経営統合(後編)
前回に続き、「経営統合」です。後編は、より実務・実践的な内容にしたいと思います。
①情報管理体制
経営統合に限らず、PJ名、当事者のコードネーム、PW設定など、まずは社内、次に両者で取り決める。Spy映画のようですが、最近では会社内で様々なPJを走らせていることも多く、結構一般的になりつつある(意外と、ネーミングのセンスを問われるので、若いうちから慣れておくに越したことはない)。
エレベーター内の会話、オープンスペースでの立ち話、スケジューラーへの記入など、結構日頃の何気ない言動で漏洩することも多いので、管理意識を2-3段階上げる必要はあります。
上場会社にとっては、インサイダー情報にあたるので、両者とも公表までは水面下で「最小限」のメンバーで進めます。株式交換、株式移転、合併の場合、株式対価が一般的なので、両者ともDDをやり合うこととなり、関係者が増える傾向にあります。情報管理は、最初に考えるキーイシューの一つです。最近では、参加メンバーに「誓約書」を取らせ、仮に漏洩した場合、どんな制裁も受けます、という誓約をさせるケースも多いです。
余談ですが、よく日経の一面に公表前の「経営統合」が掲載されるケースがあります。確証を得たわけではないですが、大体が内部からの情報ですね。PJチームとは異なる力学で動く人たちもいるので、いつやられても良いように、準備体制は整えましょう。
逆に、下手にリークされると情報価値としてもったいないと考え、広告目的に自ら記者を呼んでネタを提供し、新聞の枠を抑えておくケースもありました。スッパ抜き記事なのに、やたら詳しい市場データとかあるケースは怪しいですね
②スケジュール
経営統合の一般的な流れは、フェーズ①:基本合意まで、フェーズ②:統合比率決定まで、フェーズ③:経営統合完了(効力発生)までの3つのフェーズに分けて、考える。
フェーズ①: まず考えるポイントは、基本合意時点で公表するか否か。私の経験では、経営統合の90%以上、基本合意時に発表しています。理由は、社内でのインサイダー状態を開放すること。上場企業同士がグループ全体でDDを互いにやり合うとなると、関係者が多くなり、流石に情報管理しきれなくなるため。次に考えるポイントは、基本合意で何を握るか。これは次の章で説明予定。
フェーズ②: チームアップを行い、DD期間を経て、統合比率・契約交渉を行い、最終の経営統合契約締結までの段階。 基本合意以降、大体4~6ヵ月後には、DA締結となります。会社の規模やグループ会社の多さ次第ですが、社内の資料集め、VDRへのアップロードなどDDの準備は、相応に大変となりますね。
基本合意で握った条件も、DD結果次第では、再度テーブルの上に乗せられることもあります。企業規模から、統合後のイニシアティブをどちらが握るかは、決まっているものの、後に後ろ指が指されないように、お互いがより良い条件で合意ができるように交渉することになります。
但し、互いに上場企業同士であれば、株価が付いている訳で、その範囲を超えて統合比率を決めることは難しいので、サプライズがない限り、ある程度予測がつくというのが、正直なところです。
従って、フェーズ①で基本合意以降の株価推移を見ると、規模の小さい方の株価は、+10~15%のプレミアムが乗った株価となり、以後は規模の大きな相手の株価に連動するようになる。
フェーズ③: 最後に契約締結からクロージングまでの期間。最も読めないのは、判断が難しい場合の独禁法上の届け出ですね。大企業同士・業界大手同士の経営統合となると、問題解消措置のリスクも生じることから、微妙な場合は、DA締結前より、当局に事前相談します。(ここは弁護士さんマターなので、相談しながら進めていく)国内だけならまだしも、海外の競争法当局に届け出となると、長い案件では1年以上待たされることもあります。特に中国での届け出が発生する案件は、要注意です。
③基本合意
合意内容のうち、公表される事項は、経営統合の目的・背景(「対等の精神」の記載有無)、日程、シナジー効果、統合スキーム、その他重要な取り決め・検討事項(両者ブランド、統合後の主要株主の持分比率、特別委員会の設置・意見内容、FAやリーガルアドバイザーの選定など)など。非公表の事項は、守秘義務、秘密情報の取り扱い、有効期間、善管注意義務、独占交渉の有無、法的拘束力の有無、準拠法・裁判管轄など。
基本合意する時点で、明文化はされないものの、新会社の主導権をどちらが握るかは、企業規模の大きさで実質決まっています。なお、統合比率、新会社の役員構成、ブランドの存続など、ある程度の目安はトップ同士で話し合われていて、目線は確認されているものの、実際の実務ステージでの交渉はDD後となります。
トップ同士では、統合比率は互いの株主への説明責任から「足元の株価ベースから大きく離れない範囲」、役員構成は、「主導権を握る大きい方が過半を出す。新社長は小さい方から出して、会長ポジションは大きい方から。後の取締役候補は、今後ゆっくり決めましょう」。使用するブランドは、「新ブランドか、大きい方のブランドに寄せるか」。但し、代理店への影響なども考慮すると、「統合後2年間は、それぞれの旧ブランドを使い続ける」など。
それ以外に、本社をどちらに置くか、社名をどうするか、人の扱い(余剰となるポジション人員をどうするか、給与体系をどう合わせていくか)など、色々と悩ましい課題が山積みにされる。多くなり過ぎて、整理が難しくなるが、基本合意までは、特に両者社内に大きな影響を与える項目にフォーカスし、実務で挙がった重要課題を数回のトップ同士会談で議題に上げるなど、工夫した運営が重要となる。
最後に重要なのは、「対等な精神/立場」という文言を入れるか否か。正直、どっちでも良い(入れても/入れなくても)と思うが、統合後のそれぞれの立場が気になるので、慣習的に会社規模や取締役構成を見ると明らかに実質買収案件であったとしても入れる案件がほとんど。「買収」と言う発表をせずに「経営統合」とごまかして、株式交換スキームで子会社化する場合もあるので、「経営統合」の場合、自動的に入れるというのは、分からない訳でもない。
おまけとして、F-4対応の検討も場合によって必要になります。場合とは、新会社(株式移転/新設合併) or 被買収側(吸収合併/株主交換)の株主の中で、米国株主が10%以上保有している場合、英文資料をSEC(米国証券取引委員会)に届出する必要がある。英文資料とは、日本の有価証券届出書のような資料で、US基準の過去の監査済財務諸表も含まれるため、統合検討開始直後に準備を始めないと間に合わない(既に米国上場している企業であれば、問題ないが、していない会社がほとんど)。これは、米国が勝手に海外企業(米国市場上場有無に関係なく)に義務付けているジャイアン的な法律ですが、真面目に守る必要がある。
④DD
通常のM&A案件と異なることは、「互いにDDをやり合う」「上場企業そのもの」の2つの点。
「互いにDDをやり合う」場合、VDRが2部屋用意されたり、それぞれのQAシートが飛び交ったり、当事者もDDをする側/受ける側、両方の対応が必要になるので、大変です。また、Valuationも「相手のValuation」と「自社のValuation」を行い、価値の相対比較として統合比率を算出し、統合比率交渉に臨む。
「上場企業そのもの」がDD対象になる場合、これは子会社化や上場企業の買収など、ターゲット企業が上場会社の場合と同様。特にDDの中で、未公表債務や株価に影響を与える事象の場合、公表して、市場株価に織り込むかなどの、判断も出てくるので、情報にはセンシティブにならざるを得ない。最近公表した、日野自動車・三菱ふそうトラックバスの事案では、公表済みの日野自動車のエンジン認証問題が価値に与える影響を統合比率に織り込むことを敢えて事前に基本合意時点で発表するなど、市場株価を意識した対応も取っていることは、興味深い。
⑤交渉ポイント
統合比率について、それぞれが算定した統合比率を出し合い、交渉を開始。当然、自分たちに有利な比率を出し合うので、Gapが生じるのは、当たり前。留意すべきポイントは、①基本合意以降、既に市場はプレミアムを先食いし、時価総額が小さい企業側にプレミアムをオンしながら、相手側の株価に連動して(先食いした市場が考える統合比率を維持して)、株価形成を行うことになります。従って、基本合意以後の株価比率がどうなっているか。②過去の統合案件のプレミアム水準がどうなっているか。案件毎に事情が異なるので、なかなか一概に言えないこともありますが、一応確認をしておく必要がある。
結論からいうと、足元の市場株価を逸脱した水準での統合比率の合意は、非現実的ですね。なので、小さい企業側がどのあたりのプレミアムを取るか、レンジの中で考えていくことになります。ちなみに、こういっては何ですが、DCF法は正しく計算することが前提とした上で、アートに近いので、出来上がりの比率を説明できるような水準であれば、良いといった具合。また、統合比率算定人から、フェアネス・オピニオンを取るケースも多いので、算定人は統合比率の公正さを示すため、割引率のレンジを広めるなど、DCFを広めに取り、リスク軽減を図るため、あまり参考にならない算定も正直多いと個人的には思う。
ちなみに、PBRが1倍を切っている場合、株主から反論が起きないか、と経営陣からよく聞かれた。理論的な割安感は当然感じるが、結論あまりこれについて、指摘されたケースは少ない。サラリーマン社長の場合、就任時からPBRが1倍を切っていたなら、自分の責任ではないと言えるし、在任期間中の株価水準や出来高分析をして、理論的な株主の取得簿価をベースに統合比率を考えることも一案だと思う。私自身は、そのような分析で説明をしてきた。
次に、新会社の取締役構成。特に何かルールがある訳ではないが、単純に時価総額の比で考えても良いと思っている。例えば、60億円と40億円の企業が統合して、時価総額100億円の企業が誕生する場合、比率が3:2であるので、大きい企業から3名、小さい企業から2名の常勤取締役を出すことで良いと思う。この比率に社外取締役を入れて考えても良いと思う(通常、どちらかの社外取締役がそのまま新会社の社外取締役に就任するケースが多いため)。
なおそれぞれの取締役の数は、新会社でも当面元出身者の「枠」として、存在し続ける。新会社となって新卒/中途入社し、彼らが役員になるまで、真の意味での融合は難しいと感じる。
後は、その他の重要な項目も一緒に交渉テーブルに乗せて、合意する。
なお、特別委員会が存在する場合、交渉しながら、状況を都度報告する必要があり、彼らも独自にFAを雇っている場合があるので、交渉の前、途中、最終局面でミーティングを持つ必要がある。大体、7回~10回くらい正式なMtgを設けたことを覚えている。また、主要株主が存在する場合、どちらかの親会社や関連会社である場合、出来上がりの出資比率が重要であり、またのちの株主総会でも承諾してもらう必要があることから交渉前・途中・後とケアが重要なことは言うまでもない。
最終契約交渉について、統合比率や役員構成など重要事項が落ち着いたなら、あとはドキュメンテーションの世界となる。スキームにより、法的な書類は「合併契約書」「移転計画」「株主交換契約」など、名称は様々だが、これらはあくまでも形式的な内容で、実質的な経営統合契約書は、別途存在する。なお、SPAでよく話題となる表明保証は、あまり問題にならない。何故なら、上場会社同士であれば、株主は分散しており、売り手や買い手の表明保証を取ることが現実的でないから。もちろん対象会社の表明保証は頂くが。
前提条件の一つになる、許認可の獲得だが、これが所謂競争法の認可となり、前述した通り、最も厄介な事項の一つ。
⑥クロージング
まずは統合比率決定、最終契約書締結のプレスをリリースし、公表。世間の注目を浴びる案件であれば、当日に記者会見を開き、両者トップ同席のもと、パワーポイント資料を使って、実質買い手側のトップがプレゼンをする。もちろん、後で売り手側のトップもコメントをして、がっちり握手&記念撮影みたいな流れ。できれば、この時点で新会社の役員構成も発表し、重要な取り決め事も併せて発表する。
手続きとしては、臨時株主総会を行い、株主への通知、債権者異議申立手続きを行い、その後効力発生となるが、株主総会を行う前に、許認可の獲得、CoCの承諾受領など、各手続きを進める。
一番厄介なのが、競争法の認可であり、このスケジュール感次第では、身動きが取れなくなる。問題なく進むようであれば、早々に統合委員会を設け、PMIを進めていくことになるが、不透明な場合、最悪許認可が下りない、と言うこともゼロではない。そうなると、経営統合ができなくなるため、PMIを先走って進める(更なる情報交換をする)のもリスクとなるため、待ち状態になる。従って、シナリオとして、①対象となる事業(例えば中国事業など)を切り離してまで統合するか、②統合しないか。また、結論が出ずズルズルいくケースがあるので、結論が出ず、最終契約の期間が切れる場合、③白紙にするか、など、色々と悩ましい問題を整理する必要がある。
いずれにせよ、許認可のクリアランスも無事取得し、晴れて効力発生(統合成立)できた場合、ようやく経営統合が完了することとなる。
以上、ポイントのまとめでした。番外編として、最近の統合事例をまとめたいと思いますので、次の回をご覧ください。
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