身売りした方が良いのではないか、というリスクもある中で、現経営陣が考える経営戦略が一番だ、というシナリオのもと、入念に検討された増資だと思う。オーソドックスな第三者割当増資ですが、学ぶところは多いです。少しかみ砕いてみましょう。


(1)大幅な事業転換を伴う増資

①スキーム
まずは、スキーム説明。これはシンプルな第三者割当増資で、上場企業であるトップカルチャー(7640)が、普通株式の新規発行によって、取引先のトーハンを割当先とする第三者割当を実施するもの。ロジックとしては、トーハンに割り当てるとともに、協働することでEPS(1株当たり利益)を増資前よりも上げ、株価を上げること。明確に言わないものの、そのイメージが既存株主や投資家に伝わらないと、差し止めリスクが生じる。

②発行価額
公表前日(8/16)株価(190円)もしくは、条件決定日(8/23)のいずれが高い方。同時に発表した中期計画への評価を見たいのかな。ちなみに、8/18終値は190円。


(2)大幅な希薄化が発生(発行済株式数の25%以上の希薄化)

①意見書の入手

東証が定める第三者割当のルールでは、希薄化率が25%を超える場合、1)株主総会で株主から賛同を得るか、2)独立した者からの意見書入手が求められる。
今回のケースでは、トップカルチャーの社外取締役・社外監査役から意見書を入手。なお、意見書には、「必要性及び相当性」の記載が求められ、この新株発行による資金調達が「経営陣の保身ではなく、あくまでも株主価値増大に寄与する」というストーリーが必要であり、それを第三者が認めている構成が求めれられる。(そうでないと、既存株主からの差し止め請求に耐えられない)

②必要性・相当性
具体的には、必要性・相当性を説明するには「調達資金は将来的な投資に使われること」「借入や他のファイナンス手法よりも第三者割当増資が妥当」というロジック作りが必要となる。従って、資金使途を「借入返済」「運転資金に充当」となると、トーハンからの調達ロジックが弱くなったり、割当先を「経営陣」にすると、保身に映るので、説得力に欠ける。
特に今回は、25%を超える希薄化率かつトーハンは筆頭株主になるので、既存株主への説明責任は相当なものとなる。従って、確りとした説明が求められる。


(3)中期計画も同時発表

①ストーリー作りのためのツール

上記(2)の通り、中計を同時に発表したのは、必要性・相当性の説明ロジックを構成する上で、必要な「ツール」であるため、特に既存株主への説明には、欠かせないパーツとなる。

教科書通りの第三者割当ですが、中期計画も入念に準備しながら、割当先との交渉、既存株主への説明など、思い立ってできるスキームではないので、少なくとも3~6ヵ月前から準備を開始する必要がある。

なお、それでも差し止め請求が来た場合、発表日から払込日までの間に、裁判所は決断をしないといけなくなり、迅速な対応が必要となります。今回は、払込日が9/29(独禁法の届出のため)と長いので、まだそこまでではないですが、独禁法上の届け出が不要で、会社法上の決議から払込日まで、中14日という最短日程の場合、かなりタイトとなります。(金商法に基づく、有価証券届出書の効力発生も短縮が認められる場合)

具体的には、一例ですが、以下の日程感で対応しなければならない。

8/21月~22火 裁判所から差し止め請求の事実を伝えられ、請求理由への説明が求められる。提出期限は2日営業日後。
8/23水~24木 裁判所に回答・関連資料を提出。
8/24木~25金 裁判所から2回目の説明・関連資料が求められる。提出期限は、翌営業日。
8/25金~28月 裁判所に2回目の回答・関連資料を提出。裁判所からの呼び出し。
8/28月~29火 裁判所で株主と対峙。
8/29火~8/30水 裁判所により、差し止め請求棄却or認定の判断。
9/1金 払込日

ということで、もし差し止め請求の申し立てリスクが高い場合、事前に万全の準備体制を整えて、望む必要がある。私も昔苦い経験があり、この2週間、クライアントの事務所&近くのホテルでの泊まりこみ対応を行い、夜な夜な大量の資料コピーを行いました。

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(続編)8/24 条件決定の発表リリースがあり、発行価額は190円に決定しています。



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M.A.P.管理者
M&A事例: JDSC(4418)によるメールカスタマーセンター買収(2023/8/17) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12ffdn2s3 2023-08-17T23:00:00+09:00

最近、忙しさを理由にM&A事例を見る手間を省いていましたが、夏休み期間と言うこともあり、色々見ていると、今日発表されたJDSC(4418)によるメールカスタマーセンター(MCC)買収発表が、スキーム的に何とも秀逸だったので、「へぇ~」と思い、勢いに任せて、記事にしてみました。


① 100%取得なのに、第三者割当増資
まず、このタイトルを見ると、「JDSCがMCCの株主から100%株式を取得したのか、ふ~ん」で終わるのですが、プレスリリースを見ると、タイトルが「MCCの第三者割当増資引受及び連結子会社化」。この時点で謎なのです。

② 種類株式
次に「2.本件 M&A 取引の方法」を見ると、「引受株式数 A種種類株式 100株」とあり、何故に「種類株式」。手続きが多くなるので、「いやいや、株式譲渡で良いでしょ」と言いたくなる。

③ 引受対価
「現金と借入(予定)を想定しており、決定次第改めてお知らせいたします。」とあり、引受対価が「借入」とはどういう意味だろう?対価に「現金」を使うのが通常で、自社「株式」や自社保有の不動産など「資産」を対価にする現物出資は、よくあるが。恐らく、引受対価の調達手段のことなのか、これはよくわからない。

④ 自社株買い
「本第三者割当増資は、メールカスタマーセンターの完全子会社化を目的としたものです。MCCは本第三者割当増資の実行後に、既存株主が保有する普通株式全株について自己株式取得を行い、その結果として当社議決権比率が100%となります。」の記載を見て、「あ~」となりました。これは、みなし配当を使って、MCCの100%親会社「トライステージ」の譲渡課税上のメリットを享受する目的ですね、という整理。
私自身が、M&A経験の中であまりで合わなかったですが、これは様々な案件に使えるので、今後ありですよね。やはり、M&A事例は非常に勉強になるので、今後も確りプレスリリースは見ていきたいものです。



【ポイント】
① みなし配当
ご存じの通り、子会社からの配当は基本親会社にとって、税務メリットがある。なので、100%親会社保有の自社株を取得することは、みなし配当扱いとなり、税務上のメリットを享受できる。従って、このスキームを通じて、トライステージは、MCC株式売却によるメリットを株式譲渡よりも享受することになる。

② 配当可能利益
とは言え、配当可能利益には限界がある。プレスを見ると純資産(23/2期)が15億円。第三者割当の引受額(出資額)が22億円。ざっくり、純資産=配当可能利益とすると、7億円足りなくなる。恐らくプレスには出ていないが、減資・準備金の取り崩しをして配当可能額の増加を行っている可能性は高く、そうなると対価の22億円分の自己株取得が可能となる。なお、利益剰余金がマイナスの場合、増資額>配当可能額となってしまうので、留意が必要。

③ 種類株式の必要性
何故、種類株式の発行にする必要があるか。仮に、普通株式の発行の場合、増資後に行われる「自社株取得」が事前に中止させられるリスクがある。とは言え、事前に種類株式の増資をしないと、②配当可能額の増加ができない。順番として、1)種類株式発行&増資 → 2)減資による配当可能額の増加 → 3)自社株取得となるのではないか。1)増資と2)減資を同じ決議・同じ登記手続きで済ませられるか、何とも言えないので、間をおいている可能性はある。従って、増資と自社株取得は同時ではなく、間を空けることから、先に行う増資は、種類株式にして、議決権に制限を設ける必要があるものと思料。無議決権の種類株式となると、100%自己株取得した際に、議決権のある株式がない状態となるため、同時に種類株式を普通株式に転換するなど、ここも工夫が必要。

個人的には、スキームよりも、JDSCのAIソリューションによるマーケティング効率化の方が気になりましたが。今後使えそうなので、「三者割譲渡」とか、勝手に命名して提案に入れたいと思いました。

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M.A.P.管理者
M&Aとリースバイバック https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12of9owdn 2023-08-11T10:00:00+09:00
今日は少し違った視点でM&Aを見てみたい。

少し前の2019年、アドバンテッジ・パートナーズ(AP)が、業界第三位のリース会社である東京センチュリーと戦略的提携を行い、2020年に東京センチュリーに発行済み株式数の14.9%を割り当てた。

その後、2020年にキューサイをユーグレナ、AP及び東京センチュリーにより共同買収することを発表、2021年には昭和電工マテリアルズの蓄電デバイス・システム事業のAP及び東京センチュリーによる共同買収を立て続けに発表し、興味が湧いた。

ただ、東京センチュリーとしての戦略的な狙い/旨味は何か。単にPEファンドの投資家としての純投資という訳ではなく、恐らく投資先企業のリース取引の機会を得ることが大きな狙いと分かりつつも、開示情報だけでは分からない部分が多く、それほど大きな旨味があるのか、未だに理解できていない。

しかし、最近これかなと思うスキームをふと思いついたので、少しここで触れてみたい。売り手からすると事業価値に表れない潜在的な資産価値の顕在化という観点で、財務的アプローチでは、リースバイバックを行うことを思いつく。但し、同時にその事業の売却も検討している場合、例えばメイン工場の土地を第三者に売却することで、M&Aの売却確度が下がる(興味を示す買い手の選択肢が狭まる)懸念が生じる。

一方で、買い手として、PE Fundが、リース会社と組むことでそのようなニーズに応えられるかもしれない。少し嚙み砕いて説明したい。参考までに、スキーム図イメージは以下の通り。


①想定シチュエーション

対象事業は、歴史があるが、斜陽産業で成長性・利益率ともグループ内では物足りない。ただし、自社保有の本社の土地建物や工場を有している。かなり昔に取得し、長年利用してきた本社ビルや工場は、昔は郊外の工業団地だったが、気づくと電車で都市まで意外に近く、住宅やマンション、商業施設も建設され、見渡すと住宅街になっている場所もある。

特に最近では、アマゾンや楽天に代表されるようにECショッピングが大きく躍進し、郊外への物流倉庫やデータセンター建設用のまとまった大きさの土地需要が増加していることもあり、不動産鑑定を行うと数年間で土地価格が急騰している場合もある。物流不動産市場に関する参考となるレポート(2021年の物流不動産マーケットの振り返りと今後の見通し)はこちら

このような事業を売却する場合、事業価値(事業から生み出されるCFCの総和)よりも不動産価格の方が高い場合もある。ただし、DCFを理解している人であれば、お分かりのとおり、事業用不動産(事業のために使用される土地/建物)は、それ自体の時価を算定する訳ではないので、事業価値でValuationは決まってしまう。


②不動産価値をValuationに反映する方法は?

オーソドックスなValuation的考えであれば、非事業用資産にすれば良い。つまり、上物である本社や工場をどこかに移動して、底地の土地を売却する。売却しなくても更地にして、事業に関係のない資産(遊休不動産)という位置づけにする。
 
ただし、工場の場合、生産機能を他に移すには、数年かかる場合があり、M&Aに合わせて事業内のサプライチェーンを変えることは、ほぼ不可能な場合が多い。その際、使える手法としては、リースバイバックがある。実は、前述の物流不動産レポートに記載のとおり、物流不動産に参入する業者が年々増加し、上物が工場だったとしても信用力があれば、長期にわたって工場の土地をリースバイバックできるリース会社も多い。例えば、工場移転に5年~10年かかる場合も、その間リースとして提供してもらえる。

従って、例えば、事業価値が50億円で、土地の価格が今算定すると100億円だった場合の対象事業を考える。そのまま売却すると、50億円となり、土地の時価が顕在化することはない。ただし、リースバイバックをすると、事業価値はそのままで、リース料分は減額となるので、(例)45億円+100億円の売却資金を獲得できる。

その場合、気になることは2点。1つ目は、工場の土地を第三者に売却することで、売却の際、買い手の選択肢が狭まるリスク。買い手が事業会社の場合、メイン工場の土地を第三者が保有することになり、何かあった際のリスクを考えると買収できないと考える懸念があり、買い手が少なくなる恐れがある。

2つ目は、あくまでも株主(売主)が親会社の場合、親会社クレジットでしかリースができない場合。売却した場合も、あくまでも親会社にリースすることになり、サブリースという形で親会社から対象会社にリースすることになる。つまり、売却後も対象会社と取引が残ってしまう(株主が個人だと、そもそも売却前提では、対象会社の信用力次第となり、リース審査が通らないリスクも)。

従って、売り手にとってベストなのは、売却時に土地の含み益も譲渡価格に乗せること。そこで、投資会社によるBuyout+リースバイバックはあり得るかと思った次第。また前提として、5~10年後にメイン工場を他のコストの安い地域や海外に移すことを前提とする。


③投資会社・リース会社にとってのメリットは?

売主としては、事業価格に加え、土地の含み益分を譲渡価格として上乗せできるということだが、投資会社にとっては競争力のある買収価格を提示することができる。また、リースバイバックの売却で得た資金を一旦回収できるメリットも大きい。
リース会社にとっては、過熱化する優良不動産のリース機会の獲得。実績のある投資会社と組むことで、審査リスクも軽減でき、またSPCに出資をすることで、対象会社の経営にも参画することで、投資会社EXITの際、次の株主の選定にも関わることができる。

なお、工場の移転は相当な時間とコストがかかるので、これを投資期間内に投資会社傘下で行うか、という別の議論も生じる。コスト安く移転ができればいいが、そのあたりは見極めが必要となる。

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M.A.P.管理者
M&A仲介とフィナンシャルアドバイザリー(FA)の違い https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12mzg5a57 2023-07-28T17:00:00+09:00
最近、説明されている記事を目にするが、どうも腹落ちしない(表面的すぎる)ので、私の知り得る範囲で、意外と知られていない、M&A仲介フィナンシャルアドバイザリー(FA)の違いについて、少し述べたい。(*注. M&A仲介の経験がないので、推測の域を出ませんが)

まず、何故しっかりした違いの説明がないかというと、恐らく2つのサービスを提供できるアドバイザーがいない気がする。「提供できる」とは、少し「かじりました、数件関与しました」程度の話ではなく、ディールヘッドとして案件を獲得・リードし、クロージングまで持っていける能力・知識・スキルを持ち、10件以上の案件経験を持っているレベルで、サービスを提供できるかどうかのイメージ。そういった面で、私は、M&A仲介を提供できないので、両方をしっかりと説明できない。(じゃあ、何故敢えて取り上げたのか?)

M&A仲介のことを分からない中で、敢えて取り上げたい背景は、先日譲渡を考えている、ある知り合いの経営者から『前職コンサル時代にM&Aに関与した経験があるので、少しは違いを分かっていたが、M&Aを知らない経営者は、絶対にその違いを分かっていないし、そもそも仲介FAという存在自体も知らない』という話を聞いた。また、元M&A仲介会社でアドバイザーをしていた経験者からも、『特に未上場企業オーナーは、知る由もない』という話を聞いたこともあったので、敢えて取り上げておきたい(私の知識・経験がベースなので、FAの方に偏ったコメントになっていることをご了承頂きたい)。

また、最近はM&A仲介について、YouTubeや色々なサイトでの紹介、元社員による説明などもあり、知名度が向上しており、身近な印象を受けるが、FAについては、表に情報がまず出てこない。クライアントが大手上場会社であり、インサイダー情報を扱うし、退職時にはそれなりの守秘義務を負わされるため、リスクを伴うし、監督官庁からの目も厳しい。ということで、特にFAの部分が表面的な話で終わっていることが多い。

よく説明されていることは、M&A仲介は、あくまでも買い手・売り手の中立的な立場で案件の推進することがメインの役割。従って、M&Aにおける事業戦略上のアドバイスや交渉アポートは必要なく、あくまでも案件におけるマッチング能力(お見合いする力)と調整力が必要とされる。また、案件検討期間も短い。一方で、少しでも片側に寄ってしまうと利益相反(コンフリ)状態になるため、常に自分の立ち位置に留意しながら、自身を律し、誠実に遂行する必要があるので、難しい。また、案件成立へのバイアスが働きやすいので、譲渡を急ぎたい、売却価格よりも事業譲渡を優先したいという売り手にとっては、良いと言える。

一方で、FAは買い手もしくは売り手のどちらか一方へのアドバイスに徹することになり、顧客の利益最大化がミッションとなるため、片側の立場より交渉へのアドバイスは積極的に行う。成功報酬型のフィー体系であっても、フェアバリュー以下の売却、もしくはフェアバリュー以上の買収となる場合、クライアントにはその案件の実施可否も問い正す役目も負うことになる。一方で、闇雲に妥協点を考えずハードな交渉をしてもM&Aが成立しないことも多く、また時間がかかるケースも多いので、クライアントが納得するシナリオやロジック構築を手助けし、スムーズなプロセス遂行ができるかどうかが、FAの能力として求められる。

それぞれのメリット・デメリットを簡単にまとめると以下の感じ。


【FA】

メリット

・手数料は片方のみ: コンフリがないため、クライアントの利益最大化を追求
・確り交渉可能: 上場会社に好まれる。
・売却の場合、最後までオークションが可能: 人気案件には有利。
・手数料率が低い: 0.5%~2.0%のイメージ。仲介より低い。但し、ディールサイズが大きいので、手数料は大きい)

デメリット
・時間がかかる傾向: 交渉に拘るため。
・ディールサイズが大きい: 上場企業がメイン。案件サイズに拘るため、中小の未上場企業を相手にしない。


【M&A仲介】

メリット

・時間が掛からない: プロセス進行にフォーカス交渉には関与せず、当事者間で実施(お膳立ては対応)。
・マッチング力: 未上場・上場含め、多くのM&Aニーズを保有。クロスセクター・クロスリージョナルのM&A件数は豊富急を要する or 買い手が見つからない売却案件には有利。

デメリット
・コンフリ: 買い手・売り手双方からフィーをもらう。M&Aの外部アドバイザーとして中立の立場維持は不可能に近い(FA目線での評価)。
・相対取引: 基本合意時点で独占交渉権を付与させられる。売り手にとっては不利なプロセスであり、人気案件では金額のアップサイドを放棄することに等しい。一方で、直ぐに売却したい不人気案件にとっては、好都合。
・手数料率が高い → 片側から3%~5%のイメージ。しかも買い手・売り手の両取りなので、6%~10%もらうケースがある。ディールサイズが小さいので、FAに比べると手数料は小さいかもしれない。


キーの項目毎に比較形式でM&A仲介フィナンシャルアドバイザリー(FA)の違いを以下の通り纏めてみた。


①代表的プレーヤー

代表的プレーヤーは、それぞれ異なる。面白いことに、両方の事業を確り展開しているM&Aアドバイザーはいない。具体的には、M&A仲介FA業務に興味があり、FA業務も展開している会社がある(ようだ)が、FA領域では全く認識されていない。一方でFAは、M&A仲介にそもそも興味がない。詳細は後程。

M&A仲介の代表的プレーヤーは、日本M&Aセンター、M&Aキャピタルパートナーズ、ストライク、M&A総合研究所といった会社。いずれも上場しており、「成長企業」「高い利益率」「高収入」というキーワードが付きまとう。

FAの方は、国内大手証券会社(野村證券、大和証券)、大手銀行系(三菱UFJモルガンスタンレー証券:MUMSS *通称マムス、SMBC日興証券、みずほ証券)、外資系証券会社(GS、MS、JPM、Merrill、UBS、Citi)、会計事務所(Deloitte、PwC、EY、KPMG:総じてFAS *ファズ)、M&Aブティック(Houlihan Lokey:旧GCA、Lincoln、BDA、フロンティアマネジメント)など。既存のパイを取り合う、競争激化な状況。証券会社や銀行では、収益部門という位置付けもあるが、それよりもM&Aから派生するビジネス、ファイナンス・為替・デリバティブへの波及効果が大きい。そういった意味から、大型M&Aでのバイサイドは、業界内ではかなり注目される。

こう見ると、M&A仲介は新興企業、FAは老舗企業。と言ったイメージで、その理解は間違っていない。FAは、M&A仲介に興味ないと言ったが、高利益率のM&A仲介に何故参入しようしないか。案件が小さい、案件数を追いかける為、マーケティングが非効率など、色々な理由があるが、中にはやりたくてもできないと言うFAもいるはず。何故、このような事態になっているかは、後述③クライアントを参照。


②手数料

手数料について、違いが2つある。

1つ目は、手数料の取り方M&A仲介は、両手取り。つまり、買い手・売り手の両方から手数料を取る。不動産仲介をイメージすると分かりやすい。一方で、FAは、売り手もしくは買い手のどちらか一方から手数料を得る。

2つ目は、手数料率M&A仲介は、レーマン方式*と言う、かなり昔(30年前?)に出てきた考え方で、FA領域では、使われない手数料体系をベースに考える。FAでは、取引金額の「0.5%~2%」程度。

レーマン方式は、色々なサイトで説明があるので、ここでは省くが、例えば、取引金額30億円の場合、「(5億円 × 5%) + (5億円 × 4%) +(20億円 × 3%)= 1.05億円」となり、手数料率は、3.5%となる。しかも、これは片方から得る収益なので、買い手・売り手双方からとなると、2.1億円7.0%。もしこの通りであれば、私のFA的な感覚からでは、「やりすぎでしょ」となる。私もよく聞かれるが、「当社はレーマンでない」というと結構驚かれる。

売り手側が、人生一度の経験であり、1回きりの相手であれば、M&A仲介側は「取れる時にとっておく」スタンスになるので、できる限り取っておきたいという心理。買い手は、継続ユーザーのケースが多いので、優先的に不動産でいう「好物件」を回してもらうための手数料という部分もあるかもしれない(買い手もレーマンというのは、個人的に半信半疑だが)。

FAの場合、2.1億円の案件となると、仮に1%手数料であれば、少なくとも、取引金額210億円の案件が出ないと、取れない水準です。クライアントが満足しているのであれば、高い手数料を取っても良いとは思いますが、そこは競争の原理からすると下がっていくのは、間違いないと思います。

とは言え、FAの手数料は高いというイメージがある。確かに、1兆円ディールになると、0.5%でもたった1件で50億円となる。それは事実。日本で1兆円ディールは年に1回あるかどうかだが、グローバルでは数件存在する。フィーも開示され、見れば確かにそれくらいの金額をもらっているので、絶対額としては高いが、割合で見れば、M&A仲介両取りの方が高いともいえる。

なお、FAの場合、M&Aアドバイザーのリソースに限りがあるので、最低手数料という基準を設けている。例えば、手数料「50百万」「1億円」「3億円」と言った具合に。会社によってポリシーは異なる。
クロスボーダー案件では、現地チームも関与することから、高い手数料体系になる傾向がある(とはいえ、2倍以上にはならないですが)。FAならではだと思います。これは、リーガル・財務・税務専門家も同様。


③クライアント

M&A仲介FAでクライアント層も大きく異なる。

M&A仲介の主なクライアントは、未上場企業のオーナー企業。昨今、国内の事業承継問題があり、近年社内に承継する者がいない企業の売却案件の多さが後押ししている。

一方で、FAの主なクライアントは、上場企業。これは、上場企業しか相手しないという訳ではなく、最低手数料基準を設けていて、どうしても取り扱う案件規模が大きくなるため、自然と相手をする企業が上場する中堅から大手企業になることが背景にある。従って、FAは案件スピードが遅いと言われるが、M&A対象の事業や会社の規模が大きく、DDや交渉にかける時間も長くなるので、必然的にプロセスに時間がかかる。とはいえ、交渉をしっかりするので、その分M&A仲介より時間がかかる部分があるのは、その通りかもしれない。

前述のとおり、証券会社・大手銀行系であれば、派生ビジネスも意識しているので、市場での資金調達の可能性も考えると、非上場企業というよりは、上場企業の方が旨味があることになる。ただ、上場企業となるとコンプライアンスが厳しくなるため、M&A仲介のようなコンフリクトを抱える事業モデルは、基本的にタブーとなる。従って、収益性の高いM&A仲介をやりたくても、内部のコンプライアンスの問題から手掛けられないというのが実態。なお、地銀は非上場企業がクライアントのケースも多いため、比較的M&A仲介を行っているという整理。

逆に、M&A仲介が更なる収益を求め、上場企業相手のM&Aを仕掛けようとしても、扱っている案件の規模が小さいということもあるが、恐らくコンプラ上の観点からM&A仲介は相手にされない。また、FA実績もなく、仲介メインの会社のFA事業への不信感(結局は、自分たちの利益が第一優先でお手盛りするんじゃないか)が払拭できないため、FAへの参入は厳しいと感じる。もし、真剣に考えるなら、コンプラ意識が高くなく、金融機関もあまり出入りしない中小規模の上場会社・オーナー系上場会社がねらい目。

余談だが、クロスボーダー案件を何度か経験したが、M&A仲介というモデルは、海外で聞いたことがない。そもそも、日本は不動産仲介で両手取りという慣習があり、そこから来たと思うが、海外での不動産手数料の両手取りもないと聞く(どちらかというと、売り手から手数料をもらう)。M&A仲介は、日本独特の事業モデルなのかもしれません。


④案件規模

M&A仲介は小規模、FAは中~大規模の案件となる。

M&A仲介は、取引金額10億円以下のイメージ。この金額ではFAが、仮に3%取ったとしても、手数料が30百万円になり、最低手数料水準を超えず、社内の承認が取れない。一方でM&A仲介は、両方から取ると合計90百万円の手数料となり、「おいしい」案件となる。

FAの案件規模は、最低手数料水準から逆算すると、凡そ50億円以上。例えば、最低手数料「1億円以上」のM&Aファームの場合、手数料1%だと、「100億円以上」の案件になる。手数料2%取れれば、「50億円以上」。このあたりがぎりぎりのライン。


⑤売却プロセス

M&A仲介の方は正直詳しくないが、聞いたところでは、「独占交渉権付与のタイミング」「価格交渉」 が大きく異なるポイント。

(独占交渉権付与のタイミング)
M&A仲介の場合も、FAによる売却プロセス同様に、NDA締結後、売り手がIMを作成し、買い手候補に配布する。約1か月後に、売り手は、買収金額を入れた法的拘束力を持たない意向表明書(LOI)を買い手より受領し、買い手を選定し、DDフェーズに入る。この説明では、大きく異なることはないが、M&A仲介の場合、LOI受領後に、売り手に、買い手を1社選定させ、独占交渉権を付与させる。

FA
の場合、売り手が独占交渉権を付与するタイミングは、LOI受領時ではなく、DDを経て、法的拘束力をもつ最終意向表明書受領後、最後の1社を選定する時。つまり、DDは複数の買い手候補(通常2~4社程度)に対応する。

(価格交渉)
FA
の場合、価格交渉場面で当事者とともに同席し、交渉する。しっかりとした交渉ができるように、FA間で条件などの擦り合わせ等も行う。一方で、M&A仲介は、交渉には関与しない(コンフリがあるため、できない)。

但し、案件をクローズさせるために、「調整」は必ず行っているはず。これが「お手盛り」と言われるところで、当事者からすると、裏で相手に何を話しているか不透明と言われる部分。例えば、LOIで記載される価格レンジ帯を買い手が売り手に提示するが、事前に必ず、買い手にはDDを経てもこの金額内に収めるように言い聞かせ、売り手にはLOIの金額範囲であれば、下限であっても条件を飲ませるようにする、など。

売り手にとってみれば、「幅があり過ぎ」「Non-Bindingなので、レンジを下回るリスク」など、心配が多い。しかも、DD期間中に買い手に不信感を抱いたり、最終交渉で予想外の提案が来ても、独占交渉権を付与させられているので、他の選択肢がない状況に置かれ、最後Y/Nの選択を迫られる。買い手も独占交渉権を獲得し、お金をかけてDDしたので、何とか案件をクローズまでもっていきたい、というインセンティブが働きかねない。この状況下で果たして、互いにとって最良の解が、目の前のM&Aなのか、という疑問が付きまとう。

恐らく、M&A仲介としては、フィー獲得のためには、案件クローズが最優先となるため、目の前のM&Aが互いにとっての裁量の解というのは、信じて疑わないだろう。従って、FAのような、M&A以外の戦略的な選択肢を示すということは、まずないと思う。

FAは、M&A以外のビジネスを展開していることも多く、クライアントとは中長期の関係を構築することに主眼を置いているため、常に売り手もしくは買い手の利益最大化をミッションと捉え、M&Aプロセス中もM&A以外の戦略的な選択肢を常に頭に入れ、クライアントにとっても最良の解を考える。

例えば、買収であれば「外から事業を買った方が良いか」「オーガニックに事業成長させた方が良いか」、売却であれば「対象事業を売却した方が良いか」「ずっと持ち続けた方が良いか」。

上場企業であれば、常にどの選択肢が株主価値最大化に資するかという考えが定着しているので、M&A仲介よりクライアントの利益最大化を考えるFAを起用したくなる理由は理解できる。従って、この考えに踏み込めないM&A仲介の事業モデルでは、FA領域では厳しいと感じる。もし本気でやるなら、オーガニックに進出するより、それこそM&AでM&Aブティックや大手のM&A部門を買収する方が良い。

冒頭の話につながるが、「確り」とM&A仲介FAを経験した人は少ないという理由はここにある。私自身もFAの考えが、体に染みついているので、残念ながら利益率が高いという理由だけで、M&A仲介を手掛けることはできない。

最後に、簡単にそれぞれに合っている企業をまとめるとこんな感じ。

M&A仲介 
- 社数の多い中小企業のM&Aマッチング力は、FAを凌駕するため、マッチングを期待する譲渡企業
- 相続税対策など、売却条件より売り急いでいる企業

FA 
- 売り手有利な売却プロセス(最終契約一歩手前まで、他の買い手との並行交渉が可能)で進められるため、引く手あまたの人気の譲渡企業。その場合、価格だけでなく、売り手の希望条件なども最後まで交渉できるので、想いを持って売り方に拘る売り手
- コンフリクト(利益相反)が気になる企業


以上。M&A仲介の説明部分は、人からのヒアリングベースにしているため、異なる部分があれば、是非コメントを下さい。

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M.A.P.管理者
お客様の声 https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk12wzf8evo 2023-07-25T14:00:00+09:00

先日、本M.A.P.サイトよりお問い合わせ頂いた譲渡希望のクライアント様の声をご紹介いたします。
まだ、売却プロセス途中ですが、以下のコメントを頂きましたので、ご紹介いたします。
現在、譲渡をご検討中の経営者様に、M&A仲介以外に、M&Aアドバイザリーの選択肢があることもご認識頂ければと思います。


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Q1. M&A仲介もある中で、何故M&Aアドバイザリー(FA)をメインで行う弊社にお問い合わせ頂いたか、背景を教えてください。


FAを選択した理由は、仲介の場合、特に売り手にとってはどうしても利益相反が発生することを認識していたため。
買い手の方が継続的に顧客になる場合が多く、仲介の場合買い手の意見を取り入れるインセンティブが働きやすいと伺ったため。
貴社にお問い合わせを実施した理由は、会社売却についての情報を集めていた際、貴社のnoteを拝読し、信頼できる先であると感じたため。



2. M&A仲介とM&Aアドバイザリー(FA)の違いをご存じでしたか?

売却を検討し始めてからネットや書籍で勉強をし、違いを認識しました。

3. 実際、ご利用頂き、良かった点、もっと改良した方が良い点があれば、教えてください。

良かった点:ご連絡も大変早く、売却を急がせることもなく、100%弊社の側に立ってアドバイス頂けた点。また売却先候補にお送りする資料も質が高いものを準備して下さったことで、候補先に適切に情報を伝えられたと感じた点。

改良点:今回の案件がかなり特殊な事業領域であったこともあり、初期は事業に対する認識に一定齟齬があった点。但し、その後学習頂けたことで事業に対してある程度共通の認識を持って頂けたかと思います。



4. まだ、譲渡には至っていない中で恐縮ですが、現在/今後譲渡を希望されている経営者様にアドバイスがあれば、お願いします。

長期間にわたり作り上げてきた会社・事業かと思うので、ご自身が一番納得される形で売却するのが一番かと思います。そのためにも、MKAさんのような、100%売却側に立って下さるFAをご活用頂くのは大変良いのではと考えております。

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M.A.P.管理者
ベンチャー企業によるM&A(売却) https://maadvisoryplatform.com/u/mapcolumn/hrdrk127gahhid 2023-06-15T17:00:00+09:00

M&Aの裾野の広がり方は、この10年間で大きく変わってきたと実感している。

20年以上M&A業界を見てきた立場として思うのは、2010年以前は、売却提案をすると、顧客から「経営の仕方に文句があるのか」と怒られることもあった。また、一般の中小の未上場企業においては、「M&A」という言葉すら通じないことが多かった。

2015年頃にかけ、多くの上場企業が様々な買収を行ったにも関わらず、欧米に比べ利益率や効率性の低さから、Valuation/マルチプルが上がることはなく、要約資産効率性を意識し、事業ポートフォリオを考えるようになり、売却することもM&A戦略上、重要視され始めた。以前とは異なり、外部からの分析に基づく売却提案がむしろ有り難がられることもあった。

また、そのあたりから、スタートアップやベンチャー企業は、IPOと並行してM&AによるExitも考えるようになり、起業家は売却資金を元手に新たな事業を始めるという、考えも出始めた。一般の中小の未上場企業において、「M&A」という言葉は、説明せずに通じるようになった。(この点、新聞・雑誌やニュース以外に、M&A仲介会社の活躍によるものと思料)

私もコロナに入る直前に、急成長・高利益率でIPOも狙えるベンチャー企業の大手グローバル企業への売却に関わったことから、ベンチャー企業の中でもM&Aが当たり前に考えられている実態を肌で感じた。

今回は、ベンチャー企業にとってのM&Aについて、私からの提案も含め、考えてみたい。


私から、ベンチャー企業の創業者で、今売却を検討している経営者の方にM&Aでお伝えしていることは、3つ。

①カジュアルなM&A

②事業戦略手段としてのM&A

③創業者のリテンション


上記を意識しながら、検討を始められるのが良い。


①カジュアルなM&A

どういうことか。「さあ、Exitだ。これが最後だから引き締めていこう」という気持ちより、「良い条件があれば、売却しても良いかな。良い条件がなければ、一旦ペンディングにして、もう少し自分で経営して事業価値を上げてから再度売却を試みよう」くらいの感覚が良い。

恐らく、売却と決めてプロセスを開始した後に、「良い買い手がいないので、止めよう」というのは、マイナスの印象をもつ経営者・オーナーは多いと思う。しかし、私の感覚では、「No」。むしろもっとカジュアルに考えても良いと思う。

特にベンチャー企業だと、有名でない限り、買い手候補にアプローチしたところで、「初めて聞いた」の反応が多い。そこから、「じゃあ、興味があれば、1~2か月後に価格を提示してください」と言ってもハードルが高い。まずは知ってもらう事から始め、少し時間をかけるのが良い。

売り手市場の中でオーナーが、初期の1次プロセス(MOU締結前 or LOI受領前)で、売却を中止することに対して、不満を持つような買い手クライアントは、私がお付き合いしている中ではいない。多くのケースは、価格目線の違いによるところもある。むしろ、知らなかった会社を紹介頂いて有難い、と思われる。また、買い手側も想定していない売却候補を検討することで、結果的に初期で見送る決断をしたとしても、社内での戦略検討の刺激になるケースは多い。

但し、DD中の2次プロセスでは、買い手は外部専門家を雇って、コストをかけて検討して来るので、相当な理由なく中止する場合、買い手が納得いかず、憤慨することも有り得る。

従って、1次プロセスのNon-Binding(法的拘束力を有しない)ベースの買収価格を受け取るまでは、売り手都合で中止できると考えてもらって良いので、いくらの評価か知りたい、という感覚でも良い。

なお、注意しなければいけないのは、あくまでも売却することを前提に1次プロセスを開始するので、「いくらの評価か知りたい」という意味は、売る気はないが、評価だけ知りたい、というの意味ではない。少なくとも、価格次第では、「売っても良い」くらいの意思は少なくとも必要であることは、留意頂きたい。(真剣に検討する買い手に失礼になる、という常識的な考えです)

また、しばらく経ってから、「そう言えば、売却意向の例のベンチャー企業はどうしている?」という問い合わせを受けることもよくあるので、中止後もオープンにしておくと、意外な展開から売却プロセスが再開されることもある。


②事業戦略手段としてのM&A

昨今、買収・資本提携としてのM&Aを、非連続成長の手段(事業戦略の一つ)として活用しようとする企業(買い手)はほとんど。M&Aは絶対にやらない、という会社は少なくなった。

また、意外かもしれないが、事業戦略として、売却のM&Aも増えているという印象。ピンと来ないかもしれないが、私が経験した、大手グローバル企業に売却したベンチャー企業のオーナー社長は、今もそのグループ傘下で子会社社長 兼 本体GMとして活躍されている。むしろ大手グローバル企業の海外プラットフォーム・資金力・人材リソースを最大限活用し、海外進出を進めている。

また別の例では、ある製造業の上場企業が大手メーカー傘下に入った際、完全子会社化の条件として、競合する一事業部門のグローバルオペレーションを譲り受けていた。結果的に、子会社になったものの、その企業の規模は倍以上に膨れ上がり、商品ラインナップの拡充や相当なグローバル展開が図れることになった。

また、実際にプロセスの中で、自社の客観的な評価を聞けたり、多くの競合や自社に興味のある企業トップと、戦略的なディスカッション機会を得られる(但し、くどい様ですが、あくまでも売却が前提の会話)。その中で、買収検討は見送るが、代わりに資本業務提携、JVや業務提携の提案を受けるケースもある。 結果論だが、仮に一旦プロセスを中止して、もう少し自分で事業拡大を図ろうとする場合において、短期間で他社と戦略的なディスカッションができる機会はないので、M&Aを売却手段とだけでなく、戦略的な選択肢の一つと捉えることも、ベンチャー企業にとっては有益なものと考える。自社成長か他社とのM&Aを通じて協働して拡大させるか、売却しておしまいだけでなく、選択肢が増えることをここでは伝えたい。


③創業者のリテンション

ベンチャー企業の売却では、ほぼ100%課題となる。

成長ステージにはよるものの、ほとんどのケースで、買い手としては、当然最重要キーマンであり、創業者の力で成長してきたと言っても過言でない評価をする。一方で、80~90%の買い手候補は、創業者の長いリテンションを望む。逆に望まない買い手は、買収価格を低く評価する傾向にあるので、結果的に最後まで行かないケースが多い。従って、プロセスを進めると、ほぼ100%この課題に当たる。

上記の例のように、元創業者がグループ会社として残ってもらうのは理想的だが、往々にして売主である創業者は、退任を望む。最長でも1年間は、引継ぎの必要性を感じて何かしら残る、と元創業者は言われるが、明確に役割と責任、報酬体系を決めないと、売却後、関与度は明らかに下がり、途中で退任することになる。

従って、買い手は売却時に描いた売り手側の事業計画へのコミットを得るために、アーンアウトスキームの提案をしてくるケースが多い。もちろん、早期に退任したい元創業者は、不確実性のあるアーンアウトは、受けたくないので、ここは最後まで交渉となる。

いずれにせよ、創業者リテンション問題は、最終契約の最後まで協議となるので、創業者に対しては、まず自分のリテンションへの考えを確り持ち、買い手に伝えること、それをスタートラインとして交渉していくことを、いつも助言している。


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M.A.P.管理者