M&Aや資金調達における事業計画
今回は、「M&Aや資金調達における事業計画」について、M&A視点からコラムを書きたい。
一言で「事業計画」と言っても会社成長の様々なフェーズによって、重要となるポイントが異なるが、M&A・ファイナンスにおいて、共通して重要なことは、Valuation(事業価値・株式価値算定)の前提となる最も重要な資料・情報ということ。
個人的に携わった事業計画としては、以下のように、会社のフェーズ毎に策定の目的が異なっている。
①スタートアップの資金調達のための事業計画
②IPOのための事業計画
③上場企業としての中期経営計画
④会社買収のための事業計画
⑤会社売却のための事業計画
⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
⑦会社の事業再建のための事業計画
感づいた方は、上記①~⑥は、概ね会社の成長曲線に沿っているということに気付いていると思う。
それぞれの事業計画について、簡単にポイントを説明したい。
①スタートアップの資金調達のための事業計画
まずは、スタートアップ企業(昔はベンチャー企業とっていた)が、VCや投資家から資金を調達するために作成する事業計画を紹介したい。ポイントは、以下の通り。
・成長ストーリー: 成長が期待できそうなストーリーかどうか。ストーリーを因数分解すると、
(創業者のキャラ・経験値・熱量)×(市場環境や競合状況)×(参入タイミング)×(ビジネスモデル)×(必要資金)×(チーム体制) .....
と複数の因数が存在することになり、それらを掛け合わせて、事業拡大と成長イメージを投資家にもってもらいう。どの成長フェーズで調達するかによって、因数の数や不確実性が変わるが、事業計画でいくら数値を積み上げても、所詮は「タラレバ」の想定数値になる。但し、より期待をもってもらい、事業の将来性と成功確度をなるべく高く見積ってもらうことが重要。これら定性的な総合点で最終的には決まってくる。
・5年後にIPOが実現できる事業計画
具体的には、上場時に営業利益4億円以上など上場基準に達していること。スタートアップ企業の事業計画の蓋然性が低いのは言うまでもないが、少なくとも上場するくらいの意気込み・上場できる規模にまで事業を拡大する気合いが、起業家に備わっていないと話にならない。
自ら高いニンジンをぶら下げ、ビジネスモデルや事業戦略が変わろうが、その水準まで事業を拡大する、自ら営業して売上を作る決意がないと、いくら魅力的なビジネスでも、投資家から見ると不安になってしまう。
成長ストーリー・事業計画が綺麗に備わり、最終的に起業家の魅力・能力・意識の高さが求められるなるため、その魂を込めて事業成長を織り込んだ事業計画が必要となると考える。
②IPOのための事業計画
「①スタートアップの資金調達のための事業計画」とは異なり、夢物語だけでは、通じない事業計画となる。
証券会社や取引所の審査員が納得する事業計画である必要があり、蓋然性が求められる。従って、ポイントは以下の通り。
・固めの事業計画
昔、「Gumi」事件では、上場直後の下方修正で主幹事証券や取引所が投資家から非難された。IPO直後の下方修正はもってのほか、IPOを挟んだ事業計画は、主幹事から固めに作ることが求められる。「固め」とは、少なくとも進行期は、積み上げの予算であり、事業計画の精緻さが求められる。売上計上確度が、読めないビジネスモデルの企業は、IPOタイミングを決算期末ギリギリまで引っ張られる。「鉛筆なめなめ、夢物語や営業目標のための下駄を履かせた計画数値」は、通用しない。
・表に出ない事業計画
上記の通り、あくまでも審査用の事業計画であり、実は表に出ない。正確には、表に出るのは事業計画の進行期(1年目の数値)のみ。IPO時に一般投資家にIPO株式を販売するが、その際は将来数値をもって勧誘してはならない。よく言われる、「目論見書の範囲内で」の勧誘であり、目論見書は金商法では実績のみ。但し、取引所からの公表資料で1年目の予想数値が出されるので、アナリストや投資家はそれを見て投資判断を行う。
③上場企業としての中期経営計画
・投資家を意識した事業計画
上場後の成長戦略(調達資金の使い道など)、機関投資家が好む経営指標(EPS成長・ROE・ROIC・配当方針・ESGなど)、アナリストが分析しやすいような事業別の損益、成長ストーリー(成長ロードマップ)などを織り込んだ事業計画が求められる。
・社長の目標設定
サラリーマン社長を擁する上場企業では、その5年間の目標設定が会社の中期経営計画になるケースが多い。前社長の延長線上で作られるケースが多いが、激動期に引き継いだ新社長は、中期経営計画の中で大きくかじ取りを行うケースもある。なお、オーナー社長であれば、任期が長く関係ないが、サラリーマン社長の場合、任期は5年ほどが多いため、中期計画がセットになることが多い。うまく行くと、2期目を同じ社長が継続し、次の中期経営計画で目標の再設定を行うこともしばしば。
④会社買収のための事業計画
所謂、M&Aの際の対象企業の事業計画のこと。対象企業から提示された事業計画を精査し、修正事業計画を策定、その後シナジーを織り込んだ会社買収のための事業計画を策定するケースが多い。
・事業計画の修正
対象企業から提示された事業計画をDDで精査し、自分たちなりの評価で修正作業を行う。所謂、「事業計画を叩く」作業。M&Aにおける事業計画は、買収価格に紐づくため、「安く買う」ために不確実性の高い要素を排除し、より蓋然性の高い事業計画に修正する。
・シナジーの見積もり
修正事業計画だけでは、売り手からすると価格が売却目線に達しないことが多いため、ここから買収することで実現する(であろう)シナジー効果を定量化する作業を行う。クロスセール、単価の引上げ、共通部門の効率化など、売上高の増加、コスト削減等を織り込み、修正事業計画から「上乗せ」する作業。M&Aが、1+1>2と言われる所以である。但し、シナジー分を全て織り込むと買い手にメリットがないため、シナジー部分のうち、どれくらいまで売り手に払って良いか、という判断が必要となる。結果的に、合意した買収価格のもととなる事業計画が、のれんの減損基準にもなるため、そのリスクも考えることも重要。
⑤会社売却のための事業計画
M&Aの際の対象企業側が作成する事業計画のこと。「マネジメントケースの事業計画」と言われたりする。
・「背伸び」した事業計画
事業計画の利益水準が売却価格に直結するため、「やや背伸びした事業計画」を作成する傾向にある。地に足がついていないと、信義則として駄目だが、確度が低い施策もフルで織り込み、見積もる。例えば、店舗展開の事業であれば、構想・計画段階の新店舗も全て織り込む、新規事業として海外展開を検討している企業であれば、海外が急成すると言ったシナリオが織り込まれているケースもあるので、買い手は慎重に見なければならない。
ご承知のようにSPAで事業計画の表明保証を入れることはないので、事業計画の評価は、価格に全て織り込まれ、買収後は買い手の責任となるので、注意が必要。
・背伸びし過ぎは禁物
信義則違反以外に、売り手の旧経営陣が売却後も残る場合、売却後にブーメランとなって返ってくるから、背伸びし過ぎの計画は要注意。つまり、策定した計画が自分の目標となって、成果を求められ、未達だと責任問題にも発展する。とはいえ、慎重に低く見積もった結果、もう少し高く売却しておけば良かった or アーンアウト条項を残しておけば良かったと言った話も少なからずあるので、会社売却の際の事業計画目線は非常に難しい。
⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
グループ再編や組織再編になると、少数株主への配慮が必要になったり、株式対価のM&Aを行ったりするため、蓋然性の高い事業計画を策定することになる。具体的には、グループ再編というと、上場子会社の親会社による完全子会社化(株式交換やTOB)、組織再編だと経営統合(株式移転や合併)。
・実現性の高い固めの事業計画
上場会社同士のM&Aになり、当事者両者とも一般株主を控えた中で、買収や売却とは異なり、株主総会で承認が必要になることも多い。従って、株主への説明責任もあったり、事業計画の策定プロセスや計画の蓋然性など第三者である専門家がチェックすることも有り、総会承認をするために「背伸びした事業計画」は基本的に作成しない。
⑦会社の事業再建のための事業計画
最後に事業再建のための事業計画。これは、再生のための事業計画であり、銀行や債権者への説明を要するため、極めて蓋然性の高い売上見積もり、リストラによる利益改善などを織り込んだ計画となる。やればやるほど、憂鬱になる事業計画だが、衰退がはじまった業界(例えば、ガソリンエンジン向け部品など)であれば、早々に手を付けて、残存者利益を取るために最適なコスト構造を考えるための必要なプロセスとなる。
・損益分析 ⇒ 売上計画の最小化 ⇒ 徹底したコスト削減 ⇒ 施策の織り込み
4つのプロセスを経て事業再建計画を作成することになる。リストラや値上交渉、一部事業撤退など、痛みを伴う取り組みが必要となるが、筋肉質のコスト構造がベースとなるため、再建がうまく行くと、売上高の増加分が利益となり、一気に収益改善が図れる。V字回復シナリオも見込めるため、再建における事業計画は極めて重要となる。
以上
一言で「事業計画」と言っても会社成長の様々なフェーズによって、重要となるポイントが異なるが、M&A・ファイナンスにおいて、共通して重要なことは、Valuation(事業価値・株式価値算定)の前提となる最も重要な資料・情報ということ。
個人的に携わった事業計画としては、以下のように、会社のフェーズ毎に策定の目的が異なっている。
①スタートアップの資金調達のための事業計画
②IPOのための事業計画
③上場企業としての中期経営計画
④会社買収のための事業計画
⑤会社売却のための事業計画
⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
⑦会社の事業再建のための事業計画
感づいた方は、上記①~⑥は、概ね会社の成長曲線に沿っているということに気付いていると思う。
それぞれの事業計画について、簡単にポイントを説明したい。
①スタートアップの資金調達のための事業計画
まずは、スタートアップ企業(昔はベンチャー企業とっていた)が、VCや投資家から資金を調達するために作成する事業計画を紹介したい。ポイントは、以下の通り。
・成長ストーリー: 成長が期待できそうなストーリーかどうか。ストーリーを因数分解すると、
(創業者のキャラ・経験値・熱量)×(市場環境や競合状況)×(参入タイミング)×(ビジネスモデル)×(必要資金)×(チーム体制) .....
と複数の因数が存在することになり、それらを掛け合わせて、事業拡大と成長イメージを投資家にもってもらいう。どの成長フェーズで調達するかによって、因数の数や不確実性が変わるが、事業計画でいくら数値を積み上げても、所詮は「タラレバ」の想定数値になる。但し、より期待をもってもらい、事業の将来性と成功確度をなるべく高く見積ってもらうことが重要。これら定性的な総合点で最終的には決まってくる。
・5年後にIPOが実現できる事業計画
具体的には、上場時に営業利益4億円以上など上場基準に達していること。スタートアップ企業の事業計画の蓋然性が低いのは言うまでもないが、少なくとも上場するくらいの意気込み・上場できる規模にまで事業を拡大する気合いが、起業家に備わっていないと話にならない。
自ら高いニンジンをぶら下げ、ビジネスモデルや事業戦略が変わろうが、その水準まで事業を拡大する、自ら営業して売上を作る決意がないと、いくら魅力的なビジネスでも、投資家から見ると不安になってしまう。
成長ストーリー・事業計画が綺麗に備わり、最終的に起業家の魅力・能力・意識の高さが求められるなるため、その魂を込めて事業成長を織り込んだ事業計画が必要となると考える。
②IPOのための事業計画
「①スタートアップの資金調達のための事業計画」とは異なり、夢物語だけでは、通じない事業計画となる。
証券会社や取引所の審査員が納得する事業計画である必要があり、蓋然性が求められる。従って、ポイントは以下の通り。
・固めの事業計画
昔、「Gumi」事件では、上場直後の下方修正で主幹事証券や取引所が投資家から非難された。IPO直後の下方修正はもってのほか、IPOを挟んだ事業計画は、主幹事から固めに作ることが求められる。「固め」とは、少なくとも進行期は、積み上げの予算であり、事業計画の精緻さが求められる。売上計上確度が、読めないビジネスモデルの企業は、IPOタイミングを決算期末ギリギリまで引っ張られる。「鉛筆なめなめ、夢物語や営業目標のための下駄を履かせた計画数値」は、通用しない。
・表に出ない事業計画
上記の通り、あくまでも審査用の事業計画であり、実は表に出ない。正確には、表に出るのは事業計画の進行期(1年目の数値)のみ。IPO時に一般投資家にIPO株式を販売するが、その際は将来数値をもって勧誘してはならない。よく言われる、「目論見書の範囲内で」の勧誘であり、目論見書は金商法では実績のみ。但し、取引所からの公表資料で1年目の予想数値が出されるので、アナリストや投資家はそれを見て投資判断を行う。
③上場企業としての中期経営計画
・投資家を意識した事業計画
上場後の成長戦略(調達資金の使い道など)、機関投資家が好む経営指標(EPS成長・ROE・ROIC・配当方針・ESGなど)、アナリストが分析しやすいような事業別の損益、成長ストーリー(成長ロードマップ)などを織り込んだ事業計画が求められる。
・社長の目標設定
サラリーマン社長を擁する上場企業では、その5年間の目標設定が会社の中期経営計画になるケースが多い。前社長の延長線上で作られるケースが多いが、激動期に引き継いだ新社長は、中期経営計画の中で大きくかじ取りを行うケースもある。なお、オーナー社長であれば、任期が長く関係ないが、サラリーマン社長の場合、任期は5年ほどが多いため、中期計画がセットになることが多い。うまく行くと、2期目を同じ社長が継続し、次の中期経営計画で目標の再設定を行うこともしばしば。
④会社買収のための事業計画
所謂、M&Aの際の対象企業の事業計画のこと。対象企業から提示された事業計画を精査し、修正事業計画を策定、その後シナジーを織り込んだ会社買収のための事業計画を策定するケースが多い。
・事業計画の修正
対象企業から提示された事業計画をDDで精査し、自分たちなりの評価で修正作業を行う。所謂、「事業計画を叩く」作業。M&Aにおける事業計画は、買収価格に紐づくため、「安く買う」ために不確実性の高い要素を排除し、より蓋然性の高い事業計画に修正する。
・シナジーの見積もり
修正事業計画だけでは、売り手からすると価格が売却目線に達しないことが多いため、ここから買収することで実現する(であろう)シナジー効果を定量化する作業を行う。クロスセール、単価の引上げ、共通部門の効率化など、売上高の増加、コスト削減等を織り込み、修正事業計画から「上乗せ」する作業。M&Aが、1+1>2と言われる所以である。但し、シナジー分を全て織り込むと買い手にメリットがないため、シナジー部分のうち、どれくらいまで売り手に払って良いか、という判断が必要となる。結果的に、合意した買収価格のもととなる事業計画が、のれんの減損基準にもなるため、そのリスクも考えることも重要。
⑤会社売却のための事業計画
M&Aの際の対象企業側が作成する事業計画のこと。「マネジメントケースの事業計画」と言われたりする。
・「背伸び」した事業計画
事業計画の利益水準が売却価格に直結するため、「やや背伸びした事業計画」を作成する傾向にある。地に足がついていないと、信義則として駄目だが、確度が低い施策もフルで織り込み、見積もる。例えば、店舗展開の事業であれば、構想・計画段階の新店舗も全て織り込む、新規事業として海外展開を検討している企業であれば、海外が急成すると言ったシナリオが織り込まれているケースもあるので、買い手は慎重に見なければならない。
ご承知のようにSPAで事業計画の表明保証を入れることはないので、事業計画の評価は、価格に全て織り込まれ、買収後は買い手の責任となるので、注意が必要。
・背伸びし過ぎは禁物
信義則違反以外に、売り手の旧経営陣が売却後も残る場合、売却後にブーメランとなって返ってくるから、背伸びし過ぎの計画は要注意。つまり、策定した計画が自分の目標となって、成果を求められ、未達だと責任問題にも発展する。とはいえ、慎重に低く見積もった結果、もう少し高く売却しておけば良かった or アーンアウト条項を残しておけば良かったと言った話も少なからずあるので、会社売却の際の事業計画目線は非常に難しい。
⑥グループ再編・業界再編のための事業計画
グループ再編や組織再編になると、少数株主への配慮が必要になったり、株式対価のM&Aを行ったりするため、蓋然性の高い事業計画を策定することになる。具体的には、グループ再編というと、上場子会社の親会社による完全子会社化(株式交換やTOB)、組織再編だと経営統合(株式移転や合併)。
・実現性の高い固めの事業計画
上場会社同士のM&Aになり、当事者両者とも一般株主を控えた中で、買収や売却とは異なり、株主総会で承認が必要になることも多い。従って、株主への説明責任もあったり、事業計画の策定プロセスや計画の蓋然性など第三者である専門家がチェックすることも有り、総会承認をするために「背伸びした事業計画」は基本的に作成しない。
⑦会社の事業再建のための事業計画
最後に事業再建のための事業計画。これは、再生のための事業計画であり、銀行や債権者への説明を要するため、極めて蓋然性の高い売上見積もり、リストラによる利益改善などを織り込んだ計画となる。やればやるほど、憂鬱になる事業計画だが、衰退がはじまった業界(例えば、ガソリンエンジン向け部品など)であれば、早々に手を付けて、残存者利益を取るために最適なコスト構造を考えるための必要なプロセスとなる。
・損益分析 ⇒ 売上計画の最小化 ⇒ 徹底したコスト削減 ⇒ 施策の織り込み
4つのプロセスを経て事業再建計画を作成することになる。リストラや値上交渉、一部事業撤退など、痛みを伴う取り組みが必要となるが、筋肉質のコスト構造がベースとなるため、再建がうまく行くと、売上高の増加分が利益となり、一気に収益改善が図れる。V字回復シナリオも見込めるため、再建における事業計画は極めて重要となる。
以上
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