M&A事例:積水化学(4204)による信越ポリマー(7970)の塩ビ管等事業の取得
2023年9月8日、積水化学工業による信越ポリマーの塩ビ管等事業の取得が発表された。
本件を見て思ったことは、
・公取からの承認 ⇒ 公取の考えって、正しい?
・化学業界における業界再編 ⇒ 何故起きない?(M&A業者だからではなく、一応弁明)
小さな見過ごされそうなM&A案件とは言え、この取引から見えてくる化学業界再編の問題に目を向けたい。
①公正取引委員会からの承認
買収者側の積水化学工業(積水)側のプレスによると、『公正取引委員会より本年8月25日付で「排除措置命令を行わない旨の通知書」を受領し、承認を受けている』との一文があった。M&A取引としては、信越ポリマー管材事業(対象事業)に関する人員・資産および取引契約は、以下のようにサプライチェーンで分けて積水グループが譲り受けることとなる。
・販売: 対象事業の顧客契約(取引) → ヴァンテック(積水100%)に移管
・生産: 対象事業南陽工場 → 徳山積水(積水70%・東ソー30%)に移管
・物流: 積水物流部門に移管
㈱ヴァンテック
・沿革: 1957年 小松製作所の子会社として小松化成を設立。塩ビパイプの製造開始。1997年に積水に譲渡。
・事業内容: 硬質塩化ビニル管・継手及び付属品の製造・販売(販売と製造部門を分社化しているようだが、製造機能も擁する)。
・売上高: 約50億円
徳山積水工業㈱
・沿革: 1964年設立。2023年メディカル事業を積水に譲渡。
・事業内容: 塩化ビニル、その他各種合成樹脂及びその加工製品の製造加工ならびに売買(塩ビ樹脂/ポリマーを製造しており、塩ビ管の原料メーカー)。
・売上高: 200億円以上
譲渡側・譲受側いずれも、ヒト・モノ・カネを上記のサプライチェーンで分けないといけない。一言で言うと、大変・面倒。こんなことまでして、M&Aしないといけないのか。積水としては当然「製・販・物流」すべてまとめて本体で譲り受けたいはず。
ヴァンテックは、積水の100%子会社だが、信越ポリマーの顧客にはここからしか販売してはダメ。
徳山積水は、塩ビ管の製造を行っているわけではない。その原料となるポリマーを製造している。何故子会社でわざわざ別途、塩ビ管の工場を持たないといけないのか。
これでは買収者のメリットが少なく見える。ただ、こうでもしないとできなかったのだろう。何故?
独占禁止法の目的は、「公正かつ自由な競争を促進し、事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすること」であり、これだけ見ると、正しく見えるが、マクロで見た際、違和感を感じる。
恐らく、今回は、”国内”塩ビ管市場で、積水のマーケットシェアが大きくなってしまうため、上記のようなスキームになったと思える。発想は、『M&Aによって、国内市場を独占する企業が現れ、価格を自由に設定できると消費者には脅威だよね』、と。でも、化学業界でもグローバル化・ボーダレス化が進み、BtoBのECサイトなども登場し、今も分母を”国内”塩ビ管市場で考える必要があるか?あと、競争が激化し、企業が疲弊してしまうほど、価格を安くすることが、消費者の利益につながるのか?
公取が真面目にやる程、国の経済力が落ちていくような気がしたので、ある程度シェア拡大によるM&Aを促進し、むしろ違うアプローチでの参入者(海外からの投資を積極的に誘致する、他業種からの参入を後押しするなど)を増やして価格競争を促した方が健全な気がしている。
私の頭の中は以下の通り。
1. 国内シェアが邪魔をするM&A取引
2. 公取は答えを出さず、買収者が時間とコストをかけて知恵を絞るしかない
3. 2の結果、本件のような複雑なスキームになる
4. 誰も主要プレーヤー同士で業界再編を進んでやりたがらない
5. いつまでも再編が起きず競争ばかりで販売価格は上がらず、我慢比べ(インフレが起きない)
5. 国内市場は頭打ち・徐々に衰退
6. 利益が増えず・給料据え置き・少子化
7. デフレ
8. 金利上がらず円安へ
9. ますます国力が落ちる (悪循環へ)
②化学業界における再編
昔から、「国内の化学企業数は多い。グローバルニッチプレーヤーも存在するから、業界再編を促し、グローバルケミカルプレーヤーを作り出した方がいい」と言われている。
最近も、三菱ケミカルのCEOが外国人に、JSRも外国人経営者に代えてMBOまでして、業界再編を促したいというコメントを見た。
一方で、かなり再編が進んでいる他の業界もある中で、何故化学業界は進まないのか。(1)業界特性、(2)国内政治・経済への影響力 があるような気がする。
(1)業界特性
例えば、コンビニと比較。今では、大手コンビニ3社で、国内業界シェア90%を超えているという。
何故ここまで急速に再編が進んだかと言うと、まずマーケットが分かりやすい。分母である市場シェアの計算がしやすい。また、参入障壁も比較的低かったことも要因としては大きい。商社や大手が参入し、資本力でロールアップがしやすかった。今もスーパーやホームセンター、ドラッグストアも足元業界再編が盛んである。
一方で、化学業界はどうか。まず、1社で手掛けるエンドマーケットが多い。例えば、今回の積水化学であれば、塩ビ配管は住宅・産業用とまだ分かりやすいが、フィルム・テープでは、自動車・産業用・半導体・携帯・住宅・医療分野など、多岐に渡る。でも使っている原料は同じでも、”化学”と言う名の通り、化けるので、加工の仕方で様々な領域に枝分かれする。
同じ日窒コンツェルンであった、旭化成・信越化学と3社合併をしようとするとどうなるか。これらすべての領域・分野の国内市場を個別に市場調査し、公取の審査を受ける必要がある。彼らの審査が、本当に国内の消費者・日本経済にとってプラスなのだろうか。
上流の化学製造は、コンビナートで石油元売り会社とも繋がっており、ただ規模が大きくなっても、生産効率が上がらない。製造機能の統廃合は、業界を超えた関係者や多くの監督官庁等の調整も必要になるので、一筋縄ではいかないこともあるだろう。
(2)国内政治・経済への影響力
コンビニ同様に、大手石油元売り会社も、3社まで業界再編が進んだ。国の安全保障に関わる話であったり、外資系の大手(東燃ゼネラルと昭和シェル)が入っていたり、政府のバックアップもあったはず。地銀のように政府主導で行っている業界もある。化学業界はどうか。地味で分かり辛いので、国内政治・経済への影響力と言われても?である。
説明すれば、まあ大事よね、と理解頂けると思うが、じゃあ積極的に業界再編を促そうとはならないだろう。
一方で化学企業側も、そこまでしなくとも、各化学会社がグローバルニッチで生き残っているので、再編が必要ないという考えも持ち合わせているのも事実。業界再編が最適解、と言えない事情も分からなくもない。
ただ、もし業界再編が進まず、事業成長が止まり、利益が増えない、給料が増えないとなると、それは経済全体に影響が及ぶので、そういう大きな枠組みで、考えるのも必要と、今回のM&Aで思った次第。
恐らく、業界の方々は皆さん分かっていることなのだろう。だからこそ、外国人CEOを招き、グローバルの観点を取り入れまで、スピード感をもって業界再編を実行したいという危機感の表れだと思う。結局外圧を借りるしかないか、という印象は残念だが。
余談だが、欧州で仕事をしていた際、PVC企業や配管加工企業のM&Aをよく見た。欧州大陸は、陸続きなので、ボーダレスという言葉が最適。海外進出は都道府県を跨ぐイメージであり、欧米共通の価値観(家のつくりなど)もあって、欧米間のM&Aも盛んだった。各国の独禁法もありながら、EUが俯瞰的にその独禁法の判断を見ているので、大きな目で見ている感じがあり、非常に新鮮だった。
今後20年後も化学業界は同じだろう、という見方の方が強い気もするので、私自身も業界・国全体にとって良い業界再編が起きうるか、ということを考えて、生意気ですが、サポート・発信して良ければと思います。
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